番外578 シルン伯爵領の後進
「おお、旦那様。お待ちしておりましたぞ」
「こんにちは、ケンネルさん」
フォレスタニアの視察を終えてから、今度はシルン伯爵領へと転移で飛ぶ。シルン伯爵家では、家令であるケンネルが笑顔で出迎えてくれた。
ケンネルとは執務関係で転移した時に顔を合わせたり、魔道具による通信でちょくちょくとやり取りをしたりしているので久しぶりという感じはしないが、こうしてみんなでシルン伯爵領を訪問した時は嬉しそうな笑顔で出迎えてくれるので、俺達としても安心感があるな。
「その後、お体の加減は如何ですか?」
「すこぶる良い調子ですぞ。旦那様の魔法や魔道具もですが、気がかりもなくなって皆も何だかんだと気遣って下さいますからな」
ケンネルの言う皆、というのは伯爵家で働く使用人達と、実務を行っている伯爵家の家臣達の両方を示している。
冒険者ギルドとの関係も改善。エリオットも帰ってきて、シルン伯爵家の後嗣問題も解決して……ケンネルは諸々の問題から解放されると寧ろモチベーションが上がるタイプだったようだが、それを周囲も支えてくれているようだ。生命反応も会うたびに強くなっている気がするし、ケンネルの健康に関しては問題あるまい。
シルン伯爵家の家臣では――ジョアンナ=スターレットという女性が頭角を現している。スターレット家は派閥争いのような政争は好まず実直な家柄で、ジョアンナ自身も実務で真面目な働きをしている、というのがケンネルの評価だ。
冒険者ギルドのベリーネもジョアンナは知っているようで、真面目で有能な人物、と評価していた。
ケンネルとしては――シルン伯爵領の執務に関しては将来的に自分に代わってジョアンナをアシュレイの補佐役にできたら、と考えているらしい。
シルン伯爵領との通信でもケンネル相手ではなくジョアンナともやり取りがあるので、後進として育っているとケンネルが認めている、というのも間違いあるまい。
と、シルン伯爵領について思案を巡らせつつ、視察に出ようと屋敷の玄関ホールへと向かうと、件のジョアンナがミシェルと共に丁度訪問してきたところだった。ミシェルの使い魔――ヒュプノラクーンのオルトナも一緒だ。
「これは皆様、無事にお帰りになられた事、お喜びを申し上げますわ」
「ご無沙汰しております。先程ジョアンナ様から皆様が来訪なされるとお聞きして、挨拶に参りました」
ジョアンナとミシェルは笑顔で深々とお辞儀をしてくる。年齢が近いし二人とも真面目だから気が合うのかも知れない。まあ、ジョアンナとミシェルの人間関係が良好なのは今後の事を考えても良い事だろう。
「こんにちは。お二方ともお元気そうで何よりです」
そんな言葉を交わし、ジョアンナと実際に初対面になる面々もお互いに紹介する。カルセドネやシトリアは丁寧かつ元気良くジョアンナに挨拶をして、ジョアンナもまた微笑ましそうに応じていた。アピラシアやアルクス、ハーベスタといった面々もモニター越しにではあるが知っているのでにこやかに握手を交わしていた。
オルトナは相変わらず愛嬌があって、コルリスと再会を喜び合うようにハグした後、ティールやハーベスタとも同じようにハグしあう。何となくフィーリングが合うのだろう。それを見たシャルロッテがそわそわとしているが。
一方でオルトナの主人であるミシェルはと言えば、そんな光景を微笑ましそうに眺めつつ「これが報告書です」と、試験栽培やノーブルリーフ農法に関する事柄がきっちりと書き込まれた紙束をこちらに渡してくれる。
「試験用の稲作も順調ですね。ノーブルリーフ達が葉につく害虫や、水中にやってくる害虫も食べてくれるので安心できます。収穫は――もう少し先の時期になりそうですが楽しみです」
「収穫は秋口ですからね。ミシェルさんは丁寧に資料を作ってくれるので目を通すのが楽しみです」
