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pr36 ルーツ監督の大変革について

 新年はとりあえず穏やかにスタートしているようだ。プロ野球のキャンプインは二月とまだ先の話で、そこまでにトレードなどがある可能性はゼロではないが、期待するほどでもあるまい。


「というわけで、いよいよ一九七五年の話となる。先に言うとこの年、カープは優勝する」


「今まで全然そういう雰囲気はなかったのに唐突なものだね」


「というわけで今回は三年連続最下位に沈んでいたカープがいかにして変革を遂げたかを見ていこうと思うの。まずは前年となる七十四年のシーズンを終えて、森永監督は退陣となった」


「あんまり向いてなかった人だよね」


「結局これ以降ユニフォームを纏う事もなく、でも人の良さと球団初の首位打者という実績は確かなので解説者として活躍を続けた。ともあれ監督交代によって後任はという問題が当然生じたわけだけど、そこで前年コーチとして招聘したルーツを昇格されるという意外なアイデアが実行された。主にアメリカで活動していたコーチを招聘という前例は六十年代の巨人のマイヤーズや東映のリーザーがいたけど、それぞれ川上水原という盤石な指揮官がいたし監督就任は露ほども考えてなかったでしょうね。また中日の与那嶺みたいに日本で実績を積んだ日系アメリカ人が監督に就任というケースとも違う、日本球界においては前代未聞の人事だった」


「でも基本的にメジャーリーグを目指してやってきたのに指導者を直接呼んでくるというケースが少ないのも意外だよね」


「金銭的な部分や文化的な摩擦の懸念に加えて、日本野球を外国人に乗っ取られてなるかという感情的な部分の反対もあったみたいだし、監督候補をどこの球団も確保してる中でいきなり外から呼んできましたってのも反発必至よね。それでコーチまでならまだしも監督まで任せるのはどうかって声はカープでもあったと言うわ。でも球団代表の重松良典はルーツこそがカープを変えると確信していた」


「森永監督や長谷川ヘッドコーチは当時最も実績を残したカープの選手で、そういう集大成的な首脳陣で最下位だから後はもう変わるしかないか」


「他球団の実績者招聘も別当が残念な別れ方をしたしね。それなら外国人しかないという発想に行き着くのも自然な流れ。しかもルーツは球団内の大先輩である長谷川にも臆さず論争を仕掛けるなど内外に闘争心剥き出しの男で、元々負ける事に慣れすぎていたカープの選手たちを鼓舞するにはうってつけの人材でもあった。同じ事を言うにも日本人より外国人のほうが効果的って計算もあったみたいだけど」


「今でもそういうコンプレックスはあるよね。サッカーの日本代表でも地味なルックスの日本人だからって理由で森保を無闇に貶す人がいたり」


「ましてや敗戦の記憶を自分のものとして覚えている人間がまだまだ多かった昭和の時代となるとね。サッカーといえば重松は元々サッカー畑の人間で五十年代は東洋工業サッカー部のFWとして活躍、引退後は日本サッカー協会に入ってJSL立ち上げなどに奔走した人物。日本代表がドイツからクラマーを雇って大幅強化という好例が念頭になかったとは思えないわ」


「それをカープでも、よりドラスティックな形でやろうとしたのか」


「日本代表はあくまで長沼健監督にクラマーコーチという形であって、その後外国人監督は実に九十年代まで訪れなかったからね。なおチーム単位ではこの時期すでに読売クラブがオランダ人のフランツ・ファン・バルコムという指導者を監督に据えて、七十四年には二部リーグ優勝という成果を上げていた。野球界だけだと驚天動地のサプライズ人事でもサッカー界などそれ以外まで目を広げると当時の日本においてでさえ空前とは言えなかったし、重松も確信を持ってルーツを監督に推薦したのはこれらの事実を知っていたからでしょうね」


