番外648 隠れ里防衛戦
「我らのあばら家など、いくら壊れても構いませんぞ!」
「そうです! 私達の家や荷物なんかの為に誰かが傷つく方が嫌です!」
隠れ里の住民達はそんな風に俺達に言いながらも船内に避難していった。
避難の状況は――大分進んでいるが、まだ完了してはいない。里の住民の生命反応は家々の中にはないので、広場に集まっている者達で全員だ。先に頭数だけ数えてしまったが、人数も間違いない。避難が遅れて取り残されている者はいない。
一方で住民達の移送に際し持ってきた荷物は避難最優先なので広場に置かれたままだ。住民達はああ言ってくれたが……思い出の品というのなら、できるだけ守ってやりたいと思うのも人情だろう。しかし住民達の言葉も理解できる。ならば努力はするが無理はせずに、というのが前提になってくる。
「ステファニア様!」
「ええ、アシュレイ!」
住民の避難と荷物の防衛を兼ねて、広場を中心にディフェンスフィールドが展開される。
今は一先ずこれでいい。
モンスタートレインの先頭――。黒い魔獣の分体とも言うべき代物は……そのまま瘴気結界に飛び込んでくる。壊れかけの結界ではあるがまだ生きている。そのはずの結界が、分体に干渉を受けて穴を穿たれた。
結界の突破に伴い消耗があったらしく、分体の身体はかなり縮んでいるが……それでもモンスタートレインは続行するつもりらしい。
広場に向かう道に分体に誘導されるようにして魔物の群れが突っ込んでくる。最初に姿を見せたのは直立歩行する蜥蜴の群れだ。
身体の大きさは成人男性程もあり、両腕に相当する部分がカマキリのような折り畳み式の大鎌になっている。
イビルリッパー。魔力溜まりを好むが、状況次第で魔力溜まりから魔力溜まりへと渡りを起こす事がある。
群れを作る習性がある上に、元々凶暴な性質で……魔力溜まりから離れすぎると餓えやすくなって他の生物をより積極的に襲うという……まあ危険な連中だ。
トレインしてきた分体は広場にいる俺達の姿が見えると方向転換をし、イビルリッパーを威嚇するような仕草をして見せる。なるほどな。俺達まで群れを攻撃した一味に見せかける、と。
魔力溜まり近辺の魔物は対話が不可能で接触したら戦いになるのは目に見えている。討伐する事自体に問題はないが――腹立たしいものだ。
そんな分体を、直上から降ってきた白い影が腕のブレードで真っ二つに叩き切っていた。ヴィアムスの本体だ。
迫るイビルリッパーの群れに臆する事無く、ヴィアムスはマジックサークルを展開する。両腕のブレードが発光し、テンペスタスが用いていたような不定形のオーラの刃が噴出する。
「私より後ろには通さぬと知れ」
ヴィアムスの背後には広場。未だ避難と収容を急いでいる状態。
対するは血走った眼で殺到するイビルリッパー達。ヴィアムスの光の刃が走り、先頭のイビルリッパー達が崩れ落ちる。それでも魔力溜まりの魔物達に躊躇いはない。お構いなしにヴィアムスに打ち掛かる。折り畳み式の前腕が闘気を纏い、大きく伸びて、装甲の隙間に向かって叩き込まれるが――ヴィアムスは更に一歩前に出てブレードを振るう。
その一撃一撃が必殺。紙一重の斬撃を見切り、最小限の動きによって装甲を掠らせ、イビルリッパーに攻撃を受けさせる事すらさせず、一閃ごとに確実に斬り伏せていく。
ヴィアムスの動きは要所要所でテンペスタスの体術に近い部分があるが、対話の中での俺の教えた戦闘技術もその根幹に組み込まれている。対話で得た俺やテンペスタスの戦闘情報を基に組み上げられた動きだ。防衛戦なので飛び回る事はできないが、地上戦で尚あれだけの動きができるなら技量としては相当なものと言っていい。
更にそのヴィアムスの背後を黄金の蜜蜂達が固める。仮に討ち漏らしてもアピラシアがフォローしてくれるというわけだ。
「南西から鳥の魔物!」
シーラが警告を発する。南西の空からトレインされてくる鳥達。トキシックフェザーと言われる鳥の魔物だ。翼に毒を持ち、その羽を弾丸のように飛ばしてくる魔物である。
対空攻撃に移ったのは、アステールだった。高らかに咆哮したかと思えばアステールの眼前に雲が生じ――そこから目も眩むような雷撃が前方――広範囲に渡って放たれる。
突っ込んでくるのに合わせて雷撃を浴びせられたトキシックフェザー達は咄嗟に回避行動を取るが――クラウディアの操る魔道具の結界壁によって動きを阻まれ、次々と黒焦げになって落ちていく。
