番外649 竜王顕現
地響きを上げて木々を薙ぎ倒し、森の奥より迫ってくる。第二陣は魔力溜まり付近に住む魔物の――混成の群れだ。一方向から大きな規模の群れ。他の方向から小規模な群れが迫ってきている。通常では有り得ない光景であるが……。
魔獣の分体はあちこち引っ掻き回すだけでなく、どうも魔物が狂騒状態になるような術まで使っているらしいな。
魔獣の相手をしているオズグリーヴやテスディロスは至って冷静だ。オズグリーヴは自前で防御しているようだし、テスディロスは護符を装備している。本体が同じ術を使っても、俺達には通じない。
「俺も前に出る。まず第二陣……混成の群れを撃退する」
「ご一緒します」
「わたくしも迎撃に移るわ」
と、グレイスとローズマリーが言う。
「うん。みんなも十分に気を付けて」
「ん。他の方向から来る別働隊はこっちで潰す」
「ふふ、頑張るわね」
シーラとイルムヒルトもそう言って、マルレーンも真剣な面持ちでこくんと頷いた。
「後方は任せておきなさい」
「ええ。本陣は私達で守るわ」
「怪我をしたらすぐに戻って来て下さいね」
クラウディアが言うとステファニアとアシュレイも頷いて笑顔を見せた。
みんなに見送られ防御陣地から飛び立つ。里の外壁は木で作られたものだ。瘴気結界を作動させる境界としての役割しかなく、それ単体では防御の役には立っていないだろう。現に結界壁が壊れると同時に第一陣に簡単に食い破られてしまっている。第二陣の群れが到達すれば簡単に突き崩されてしまうだろう。
だからと言って、広場以外の家々を魔物に蹂躙されるのも気に食わない。防御陣地の負担を減らす意味でも、こちらから撃退に出向く。
マジックサークルを展開。ティエーラ達の清浄な環境魔力を集めて、練り上げれば、ウロボロスが唸り声を上げて青白いスパークを纏う。
「来い――!」
森の木を薙ぎ倒しながら進んでくる魔物の群れ。最初に現れたのは巨大なムカデと大猪だった。縄張りが被る事もなく、出会えば殺し合うような種族同士だ。魔力溜まりに依存しているので人里には出てこないが元々凶暴な連中には違いない。暴走状態のそれらに向かって、真っ向から突っ込む。
ウロボロスで薙ぎ払えば触れたムカデと猪とが纏めて吹き飛ぶ。青白い魔力を纏って、迫る魔物の群れに向かって飛び込んで当たるを幸いとばかりに力任せに殴り飛ばす。
迫る獣の大顎。ネメアの爪が大上段から引き裂いて、横合いから飛びかかってくる猿をカペラの後ろ足が跳ね上げて弾き返す。ウロボロスで巻き上げ、跳ね上げ、吹き飛ばしては叩きつけて前へ前へと進む。
グレイスは漆黒の闘気を纏って。ローズマリーはチャリオットに乗り込み。二人とも俺の攻撃が届かないぐらいの距離を保ちつつ、彼女達もまた魔物の群れへと突っ込んでいく。
グレイスの双斧が跳ね上がると同時に漆黒の闘気が天高く吹き上がる。魔物も木切れか何かのように吹き飛んだ。殺到する魔物の群れを凄まじい闘気の斬撃が薙ぎ払い、無人の野を行くがごとくグレイスは進む。
イグニスがマクスウェルを縦横に振るう。磁力のレールで加速したマクスウェルをイグニスが支える。馬鹿げた速度の斬撃を叩き込み、横合いから迫る連中はローズマリーが魔力糸のトラップで切り裂き、爆裂弾で撃ち落とす。
俺とグレイスとローズマリーと。迫る群れを薙ぎ払って切り拓いていく。
と、その時だ。変形して飛来したアルクス、そして改造ティアーズの部隊が魔物の後続に無数の魔力弾をばら撒いて「爆撃」していった。
俺達から少し離れた距離だ。空中から後続を潰し空白地帯を作る事で前衛が入れ替わる余裕を作る。
「そこだな」
空白が生まれたそこに、空中から飛び込んだのはヴィアムスだ。両腕のリストブレードを構え、高速回転して好き放題に切り裂く。
地面から飛び出したワーム型の魔物。飲み込もうとするその動きに合わせてテルミット反応弾をその場に残して中空に飛べば、体内を灼熱で焼かれたワームが暴れ回って他の魔物達を巻き込む。
そこにシリウス号の船首に立ったオーレリア女王の刺突が雨あられと降り注いだ。ヴィンクルとベリウスの口から、眩い輝きと真っ赤な火線が放たれ魔物達が弾け飛ぶ。
広場の上に停泊するシリウス号の甲板は、高所から戦場全体を見渡せる。砲手や射手にとっては絶好のポイントだ。別方向から広場に向かって突っ込んでくる魔物目掛けて、アドリアーナ姫が火魔法の射撃を叩き込む。
アドリアーナ姫の使い魔――フラミアの幻術によって、魔物達の目には通りの周りの家々が断崖や巨大な岩に見えている。だから小規模な群れは狂騒状態にあっても通りの周りの家々には目もくれず、行儀よく並んで撃破されているのだ。
アドリアーナ姫の爆裂弾を掻い潜り、防御陣地に辿り着くより前に、リンドブルムとコルリスが空中と地中から伸縮自在の水晶の槍を繰り出し更に数を減らしていく。
別方向から突っ込んでくるのは大猿。マルレーンの展開した幻影の中から飛び出したシーラが直上から大猿の肩に飛び乗ると、手にした真珠剣で首を掻き切って一撃離脱する。離脱を阻もうとした魔物は、全てイルムヒルトの光の矢によって撃ち落とされた。