「視野の広さって大事だよね」


「さてそうして監督就任したルーツだけど、まず長谷川コーチが退任と相成ったのは当然の帰結よね。それ以外のコーチ陣に関しては、池田英俊、備前喜夫の両コーチが退任している。代わりに五十年代以来ユニフォームと背広を適宜入れ替えつつずっとカープに貢献している野崎泰一が復帰、また故郷福岡の太平洋で二軍コーチを務めていたかつてのリリーフエース龍憲一を呼び戻した」


「面子を見ると投手コーチにガッツリとメスを入れられてるね」


「それと根本時代から在籍していた岡田悦哉も退団し、スカウトを務めていた木下強三が就任。一方で田中尊、古葉竹識、阿南準郎、藤井弘は残留。それと小林正之という内野手がコーチ兼任になった。当時まだ二十代、選手としての実績はほぼ皆無、千葉商科大という無名校出身でドラフトも下位と縁故の面では不利な要素山盛りながらもこの抜擢だから、よっぽどコーチ向きと見られてたんでしょうね」


「アメリカからコーチを呼び寄せたりはしなかったんだね」


「ただでさえ反対の声が強かったのにあんまり呼びすぎるのも余計な反発を呼びかねないからね。でもやっぱり本場の指導は必須という事で、キャンプ中に指導してもらう臨時コーチとしてウォーレン・スパーンという人物を招いた。彼はメジャーリーグの歴史において左腕として歴代最多勝利数を記録している名投手よ」


「えっ何それ。とてつもない大物じゃない」


「うん。若い四十年代には第二次世界大戦の徴兵でキャリアを無駄にしつつも復帰後は四年連続最多奪三振など実力を発揮、本来衰えて然るべき三十代後半から四十代前半にかけて五年連続最多勝など長く輝き続けた末に四十四歳でメジャーリーグを引退、翌年にはメキシコでプレーするなど凄まじく長い現役生活を送った。そして七十三年には野球殿堂入り。長らく所属していたブレーブスにおいて彼が背負った背番号二十一は永久欠番に指定され、九十九年からはメジャーで最も活躍した左腕投手に贈られる賞として『ウォーレン・スパーン賞』が制定されるなど、誇張抜きの大物、野球という競技を代表する一人よ」


「ただただ凄いなあ。よく呼べたものだね」


「引退後の七十二年からインディアンスでコーチやってて同僚にルーツがいた。そしてその年にカープがアメリカでキャンプとしてインディアンスに帯同した。奇跡的な繋がりよね。ともあれ普通に日本でやってただけだと確実にありえなかった組み合わせだったのは間違いない。というわけで首脳陣はこんなもの。次に選手だけど、まずドラフトでは一位に鹿児島のアンダースロー堂園喜義、二位は広島県内においても地味な存在だった竹原高校をあわや甲子園まで導いたエース望月卓也、三位に身体能力を買われた高橋慶彦など全員高校生で揃えた」


「相変わらずそんな調子なのか」


「ドラフト外では中尾明生とか大社選手を獲ったけど即戦力にはならなかったしね。ここまでの歴史においてカープはドラフト外は加入選手が少ない上に活躍もしてなくて、ほぼ活用出来ていないと言える。まあそんな事よりも重要なのはトレードよ。これは今でも語り草になっているほど大規模な選手入れ替えを果たした。まずは日本ハムの大下剛史。機敏な守備とガッツ溢れるプレーで知られる実力派内野手で、オープン戦で見初めたルーツが監督就任の際に大下獲得が要請受諾の条件だったという話があるほど重視されていた。しかも広島出身」


「そんなドンピシャな選手を相手もよく放出してくれたね」


「折しも日本ハムも前年最下位に終わり、チーム改革の真っ只中だったので本来通るはずのない話も通ったのよ。交換要員は高校時代大下と同級生でカープでは前年サードで多く出場した上垣内と大砲候補の渋谷」


