17-9.紫塔(1)
※今回は少し長いです。
サトゥーです。巨大な塔を登って攻略するゲームと言えば、バビロニア神話をモチーフにしたアーケードゲームを思い出します。RPG要素やパズル要素があって攻略が楽しかったんですよね。
◇
「お待ちください!」
オレを呼び止めたのは次席と呼ばれていたメガネの男性だ。
「中を探索するなら案内役が必要でしょう? 王立研究所次席研究員の私が、その役目を買って出ましょう」
「必要ない」
オレにはマップがあるし、なんとなく彼は自分勝手にうろうろしそうな危うさがある。
「そうそう、わたし達が一緒に行くから必要ないわ」
「悪いけど、アリサと公爵夫人も残ってくれ」
「しょんにゃあ~」
アリサがorzの形で落ち込んだ。
『何かあった時に眷属通信で連絡が取れるアリサと国王への連絡ができるミトがいた方がいいからね』
戦術輪話で三人に説明する。
「なら、私だけでもご一緒させてください」
ゼナさんが志願してきたので許可する。
オレは仲間達を集合させておいてくれとアリサに頼んで、ゼナさんと二人で塔の中へと入った。
「広いですね」
「ええ、階段はあの柱のようですね」
聞いていた通りの場所だ。
マップによると、「紫塔、一階」と表示されている。
全マップ探査を使ってみたが、一階のフロアしかマップが有効にならなかった。
二階層目以降は別マップのようだ。珍しい。
この階層には敵も残留者もいないので、柱の中にある螺旋階段を上る。
螺旋階段を出ると、マップが変わった。ここからが二階層らしい。
――ん?
二階層は「紫塔、二階-い」と表示されていた。
もしかしたら、階段毎に別マップなのかもしれない。
「サトゥーさん、血の跡が!」
幅三メートルほどの廊下に血の跡があった。
血の跡を追おうとするゼナさんを止め、オレは全マップ探査を使う。
一階より遥かに広い。王都並みの広さだ。
しかも、ほとんどの場所が迷路のようになっており、昔の3DダンジョンRPGを彷彿とさせる。
「いました」
生存者は四人。兵士が三人と王立研究所の研究員が一人だ。
この階層にはレベル1~4の「尖兵小鬼」がたくさんいる。どれも単独で迷路をうろうろと移動しているようだ。
特にスキルも持っていないが、「魔神の加護」という嫌なオマケが付いていた。
やはり、この塔は魔神関係らしい。
オレはゼナさんと全マップ探査で見つけた生存者のもとへ向かう。
途中で二人分の遺体を発見したので、ストレージへと収納しておく。
「サトゥーさん!」
曲がり角の先で、全身紫色をした「尖兵小鬼」と遭遇した。
オレが相手をするまでもなく、ゼナさんが駆け寄って小剣で斬り伏せる。
「消えた?」
ゼナさんに首を刎ねられた尖兵小鬼が紫色の靄になって消えてしまった。
カランと音がして、小さな魔核が地面に転がる。
AR表示によると「魔核の欠片」という名前だった。
「どうかしましたか?」
尖兵小鬼を斬った後、ゼナさんが何かを気にしていたようなので尋ねてみた。
「なんだか、ゴブリンじゃなくオーガを倒したような感触だったので」
2レベルのデミゴブリンとは思えないような硬さだったそうだ。
移動中にレベル4の尖兵小鬼と遭遇したので倒してみる。
強さの差は分からなかったが、剣が触れた瞬間、尖兵小鬼の身体を守るように出ていた紫色の防御障壁は一瞬で砕けたが、一般兵士が戦うには辛い相手だろう。
これが「魔神の加護」なのかもしれない。
今度も倒すと紫色の靄になって消え、小さな魔核の欠片を落とした。