大猿の後続――地上から迫る魔物を迎え撃つのはイグナード王とレギーナ、オルディア。それからエレナの呪法兵だ。イグナード王とレギーナは闘気を纏って魔物達を叩き伏せ、吹き飛ばしてねじ切る。
横合いから攻撃を仕掛けようとする魔物達にエレナの呪法兵が飛び込む。飛び込んで反射呪法を発動させれば、仕掛けた魔物達の方が血をしぶいて転がる。
オルディアが地面を這う瘴気の波を放てば、それに飲まれた魔物から力が奪われ結晶が引き出される。それを――オルディアは利用する。封印結晶から闘気に似た光弾が放たれ、他の魔物達を引き裂く。
大規模な群れも小規模な群れも、対応方法は同じだ。後続を潰して空白を作り、前衛を入れ替える。飛翔してくるウィンベルグとスティーヴン。そして黄金の蜜蜂達。ウィンベルグから高密度の魔力弾がばら撒かれ、黄金の蜂達が急降下して攻撃を加える。
スティーヴンも魔物の群れのど真ん中に飛び込むと、自身の周囲に竜巻のような衝撃波を放った。攻撃の間隙を縫うように射程外の魔物が殺到するが、そこにスティーヴンはいない。防御陣地周辺への転移による後方への一撃離脱。
隙だらけになったそこに――デュラハンが切り込んでいく。突進の勢いを乗せた大剣の一撃が魔物達を纏めて両断する。空中へ駆け上がるデュラハン。追おうとした魔物の群れを、巨大な骸骨の掌が叩き潰した。ガシャドクロだ。
後方の戦況に……危なげはない。俺達も第二陣の主力撃退に注力できる。
「新しい術式を使う。巻き込みはないから少しだけ引き付けて貰えると助かるよ」
「分かりました」
「あの術、かしらね」
俺の言葉にグレイスが微笑み、ローズマリーが薄く笑う。二人が入れ替わるように前衛に出たところで、マジックサークルを展開した。
ティエーラ達からの魔力供給が十全に受けられる状況だ。仲間達もいるので互いの隙も補え合える。大魔法で戦況の天秤を大きくこちらに傾けたいところだが、仲間を巻き込んでしまっては元も子もない。だが、この状況でも使える手札が増えている。
「行くぞ――」
使うのはベシュメルクの宝物庫から借りた魔道書にあった術だ。
シミュレーションと実験は既に済ませている。術式に注ぎ込む魔力量はいくらでも上げられるが、その分制御と維持が難しくなる。規模によって制御難易度が大きく変わるタイプの術だが……今発動しようとしている術の規模や難易度は階級にすれば第九階級程になるだろうか。
変身呪法メタモルフォース。取り込んだ環境魔力と体内魔力を循環で練り上げて増幅。それらを術式に注ぎ込む。俺の身体が光に包まれて変化していくのが分かる。
注ぎ込んだ魔力の規模に準じた変身だ。身に着けた衣服、装備にもその効果は及び、俺の変身に合わせてそれぞれ形を変えている。ウィズは角のような飾りに。ウロボロスは右手の爪に。キマイラコートは背中の翼に。
竜。それは白く輝く竜の姿だ。変身後の姿の身体能力を得られる術であるが故に、姿を変えるならできるだけ強靭な生物の姿を模した方が良い。
そして、最強の幻獣は身近にいる。ヴィンクルを参考に変身呪法を組み上げたわけだ。体高は四メートル程。竜種としては小型だが……身体能力と内に秘めた闘気と魔力は膨大な量を宿しているのが分かる。そんな竜の身体の中心に俺がいて……肉体を隅々まで統制しているような感覚があった。思考も五感もクリアだ。
視線を向けてくるみんなに笑って頷けば、みんなも安心してくれたようだった。ヴィンクルが嬉しそうな声を上げるのでこちらも軽く手を振って応じる。それから正面に向き直って――。
「オオオオオッ!」
大気を揺るがすような咆哮と共に飛び立つ。空中から狙いを定め、みんなから十分に離れた後続の魔物の群れに飛び込む。青白い光の尾を引く爪を振るえば――まるで手応えを感じなかった。凄まじい循環魔力の奔流が魔物の群れを引き裂いて。
そのまま正面から殺到する魔物相手に突っ込んで爪と尾を振るう。振るう度に魔物の群れが丸ごと削れて吹き飛んでいく。それでも――魔力溜まりの魔物達は一度戦いになれば退くことを知らない。
消耗が激しい。破格の身体能力のままに暴れているが、術式は長くは持つまい。
だから――もっと前へ。もっともっと前へ。術が切れる前にできるだけ魔物の群れに大きな損害を与える。もっと。もっとだ。
こちらの爪の一撃を紙一重で回避する魔物。他に比べて生命反応、魔力反応のでかい個体。掻い潜ってこちらに迫るそれを――ブレスを以って迎え撃つ。至近からまともに眩い光のブレスを浴びたそいつは姿を残さずに消し飛ぶ。
暴れて暴れて――そうして大きく後ろに飛び立てば、空中で術式の効果が切れた。身体も衣服も装備も変身呪法の効力を失い、元の形を取り戻す。そこに大きな鷲の魔物が迫ってくるが、グレイスの闘気弾が吹き飛ばしていた。
「これを」
「ありがとう」
ローズマリーが魔法の鞄から取り出し、こちらに投げてくれたマジックポーションを一息に飲み干し、ティエーラ達の力を借り……環境魔力を取り込んで、消費した分を急速に回復させていく。
まだまだ。実戦での変身魔法の使用結果は上々だが、戦いは終わっていない。魔物の群れも力を削がれたがまだ数が多いし、何より肝心な奴が残っているからな。