「さすがに主力級放出はやむなしとしても、上垣内で大下なら安いものだよね」


「また前年キャッチャー一番手だった西沢も放出された。曰く西沢は不甲斐ない投手陣を叱りつけるなど強気に引っ張っていくタイプだったけど、ルーツはそういうタイプは嫌いだったみたいで打力が落ちるのは覚悟で水沼と道原を競わせる事にした。で、西沢と前年リリーフでぼちぼち出番があった松林で、太平洋から黒い霧で投手陣がボロボロになった時期に奮闘した三輪悟と控え内野手だった米山哲夫を獲得。かつてのレギュラーも前年はわずか四十四試合出場で自由契約となっていた国貞も福岡に移った」


「国貞も存外衰えるのが早かったね」


「当時三十歳。でも肩を痛めたみたいだからしんどいところよ。他にも代打の切り札宮川孝雄やノーノー男藤本和宏らが七十四年限りでユニフォームを脱いだ。宮川は後に村上と姓を変えてスカウトとして活躍したけど藤本はよく分からない。それと外国人も入れ替えよ」


「あんまり機能してなかったし仕方ないか」


「また投手陣のテコ入れとして安仁屋大石白石というかつての主力を一斉放出した。第一に安仁屋は阪神の若生智男と交換。確かに安仁屋は近年不調で前年はリリーフに転向も平凡な数字だったとは言え、若生は五十年代から活躍する大ベテランで当時すでに三十代後半と戦力で考えるならバランスがおかしかった。これは前年に安仁屋とルーツが衝突したのが原因とも言われているわ」


「上の西沢と言い、個人的な信頼関係悪化であっさり放出されるね」


「この時代にはよくある事よ。未だにこういうのやってるのは立浪監督だけど果たしてどうなるか。ともかくもう一つは大石と白石で阪急の宮本幸信、児玉好弘、渡辺弘基を獲得した。まず宮本は六十八年の入団以来コンスタントに出番を得て前年はリリーフメインで三十五試合に登板していた。児玉は七十二年に十勝の活躍も前年は防御率六点台ともう一歩。渡辺は二軍エースから前年は三十五試合に登板とようやく出番を掴みつつあった左腕。一方で放出した大石は前年三勝、白石は二勝と実績では上回っても成績は低下気味かつ、いずれも三十歳を超えていた」


「すり減った元主力を出して元気ある投手に入れ替えた感じか」


「三輪や若生も含めて基本的に期待されていたのはリリーフや谷間の先発など脇役的役割だったみたい。じゃあ本筋はどうするかと言うと、既存の選手の成長に賭けた。しかし前年最多勝の金城が交通事故であわや失明でシーズン絶望の重傷を負ってしまう」


「えええええいきなり終わりじゃない」


「でもまだ人材はある。というわけで放出された安仁屋大石白石らと同世代ながら前年十八勝と奮闘した外木場を中心に、若手の池谷佐伯と合わせて先発ローテーションを構築。彼らは先発に専念してもらってリリーフはトレード組らに任せる分業制を推し進めた。そして野手だけど、まずショート三村は盤石として前年マクガイアが主に担ったセカンドには移籍の大下、上垣内が多く務めたサードには衣笠をファーストからコンバートさせて解決した」


「気軽に言うけどそれが出来るんなら最初からやってれば良かったのに。それこそコンバート連発していた七十年あたりに」


「その頃とは状況が違うからね。主に外国人の存在が。というわけで獲得したゲイル・ホプキンスという大砲はファーストしか守れないので衣笠が動く事になった。ついでに背番号も三番に変わったのは前年引退した名サード長嶋茂雄のイメージを重ねたものかと思われるわ。そして外野だけどこの年から登録名を微妙に変更した山本浩二は安泰として、ヒックスに変わる新外国人としてスイッチヒッターのリチャード・アラン・シェインブラムを獲得。名前が長いので名作西部劇から登録名をシェーンとした」


