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鈴木への供物

 ハルが連れてきた男たちはやはり、キリリ草から作った薬を奪おうとしていたらしい。なんでも硬化病を治す薬は南大陸で高く売れるそうだ。

 あの薬は、硬化病だけでなく、石化病にも効くそうだ。南大陸の砂漠に生息するバジリスクという魔獣に石にされた人間を元に戻すために使われるらしい。

 あの盗人たちは冒険者ギルドで処罰してくれるらしく、俺たちは微々たる報奨金を貰った。


 その後、荷物を引き上げてきたカノン、ノルン、マリーナと合流し、キャロ、ハルを含めて六人で鈴木が泊まっているという宿を目指した。鈴木がいる宿は近くにあるという話だったが。

「宿屋じゃないのか?」

 そこは宿ではなく、屋敷だった。宿屋の看板もない。

 庭も広く、庭園はしっかりと整備されており、噴水まである。

 貴族の屋敷と言われた方が納得する。

「ここは年に一度、この国の町の領主が集まって会議をする議場として使われています。平時は貸し切りの宿として使われているそうです――」

「でも、お高いんでしょう?」

 キャロの説明に、俺はつい通販番組のアシスタントの口調で尋ねてしまった。

 変な口調になってしまったが、キャロは気にする様子もなく答えた。

「一泊三万センス、入居時費用一万センスになっています。キャロの値段の三倍です」

「一泊の値段が私と同じ値段ですね」

 キャロとハルが宿の値段と自分の値段とを比べて言う。

 いやいや、ふたりともそれはマティアスとクインスが特別な値段にしただけで、本当はふたりとももっと高いからな。

「カノン、我を手にする対価はいかほどだったか?」

「あんたは値切ったから五十センスだったよ」

「ごじゅっ!?」

 自分の値段を聞いてマリーナが驚愕した。

 いったい、どんな値切りをして五十センスになったんだ?

 どうやら自分の値段を揶揄するのは奴隷あるあるらしいのだけれど、ノルンも俺と同様少し引いている。

 これ以上話を続けるのも辛いので、俺は呼び鈴を鳴らした。

 チリンチリンという音が庭先に響くが、これで本当に屋敷の中に届くのか?

 そう思っていたら、屋敷の扉が開き、ひとりの老執事が現れた。

【執事戦士Lv38】

 久しぶりに見たな、執事戦士の職業。以前、オレゲールと一緒にいた老執事のセバスタンがこの職業だった。

 ただ、この世界には普通の執事はいないのだろうか?

 そう思っていたら、その老執事は歩いてこちらに来る。ただし、その速度はまるで走っているようだ。

 競歩の選手としてなら世界を狙えるんじゃないか?

「当館に何か御用でしょうか?」

「えっと、ここに泊まっている鈴木の知り合いで、会いに来たんだ。楠と言えばわかると思う」

「かしこまりました、主人に伝えて参りますので少々お待ちください」

 そう思うと、来たときと同じ速度で屋敷に戻っていく。

「あの動き、只者じゃないな」

「執事戦士や戦闘メイドには、速歩というスキルがあるそうです。歩くフォームのまま、全速力の時と同じ速度で息切れもせずに歩くことができるスキルです」

「戦闘メイドっ!? そんな職業があるのか? どうやってなるんだ?」

「はい。全国にある【主婦友の会】というギルドに登録し、三カ月修行すれば【家事手伝い】という職業になれます」

 家事手伝い……って職業なのか?

 それって無職と変わらない気がするんだが……。いや、自分の家の家事を手伝うのなら無職だが、他の人の家の家事をするのなら仕事か。

 ヘルパーみたいな仕事ってことだよな。

「【家事手伝いLv20】で【メイド】になり、【剣士Lv20】【メイドLv20】で【戦闘メイド】になることができます」

「……なるほど、結構長い道のりなんだな。ちなみに、男性でもメイドになれるのか?」

「はい。人数は少ないですが、いらっしゃるようですよ」

「……そうか」

 男性ならボーイと呼ばれる気もするのだが、そうではないらしい。

 主婦友の会に男性も入れるのか。まぁ、主夫なら日本にもいるから問題ないのかな。

 それにしても、筋肉ムキムキの男性メイドのいるかもしれない世界……か。

 それは少し嫌だな。


 暫く待っていると、屋敷の二階の窓が開き、そこからひとりの男が飛び降りた。

 くるくると二回転し、着地する。

 そして、イケメンフェイスを垂れ流し走ってくる男――鈴木が手を振っていた。

「楠くん、久しぶりっ! ハルワタートさんもキャロルさんも真里菜さんも久しぶりです」

「相変わらずだな、鈴木。とりあえず立ち話もなんだし、中に入れてもらっていいか?」

「うん、入っていいよ。ひとりで寂しかったからね。コンシェルジュさんとはあまり話が合わないし」

 本当にひとりで泊まっているんだな。

 他の仲間はどこにいったんだ?

