9、おしまい
「なんだそりゃ!?」
と叫んだ瞬間、視界が戻った。
目の前にはいつもの自分の部屋が広がっている。
コチコチという時計が時を刻む音が聞こえてくる。
目の前の机の上には、酒ビンが並んでいる。
「あ、あれ……?」
手元にはあのテストが握られている。
8枚目の裏面だ。
「あ、8枚目も裏があったんだ」
8枚目の表の最後にスタッフリストと点数があるのだから、それで最後だと思っていた。
しかし、8枚目の裏にも文字があったようだ。
8枚目の裏面に目を通すと、
『注意:
・この物語は戦争を肯定する目的で作成・監修されたものではありません。
・敵の宇宙船が爆発したのは、機密区画に設計上の重大な欠陥があるためです。
・動力炉には何重もの安全策が施されているため、戦艦大破とともに安全に動作停止しています。人体に影響のある高濃度の放射線が拡散することはありませんでした。また、時空間の不連続面の発生はありません。
・この宙域を飛び交う放射線は人体に影響がないレベルです。
・戦闘宙域が十分に狭いため、会話に支障がある通信遅延は発生していません。
(以下略)』
というような「注意」というより「言い訳」が並んでいる。
「で、でもよかった……これが無かったら戻ってこれなかったかも」
どう戻ってこれないのか、うまく説明できないが、とにかくやばかった気がする。
きっとこの言い訳の数々は設定考証の茂木先生の仕事だろう。
ありがとう、茂木先生。
おかげで目が覚めたよ。
改めて、テスト用紙をペラペラめくってみる。
いまさらながら、本当にとんでもないテストだ。
7枚目の中盤には本当に
『あれは……超絶戦略級 超超超広域決戦終結用 二十七式縮退相転移砲!?』
という台詞がある。
やはり、俺の妄想ではなかった。
「ど、どんなテストだ……」
さらに見ていく。
『「俺の炎の熱さは、俺の魂の熱さだ!」』
『「でも、今日の闇は凶暴よ」』
『「対象は超多次元確率空間に確率分散した模様!」』
どれもこれも、俺の中二病が作り上げたセリフではなく、本当に書かれたセリフだったようだ。
『魔法少女ミカミカデラックス~アンリミテッド~』の文字も見える。
「ど……どんなテストだよ!! なんだよ、これは!!」
もう本当に前代未聞としかいいようがない。
本当にこんなものを作ってしまったのか。
「自由にもほどがある……」
椅子から立ち上がろうとすると、腕がバルサミコ酢のビンにあたってビンが倒れる。
「うわああ!! ……って、空か」
そういえばさっき飲み干したんだっけ。
ビンを立て直す。
『うるさいって言ってるだろ!』
その瞬間、壁越しに苛ついた声が聞こえてきた。
つづいて、壁をドンと叩く音が響く。
「え……? な、なんだ……?」
いままで壁ドンされたことはない。
記憶にないが、なにかうるさくしてしまったのだろうか。
◇
明日になったら謝りに行こうと思ったが、相当イライラしているようだったのでそのままお隣さんに謝りに行く。
大分嫌味を言われた。
「このテストがあんまりにもおかしくて……酒も飲んでたので知らず知らずにうるさくしちゃったかもしれませんけど……」
と釈明しても、
「限度がありますよね!? いい加減にしてください!」
とかなりきつく注意された。
「はぁ……」
ため息を付いて、布団に入る。
せっかく、あんな変なテストを読んで愉快な気分だったのに。
「あ、テスト用紙忘れてきた……」
お隣さんに謝りに行く時、テスト用紙を持ったまま行って、そしてそのままお隣さんの玄関先に置いてきてしまった。
「明日取りに行かないとな……嫌味言われそうだ……」
気落ちしていると、隣の部屋の足音やら物を動かす音が聞こえてきた。
「たしかに結構響くなぁ……」
普段気にしていなかったけど、ここまで筒抜けだったか。
そして、隣でなにかガサガサやる音が聞こえてくる。
それを聞きながらもだんだん眠くなってきたその瞬間、
『はぁ!?』
という大声が隣から響いて、ぱっと目が覚めた。
「お隣さん……あんたもうるさいよ」
隣に聞こえないように小さな声でつぶやいてもう一度眠りに入ろうとする。
