16-48.ザイクーオンの試練(3)[改訂版]
※2018/5/28 誤字修正しました。
※2018/5/29 一部修正しました。
サトゥーです。人は誰でも、大なり小なり自己顕示欲や承認欲求というものがあるのではないでしょうか。それ自体は前に進む為のモチベーションとなる大切なモノですが、その欲求が肥大化したり他者と比較したりする事でしか満たせないというのは危険だと思うのです。
◇
「急に現れたけど、空間魔法?」
「それで巫女ちゃんはなんで浮かんでるの?」
勇者ハヤトの従者ルススとフィフィが問いかけてきた。
闘技場の決勝戦終了後に現れたオレと巌の巫女を見て怪訝そうな顔をするわけでもなく、ごく平静な感じなのが経験豊富な彼女達らしい。
『戦いに勝利し試練を果たせ』
空中に浮かんだままの巌の巫女を通じて、ザイクーオン神がそう告げる。
それと同時に闘技場の外縁に黒い線が描かれた。
この闘技場で行われている七神殿対抗の試合は神事だったはずだが、こんな乱入をして他の神々が文句を言ってこないのだろうか?
まあ、困った立場になるのはザイクーオン神だから、別にどうでもいいけどさ。
「あたし達と戦うって事?」
「いいねぇ~。ちょっと消化不良気味だからさ。サトゥーが戦いたいって言うなら、いつでも勝負するよ?」
ルススとフィフィが獰猛な笑みを浮かべる。
掌に拳を打ち付けて、すごく嬉しそうだ。
二人と戦うのはいいのだが、最初の二戦がまがりなりにも強力な力を持つ使徒達だっただけに、ザイクーオン神の意図をはかりかねる。
巌の巫女が天に両手を差し伸べると、空の彼方から黄色い光が降り注ぎ、その光の中から三つの光の玉が現れてオレの方へとふよふよと漂ってくる。
『神の力を受け入れ、偉大なる使徒の末席に並べ』
いや、そういうのは遠慮します。
オレの内心を反映してか、黄色い光の玉がオレの胸の前で弾かれた。
『なぜ拒絶する』
普通は拒絶するよね?
どう考えてもバックドア入りに違いない「神の欠片」なんて。
巌の巫女が視線をルススとフィフィに向ける。
「なんだ、この黄色い光?」
「あ、弾かれた」
光の玉がふよふよとルススとフィフィの方へと流れるが、二人の周りに青い光の膜のようなものが現れて、それが光の玉を跳ね返した。
たぶんだけど、パリオン神の加護によるモノじゃないかと思う。
「神よ! 偉大なる我が神よ! あなたの下僕、聖戦士セヌマはここに!」
係員達が「カリオンの魔法戦士」達を競技場外に運搬するのと入れ替わりに、ザイクーオンの神殿騎士が飛び込んできた。
彼に続こうとした闘技場の係員達は、黒線の上に現れた透明な壁に阻まれて入れなかった。
どうやら、闘技場はザイクーオン神によって隔離されたようだ。
ふよふよと光の玉が神殿騎士に近寄り、値踏みするようにその周りを巡る。
「偉大なる我が神の恩寵あれば、パリオンの走狗共を討ち果たし、ここに尊きザイクーオンの御名を万民に知らしめましょう!」
神殿騎士が周囲を巡る光の玉に訴える。
なんだか、すごく必死だ。
耳を澄ませてみたが、闘技場の観客席にいる人達は、オレや巌の巫女が転移してきた事や黄色い光が溢れる異変について騒いでいる人はいるものの、これはザイクーオン神の仕業である事や「神の欠片」について気がついているのは神殿騎士セヌマ一人だけのようだ。
意外な事に、観客席にいる高位神官達さえ、神事を乱した事に怒っているだけで、神の欠片の正体に気がついている人はいないようだ。
思ったよりも、「神の欠片」の存在はマイナーらしい。
「サトゥー、あの巫女さん、なんかやばくね?」
ルススの言葉に、視線を巌の巫女に向けると、目や口から黄色い光を発して昏倒するところだった。
どうやら、長時間の交神で限界が来たらしい。
彼女を包んでいた光の膜は解け、地面に横たわる。
AR表示によると衰弱が酷いものの、そのまま死に至るほどではないようだ。
「今、一度、この聖戦士セヌマに、あなた様の恩寵を!」
そんな同僚の窮地をスルーして、薄情な神殿騎士はなおも光の玉に願い続ける。
