表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
577/737

16-46.ザイクーオンの試練(1)

※2018/5/11 誤字修正しました。

※2018/5/12 一部追加しました。

 サトゥーです。説明の足りない人は珍しくありませんが、忖度を期待して説明を省略するクライアントならまだ良い方で、自分が本当に欲する仕様を自分自身で理解していないクライアントにはほとほと困らせられたものです。





「ルスス~」

「フィフィなのです!」


 控え室の扉を開くとタマとポチが楽しそうな声を上げて入っていく。


「サトゥーの所のちびっ子どもじゃないか!」

「おう! お前らも来てたのか!」


 前勇者ハヤトの従者だったルススとフィフィが、飛びついてくるタマとポチを受け止めて笑った。

 奉納試合の開催中なので面会できないかと思ったのだが、ルススとフィフィは快く面会を承諾してくれたのだ。


「ご無沙汰しています」

「よう! サトゥー」

「槍の姐ちゃんもいるな!」


 ポチとタマをハワイのレイみたいに首から提げた二人が、フレンドリーに歩み寄ってくる。ポチとタマは「ぶら~ん」と口で言いながら楽しそうにぶら下がっている。


「来てるなら、試合に出ろよな」

「お前らが出てくれたらもっと楽しい試合になったのに」


 リップサービスでもない感じに言う二人が勧めてくれた椅子へと腰を下ろす。

 ぶらさがっていたタマとポチはリザに回収されて、今度は死体のポーズへとフォームチェンジしてリザの腕に吊り下げられている。


「やっぱ、サトゥーの持ってくる菓子はうめぇな」

「今度は肉も持ってきてくれよ。前に食べた唐揚げやカクニってのが美味かった」


 お土産のケーキセットをさっそくパクつき始めた二人と旧交を温めるついでに、四人の勇者達の話題を振ってみた。


「あたしらはメイコとセイギしか知らないぞ」

「ユキとヒクツだっけ? 魔法系のやつらはリーンやメリーが担当してたんじゃないか?」


 どうやら、爆炎系の勇者ユウキと慎重な勇者フウは名前すら覚えてもらっていなかったようだ。


「メイコは面白かったけど、スタミナがないからすぐバテて倒れちまうんだよな」

「セイギは弱いけど、魔物の巣を簡単に見つけてくれるから、あいつを連れて狩りに行くと楽でいいんだよ」


 メイコとセイギの二人はそれなりに評価されていそうな感じだ。


「セイギは、ずーっとあたしらのおっぱいや尻を見つめてるのが面白かったな」

「そのくせあたしらが気付くとすぐに目を逸らすんだよな」


 ……セイギ。


 実に思春期男子らしいエピソードを聞き流し、ルススとフィフィに問いかける。


「勇者メイコや勇者セイギの従者にはならなかったんですか?」

「んー、ないな」

「小生意気な小娘やエロ小僧の従者なんかしたら、三日で飛び出しちゃうよ」

「言えてる。メイコは天然で偉そうだし、セイギは小難しい顔で訳の分からない事をしたり顔で言うから、つい殴っちまうしな」

「ハヤトみたいに、ぐうの音も出ないほど強かったら偉そうでも良いんだけどさ」


 ルススとフィフィの場合、自分より強い相手にしか従いたくないような感じらしい。


「あたしらに勝ったら、サトゥーの従者になってやるぜ?」

「そうそう、愛人や家臣でもいいな」

「あーそういえば、そろそろ子供を産んでおけって、郷長(さとおさ)にも言われてたっけ」


 そういうのは結構です。


「まあ、それは『あたしらに勝ったら』の話だ」

「そうそう、鼻の下を伸ばすのは勝ってからだぜ」

「なら、剣の腕を精進しないといけませんね」


 オレは適当に二人に合わせつつ、話の流れを元に戻す。


「それで彼らの従者にはならずに大陸西方に?」

「まーね」


 高位貴族達が自分の配下に抱え込もうとアプローチしてくるのが煩わしかったそうだ。


「そうだ――サトゥーは吸血鬼って知っているか?」

「ええ、一度しか戦った事はありませんが、ある程度は知っていますよ」


 オレは急な話題に驚きながらも、セリビーラの迷宮下層で戦った吸血姫セメリーや転生者で吸血鬼の真祖であるバン・ヘルシングを思い浮かべながら頷いた。


「そいつらが隣の国に出たんだよ」

「すごかったぜ? 都市一つを食い尽くしそうな血の従僕ブラッド・ストーカー共の群れに、下級吸血鬼バンパイア・スレイブの兵隊を率いた吸血鬼バンパイアの軍団だ」

「まあ、あたし達の敵じゃなかったけど、親玉の上級吸血鬼バンパイア・ロードはなかなか強かったぜ」

「ぐれいと~?」

「すごくすごいのです! ポチも倒してみたいのです!」


 ルススとフィフィの活躍話に、タマとポチが目を輝かせてソファーの上に立ち上がる。

 リザに叱られて、すぐに反省のポーズへと変わったのはお約束だろう。


「その吸血鬼達はどこから?」

「血吸い迷宮も遠いし、近くの魔物の領域に潜伏していた奴が出てきたとかじゃないか?」


 二人は殲滅しただけで、そのへんの事は知らないらしい。


「丁度、魔物狩りに地方を巡回していたサガ帝国の戦列艦が通りがかったんで、後の始末や調査はそっちに丸投げしちゃったんだよ」


 随分都合の良い偶然な気もするけど、都市が滅ぶほどの大災害なら神託があるだろうし、神託に従って救援を派遣してもおかしくない。

 ルススの話だとサガ帝国の戦列艦は七隻ほどが大陸西方の小国国境付近を巡回しているらしいので、救援信号を拾って駆けつけてもそれほど不思議ではないそうだ。


「でも、それだけの吸血鬼の集団が現れたなら、隣国の都市は結構な被害を受けたんじゃありませんか?」

「ああ、そうだぜ。王都が半壊して、地方の街も二つほど壊滅したってさ」

「この国にも難民が流れてきてるみたいだぞ」


 なかなか大きな被害だ。


「そんな顔するなよ」

「そうそう。サガ帝国から救援部隊も来てたみたいだし、あいつらが炊き出しやなんかをやってくれてるって」


 既に救援の手が差し伸べられているなら、オレがお節介を焼く必要はないかな?


