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16-25.ガルレオン同盟(1)

※すみません、少し遅れました。


※2017/12/4 誤字修正しました。


 サトゥーです。内憂外患という有名な言葉があります。どこの国も多少の差はあれど、無縁ではいられない言葉ではないでしょうか?





「綺麗」

「ええ、さすがは『西の宝石』と呼ばれるだけはありますね」


 同行しているミーアとシスティーナ王女が、ガルレォーク市の景観を見渡して感嘆の言葉を漏らした。

 オレ達はガルレオンの中央神殿があるガルレォーク市に来ている。

 今いるのは海上に突き出るような形をした公園だ。


 カリナ嬢も一緒なのだが、彼女は市内から風に乗って漂ってくる醤油っぽい香りに、うっとりとしていた。

 彼女は「花より団子」勢なのでしかたない。


「海の近くなのに、あまり磯臭さがないのね」

「三方が川ですから、そのせいでしょう」


 このガルレォーク市は四方を海と川に囲まれた水上都市だ。

 市内にはゴンドラが浮かんだ運河があり、なんとなくベネツィアに雰囲気が似ている。


 また、都市を囲むように、ガルレオンの聖印を刻んだ魔物避けの石塔があり、その石塔の内側の海域では貝や魚類の養殖が盛んに行われている。

 魔物の寄ってこない海は、魚や貝にとっても楽園らしく、レーダーに映る魚影も濃い。


「サトゥー、あれは何かしら?」


 海側にある石塔を眺めていたカリナ嬢が、石塔から幾つも吊された蓑虫のようなオブジェクトを指さした。

 ゆらゆらと海風に揺られている姿は風情がある。


 ――げっ。


 マップ情報によると、あれは吊された海賊の死体らしい。

 前に見た海賊映画でも、岬の岩場に処刑された海賊が吊されているシーンがあった。

 おそらく、海賊達への警告なのだろう。


「あれは処刑された海賊達みたいですね」

「処刑――」


 オレの言葉にカリナ嬢が、視線を石塔の死体から逸らした。

 死刑執行が娯楽になる野蛮な世界だけど、彼女にはそれを楽しむ悪趣味さはないようだ。


「寒い」

「そういえば身体が冷えてきましたね」

「そうかしら?」


 気候としては温暖なのだが、海からの風が冷たいせいで薄着のミーアやシスティーナ嬢には少し肌寒かったようだ。

 もっとも、貧乏なムーノ城で育ったカリナ嬢はなんともないらしい。


 オレは軽く「空調エアコン」の魔法を使って少し温度を上げてやる。


「次は市場を散策して、屋台で何か温かいモノでも飲みましょう」


 オレは皆にそう告げて、市場がある港の方へと足を向けた。


 遠く都市の中央付近に、巨大なガルレオン神殿が見える。

 サニア王国にあった豪奢なヘラルオン神殿と違い、質実剛健そうな雰囲気の外観だ。


「サトゥーはガルレオン同盟に来るのは初めて?」

「ええ、上空を通り過ぎた事や国境付近に行った事はありますが、都市を訪問したのは初めてですね」


 システィーナ王女の言葉に首肯しつつ答える。

 前に来たのは隣のパリオン神国とこの国が戦争をしてた時だったはず。


「この国は王がいないのでしょう? 誰が国を治めているのかしら?」

「各都市の代表達ですよ」


 ガルレオン同盟は九つの都市の連合国家で、今いるガルレォーク市が盟主を務めている。

 ガルレォーク市を始めとする三つの都市は商人達の合議で運営されるが、他の都市六つは王国となっている。なので、王がいないというのは間違いだ。


 いずれの都市も海上貿易によって非常に繁栄しており、裕福な人々が多い。


「花」

「立派な家が多いですわね」


 土地が狭いせいか、市内の建物は三階建ての集合住宅が多く、通りに面したベランダには、色とりどりの美しい花が飾られていた。

 家々もカラフルで散歩していて飽きがこない。


「――音」


 そんな家々を眺めて歩いていると、ミーアが不意に首を巡らせて耳を澄ませた。


「こっち」


 オレの手を引くミーアについていくと、前方から楽しげな曲が聞こえてきた。


「路上パフォーマンスみたいですわね」


 吟遊詩人というよりは、音楽好きの住民が楽器を持ち寄って適当にセッションを始めたような感じだ。

 やがて楽しげな曲が終わり、オレ達は拍手で称賛してその場を去る。


「楽園みたいな都市ですわね」

「ん」


 システィーナ王女の言葉にミーアが首肯する。

 確かに彼女の言う通りだ。路肩や家々には花が飾られ、路地では音楽を奏で歌を楽しむ人達に溢れている。


 オレの視界に、大荷物を載せた荷車を引く奴隷が映った。

 マップ情報で知っていたが、この都市は他国に比べて奴隷が多い。

 また、空間魔法の「遠見」で見た限りでは、都市外縁部の筏を繋いで作られた不法居住区の住民達は貧困を極めているようだ。


「良い匂いがしてきましたわ!」


 カリナ嬢が明るい笑顔で振り返る。

 遠心力が彼女の胸元をダイナミックに揺らし、魅了効果を周囲にまき散らした。


 ――眼福です。


「むぅ」


 ミーアが「無表情」スキル先生のガードをものともせず、オレの不埒な視線を察知して不服のうなりを上げた。

 アリサがいなくてソロでも、十分鉄壁らしい。


「よう、異国の若様! ガルレォーク名物の海ブドウはどうだい?」


 市場に入ると、威勢のいい男が緑色の葡萄を片手に声を掛けてきた。

 オレが知る海ブドウは海藻の一種なんだが、男が手に持つのはマスカットのような粒の大きな普通の葡萄だった。


「味見してみなよ」


 勧められるままに口に含む。


 見た目通りのマスカット味だ。

 異世界では珍しい種なし葡萄で、果汁も豊富なうえに皮が薄く、シャインマスカットのように皮ごと食べられるタイプらしい。

 本物のシャインマスカットと違って酸味が少しあるが、他の葡萄より酸味が少ないので食べやすい。


「一〇房ほど貰うよ。いくらだい?」

「おおっと、美人さんを連れてると剛毅だね。一房銀貨一枚だけど、合計銀貨九枚でいいよ」


 ――高っ。


 市場で売っている果物にしては妙に高い。

 でも、相場スキルが教える範囲は、一個あたり大銅貨二枚から銀貨一枚なので、それほどぼったくりというわけでもないようだ。


 結局、少しだけ値切って銀貨七枚で買い取り、四人で摘まみながら市場を散策する。

 この葡萄はミーアの口にあったようで、帰りにもう一度露店に寄って大人買いする事を約束させられた。

 まあ、他の子達にも食べさせたいくらい美味しかったので問題ない。


 市場を進むと、中央に噴水のある広場へと出た。

 噴水の上には提督風の衣装を着た美丈夫の銅像が飾られている。


 銅像の下に付けられたプレートによると銅像の主は800年前の勇者で、当時の海を我が物顔で荒らしていた「骸骨王」という海賊を退け、群雄割拠していた貧乏小国を束ねて今のガルレオン同盟の基礎を築いたそうだ。

