番外628 魔人達の矜持は
シリウス号の召喚実験に際しては、前もって幻術でのフォローをしてある。造船所ではシリウス号の姿がそのまま鎮座しているという状態だ。そのまま普通に実験をしてしまうと造船所から突然シリウス号が消えたりするような事になって、実験場所を迷宮奥に選んだ意味がないからな。
そんなわけで造船所に戻って、土台に鎮座する幻影のシリウス号を宙に浮かせてから召喚の魔道具で光のフレームと合わせ――術式を発動して本物を重ね合わせるようにしてから幻影を消してやる。
光のフレームのどの範囲にどの方向でシリウス号が出現するかもデータが取れたからな。ウィズのサポートと合わせれば、幻影と寸分違わず重ねる事ができる。
後は甲板に姿を見せたアルファの操作でゆっくりと土台を降ろしていけば完了だ。
「アルファ、そのまま下へ」
俺の言葉にアルファがこくんと頷き、ゆっくりとシリウス号が降下する。
傍目から見ればシリウス号が光ったり、フレームで囲われたりといった調子だ。名目上は飛行船に関する魔法実験、という事になっている。
具体的内容についてはまあ……あまり正面から聞かれる事もないだろうが、メルヴィン王やジョサイア王子は承知しているのだし、防衛用の備えに関するもの、と言っておけばいいだろう。
そうしてシリウス号を土台の上に降ろしたところで、造船所内の施設で外洋航行に際しての船員への講義を行っていたドロレスも顔を出し、こちらに挨拶してくる。
「これは境界公」
「こんにちは、ドロレスさん。お騒がせして手を止めさせてしまったでしょうか」
「いえ、実験を行うという話は受けておりましたし、建造や講義の進捗状況も、順調ですので、ご心配には及びません」
との事である。
外洋航行船に組み込まれる設備や機能に関する説明。それに伴う訓練。更に外洋を航行する事で生じると予想される問題に関する知識であるとか……諸々の面で、中々の成果が出ているそうだ。
乱獲やバラスト水による生態系のバランスの乱れ、欠乏症に対する予防的な知識……。元々各国で選りすぐりの船員達を集めただけに、それらの事にもかなり飲み込みが早いとの事で。外来生物の問題等、グランティオス王国の面々も自分達の住環境に関わってくる問題だけに、かなり真剣に受け止めてくれているとの事だ。
「講義をする側の私としても色々気付かされる事が多いですね。きっとこれらの技術や知識は、同盟に名を連ねる国々にとっても後々大きな財産になると確信しておりますよ」
と、ドロレスはそう言って笑みを浮かべるのであった。
オーレリア女王とパルテニアラがやってくるとの事で、造船所の仕事を早めに切り上げ、お祖父さん達と共に転移港で待っていると、魔力送信塔とベシュメルクに繋がる転移門が光を放ち、当人達が姿を見せた。
「こんにちは、元気そうで何よりだわ」
「ふふ。皆で迎えに来てくれるというのは嬉しいものだな」
オーレリア女王とパルテニアラが俺達の姿を認めて微笑む。
オーレリア女王もパルテニアラもそれぞれエスティータやスティーヴンといった面々を護衛として連れて来ているが……ベシュメルクからの一行には新顔がいた。
但し人間ではなく見上げるような大きな鹿の魔物――クラウドエルクである。
お披露目も兼ねて連れてきた、というわけだ。大きな体格に立派な角と、銀と青の体毛がとても人目を惹く。魔力もかなりのものだな。姿といい魔力の波長といい、パルテニアラの使い魔だった事を除いても神聖視される理由も納得できるように思える。
俺達の姿を見やると、クラウドエルクは首を縦に振るようにしてお辞儀をしてきた。
「紹介しよう。クラウドエルクのアステールだ」
「こんにちは、アステール」
エレナが笑顔で挨拶をすると、アステールも軽く声を出して応じる。
「ふふ。初めまして、アステール」