「それよりさ――」


 深刻そうなオレの雰囲気を悟ったルススとフィフィがそうお気楽に告げて話を切り替え、試合を見た感想や自分達ならどう戦うかという話題へと移った。


「ぎゅんと近寄ってズババンッと突くのです!」

「近寄らせねーぞ」

「大丈夫なのです! ポチは速いのですよ!」


「にゅんにゅんって潜んで、にゅるる~んと首狩るにゃん」

「こえーな、首を狩るのかよ」

「首狩りはニンジャの基本~?」


 先ほどの話題と打って変わって、みんな楽しそうだ。





『――お前のせいだ!』


 和気藹々とした雰囲気を、部屋の外から聞こえてきた罵声が壊した。

 廊下で誰かが言い争っているようだ。


 不安そうにこちらを見上げてくるタマとポチの頭を撫でる。


 マップ情報によると、先ほどルススとフィフィに敗北した「ザイクーオンの聖戦士」達らしい。

 漏れ聞こえてくる声を聞く限りでは、神殿騎士セヌマがコンビを組んでいた巫女を一方的に罵倒しているようだ。


「少し注意してきます」


 喧嘩をするにしても、場所を選んでほしい。


『お前が降参などするから、あのパリオンの女達に勝ち誇られてしまったんだ!』


 扉を開けると同時に男の声が耳に飛び込んできた。

 降参の原因が自分だという事は完全に棚上げらしい。


『私は神の使徒(・・・・)ともいうべき、「ザイクーオンの聖戦士」なのだぞ! それがキサマのせいで、勇者でもない、ただの従者に屈辱を味わわされたのだ!』


 外に出ると、すぐ近くの曲がり角のところに、「漢」や「巌」という文字が似合いそうな巫女を、小物感溢れる感じに罵倒する美男子神殿騎士の姿があった。


 オレが歩み寄る間も、巌の巫女の回復魔法が下手くそな事や彼女の筋肉質な身体的特徴をなじるヒステリックな声が続く。


「近所迷惑ですから、そのくらいにしていただけませんか?」

「なんだ、お前は?」


 注意されて腹を立てたのか、ずかずか歩み寄ってきた神殿騎士がオレの襟首を掴もうと手を伸ばす。

 その姿がぐるんと一回転した。


「もずおとし~?」


 オレの足下で決めポーズを取るタマの向こうで、神殿騎士が呆気にとられたままの姿で、廊下に頭を打ち付けて気絶していた。

 今のはモズ落としではなく空気投げな気がするが、些細な間違いを訂正するのは後回しでいいだろう。


「セ、セヌマ!」


 巌の巫女が心配そうに神殿騎士を介抱する。

 先ほど、あれだけ理不尽に罵倒されていたのに、神殿騎士を介抱する姿には慈愛が溢れていた。


「なんだ、さっきのザイクーオンの子達じゃん」


 部屋の入り口からこちらを見ていたルススとフィフィが寄ってくる。

 もちろん、リザとポチもだ。


「あんた、男を見る目は養った方がいいよ」

「そうそう男は顔じゃない。強さだぜ」


 ルススとフィフィが、巌の巫女に忠告する。

 なぜか、二人の足下ではタマとポチが闘技場の観客席でやっていたボディビルダーなポーズで、ぷにぷにの身体を主張していて可愛かった。


「わ、私はセヌマ殿をお慕いしているわけでは……幼い頃から兄妹同然に育ったので……」

「おー、幼馴染みなんていいじゃん」

「子供の頃は守ってもらっていたって感じ?」

「いいえ、私がセヌマを……」


 乙女な感じに頬を染める巌の巫女の話を、ルススとフィフィがニヤニヤしながら耳を傾ける。

 どうやら、この二人も恋バナは好きなようだ。


 巌の巫女の恋バナは、彼女を呼びに来る中央神殿の神官が通りかかるまで続いた。





「――確かに路上生活者が多いね」

「はい。それに疲れはてた者も多いようです」


 神官や巌の巫女と中央神殿に向かう途中、路地裏や軒下に座り込む薄汚れた人達を多く見かけた。

 ルススとフィフィが言うように、彼らは隣国から逃れてきた難民達なのだろう。


「神殿では難民の救済などは行なっているのでしょうか?」

「ええ、もちろんです。労働奉仕するザイクーオン神の信徒には食事と雨露や風を防げる場所を提供していますよ」


 オレの問いに神官が首肯する。

 やはり信者のみが対象のようだ。


「残念ながら、無償で無差別に支援できるほど、ザイクーオン神殿は裕福ではないのです」

