番外573 運命の遺産
王城で面会したのは造船研究所の所長であるルーベンと、年の頃二十そこそこぐらいの女性であった。確か、前に造船研究所にいた時に挨拶をしてきた人物だと思う。
「皆様のご無事をお喜び申し上げます」
ルーベンが頭を下げるのに合わせてその女性も深々とお辞儀をしてくる。この流れで紹介されてルーベンと共に挨拶をしてくるという事は……彼女がヴェルドガルに派遣される職員なのだろう。
「ありがとうございます。所長もお元気そうで何よりです」
そう言葉を返すとルーベンは笑みを浮かべて頷いて、隣の女性に視線を向けた。
「前に造船研究所にいらっしゃった時に挨拶をした事があると思いますが……彼女は研究所で働く技術者であり魔術師でしてな。技術も知識もかなりのもので、実際に運用されている船に使われている技術をいくつか考案したりと……人格的にも推薦できる人物です」
「ドロレス=マダリアーガと申します。東国との航路開拓や、長期間の航行に耐えうる船舶の開発とお聞きしました。若輩ではありますが、その計画の一助になれましたら、これ以上の光栄はないと存じております」
と、折り目正しく挨拶をしてくるドロレスである。落ち着いた、冷静そうな印象を受ける人物であるが。
「それほどの人材を派遣して下さるとは。よろしくお願いします。ドロレスさん」
こちらも一礼する。
「技術者であり魔術師、という事は……魔法技師なのかな?」
「専門にしているわけではありませんが、魔道具を作る技術も多少は持ち合わせております。少し前までは船の推進機構を開発しておりました」
アルバートの質問に丁寧に答えるドロレスである。
「と仰いますと、あの水魔法による紋様魔法の推進機構でしょうか?」
「はい」
なるほどな。専門ではないと謙遜しているが、グロウフォニカ王国の船の推進機構は紋様魔法なのに組木細工のようなオンオフの仕組みがついていて、かなりの完成度だった。あれの開発に携わったというのなら実力は確かだろう。
ビオラ、エルハーム姫、コマチといった工房の面々と引き合わせてもお互い良い刺激になりそうだ。現にローズマリーも中々興味深そうにしているし。
「工房の技術者とも話題が合いそうですね。今後とも、よろしくお願いします」
「こちらこそ……! どうか宜しくお願い致します」
俺の返答にドロレスは深々とお辞儀をしてくる。グレイス達も「よろしくお願いします」と笑顔でドロレスと握手を交わしたりして中々良好な雰囲気である。
俺達の初顔合わせが上手く行ったことにデメトリオ王は上機嫌そうに微笑み、頃合いを見計らって口を開く。
「ではもう一点。宴の席で各国の王にそれとなく聞いてみたところ、テオドール公には探索や戦闘の役に立つ品が良いと聞かされたのだが」
「そう、ですね。近々……と言ってももう少し先の事になりますが、とある場所に調査と探索の任務に向かう事が決まっております。ですのでそうした手札の増強は有り難いお話です」
「実はその話を聞いてから、宮廷魔術師達に宝物庫に収められている物品を目録や文献から調べ直させたのだ。宝物庫に死蔵しておくよりはテオドール公の役に立ててもらいたい」
「それは――ありがとうございます」
礼を言うとデメトリオ王は満足げに頷き、女官が目録の写しを持ってくる。探索用、戦闘用の物品には目録に印がつけてあるらしい。
というわけで、実際に宝物庫に向かって実物を見せてもらいながら選んでいく、ということになった。
魔道具系は説明文だけでなく実物も見ないと分からないからな。どのぐらいの魔力を宿した魔石を用いているか、実際の効果の程はといった事を調べなければならない。
まあ、発動させずとも魔力反応と刻まれた術式を見れば大体のところはわかるか。
城の中を移動し、宝物庫に向かいながら目録に目を通していく。
「携行できる強固な結界石……。対空で射出して敵を閉じ込める結界石……。結界術系の派生が多いですね」
「ゼヴィオンの一件で多大な被害を出した反省から、その後の世代で研究開発されたもののようだな。結界に閉じ込めて逃がさぬようにする為か。或いはこちらが迅速に撤退する為か……。テンペスタスの一件でも役立てられれば良かったのだが……」
「まあ……テンペスタスは些か想定外の事態だったと言いますか」
深みの魚人族も、ゼヴィオンが大暴れしたせいで大事になってしまったから、フォルガロも魔人を傭兵として利用する事は止めた、という情報を言っていたしな。
それに……グロウフォニカはゼヴィオンの一件で国力こそ下がったものの、その後は西方海洋諸国共々比較的平和な時代が続いていたわけだし、開発した魔道具を実戦投入していたわけではないだろう。魔道具は実物を検証しなければ分からない。
勿論宝物庫に収められる程の品であれば完成度の高いものなのだろうが、どの程度の代物なのかは不透明で、確実性に欠けるものをいきなり活用してもらう、というのも博打のようなものだ。過去の遺産をいきなり適材適所というのは中々難しい。
そうして城の一角にある大きな宝物庫にやってくる。デメトリオ王が宝物庫の扉を開き――所蔵品を色々と見せてもらう。
色々な物品の中で目を惹いたのは――六つの宝玉が嵌った石版だった。相当な魔力を秘めているが、これも結界を作り出すための魔道具らしい。月女神を称える文言が刻まれていて、クラウディアやマルレーンと相性の良い品のようだ。
「なるほど。間違いなく――対高位魔人を想定した物品ね」
クラウディアが石版を手に取り、静かに頷く。
文献によれば……石版を所有する術者の意に従い、宝玉が飛んで行って結界を展開する事ができるらしい。
しかも結界を展開するのならば場所と範囲を選ばないのが特徴のようだ。
つまり空中であろうが水中であろうが、宝玉によって閉鎖空間を展開できる。海洋国家であるグロウフォニカらしいな。
この魔道具の優れた点としては一人の術者で強固で迅速な結界を構築できる事だろうか。
俺達も元々同じような閉鎖空間は作れたが、頭数を必要としていた。国宝扱いなのが良く分かる。
飛ばす宝玉の数によって正四面体型、ピラミッド型、シールド型、線型を使い分ける事が可能で、実際に結界で覆う範囲も小規模からかなりの広範囲まで調節可能。小規模であるほど強固になるので高位魔人を閉じ込める事もできるし、そうした隔離目的だけでなく防壁としての使い方もできる、と。いわば……グロウフォニカの結界術研究の集大成であるらしい。
「素晴らしいですね。当時の技術者達の努力が窺えます」
というわけでみんなの意見も確認してみるが、この魔道具を選ぶ事に反対意見はでなかった。
「では……この魔道具を頂いていっても良いでしょうか?」
「勿論だ。余としては一つと言わず、複数持っていっても構わないと思っているぐらいだが……」
デメトリオ王は一旦そこで言葉を切ると、少し遠くを見るような目をした。
「――かつて魔人対策として作られた物品が、炎熱のゼヴィオンを滅ぼしたテオドール公の手に渡るというのは、運命的なものを感じるな。収まるべき者の手に収まったという事なのだろう」
そう言って……デメトリオ王は目を閉じて満足そうな笑みを浮かべた。
「文献によるとマルティネス家の術者も開発に携わっているらしいですな」
バルフォア侯爵も教えてくれた。
そうか……。マルティネス家も結界術に携わる立場だったからな。確かにそれは……運命的なものを感じる。瞳を隠す時も精霊の力を借りてのものだったし、結界術の効果を上げるために月女神の力を借りるなど、言われてみれば確かにマルティネス家の術の用い方に通じるものがあるな。