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番外635 約束と未来

 オズグリーヴは後方に二人を残し、前に出てくる。俺もまたオズグリーヴと話をするためにみんなと離れて前に出た。恐らく……だが、オズグリーヴとしては仲間二人だけでなく俺達にも気を遣っているのかも知れない。


 万一戦いとなっても、後ろの二人が逃げられるように。或いは俺達が安心して話をできるようにだろうか。

 一対一の戦いに持ち込むのが目的なら、最初からこちらの同行者がある程度いる事を分かった上で、少人数で来るという事はしないだろう。あくまで、能力を加味せずに合理的に考えるなら、だが。


 どちらにしても感情を感知する魔人相手だ。魔人に対して思うことを、そのまま真っ向から伝えるしかない。


 そうして普通に会話できる距離まで近づいたところでオズグリーヴは俺をまじまじと見た後で言った。


「なるほどな。あの若者が負けたという報を聞いた時は驚かされたが……その姿を見て納得した」

「あの若者……。ヴァルロスの事でしょうか」

「そうだ。恐らくザラディあたりから話を聞いたのだろう。彼の者も知っているかな?」

「知っています。ザラディもまたヴェルドガル王国での戦いに参加していましたから」


 そう言ってオズグリーヴを真っ直ぐに見やると、静かに頷く。


「私の所を訪ねて来て、自らの理想を語り、力を貸してくれないかとそう言った。だが――そもそも理想とするものが違ったのだな。私は隠れ里を守る内に考え方も変わって来て、他の魔人達とは袂を分かった身だ。ヴァルロスは毛色こそ違った物の……やはり共に歩んだとしても早晩道を違える事になる事は分かっていた」


 だから断ったと、オズグリーヴは言う。ヴァルロスはと言えば、拍子抜けするぐらいあっさりと引き下がったらしい。


 そうか……。情報源はやはりザラディか。ヴァルロスは盟主の封印に関する事等、色々裏の事情を知って動いていたが、最古参の仲間がいたからな。

 ザラディから聞かされたか、或いは他の仲間達と情報を共有したか。少なくともザラディに関してはヴァルロスの副官のような立場であったように見えたし、共通の目的を持っていたようだったからな。


「その後の事について……詳しい話を御存じですか? ヴァルロスとの事やベリスティオとの事は……今の状況に繋がるものでもあります。同行した方々も魔人と接点のある人物が多いのですが、紹介の前に事情を話しておいた方が、何故ここにいるのかという理由も分かりやすくなるかなと思いますので」

「聞こう。ハルバロニスの出身故に、裏の事情を知るからこそ推測できる部分はあるが、世間に流布している話以上の情報は知らぬからな」

「では――」


 オズグリーヴの言葉に頷いて、魔人達との戦いについて話をする。

 死睡の王の襲撃で始まった魔人との因縁。その後のタームウィルズでのリネットとの遭遇に始まり、宝珠、瘴珠を巡って何度かに渡り、高位魔人達と戦った事。ハルバロニスでの情報収集。ベリオンドーラへの偵察。月の船の浮上。


 それらの話を、俺達の知った魔人達の情報を交えて順を追って話をしていく。迷宮や他国との秘密もあるので話せない事は話せないと前置きをしたが、それもオズグリーヴは了解してくれた。とはいえ、ハルバロニスの出身であるオズグリーヴは舞台の裏側の事を大分知っているようだが。


 ヴェルドガル王国でヴァルロスを迎え撃った事。封印を巡ってのヴァルロスとの戦い。そして……ミュストラを名乗る最古の魔人、死睡の王イシュトルムのヴァルロスへの裏切りとその目的。


 話がイシュトルムの事に及ぶと、流石にオズグリーヴも驚いたようだ。月の民の因縁。ハルバロニスの民が追放された、まさにその原因になった人物なのだから。更にそのイシュトルムが世界の破滅を望み、ルーンガルドの共鳴を利用して月を落とそうとしていたとなっては。


「その時期に地震が起こったことは覚えている。あれがそうか」

「はい」


 オズグリーヴの目を見ながら頷き、更に言葉を続ける。そして……その後にヴァルロスが俺に託した物――。


「ヴァルロスは……僕に渡すものがあると」


 あの時の事は、一言一句覚えている。手の中に残ったあの熱も、ヴァルロスの表情も……忘れはしない。

 差し出されたその手を取った事。渡されたヴァルロスの術と、イシュトルムの襲撃から生き残ったテスディロス達の事――。世界の命運と、テスディロス達……魔人達の未来を託された。