オーレリア女王も微笑み、俺達や動物組、魔法生物組もみんなでアステールに挨拶をする。コルリスやティールがアステールとお互いにお辞儀をして挨拶を交わす。クラウドエルクは顔がヘラジカというよりは普通の鹿に近いので、モグラやペンギンと並んでいると人間との縮尺が色々おかしく見えてきたりするな……。
挨拶を終えたところで角に関するお礼も言うと、アステールはこくんと頷いて応じてくれる。そうしてみんなで場所をフォレスタニア城の迎賓館へと移動した。
サロンで腰を落ち着け、テスディロス、ウィンベルグ、オルディアとレギーナも交えて話をする事となる。
手紙の内容。それに対する返答の内容を集まった面々に聞かせる。
「面会に際しては私も同席したく思うのだけれど……。私が何を言ってもきっと手間を掛けさせてしまうのが心苦しいわね」
オーレリア女王としては、やはり、自分もその場に居合わせたい、と思っているらしい。側近の面々も伴っているという事は、説得はしてきたという事なのだろうが。
「それがオーレリア陛下の御意向で、オズグリーヴも承諾してくれるのでしたら……。僕としては危険から遠ざけられるよう全力を尽くす所存です。ですから、向こうの返答次第というところはありますね」
「承知しているわ。相手方が断るのなら無理は言いません」
そう答えるとオーレリア女王は真剣な表情で頷いた。
「私も……イグナード様からは立ち会うことの承諾を貰っています」
と、オルディアが胸の辺りに手をやって言う。立場的にオルディアはイグナード王の養女であるが、俺のスタンスを考えれば魔人であることを秘匿し続けなくとも問題のない状況になってきた、という判断もあるだろう。もっとも、イグナード王としてはオルディアが立ち会うなら自分も、と言っているが。
「ベシュメルクも月の騒乱の原因の一部であった以上は素知らぬ顔は出来ぬが……やはり、危険も予想されるか」
パルテニアラが顎に手をやり、思案しながら言う。アステールもこくこくと頷いているが、どうもパルテニアラやエレナの身を守りたいと希望しているらしい。魔界に護衛として付き添うという事も有り得るので、暫くタームウィルズでエレナと行動を共にする、との事だ。
ともあれ、今はオズグリーヴの話を進めよう。
「オズグリーヴが手紙に記した過去の実力はともかく……今となっては覚醒に至っていると考えておく必要があるかと。特に……それがザラディのように特殊な能力というのも有り得ますから」
「そうなると……事前情報がない以上は対策にしても限界がありますね」
「そうだね。それと当人が交渉の場に来るのなら、その場合は信用度が上がる気がする」
グレイスの言葉に頷いて、そう答える。
「そのあたりはオズグリーヴを信用できるかどうかの目安にもなるじゃろうな」
お祖父さんが目を閉じて頷いた。
「そうですね。とはいえ、里とそこに住む者達を守る事を自身の存在意義にしている以上、リスクを天秤にかけて、それでも交渉に自ら出向いてくる可能性は高いと思っていますが。魔人は……強い者程、矜持があると言いますか、生き方や考え方を突き詰めていたりする印象がありますから」
「……生き方や考え方を突き詰める、か。やはり難儀な事だな」
「封印術で特性を封印したり、解呪の儀式を経た今となっては、その辺りの事がよく分かる気がしますな。魔人として生き続ける以上は、より先鋭化しなければ己のままで在り続けられない、と言う事なのかも知れません」
俺が魔人に対するそのあたりの見解を口にすると、テスディロスはかぶりを振り、ウィンベルグは目を閉じて同意を示す。
ともあれ、テスディロス達はヴァルロスの言葉を伝えたり、現状の説明の為に力を尽くすつもりでいると俺達に約束をしてくれた。エベルバート王とお祖父さん達。オーレリア女王、イグナード王、パルテニアラも面会に際しては力になりたいと言ってくれているのだから……心強い事だ。
そうしてオズグリーヴからの返答と、日時についての連絡は内容がどうであれ必ず伝えると約束をすると、集まった面々も真剣な表情で頷くのであった。