「この手の登録名って本人からするとどうなんだろうって思うよ」


「シェーンに関しては幸い陽気な性格だったのですんなり受け入れたみたい。もう一枠は、さすがに前年コーチ兼任となった山本一義には年齢的にももう頼れない。後はスピードのある深沢や去年三割台の守岡もいるけど、本命は七十一年にはベストナインにまで輝いたもののここ二年は停滞している水谷でしょうね。本来の実力を出し切れば強力な陣容が爆誕するけど果たしてってところ」


「しかこうして見てても優勝する戦力にはちょっと見えないよね」


「大下補強は大きいけど外国人は未知数だし、投手陣も一気に動かした割に結局本筋は若手の台頭に期待ってレベル。ともあれ色々な改革を断行したカープだけど、最後に一つ、そしてあるいは最も重要な改革があったわ」


「へえ、それは?」


「それはね、この年から帽子の色が赤くなったの。物理的にも象徴的にも、カープのチームカラーが決まった劇的瞬間よ」


 この一言を発した瞬間、敵襲を告げるサイレンが所内に鳴り響いた。やはり今年も戦う運命にあるようだ。二人は覚悟を決めると変身して、敵に向かって寒空の中を駆け抜けた。


挿絵(By みてみん)


「フハハハハ、私はグラゲ軍攻撃部隊のフクロウ男だ。我がグラゲ軍に逆らうものは縛り首だ!」


 平面の顔が印象的な夜行性の鳥の代表格で、梟雄梟首などろくでもない使われ方をされる割に知恵者イメージや縁起物としても知られる鳥の姿を模した侵略者が静まり返った森に出現した。にわかに騒がしくなった空間に、さらに二人の声が重なり合った。


「出たなグラゲ軍め。お前達の思い通りにはさせないぞ」


「新年早々静寂を乱す闖入者。今すぐ立ち去りなさい」


「ふっ、愚か者め。この世界から消え去るのはお前達だ! 行け、雑兵ども!」


 フクロウ男の残忍な指令を無批判に実行しようとするだけのマシーンが襲ってくるが、二人は次々と撃破していった。


「よしこれで雑兵は尽きた。後はお前だけだフクロウ男」


「私達とて戦いたくはないけど、この星のためならば勇気を振り絞る用意はあるわ」


「無駄な勇気の使い方だな。ここで死ぬのだから!」


 フクロウ男はそう言うと懐から取り出したスイッチを押して巨大化した。こうなったら後は覚悟の問題となる。そして二人は同じように戦いの道を選び、合体した。


「ヴィクター!!」

「エメラルディア!!」


 にわかに雨雲が一月の空を覆ってきた。そのまた上空を二体の戦機が駆け抜けて、命を賭けた戦いを繰り広げているとは誰も知らない。そして悠宇は持ち前の反射神経を駆使して相手の攻撃を回避しつつ接近し、カウンターを決めた。


「よし今よとみお君!」


「分かったよゆうちゃん! ここはメルティングフィストで一気に仕留めるぞ!」


 わずかに生じた隙を狙い、渡海雄はすかさず朱色のボタンを叩いた。プラズマ超高熱線によって爆発寸前までヒート拳が寒風を切り裂き敵の装甲を溶かした。


「ぐぬぬ、やってくれるな。しかしこの無駄なあがき、いつまで続くかな」


 そんな負け惜しみを残して、機体が爆散する寸前に作動した脱出装置によってフクロウ男は本来いるべき場所へと帰っていった。今年も同じように、新しい出来事に出会い続けるだろう。悪い風邪など引かぬよう、気をつけながらそれに立ち向かいたいと誓う二人であった。

今回のまとめ

・シーズン突入前にここまで書く事があるとは思わなかった

・何か変えないといけないという危機感は今よりも強そう

・トレードは話を受ける相手も必要なので難しいものだ

・カープを印象付ける要素がこの年に集まりすぎている

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