検証を進めてみたい欲求に囚われたが、要救助者の状態が思わしくないので、経路上にいる尖兵小鬼をマップでロックオンして「誘導矢」でまとめて始末する。
要救助者達は袋小路の小部屋にいた。
小部屋へと続く木製の扉には、デミゴブリンの爪痕がたくさん残っている。
「助けに来たぞ!」
「魔王殺しだ! 魔王殺しが助けに来てくれたぞ!」
「おい、バカ野郎、失礼だぞ!」
「すみません、閣下。救援を感謝いたします」
中に入ると兵士達が歓喜の声を上げた。
部下を叱る兵士も嬉しそうだ。
「閣下、回復薬をお持ちでしょうか?」
包帯を腕に巻いた兵士が、奥に寝かされた研究員の所へオレを連れていく。
「大丈夫、命に別状はない。ゼナさん、回復魔法をお願いします」
「はい! ■■■……」
ゼナさんが詠唱している間に、包帯兵士から事情を聞く。
彼の話によると、逃げ遅れた新兵を回収に戻ったところで、「紫ゴブ」――尖兵小鬼に襲われて兵士が二人死亡、階段へ戻る事を諦めて逃走し、ここに逃げ込んだそうだ。
「君達の感覚でどのくらいの強さだった?」
「少なくとも鎧兜を着込んだ騎士様よりも強かったです」
彼らはレベル7~9くらいで、一般的な兵士の装備をしている。
それが新兵を含めるとしても五人もいて、レベル1~4の尖兵小鬼に勝てないのは異常だ。
尖兵小鬼達が持つ「魔神の加護」の効果がそれだけ高いのだろう。
「よく逃げられたね」
「どうしようもなくなって、神に祈ったら小鬼どもが怯んで足を止めたんだ」
「そのお陰で逃げられました」
神への祈りに弱いのか?
まあ、検証は後でいい。
オレ達は怪我が治って歩けるようになった兵士達や研究員を連れて、塔の外へと脱出した。
◇
「お疲れ様。だいぶ変な塔みたいね」
「セテにも報告しておいたよ。『魔王殺し』に調査を依頼したいって」
「エチゴヤ商会には私の方から伝えておいたわよ」
アリサとヒカルに礼を言い、オレもクロとして「遠話」でエチゴヤ商会の各支部に連絡して、塔になった紫塚に入らないように通達しておく。
その間に仲間達が一人また一人と集まってくる。
「サトゥーさん! 先に王都に帰ってしまうなんて酷いです!」
「すみません、セーラさん」
セーラに謝りつつ、神の世界で無事に勤めを果たした事を小声で告げる。
「ど、どんな場所でした? 神々はやはり神々しい方々ばかりでしたか? テニオン様はどのような御方でした?」
セーラが怒濤の勢いで迫ってくる。
そのまま押し倒されそうだ。
「むう、ぎるてぃ」
「ちょっと! 気持ちは分かるけど、抜け駆けは禁止よ!」
ミーアとアリサの鉄壁ペアがセーラを引き剥がす。
そういえば、いつの間にかミーアとナナが戻っていた。
「サトゥーさん、教えてください!」
「光に満ちた凄い場所でしたよ」
ミーアとアリサの鉄壁を突破してセーラが再度迫ってきたので、手短にどんな場所か伝える。
「禁忌の範囲は聞けたの?」
「ああ、ばっちりだ。おおよそ予想の範囲内だった。活版印刷はセーフらしいぞ」
「マジで?! やったー! アリサ出版を作らなきゃ! 再販制度はやっぱ必要かな~?」
「その辺はおいおい考えればいいさ」
興奮する二人に、詳しくは後でと言って、古竜大陸で修業する獣娘達やカリナ嬢を迎えに行く。
「とらとらとら~?」
「ポチは虎、虎になってタイガーするのです!」
岩場でタマとポチが虎の彫像の前で、虎トラ言っている。
「二人とも、迎えに来たよ」
「ごしゅ~」
「ご主人様なのです!」
タマとポチがオレに飛びついてくる。
谷間の向こうからカリナ嬢を示す光点が戻ってきた。
――虎?