 その勇者カイトは無敵の軍勢を率いて、海賊や異国の侵略軍を討伐したらしい。

 きっと、彼のユニークスキルは軍勢を強化するモノだったのだろう。


 この辺りは軽食や飲み物の屋台が多い。


「イカ焼き~?」

「茹で蛸の串揚げも美味しそうなのです」


 その声に視線を下げると、いつのまにか合流していたタマとポチの姿があった。

 時間から考えて、学校のお昼休みにやってきたらしい。


 ここからシガ王国まではかなりの距離があるはずなのだが、タマの影渡りはオレの影なら問題なく移動できるようだ。

 まあ、魔力が尽きかけているから、この辺りがリミットなのだろう。


「タマとポチがいますわ!」

「はろはろ~?」

「カリナが心配で様子を見に来たのです」


 二人の登場に驚くカリナ嬢に、タマとポチがいたずらが成功した子供のようにニパッと笑う。


「それじゃ、少し買い食いしようか」

「あい!」

「はいなのです!」

「ん」


 仲間達と一緒に、イカ焼きと串揚げを食べる。


 イカ焼きを囓ると、魚のような風味が少し広がった。

 たぶん、魚醤を使っているんだと思うけど、イカによく合う。なんというか、冷酒や焼酎と一緒に食べたい味だ。


 串揚げは少し油がきつかったが、蛸が旬だったのか肉厚で実に美味い。こっちはキンキンに冷えたビールを飲みながら食べたい味だ。


「若様達、いい食いっぷりだね。酒はどうだい? この都市で作られた新しい酒なんだ」


 一杯で銅貨三枚という事だったので、試しに一杯飲んでみる事にした。


「それじゃ、試しに一杯だけ」

「へへへ、みんな最初はそう言うんだ」


 男はそう言って、銅のカップを置いて酒樽の蛇口を開く。


「エールですの?」

「へっへっへ、見た目は近いが、まるで別物だぜ?」


 カリナ嬢に答える男のセリフと漂ってくる微かな麦の香りに、オレは心の奥から湧き上がるような期待感に包まれていた。

 その酒は冷やされていたらしく、銅のカップに水滴がつき始めた。


 白い泡が溢れそうな銅のカップを受け取り、一気に呷る。


 ――染み渡る旨さだ。


「お代わりだ」


 オレは空になったカップを男に差し出し、お代わりを注文する。


「へっへっへ、まいどー」


 男の勝ち誇る顔さえ気にならないほど、オレの心は歓喜に満ちあふれていた。

 数杯のお代わりを繰り返し、人心地ついたところで酒の名前を尋ねた。


「ジョンの酒ってオレ達は呼んでるが、本当の名前はビールって言うんだ」


 やっぱりビールだったか。


 オレはさらにお代わりを頼みつつ、マップのマーカーを確認する。


 やはり、ジョンスミス君はこの国にいたらしい。

 彼はルモォーク王国で召喚された日本人で、前にかんぴょうのレシピを教えてくれた逸失知識スキル持ちの少年だ。

 このビールの造り方も、彼が教えたのだろう。


 ふと、横顔に視線を感じてそちらを見ると、少し意外そうな顔をしたシスティーナ王女やカリナ嬢の顔があった。

 どうやら、オレがビール・フィーバーをしていたのが意外だったらしい。


 前にハヤトがいる異世界に転移した時に、お土産用のインスタント食品や家電ばかりに気を取られて酒類を買うのを忘れていたんだよね。

 かといって、酒のために軽々に異世界転移するのはコストが高すぎるので、次の機会を覗っていたのだ。

 でも、これならしばらく日本に行かなくても構わないかもしれない。


「システィーナ様も一杯飲んでみますか?」