 疑問を持ったまま鈴木についていく。

 そして、振り返る。

「マリーナ、なにしてるんだ? 置いていくぞ」

「……ごじゅう……センス」

 マリーナはいまだに自分の値段がショックで放心中だった。


 屋敷の応接間に案内された。

 ただの応接間なのに、俺が日本で住んでいたファミリー向けマンションの倍くらい広い。

「お前、金持ちなんだな」

「ハハハ、違うよ。ちょっとした仕事を受けてね。計画が始まるまで誰にも見られるわけにはいかないらしく、ここに隠れているんだよ。楠くんこそ、よく僕がここにいるってわかったね」

「うちには優秀な調査員がいるんだよ……で、その依頼って、密輸の摘発なんだよな」

「まいったな、そこまで知られているなんて……どこから情報が洩れたんだろ?」

 鈴木が心配したように呟く。

 確かに、考えてみれば密輸の潜入調査員の情報が洩れているというのは心配だよな?

「情報屋というものはどこにでもいるものです――ただ、そういう情報屋は国を敵に回すことはないと思いますので、密輸をしている犯人に知られている可能性は低いはずです」

「だそうだ――うちの優秀な調査員がこう言っているんだから信用していいと思うぞ?」

 俺がそう言うと、少し鈴木は安心したようだ。

「土砂災害の撤去はもう終わったのか?」

「馬車が通れる程度にはね。お陰でポチもお役御免になった」

 ポチというのは鈴木と一緒に行動していたワイバーンの名前だ。土砂が道を塞いでいたときは歩行者たちを土砂の向こうへと運んでいたらしい。

「で、楠君。世間話をするためにここに来た――という様子じゃないけど」

「ちょっと急ぎ南大陸に渡りたい。潜入調査に俺も同行させてくれないか?」

「…………」

 鈴木が苦い顔をする。

 簡単に許可できる内容じゃないらしい。

 が、俺には切り札があった。

「みんな、悪いが席を外してくれ」

 俺はハルたちにそう頼んで、部屋の外へと出てもらう。

「楠くん、頼みを聞いてあげたいんだけど、潜入調査っていうのは人数が多ければ多いほど逆に難しくなるんだよ。今回の潜入調査だって、僕が以前にこの町に来た一年前から少しずつこの町の裏の顔役を相手に偽りの信用を築いていったんだ。相手だって急に来た君を信用するとは――」

「これでどうだ?」

 俺はアイテムバッグからそれを取り出した。

 俺は日本で、基本こういうものは持っていなかった。何故ならミリがいたから、全てデータ化していた。

 しかし――これはデータ化する前のものであり、ベッドの下に隠していた一冊。

 ミリが日本の家具を全て異次元収納し、その後アイテムバッグに移し替えた。

 その時に、この本も一緒に紛れ込んでいた。

「それはまさか――」

「そう、日本の有名海賊アニメ、ニャーピースの同人誌。しかもあの有名サークル【グレムリン】の一冊だ。これをやろう」

「……本物だ……この手触り、この世界の製紙技術では再現できない。それにいつぶりだろ……日本語を見るのは」

 鈴木は俺から同人誌を受け取り、涙を流した。

 日本を懐かしく思っているのだろう。

「……ニャーピースか。もう長い事読んでいないけれど、どうなったんだろ」

「あれなら俺がこっちの世界にくる前の年に終わったぞ」

「えっ!? えっと、最終回はどうなったの? バフィは海賊の王になれたのか?」

「結末が見たいのなら、こっちでどうだ?」

 俺はそう言って、アイテムバッグからニャーピースを全巻取り出した。

 これもまたミリが日本から持ち込んだ品だ。

 鈴木は漫画の49巻に手を伸ばそうとする(48巻までは読んでいたのだろう)が――俺はその手を掴んだ。

「悪いが、続きは交渉が終わってからだ」

「あぁ、できる限り君の力になると約束するよ」

 よし、契約成立だ。

 ちなみに、ニャーピースのコミックは貸してやるだけであげるつもりはない。

 本当はあげるつもりだったんだが、シーナがはまっているから、これを今あげてしまうと恨まれそうだ。

 ……あいつ、日本語を覚えてまで全巻読んでいる最中だからな。

お陰様で、成長チートのコミックは発売数日で重版したそうです。


それと、ようやく成長チート6巻の書籍化作業も一区切りつきました。こちらも半分以上書下ろしになっています。ニャーピースのくだりは6巻で少し話が出てきている逆輸入設定ですので、発売後読んで、

「あぁ、このことを言っていたのか」

とニマニマして読んでもらえたら幸いです。

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