その必死さに打たれたのか、光の玉の一つが神殿騎士の胸に吸い込まれた。
AR表示が神殿騎士に「無敵戦士」というユニークスキルが増えた事を教えてくれる。
神の欠片を受け入れたからか、レベルもいつの間にか30から45へと上昇していた。
「おおおおおお! 全身に力が巡る! 神の力とはなんと偉大なのだ! もはや、我が前に敵は無い」
神の欠片を受け入れて万能感に酔いしれている感じだ。
「行くぞ、パリオンの走狗共! 覚悟はいいか!」
神殿騎士の身体の周りに黄色い光が瞬いている。
AR表示によると「無敵戦士」と「超強化」の二つの状態になっているようだ。
前者はユニークスキル、後者はザイクーオンの神器によるものだろう。
さて、それはいいとして、なんだかややこしい状況になってきた。
最初はルススとフィフィを倒せば試練終了だったようだが、この状況だと神殿騎士と協力して二人を倒せばいいのか、それとも三人まとめて倒せば良いのか判断に迷う。
さすがに、二人と協力して神殿騎士を倒せば終了という事はないはずだ。
神の欠片を受け入れたとはいえ、今の神殿騎士ならルススやフィフィが後れを取る事はないだろうし、少し静観するとしよう。
◇
「走狗ってあたしに言っているのか? 私は犬じゃなくて狼だぜ?」
狼耳族のフィフィが獰猛な笑みを浮かべて鼻の下を指でこする。
「じゃ、あたしはサトゥーね」
「ずるいぞ、ルスス! 誰がサトゥーと戦うかは、こいつを倒してから話し合おうぜ!」
ルススとフィフィの口論に苦笑を浮かべる。
相変わらず、この二人は戦闘狂のようだ。
「おのれ! ザイクーオンの使徒にして聖戦士たるこのセヌマ様を前に不遜なヤツらめ!」
暢気なルススとフィフィの会話に、神殿騎士が激昂し凄まじい速さでフィフィに迫る。
風よりも速い神殿騎士の剣が閃いて、フィフィの頬を切り裂いた。
神器による「超強化」だけの時よりも明らかに速いが、最初に戦った「無敵戦士」状態の使徒とは比べものにならないほど遅い。
同じ「神の欠片」でも、本物の使徒の方が力を発揮できるらしい。
「やるじゃん。速さだけならルスス以上だ」
「くは、くはははは、神の力は偉大なり! ザイクーオンの神の恩寵を受けし――」
足を止めて力に酔う神殿騎士を、彼と同じ速さで接近したフィフィが蹴飛ばした。
地面を転がっていった神殿騎士が、外縁の黒い線の所にある透明な壁で弾き返される。
「なかなか、やる、な。パリオンの使徒共よ」
神殿騎士が口元から血を流しながら立ち上がる。
「あたしら、いつから使徒になったんだ?」
「さあ?」
フィフィの問いにルススが肩をすくめる。
「待ってるのも暇だし、あたしらも死合おうぜ?」
「ちょっと彼女の治療を先にしたいので、少し待っていただけますか?」
「ああ、いいぜ」
ルススの許可を貰ったので、巌の巫女の傍らに移動してアイテムボックスから取り出したエリクサーを飲ませる。
このタイミングを利用して、持っていた聖剣や魔法の杖を収納しておいた。
エリクサーで巌の巫女の身体的な傷も、魂の傷も共に治ったはずだが、精神的な疲労ゆえか未だに目覚める様子はない。
もう傍についている必要はないんだけど、治療が終わった事がルススに気付かれたらマズイので、巌の巫女に魔力を循環させて治療している振りをしておこう。
「なんだ? いつの間にかフィフィのヤツが押されてるじゃん?」
ルススの言葉に顔を上げると、確かにさっきまで攻めていたフィフィが防戦一方になっている。
変に思って神殿騎士を見てみると、レベルが55まで上昇し、ユニークスキルに「征遠弓士」というのが増えていた。
神殿騎士の周囲を巡る黄色い玉が一つ減っている。
どうやら、目を離している隙に、さらに神殿騎士を強化したようだ。
「ふん、ハヤトどころか、メイコやセイギにも及ばないね」
「おのれパリオンの走狗め!」
フィフィの挑発に乗って、神殿騎士が黄色い光を再度帯びる。
「偉大なるザイクーオン神から下賜された力はこの程度ではない!」
どうやら、征遠弓士の力はまだ使っていなかったらしい。