「そう、か。だから今、フォレスタニア境界公は魔人達との共存の道を模索している、というわけか」

「そうですね。僕達はイシュトルムを追って月に渡り……そして奴と戦いました。そこでイシュトルムの持ち去った瘴珠に封じられたベリスティオの魂とも出会ったのです。イシュトルムは瘴珠に蓄積されたベリスティオの負の感情に着目し、それを高位精霊の怒りと共鳴させようとしていましたから……イシュトルムを討伐した事でその術から統制が外れ、魂も解放されたのでしょう」

「ベリスティオ殿、か」


 その名前が出ると、オズグリーヴは遠くを見るような目になる。

 ベリスティオもまた……世界の破滅を望まなかった。解放されたのを俺達への借りだと言い、己は残酷ではあるが卑怯で矮小には成り下がらないと、そう言った。

 あれは……魔人達を総べる盟主としての矜持でもあったのだろう。魂を縛る能力を持つが故に、イシュトルムの起こした事態の後始末をできると知っていたから、目の前で起こっている事に対して何もしないという選択を、潔しとする事ができなかったのだ。


 そして、ベリスティオは世界を救うための力になったのなら、それは俺達に借りを返したという事だと……そう言って、原初の精霊の力を削ぐために死地に飛び込んで行った。


 話を聞き終えたオズグリーヴは、かぶりを振って息を吐く。


「……あの御仁らしい、苛烈な生き方よな。或いは……和解の道が見えたとしても、そこに自分の居場所はないと考えたのかも知れぬ」

「僕も……同じことを思いました。その後、魔人に関しては幾つか出来事もありましたが、それについては追々話をします」


 オルディアと出会った事や、ベシュメルクで知った事もあるからな。その前に……魔人の性質を抑え、解放する手段が確立できたことについて話をしなければならない。


「それと……共存の方法に関する話ですが、種族特性を封印する術を使う事で一時的に魔人としての力を抑える事が可能です。次に魔人化そのものを呪いと捉え、これを解呪する事で魔人化そのものから解放する事にも成功しました」


 そう言って、テスディロスとウィンベルグに視線を向けると、二人も頷いて前に出てくる。


「先程のテオドール公の話の中で出た、生き残りの魔人の一人だ。テスディロスと言う」

「同じくウィンベルグと申します。テスディロス殿と共に、イシュトルムの奇襲から生き残りました。今はもう……魔人ではありませんが」


 そう言って、ウィンベルグは魔力を身体から発して、少し宙に浮かぶ。瘴気ではなく魔力を用いた飛行術だ。それを以って自分の言葉を信じて貰おうというわけだ。

 オズグリーヴは自分を真っ直ぐに見つめてくるテスディロスとウィンベルグを暫く見ていたが……やがて頷く。


「なるほどな。どうやら魔人化の解除の噂も、本当の事というわけか」

「最初はヴァルロス殿の命だから行動を共にするだけと、そう思っていた。しかし……今は少し違う」

「生まれついた時から魔人であったからこそ我らが知らずにいた様々な事……それらを大切にしたいとも思っております」

「だからこの場に同行を願い出た。実際、テオドール公の下で穏やかな日々を過ごさせて貰っている」


 そんな、テスディロスとウィンベルグの言葉に、オズグリーヴは目を閉じる。


「そう、そうだな。お前達や彼らは――生まれた時より魔人。色や匂い……知らぬ世界がある」


 そしてオズグリーヴは、ハルバロニスの出身者。魔人でない頃の事を、知っているからこそ言える事、見える物もあるのだろう。


「だからこそお話をしたいと思いました。賛同してくれるのであれば嬉しいですが、かと言って力を背景に、誰かに生き方を強要するつもりもないのです。けれど、他の生き方もできる選択肢があるのだと、それは伝えなければなりません。ヴァルロスやベリスティオと約束をしましたから」


 その目を見て言うと、オズグリーブもまた暫く俺の目を覗き込んでいたが、やがて静かに頷く。


「やはり……話をしに来て正解だったな。契約はあれどベリスティオ殿とは道を違え、あの若者とは見ている未来が違った。だが、境界公ならば……同じ道を歩むことができるかも知れぬ」


 そう言って――オズグリーヴは手を差し出してくる。俺もまた頷いて、その手を取ったのであった。

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