谷間の向こうから戻ってきたのは本物の虎だ。
カリナ嬢が虎に変身したのかと思ったけど違った。
テイムしたらしき虎に先導されて、野生児っぽい格好になったカリナ嬢が走ってくる。いつもは守られている胸元や脇が無防備で、少しエロい。実に眼福だ。
「サトゥー!」
ぴょーんと跳んでオレに抱きつくようなポーズになったが、途中で恥ずかしくなったのか、ラカで出した足場を蹴ってタマとポチに抱きついた。
「へたれ~」
「たれるのはパンダさんの特権なのですよ?」
タマとポチにディスられるカリナ嬢に笑みを向ける。
リザは近くの切り立った槍のような岩の上に片足で立って瞑想していた。
なんだか映画や漫画に出てくる武術の達人か仙人みたいだ。
「リザ! 迎えにきたよ!」
「ご主人様!」
リザが岩の上から飛び降りてこちらに来る。
「修業はどうだい?」
「古竜殿に教えを請い、今はそれぞれの方法で修業中です」
「そうか、邪魔をしちゃったね。もう少しここで修業するかい?」
「いいえ! ご主人様のお役に立つのが私の本分です!」
オレは余計な気を回した事をリザに詫び、王都屋敷経由で皆のもとへと戻った。
◇
「サトゥー様、私も一緒に行きたいです」
「申し訳ありません。システィーナ様はミトと一緒に王都の防衛をお願いします」
今回はヒカルとシスティーナ王女が留守番となっている。
王女が残るのは、彼女のゴーレムマスターとしての力が王都防衛に適しているからだ。
アリサに「戦術輪話」で全員を繋いでもらった後、塔の中に入る。
何があるか分からないので、中に入ってから全員の装備を黄金鎧や白銀鎧に着替えさせた。
「ゴブ~?」
二階に上がるとさっそく尖兵小鬼が出た。
尖兵小鬼は歯をむき出しにして威圧してくる。なんだか猿みたいだ。
「いー、なのです」
ポチが歯をむき出しにして威圧し返す。
リザが「止めなさい」と言ってポチの口を閉じた。
「セーラさん、お願いします」
「はい」
事前の打ち合わせ通り、セーラが神に祈る。
尖兵小鬼が怯んで、挙動不審な感じになった。
逃げるところまではいかないらしい。
「■■■■■ 祈弾」
セーラが撃ち出した不可視の弾丸で尖兵小鬼を倒した。
「消えた~?」
「魔族の色違いなのです」
タマとポチが尖兵小鬼の落とした魔核の欠片を拾いにいく。
「どうでした?」
「セリビーラの迷宮にいるデミゴブリンと変わらない気がします」
『神官騎士達に試してもらう?』
『その辺りの判断は国王に任せよう』
セーラの感想を聞いたヒカルがそんな提案をしてきたが、危険性もそれなりにあるので、その辺は国王に丸投げしておいた。
「では上の階を調べに行きましょう」
オレは皆を先導して歩き出す。
「サトゥーさん、なんだか、前回と迷路が違う気がします」
「ええ、確かに違いますね」
ゼナさんが指摘したように、前回と迷路の内容が変わっていた。
一万回でも遊べる仕様はゲームだけにしてほしい。
◇
「武器付き~?」
「短剣ゴブなのです」
曲がり角から現れた尖兵小鬼をアリサが空間魔法で真っ二つにした。
尖兵小鬼が持っていた骨ナイフも尖兵小鬼と一緒に消えてしまう。
「弱すぎて分かんないけど、経験値は普通のゴブと同じくらい、かな?」
オレ達は上層階に向かう事を優先し、検証は通り道にいる尖兵小鬼にだけに限って行う。
大抵の尖兵小鬼のドロップは魔核の欠片だが、たまにちゃんとした魔核が落ちる事もあった。
骨ナイフ持ちの尖兵小鬼にも何度か遭遇したが、骨ナイフを取り上げてから倒しても、本体と同じタイミングで紫色の靄になって消えた。
一度だけ倒した後に骨ナイフが残ったが、鑑定結果は「呪われた骨短剣」。能力は安物の短剣程度だったので、特に嬉しくない。
「よわよわ~?」
「兵蟷螂くらいの強さなのです」
暇そうにしていたタマとポチにも尖兵小鬼を倒させる。