「――喰らえ!」
神殿騎士が剣を振ると、剣から光の矢が現れてフィフィに向かって飛んでいく。
しかも、途中で分離して10発近く増殖して降り注いだ。
着弾地点で土煙が舞い上がり、闘技場の地面が穴だらけになっている。
そろそろ試合の範疇を超え始めている気がする。
フィフィなら一撃死の心配は無いけれど、いつでも介入する準備はしておいた方がいいかもしれない。
◇
闘技場の中央部を満たす土ぼこりを突き抜けて、フィフィが飛び出てきた。
それに一拍遅れて、土ぼこりが左右に分かれる。
直後、空中にあったフィフィが振り向いて剣を振った。
フィフィの剣に火花が散り、空気を裂く音が周囲に響く。
どうやら、神殿騎士が不可視の斬撃で追い打ちを掛けたようだ。
続いて二撃、三撃と来る不可視の斬撃を、フィフィは回避しながら受け流す。
余波までは防げないのか、フィフィの身体に幾つもの傷が付き、赤い血が衣装を染める。
「手伝ってやろうか? フィフィ」
「うるさい! この程度で音を上げるフィフィ様じゃないよ!」
レベル差もほとんどない状態で、戦闘特化系のユニークスキル持ちが相手なのに、フィフィは未だに勝利を諦めていない感じだ。
「喜びな、聖戦士。試合じゃハヤト以外に見せた事のない技を使ってやる」
フィフィがゆっくりと呼吸を整えながら、神殿騎士を挑発する。
その技を凌ぐ自信があるか、と。
「来るがいい、パリオンの走狗。小娘の浅知恵など、ザイクーオンの神の恩寵を受けし聖戦士セヌマ様には通じぬと知れ!」
神殿騎士が慢心した顔で顎をしゃくる。
「あたしに流れる原初の血よ。神狼の血脈よ。今、古き記憶と共に蘇れ――」
フィフィの青い瞳が光を帯びた。
失われた中二病が蘇りそうな詠唱だ。
たぶん、スキルを使う為の自己暗示の類いだと思う。
「――<獣化>」
フィフィの身体から湯気のような白いオーラが噴き上がり、ぎちぎちと音を立ててフィフィの犬歯が牙のように変形する。
それに合わせて白いオーラが毛皮のようにフィフィの身体に纏わり付き、狼人のような外見へと変わった。
AR表示によると身体能力が五割増しになる支援効果が発生しているのが分かった。
その分、燃費が悪いようで、スタミナや魔力ゲージが凄い速さで減っている。
魔王戦で使わなかった理由は、この辺にあるのだろう。
「うおりゃああああああ!」
「ぬおぉおおおおおおお!」
神殿騎士の放つ光の矢を、機敏な動きで回避しつつフィフィが迫る。
その合間に面で襲ってくる不可視の斬撃を、白いオーラに覆われたフィフィが殴って打ち払う。
お互いに剣が届く間合いに入った途端、凄まじい剣の応酬が始まった。
フィフィが受け流した斬撃が闘技場を砕き、神殿騎士が跳ね返したフィフィの攻撃の余波が土ぼこりを吹き飛ばす。
「うわ、楽しそう~」
硬質な音と色鮮やかな火花を散らすフィフィと神殿騎士を見て、ルススが心底羨ましそうだ。
ルススの矛先がこっちに向きそうで怖いが、それよりも気になる事がある。
戦いの最中、幾度か神殿騎士の体表を黄色い光の波紋が流れるのが見えたのだ。
アリサ達転生者のユニークスキルとザイクーオン神由来のユニークスキルが同じかは分からないが、人の分を超える力を連続行使して無事で済むとは思えない。
「くらい、やがれ!」
フィフィが叫びながら神殿騎士に大技を繰り出した。
少し見逃したが、連続攻撃で神殿騎士の体勢を崩しつつ防壁を削ったところに必殺技を叩き込んだようだ。
直撃を受けた神殿騎士の防壁が砕け、彼の被る兜が吹き飛ぶ。
◇
「おおっ、やったか?」
闘技場の地面を転がっていく神殿騎士を見て、ルススが叫ぶ。
必殺技を放ったフィフィの方も、これまでの戦いで骨折し血だらけだが、ふらふらしつつも油断なく構えを取っている。
スタミナが尽きたらしく、フィフィの獣化が解けていた。
「――しぶといねぇ」
神殿騎士が剣を支えに身体を起こす。
彼の方も、右腕と左足を骨折しているようだ。
そんな神殿騎士を挑発するように、不敵な笑みを浮かべたフィフィがくいくいと手招きした。
