番外626 面会に向けて
「つまり――オズグリーヴが文面で指定してきた符丁を、相手への伝言の中に入れる事で、こちらがこの手紙を受け取った証としてやり取りをする、というわけね」
今後の方針を話し合う時間を取ると、ローズマリーがそんな風に言った。
「向こうの方が姿を隠している事を考えると、あっちに都合の良い場所と日時を指定して貰って、それに対してこっちからも都合がつくかの返事をして会う……っていう事になるかな」
「ん。それならこっちもその条件で会えるか、吟味できる」
シーラが言う。そうだな。相手の提示してきた条件から罠でないかを判断してから動けるというわけだ。それは相手も同じではあるが。
「相手の目的が本当に文面の通りだったとしても……元々の関係も考えると気を張っているでしょうから、私達もそれを念頭に置いて事に当たる必要がありそうですね」
「お互い目的が一致していても、ちょっとした事で一触即発だとか、横槍を入れられる可能性っていうのも有り得るものね」
グレイスの言葉にステファニアが言うと、マルレーンも真剣な表情で頷いた。
人間にしてみれば長年に渡って争った相手で……向こうにしてみれば交渉しようとしている相手は魔人殺しだ。緊張感を持たずに相対しろという方が無理な相談だろう。
それに……人間も魔人も、一枚岩ではない。交渉が上手く行くよう万難を排せる状況を構築するのが重要ということだ。
「少なくとも……オズグリーヴ本人の慎重さや思慮深さは文面からも伝わってくるものではあるわね」
「魔人の事を理解しているかどうかを量るような内容でもある、と思います」
クラウディアが目を閉じて言うとアシュレイも言う。それは確かに。
「とすると、返答でも意図を理解している、というのを伝える必要があるかしら」
「そうだね。そのあたりは文面を詰めなきゃならないと思う」
イルムヒルトの言葉に同意して、それからメルセディアに向き直る。
「メルヴィン陛下にもお会いして、その辺りの内容を詰めたいと思うのですが」
「では、私は先に報告に向かい、準備を整えておきます」
「いつもありがとうございます。助かります」
「勿体ないお言葉です。和解と共存の一助になれるのであれば、私としても嬉しく思っていますよ」
俺の言葉に、メルセディアも笑みを浮かべて一礼を返してくれた。
本来なら連絡役は騎士の仕事ではないのだろうが……魔人に関する事などは秘密にしなければならない事が多く、信頼が置ける人物でなければそういった役回りを任せられない。その点、メルセディアはヴァルロスとの戦いの時からで、実績も含めて信頼が置けるからな。
というわけでセオレムと通信機で連絡を取って様子を見つつ、造船所の仕事にも一区切りをつけてから向かうとしよう。
「おお、テオドール」
「こんにちは、境界公」
「これはメルヴィン陛下。ジョサイア殿下も」
と、それから暫くして、王城へと向かう。サロンで待っていた二人に一礼すると、二人も笑顔で応じてくれた。
早速腰を落ち着けて、書状の話をする事となる。
「罠、という可能性は薄いと見るべきかな」
メルヴィン王が目を閉じて思案する様子を見せる。
「そうですね。こちらを魔人絡みで呼び出したいだけなら個人として魔人化を解除したい旨を伝えるだけでも良いはずです」
「魔人の背景や性質を文脈中に混ぜたり、他に魔人達のいる里がある事を知らせる必要がそもそもないということだな」
俺の言葉にメルヴィン王が頷く。
「はい。オズグリーヴ当人は……恐らく里の事を自らの生きる意味とまで考えているし、それ故に仲間達の将来の事を案じているのではないでしょうか。勿論、完全にそうだと決めつけて安心してしまうというのは問題だと思いますが」
「オズグリーヴ当人が、ただ信じる程自分は若くはない、と文面で言っているからね。私達の重ねてきた歴史もある。お互いに慎重になるのは致し方の無い事なのだろうし、その事は向こうも分かっているだろう」
と、ジョサイア王子。手紙をどこのルートでどうやって紛れ込ませて来たか、というのも気になるところだが、そのあたりは敢えて調べるべきではないのだろうという事で意見の一致を見る。
「そうですね。その上で、色々と返答の文面を考えなければいけません」
というわけで、書状を見ながら先程みんなと話した内容や見解等を聞かせると、メルヴィン王とジョサイア王子は顔を見合わせ、頷いてから答える。
「異存はない。返答に際して諸々配慮した文面を考えるのなら、余らも協力しよう」
「そういった外交的な内容の文言を考えるのは私達の専門分野でもあるからね」
静かな口調のメルヴィン王と、朗らかに笑みを浮かべるジョサイア王子である。
と言うわけで……二人と共に色々とオズグリーヴに返答する為の文面の内容を相談するのであった。
そうして、メルヴィン王達を交えてこちらからの返答の文面を考え、それを国内のあちこちで布告するよう手筈を整える。
まず魔人化解除の件が事実であり、交渉の場にはテスディロスやウィンベルグも立ち会いたいと希望している事。証拠として魔人化の解除を行う用意がある事。長く生きた魔人の心情についての俺の見解。それから、ヴァルロスと盟主と約束を交わしたからこそ、今こうしている事。
面会に際してはお互い代表を立て、安全だと思う日時と場所を指定してもらい、同じような連絡方法で擦り合わせをした上で合意に至れば実際に面会してはどうか、といった内容の連絡事項と提案が文面に盛り込まれる。
こちらとしても魔界探索が控えているので、場合によっては動けない時期と言うのも出てくるが……まあそこは今後の交渉で調整するということで。
そうしてあれこれと取り纏めたところで、一先ずオズグリーヴの件は向こうの返答待ち、ということになった。
「転移魔法がある事やそれを利用して国内の情報伝達が早くなっている事などは、向こうも魔人化の解除の話を調べた上でこうして接触してきた以上、承知していると見ておくべきかも知れんな。意外と早く向こうからの返答があるかも知れんぞ」
メルヴィン王の見解としてはそういったものであった。
「次の返答までの間隔を見て、魔界探索の予定と合わせていきたいなと思っております。シリウス号の召喚実験もそろそろ実行に移せるかなと思っていますし」
「そうか。承知した」
「後は魔人に関わりの深い面々に、この事を知らせなくてはならないかな」
「エベルバート陛下と、オーレリア陛下、ですね」
「そうさな。場合によっては代理の者が面会の折に行動を共にするかも知れぬが」
ああ。それも十分にあり得る話だ。シルヴァトリアからなら七家の面々が代理として希望するという可能性も高いが、月からはオーレリア女王自身の腕が立つというのもあって、本人が直接というのも有り得ない話ではない。そうでなくてもハルバロニスの民はもう月の主家からは正式に許されているのだし。
「相手方の意向を確認する事が必要になるかも知れませんが……僕としては問題無いと思っています。いずれにしても……今回の話を上手く纏めて、今後魔人化を解除したいと希望する者への良い前例としたいところですね」
「そうさな……。隠れ里の者達が解除されたとなれば、こちらを信用するに足る情報ともなるであろうし」
そうだな。それで共存したいと望む魔人が増えるのであれば……それは俺としても嬉しいと思うのだ。そうして、メルヴィン王、ジョサイア王子との話し合いと通達の準備も終わり、また俺は造船所に戻って仕事の続きをする事となったのであった。