二階層にある階段を全て調べたところ、上がりの階段が二箇所で、全部違うマップに通じており、下りの階段は三箇所で、全て同じ場所に通じていた。
「上に行くほど階層が増える感じかしら?」
「そうみたいだな」
三階の敵も二階と同じく尖兵小鬼だった。広さは二階と同じだ。
レベルは3~6でちょっと高め、単独行動する尖兵小鬼以外に2~3匹で行動するデミゴブリンがいた。
群れのリーダーは必ず骨ナイフを持ち、たまに骨小剣や骨手斧を持つ個体がいた。
上がりと下りの階段の数や特徴は二階と同じ。
「ゴブリンさんは階段を通れないのでしょうか?」
追いかけてきた尖兵小鬼が階段の所で止まったのを見たルルが首を傾げた。
「試してみましょう」
リザが尖兵小鬼を捕まえてきて試した。
魔物はどんなに追い詰められても階段には入らない。
尖兵小鬼を掴んで押し込もうとしても壁にぶつかったように止まった。
「魔物の階層間移動は禁止みたいね」
アリサがそう締めくくって実験は終了した。
◇
四階も三階と概ね同じ。
尖兵小鬼のレベルが4~8に上がり、2~3匹で行動する尖兵小鬼が増えた。
希に6匹の群れがあり、魔法使いタイプの尖兵魔法小鬼や神官タイプの尖兵神官小鬼が交ざっていた。神官タイプは若干強めらしい。
「なんだかチュートリアル付きの迷宮みたいな感じね」
アリサのこの呟きは、階を重ねる毎に実感させられる事になる。
五階では単独の尖兵小鬼がほぼいなくなり、2~3匹のデミゴブリンが主流。6匹の群れの頻度が上がった。レベルは5~10の範囲だった。
これまでの情報から、レベルは階層×2が上限。実際の強さは+10~15レベルといった感じだろう。
「さっさと上に行きましょう」
「ああ、ちょっと待ってくれ」
五階層は入ってきた所以外の階段がなく、一箇所だけ空白地帯になった部屋がある。
「五階で終わり?」
「どうだろうな?」
単独で行動する鎧タイプの尖兵騎士小鬼を蹴散らし、空白地帯へと辿り着く。
「ボス部屋か~」
「そうみたいだな」
空白地帯は大きな部屋になっており、オレ達が入ると扉が自動で閉まって開かなくなり、ボスらしき魔物が部屋の中に現れた。
レベル18の尖兵首領小鬼が一匹とレベル12の尖兵騎士小鬼が二匹の合計三匹だ。
「とりゃ~」
「うぉーなのです!」
特に見せ場もなく、ボスや護衛は獣娘達に瞬殺された。
「宝箱」
「マスター、財宝が出たと報告します」
「サトゥーさん、こっちに階段が!」
ミーアとナナが宝箱を、ゼナさんが階段を報告してくれた。
どうやら、ボスを倒すと階段が現れるらしい。
「変な銅貨ね」
「小鬼銅貨っていうみたい」
アリサの呟きにルルが答える。
宝箱にはデミゴブリンの横顔が刻印された銅貨がたくさん入っていた。
他にもデミゴブリン達が好きそうな骨細工の装飾品が入っており、その中に紛れて「離塔珠」という脱出用のアイテムと体力回復薬と毒薬が見つかった。
「さらっと毒薬が混ざっているのが凶悪よね」
「ラベルはマークだけだしね」
オレ達は宝箱の感想を言いつつ、ボス部屋の奥に現れた階段を上る。
◇
「ステージの感じが変わった?」
「なんだか、廃墟みたいな感じね」
ルルが言ったように、この階層の壁はひび割れ、床に雑草が生えていたり、壁材の欠片が床に落ちていたりする。
六階層からは動きの速いデミコボルトやタフでパワーファイターなデミオークも混ざるようになった。名前は小鬼が犬鬼や豚鬼に変わるくらいで変化は少ない。
五階層分ごとに魔物の種類が変化し、罠や特殊能力付きの魔物が増えていく。
こうして攻略を続けていくと、オレ達は一五階でハズレの階層に遭遇した。
五の倍数の階層にボス部屋がない階層があったのだ。
引き返して別の階段を上るとボス部屋があったので、そういう作りになっているのだろう。