「ぐぬぬ――」
周囲を落ち着き無く見回す神殿騎士の視線が、彼の周りを巡る最後の光の玉を捉えた。
「ザイクーオン神よ……御身の使徒たる聖騎士セヌマに、今一度の恩寵を!!」
黄色い光を帯びた神殿騎士の手が光の玉を掴む。
その手の中で、いやいやと逃れようとする玉を口に運び、そのまま嚥下した。
「――ぬぅおおおおおおおおおお!!」
神殿騎士が天に向けて叫びを上げた。
その叫びと同時に黄色い光が彼を覆い、フィフィが獣化で破壊した防壁が復活する。
更に折れていた手足や身体の傷が癒やされていた。
それに合わせて、彼のレベルが55から65へと上昇している。
増えたユニークスキルは「至高術士」だ。
「ザイクーオン神は偉大なり――」
神殿騎士が天を仰ぎ神を称える。
◇
「なんか、やばくね?」
「確かに――」
ヤバイのはフィフィではなく、神殿騎士の方だ。
神殿騎士の額にうっすらと黄色い宝石のような結晶が浮かび上がっている。
それは天罰事件の時にユニークスキルを使いすぎた勇者メイコを彷彿とさせるモノだ。
メイコと比べたら、ごく僅かだが、きっと限界は遠くない。
「――ちっ。このちーと野郎め」
フィフィが悪態を吐く。
そんな彼女を見て神殿騎士が愉悦に浸った顔を見せた。
彼がすぐに攻勢に移らないのは、この状況を楽しんでいるからだろう。
「私が代わりましょうか?」
巌の巫女の魔力治癒のフリを中断し、ルススに問いかける。
「あん? あんたはザイクーオン神殿側の助っ人じゃないのか?」
「別にザイクーオン神殿の人間というわけではありませんよ」
さすがに、満身創痍の状態だと、フィフィでも万が一の危険がありそうだしね。
「だけど、あんたに手伝ってもらうまでもない」
ルススが後ろ手に手を振りながら、闘技場へと足を向けた。
「フィフィの相棒はあたしだからね」
ルススが身体強化系スキルを使って、フィフィの加勢に向かう。
レベル差からして魔王戦の時よりも離れているはずだが、二人で連携してなんとか互角の戦いを維持していた。
だが、それもスタミナが切れるまでの数分が限度だろう。
彼女達の意志や戦士としての矜持は尊重したいけど、適当なタイミングで介入した方が良さそうだ。
「――ぐぁああ」
「フィフィ!」
神殿騎士の剣を受け流しきれなかったフィフィが吹き飛ばされる。
ルススが神殿騎士と刃を交えているが、相棒が退場した状況では明らかに分が悪い。
それでもなんとか神殿騎士の猛攻をいなしていたが、神の欠片によってレベルが負けている状態で、更にユニークスキルによるブーストと神器による「超強化」が成された相手との戦いだ。
やがて限界が来る――。
「――ちっ。身体強化の二重がけでも敵わないか……」
フィフィを庇う為に神殿騎士からの上段攻撃を受けたルススが、地面にたたき伏せられて血を吐く。
「――死ネ」
「やらせないよ」
ルススへの一撃を今度は満身創痍のフィフィが庇う。
だが、その無理のある防御でフィフィの剣が砕け、勢いを殺しきれなかった神殿騎士の剣がフィフィの肩を砕いた。
「終わりダ――」
神殿騎士が黄色い光を帯びた剣を天に掲げる。
「――なンのマネだ?」
呂律がおかしい神殿騎士がオレを見下ろす。
「選手交代かな?」
オレはお手製魔剣を片手に神殿騎士と二人の間に割り込む。
「キサマは誰ダ?」
神殿騎士が誰何してきた。
そういえば名乗っていなかったかもしれない。
「魔王殺し、シガ王国のペンドラゴンだ」
「――魔王殺しカ」
オレの名乗りを聞いた神殿騎士が笑みを深くする。
「相手にとっテ不足無シ」
※次回更新は 5/27(日) の予定です。
もしかしたら、1~2日遅れる可能性があります。
※2018/5/27 流れが少し気に入らなかったので、話の後半を大幅に変更しました。
巫女やリザの出番が次話に順延されたのでご注意ください。
※2018/5/29 「この闘技場で」以降で、試合が神事である事について言及しました。
※2018/5/29 「耳を澄ませてみたが」以降に、観客達の反応を追加しました。