クラウドエルクは雲や霧を操る。雲から雷や雹の礫を生み出す事も出来る。自然現象を自在に操るように見えるからこそ神聖視されるというわけだ。
それでも雷撃と結界を掻い潜ったトキシックフェザーがこちらに向かって迫ってくる。
が、広場に立つオルディアが無造作に放った瘴気の波に飲まれると「飛ぶ能力」を奪われて、身体から封印結晶を引き出されながら地面に向かって落ちていった。そこに迫るのはエレナの操る卵型呪法兵だ。
毒の羽根を飛ばして応戦するも、元々生物ではない呪法兵には効果がない。それどころか、羽毛弾の突き刺さるそのダメージがエレナの制御する反射呪法で跳ね返る。痛みに悲鳴を上げて身動きが取れなくなったところを容赦なく蹂躙された。流れ弾はディフェンスフィールドに阻まれるだけなので全てに対応せずとも何ら問題はない。
別の方角から別の魔物の一団が里に突っ込んでくる。キリングエイプという膂力に優れた猿の魔物だ。こちらも群れで行動する凶暴な魔物だ。
「――そこね」
「合わせます!」
こちらの射程に入ったところでオーレリア女王の刺突が先頭の猿達の眉間に穴を穿つ。崩れ落ちて足並みが乱れた所にアドリアーナ姫の火魔法が叩き込まれた。
爆炎の中に闘気を纏ったイグナード王が飛び込んで、残敵を叩き伏せ、空高く吹き飛ばしていく。イグナード王の頭上から一匹が踊りかかるが――飛行形態のアルクスがブレードですれ違いざまに両断していった。
「素晴らしい機動力だな」
「ありがとうございます。まだ――魔物を呼び寄せているようですね」
イグナード王の言葉に、人型に変形したアルクス本体が一礼してから言う。艦橋から得られる状況をスレイヴユニットで見ているらしい。
そうだな。第一陣の後にも新手の魔物の群れがどんどん里に向かって迫ってくるのを確認している。
黒い魔獣があちこちの魔物にちょっかいを出して意図的な混乱を拡大しているのだ。混乱を拡大している黒い魔獣を叩き潰し、魔物達の大暴動をこの近辺で収める必要がある。でなければ森の外へのスタンピードにも発展する可能性があるからな。この際、この魔力溜まり付近の魔物の数を徹底的に削っておいた方が良い。
そうこうしている内に住民達の避難も進んでいる。あと五人、四人――そして最後。最後の一人が船の中に入ってハッチが閉じられた。
『第一班、人数揃っています』
『第二班、同じく揃ってるよ!』
『第三班も、同じく』
船内のあちこちを確認してくれたシオン達から通信機に連絡が入る。続けざまに班ごとの人数の確認と報告。頭数を確認し、名簿で照会をしながらライフディテクションで里に残っている者がいないかを見回す。
「よし、避難完了だ! 荷物は地面に埋めて、そこを防御陣地の中心として迎撃!」
敵のトレインの目的はこちらの戦力の分断だ。シリウス号に乗って移動すれば里ではなく、シリウス号側にトレイン先を変えるはずだ。魔物の位置を感知できるとしても生物ではない荷物まで感知して目標にするとは考えにくい。
それに、荷物を悠長に船内に運んでいる暇はない。扉を開けっ放しにして船内に潜り込まれる事態は避けたい。
コルリスが土魔法で地面を大きく抉り、すり鉢状になった地面をガラス質に変化させる。そこに輸送用ゴーレム達が一気に荷物を運び込んでいく。後はヒュージゴーレムを変形させて蓋をしてやれば出来上がりだ。
「では――始めましょう」
クラウディアが懐からカードケースを取り出す。ベシュメルクの宝物庫から貰った魔道具だ。予め術を封入しておき、好きな時に使う事ができるというもので……仕込みに時間がかかる等の制約はあるが強力なものだ。アシュレイがマジックサークルを展開しながら渡されたカードを天高く投げると――光と共に巨大な水の帯が空中に現れる。御前――ミハヤノテルヒメの術だ。アシュレイの水魔法と合わせれば、近くに水源がなくとも膨大な量の水を一切の消耗なしにいきなり呼び込む事ができる。
アシュレイの術式によって制御された水が広場を満たし――凍りついて防御陣地を形成していく。即席の氷の城だ。
住民達の避難は済んだ。思い出の品は防御陣地の中心に。これで……避難の為に割いていた面々も迎撃に参加できる。戦力も迎撃の備えも十二分。あの黒い魔獣は捨て置けない。ならば魔物の群れと諸共に叩き潰して前に進む以外に道はない。