「いえ、昼間からお酒は結構です」


 年少組やカリナ嬢は飲みたそうにしていたが、アルコール耐性がない子達が飲んで酔っ払ったら大変な事になるので、特に話は振らなかった。

 アリサも懐かしがるかもしれないので、後で醸造元に寄って何樽か買っていこう。


 そんな楽しいハプニングを終え、市場での散歩を再開したオレ達は買い食いを続けて通りを歩く。


「騒がし~?」

「ん、喧噪」


 タマとミーアが前方から聞こえてくる喧噪に反応した。

 声の方に進むと、市場とつながる港の一角へと出た。


 埠頭の一つに停泊した漁船の周囲に人が集まっている。


「化け物だ」

「気持ち悪いわね」

「魔物なのかしら?」

「ぶよぶよね……美味しいのかしら?」


 どうも、漁で奇妙な魔物が網に掛かったらしい。

 遠見スキルで見てみたところ、網に掛かっていたのはシーオークだと分かった。


 深海に棲む魔物だから、地引き網に掛かって水圧差で死んでしまったのだろう。


 一応、マップで調べてみたが、沖合に100匹程度の群れがいるだけだった。

 ここの海は水深のある海溝と遠浅の海が縞模様のようになっているので、さらに沖合の海溝部にもっと潜んでいるかもしれないが、個々の戦闘力はデミゴブリン以下なので、群れが襲ってきたとしても特に問題ないはずだ。


「なんだ、魔物か――」

「海賊でも退治されたのかと思って期待しちまったぜ」

「まったくだ、最近は海賊が多いからな……」


 シーオーク騒動の漁船の方から、漁師風の男達がぼやきながらやってくる。


「やっぱ、『骸骨大公』ってやつのせいなのか?」

「ああ、『骸骨王』の後継者を名乗ってるって噂だな」


 男達がフラグくさい会話をしながら横を通り過ぎる。


 彼らの話をまとめると、「骸骨大公」と呼ばれる海賊が、800年前の勇者に退けられた「骸骨王」と呼ばれる大海賊の後継者を名乗り、周辺海域の海賊を一つの勢力にまとめ上げようとしているという事だ。


「『骸骨大公』か……後ろでガーボゥズ王国が糸を引いてるって噂は本当かね?」

「このガルレォーク市に成り代わってガルレオン同盟の盟主になるために、か?」


 オレ達の近くで漁師達の話を耳にしたらしき数人の商人達が、そんな会話をしていた。


「噂は噂だろ? いくらガーボゥズ王国の強欲王でも、海賊と手を組むなんてありえないさ」

「それよりも、ヒレ付きの連中が増えて養殖場を広げられない方が問題だ」

「あいつらは網を切ってしまいますからね」

「倉庫を狙う夜盗連中も問題だぞ?」

「筏乗りどもか……」

「まあ、筏乗りの全てが夜盗じゃないさ」

「気に食わんが、あいつらを追い払う訳にはいかん」

「ああ、あそこがないと安い人夫や水夫が雇えないからな」


 内憂と外患に苦しんでいたサニア王国と同様に、このガルレオン同盟も色々と問題を抱えているようだ。


「たいへんたいへん~?」

「ご主人様、大変なのです! 死んじゃいそうなのです!」


 波止場から海面を覗き込んでいたタマとポチが慌ててオレを手招きする。


「――人魚?」


 そこには鰭人族の娘が瀕死の状態で流れ着いていた。



※次回更新は 12/10(日) の予定です。

 もし、余力があれば12/7くらいから短いのを投稿するかもしれません。

(12/8追記、ごめんなさい無理でした)




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