なかなかいやらしい作りだ。
「ちょっと敵に歯ごたえが出てきましたわ」
「そ、そうですね。油断すると大怪我をしそうです」
さくさく進んでいくと二〇階層くらいから、白銀メンバーが苦戦する敵が増えてきた。
「そうですか?」
セーラだけは普通に戦えていたので、神聖魔法によるエンチャントをかけるようにしてもらったら、カリナ嬢やゼナさんもさくさく敵を倒せるようになった。
この塔の魔物は全体的に神聖魔法系に弱いみたいだ。
「一階にかかる時間が増えてきたわね」
「敵が強くなってきているしね」
オレは天井を見上げる。
「ちょっと砕いてみようか」
ショートカットできないかと天井を砕いたが、その向こうは生命力を吸収する紫色の霧がたゆたう空間だった。
生命力を吸収する速度は紫塚とは比較にならないほど強く、ドローン・ゴーレムを送ったら、すぐに崩壊してしまうほどだ。
飛び込むか迷っていると、穴から紫色をした粘液がどろりと垂れて穴を塞ごうとうごめき始めた。
名前は「塔の管理者」で、名前以外はUNKNOWNだ。
「つんつん~?」
「お邪魔虫なのです!」
タマとポチが修復を邪魔しようとしても、無視。
「魔法は通り抜けちゃうわね」
「弓矢も同じ」
こちらの攻撃は初期の紫塚と同様に無効だった。
「なら――」
神剣で触れると一瞬で蒸発して消えてしまった。
「おかわり~?」
だが、すぐに次の粘液が出てきて修復を完了させてしまった。
倒せない事はないけど、こんな狭い場所で対神魔法を使えないし、得るモノもない相手に戦うのは馬鹿らしい。
オレ達はショートカットを諦めて正攻法で移動をする。
まあ、正攻法と言っても、階段のあるポイントへ転移魔法で移動したんだけどさ。
オレ達はそんな少しズルイやり方で三〇階へと到達した。
◇
「この階層はやたらバリエーションが豊かよね」
マンティコア・ヴァンガードの死骸を見ながらアリサが呟いた。
この三〇階層は、レベル五〇~六〇の尖兵奇形竜やマンティコア・ヴァンガードを頂点にレベル三〇以上の魔物が出る。
この辺になると、セーラの神聖魔法のサポートを貰った黄金メンバーでも、倒すのに時間がかかるようになってきた。
「忙しい」
「ミーアちゃんはサポートや治癒まで幅広くやってますからね」
へとへとのミーアに、ルルが喉にいい蜂蜜水を呑ませてあげている。
オレやアリサ、ナナと違って、ミーアやゼナさん、セーラの三人は詠唱が大変なようだ。
ルルも魔法を使うけど、魔法銃が中心で術理魔法や生活魔法は戦闘後にしか使っていないから、二人ほどヘビーじゃないようだ。
「次、来る~?」
「今度はミューたんトットなのです」
ポチが尖兵奇形竜の名前を可愛く言い間違える。
「これだけ連戦するのも久々ね」
「ええ、倒し甲斐があります」
アリサに頷いて、リザが竜槍を片手に尖兵奇形竜に挑み掛かる。
ドラゴンと名前にあるが、こいつは竜族ではない。竜に悪意を持つ人間が、竜の強さだけを模倣して作ったような魔物だ。
「竜翼牙突貫なのです!」
尖兵奇形竜が作り出した積層型の防御障壁を、必殺技を纏ったポチが一撃で粉砕する。
ここで同格に近い敵と連戦できたからか、前から完成まであと一歩だった新必殺技を習得できたようだ。
キリッとした笑顔でポーズを取るポチを、死んだかに見えた尖兵奇形竜の尻尾が撥ね飛ばす。
「うわ、あれを喰らってまだ動くの? セリビーラの迷宮に出てくる同レベルの敵と比較したら、三倍くらい体力がありそうだわ」
「竜槍貫牙!」
加速陣を利用して加速したリザが、尖兵奇形竜の頭蓋骨を貫き抉った。
「あいたたなのです」
ポチがダメージを感じさせない動きで立ち上がる。
尻尾が命中する瞬間に、同じ方向に跳んでダメージを受け流したようだ。
「経験値は迷宮と同じくらいだし、もうちょっと弱かったら、ここに通ってレベル上げするのにね~」