「ザイクーオン神が御力を取り戻されるまでは私達も、国や人々の善意に支えられる側でしたから……」


 巌の巫女と神官がそう告げる。

 試練が終わったら、ザイクーオン中央神殿を始めとした各神殿に、食料関係を多めに寄付しておこう。


 そんな事を考えているうちに、ザイクーオン中央神殿の前に到着した。

 元々は荘厳な建物だったと思うが、老朽化してあちこちにひび割れなどがある為、どこか見窄らしい印象を受ける。


「建物も修繕しないといけませんが、当分は手を付けられそうにありません」


 オレの視線に気付いたのか、神官が悔しそうに言う。

 神が死んで神聖魔法が使えない状態でも信仰を続けていただけあって、なかなか敬虔な人物のようだ。

 セーリュー市のデブ神官のように歪む前で良かった。





『――神よ。我らが崇める真なる神よ』


 巫女衣装に着替えた巌の巫女が儀式を進める。

 筋骨隆々な巌の巫女だったが、意外に巫女衣装が似合っていた。


 巌の巫女の呼びかけに応えて、空から明るい黄光が降ってくる。

 既に五回目の儀式なので、あまり目新しさはない。


 恍惚の表情をしていた巌の巫女から表情が抜ける。

 トランス状態に入ったようだ。


『試練に挑まんとする愚かなる者よ』


 無機質な男性の声が脳裏に響く。

 これがザイクーオン神の声らしい。


『――戦え』


 何と戦えというんだろう?

 まさかと思うけど、ザイクーオン神自身と戦えって事かな?


 アリサとの戦いを見る限りだと、普通に倒せそうだからそれでもいいけど、また死なれたらザイクーオン神の偽使徒をしていた転生者のケイがかわいそうだからあまりやりたくない。


 ――おっと。


 一応、今使っている精神魔法の「精神接続、改マインド・コネクション・アドバンス」は思考が筒抜けにならないようにフィルターが入っているけど、相手は神様だ。

 フィルターを突破されないとも限らないので、不遜な思考は慎もう。


『それは構いませんが――』


 誰と戦うのかと続ける途中で、オレの視界が切り替わった。


 ――白い空間。


 迷宮下層で前に見た、小鬼姫ユイカの箱庭世界に似ている。

 マップを開いてみると、「マップの存在しない空間です」と表示されていた。


 もしかしたら「神界」かと期待したのだが、違ったようだ。


『三つの戦いに勝利せよ』


 そう告げたきり、ザイクーオン神の気配が消える。


 ドサリという音に振り向くと、巌の巫女が白い地面に倒れ伏しているのが見えた。

 とりあえず、アイテムボックス経由でストレージから取り出した簡易寝台に彼女を寝かせる。


 さて、何と戦えば良いのかな?



※次回更新は 5/13(日) の予定です。


※2018/5/11 「――おっと」から数行と「期待した」行を追加しました。

※2018/5/12 「――確かに路上生活者が多いね」以降を追加しました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説「デスマーチからはじまる異世界狂想曲」33巻が8/8発売予定!
  著者:愛七ひろ
レーベル:カドカワBOOKS
 発売日:2025/8/8
ISBN:9784040760513



漫画「デスマーチからはじまる異世界狂想曲」18巻が発売予定!
  漫画:あやめぐむ
  原作:愛七ひろ
 出版社:KADOKAWA
レーベル:ドラゴンコミックスエイジ
 発売日:2024年12月9日
ISBN:978-4040757025



― 新着の感想 ―
[一言] 「そのくせあたしらが気付くとすぐに目を逸らすんだよな」 むしろ、既に気づいているのだから、気づいてない振りを止めて気付いてみせるとの方でしょうね。 女性に言わせると、自分への視線に男は鈍感…
[気になる点] >巌の巫女の恋バナは、彼女を呼びに来る中央神殿の神官が通りかかるまで続いた。 「通りかかる」よりは例えば「姿をみせる、あらわす」などのほうが良いのでは? 「呼びに来る」という目的が…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