俺の言葉にローズマリーも目を閉じて頷き、ミシェルははにかんだように笑って感謝の言葉を口にする。
「それと……視察や細々とした仕事が終わったらフォレスタニアに戻り、西方海洋諸国から来訪している方々を歓待する予定なのですが……その時、グランティオス王国で頂いてきた珊瑚の幼体を水槽に移し替えて育てようと考えているのです。予定が許すのでしたらフリッツさんと共に、水槽の立ち上げを見にきませんか?」
「ああ……! それは面白そうですね……! 祖父も喜ぶと思います」
こういうのはミシェルも興味があるだろうと声を掛けてみたが、予想以上に嬉しそうだな。ケンネルやジョアンナも手が空いているようなら見に来て欲しいと誘ってみると「是非」と乗り気な様子だ。
水槽の環境作りに関してもウィズが集めてきたデータを迷宮核に入力して、諸々計算や起こり得る問題の予測と対策を講じてみるつもりだ。光珊瑚も生物だからな。育成に失敗したくはないし万全を期したい。お土産としてもらったカカオの栽培及び発酵と加工も気になるところなので、その辺も歓待の折に植物園で進めていくとしよう。
そうして、みんなと共にシルン伯爵領を視察して回る。ジョアンナのように補佐候補となる人物は、俺達の事情も伝えなければならない。そうした人物は例外ではあるが、あくまでアシュレイの領地なので文官達、武官達にあまり干渉するべきではあるまい。俺自身は一歩引きつつ挨拶はしておく。
そうしてシルン伯爵領直轄地の町中を見て回る。町の規模はタームウィルズやフォレスタニアより小さいのだが、その分領主との距離も近い雰囲気もあって、町行く人々がアシュレイや俺達に笑顔で挨拶をしてくる。
前に訪問した時は使い魔の姿を模した品がお店で売っていたからな。
そう言った背景もあって子供達も使い魔には馴染みがあるようで、リンドブルムやラヴィーネ、コルリスの姿を見て笑顔で手を振ってきたりしていた。
動物組もそれに手を振ったりして応えて、子供達は随分と喜んだりしていたが。
例の店の店主はと言えば……ティールやアルクス、アピラシアの姿を見て感心したように頷いていたから、多分ラインナップが追加されるのも時間の問題だろう。
水田は――中々に見事な物だった。植え付けの季節など大丈夫かと思ったが、ノーブルリーフの力もあって青々とした稲がすくすくと育っていて……浮遊する鉢植えに収まったノーブルリーフ達が花弁の先端を水の中に突っ込んで食べたりと、害虫の類を駆除している。
何となく……鴨を水田に放し飼いにして害虫を食べてもらう合鴨農法の光景が頭を過ぎるが、ノーブルリーフ達は立派な植物系魔物である。花弁が嘴、広げた葉っぱが翼に見えなくもないが。
ノーブルリーフ達も随分と元気で、俺達が来た事を察知すると浮遊してきて挨拶に来たり、ビニールハウスの中から葉っぱをこちらに振ったりと、中々に賑やかな光景である。
「ハーベスタさんの家族や友達の皆さんですね」
「うん……。可愛い」
「握手、してくれる?」
と、エレナが微笑んで浮遊してきたノーブルリーフと握手をする。カルセドネとシトリアもそれを見て、ノーブルリーフ達と握手をしたり撫でたりして何となく満足そうだ。オルトナを抱き上げているシャルロッテも、うんうんと目を閉じて頷いていた。
「この分なら、シルン伯爵領での稲作も上手くいきそうだね」
「私としても期待しています。水田を増やすために開拓すれば、農家の二男三男といった方々も、跡取りとは競合せずに独立できるのではないかと……皆さんも期待しているようですから」
「領民の期待には応えていきたいですわね」
俺の言葉にアシュレイがそう言って、ジョアンナも目を閉じて頷く。そうだな。食糧生産や雇用創出という意味でも中々に良い話だ。開拓をするのならばゴーレムで協力しても良いしな。