「わたくしは明日からも、ここに通って修業したいですわ!」
「タマも~」
「ポチだって修業するのですよ!」
アリサのぼやきを聞いた脳筋メンバーがそんな事を言い出した。
「ダメです。即死攻撃をする敵もいるんですよ?」
「攻撃を受けなければ大丈夫ですわ! たしかアリサの故郷の英雄も言っていたんですわよね? 『当たったところで、どうということはない』でしたかしら?」
それだと「即死攻撃」で死んでしまう。
当たる前に避けないとね。
「サトゥーさん、この先がボス部屋で間違いないようです。いつもの紋章がありました」
「ありがとうございます、ゼナさん」
ボス部屋に現れたのは、初めて名前に「尖兵」が付かない魔物だった。
名前は「混沌の君主」。見た目は死神みたいな感じだ。
「よーし、みんな気合いを入れるわよ!」
アリサのかけ声に仲間達が気合いの入った声を上げる。
「皆、ごめん、こいつは即死攻撃持ちだ」
仲間達を危険に曝すわけにはいかないので、カオス・ロードを結界で覆ってから「爆縮」の連打で倒した。
「身も蓋もない倒し方よね……」
「あーめん~?」
「そーめんなのです」
タマとポチが消えゆくカオス・ロードに手を合わせる。
「タマ、宝箱の罠を」
「らじゃ~」
きゅぴんっと針金を取り出したタマが宝箱を開ける。
「どう、ルル?」
「待って、すぐに鑑定するから――これは魔剣、こっちは下級の魔法を装填できる杖、これはエリクサー? 違いました下級エリクサーです。こっちはヒュドラの毒薬、かな? 他にもステータス値が上昇する指輪やネックレスが入ってました」
ルルが鑑定しなかった分としては、各種宝石や骸骨が描かれた金貨が大量に入っていた。
ここの宝箱から出る貨幣は、ボスの種族を模した刻印が施されているらしい。
「サトゥーさん、階段がありませんでした」
ゼナさんが来てほしいと言うのでついていくと、一枚の貼り紙があった。
『工事中。またのご来場をお待ちしております』
――ゲームか!
思わずツッコミを入れてしまった。
「これは酷いわね」
「アップデートパッチでも当てるのかもな」
「追加パックが別売りで出るのかもよ」
アリサと二人でそんな毒を吐いてムカムカした気分をリセットし、オレ達はユニット配置を使って全員で脱出した。
◇
「なかなか大変だったみたいね」
「最上階まで攻略したけど、ダンジョンコアみたいなのは発見できなかったよ」
戦術輪話の会話で分かっていたと思うけど、留守番をしていたヒカルにそう報告する。
「おかえりなさいませ、サトゥー様」
「ただいま戻りました」
近くに作られた建物からシスティーナ王女が戻ってきた。
「塔の外に変化はありましたか?」
「入り口の樹形図の宝石が変わりました。見ていただいた方が早いでしょう」
王女に連れられて行くと、確かに少し変わっている。
緑色の石が少し大きくなって光を強め、紫色の石が光を弱らせて小さくなっていた。
魔物を倒したら紫色の光が弱くなる感じだろうか?
緑色――テニオン神に相当する色が強くなっているのは、テニオン神の元巫女であるセーラが一緒にいたからかもしれない。
もしくはテニオン神に由来する神聖魔法を何度も使ったからかな?
「――サトゥー。セテと話したんだけど、塔を破壊できるなら破壊してほしいって」
ヒカルから国王の依頼を告げられた。
この塔がダンジョンみたいに魔物を氾濫させたら危険だと思ったのだろう。
「それは構わないけど、ここのヤツからでいいのか?」
「いいえ、最初はセリビーラでお願い。あそこは戦える人も多いし、住民の避難設備が一番整っているから」
まあ、近くに大陸で一番古い迷宮があるしね。
「分かった。ナナシに変身して行ってくるよ」
さて、久々に勇者の時間かな?
※次回更新は4/7(日)の予定です。