『なんだこのテスト!』
そんな、素っ頓狂な声が聞こえてきた。
「あ、玄関においてきたテスト、見たんか……」
俺が置いてきたテストを見てしまったらしい。
お隣さんもあれにもあきれるわな。
あれを読んだなら、こちらが突っ込みまくってしまう事情を少しはわかってもらえるだろう。
少し気が楽になる。
『ねぇだろ!』
『なんだよこれ』
『おい……マジかよ』
『これ本当にやったのかよ』
と、大きめの独り言が続けて響いてきた。
「ほ、本当にこのアパート筒抜けだな、おい……」
続いて、唐突に
『ハハッ……ハッ……ハッ……ヒャ……ヒャハハハハ!! ッハァーーー!!』
という特徴的な爆笑音が響いてきた。
「や、やっぱり、あのテストの力はすごいな……」
文句を言っていたお隣さんも大受けしている。
ミイラ取りがミイラじゃないか。
これなら、明日テストを返してもらいに行く時に、こちらが騒いでしまった事情も理解してくれるだろう。
『ヒャハーーーーーー!!』
しかし、いくらなんでもうるさい。
ずっと笑い声が響いている。
さきほど迷惑をかけた手前、しばらく我慢していたが、
「ちょっと、お隣さん、もうちょっと静かに……」
と、大きめの声を出して、控えめに壁を叩いた。
しかし、お隣さんはひたすら笑い続けている。
「お隣さん……あんたのほうがうるさいじゃないか。夜は静かにしてくれよ……」
「ちょっと大きな声を出してしまうぐらいおかしなテストだ」という事はわかってもらえたようだが、大騒ぎしすぎだ。
俺はツッコミを入れた覚えはあるが、そんな大声で叫んだ覚えはない。
続いて、机か何かをバシバシ勢い良く叩く音が響き、更に激しくなる笑い声。
「なんて非常識な……!!」
さらに、酒でも飲んでいるのか、グラスの音が聞こえてくる。
グラスを机に置くときの音。
ゴクゴクと勢い良く飲み干す音に、また注ぎ直す音。
おい、壁! 仕事しろ!
防音忘れてるぞ!
せめて、飲食の音ぐらい遮断しろ!
「き、聞こえすぎだろ。ってか、そのテストに酒はやめたほうが……」
そう呟いていると、しばらくして
『うぐ………うぐっ……うう……うううう……』
というすすり泣くような音が聞こえてきて、
『うううううう!!!!』
という主張が激しいうめき声に変わる。
続いて号泣。
悲鳴のような甲高い泣き声。
あのテスト、泣くところなんてあったっけ……?
続いて響き渡る
『ううう……イッケェェェェェ!!!!』
という、謎の掛け声。
「安眠妨害も……甚だしい……」
と呟いた瞬間、
『うをおおおおおおおお! ……アハハハ、アハハハハハハ!!! ヒャハハハハ!! ッハァーーー!!』
というひときわ大きい叫びと笑い声が響いてくる。
「さ、騒ぎすぎだろ、おとなり!」
結局、明け方まで寝れなかった。
◇
翌日、昼近くになって起きた。
食事を手早く済ませ、お隣さんにテストを返して貰いに行くと、疲れきった顔をしたお隣さんが出てきた。
お隣さんは「昨晩は私も迷惑をお掛けしました……。このテストには負けたよ……」といって苦笑いした。
話してみると意外といい人で、テストの話が盛り上がって意気投合する。
そして、武井の算数のバックナンバーを見せる約束をして、お互い気持ちよく別れた。
そのまま親戚の家に向かう。
親戚の家について小学生の彼にテストを返すと、
「ちゃんと最後まで読んだ!?」
と聞かれたので、
「読んだ読んだ。ついでにお隣さんもな」
と答えてやる。
不思議がる小学生を置いて、次に武井のアパートに足を運ぶ。
武井のアパートの前に来たところで、ひょっこり道路に出てきた武井に出くわした。
「お」
「お」
二人で同じ声を上げる。
「久しぶりだな。あの年度末の総合テスト、見たぞ」
俺が苦笑いをしながらそう言う。
それを聞いた武井は腕を組んで、
「で、どうだったよ?」
と、少し自慢気に聞いてくる。
俺は少し考えて、
「まぁ、正直大人としてはいろいろ言わないといけない気もするが。とりあえず武井ファンの一人として言わせてもらうと……ぶっ飛んでておもしろかったぜ」
と言った。
「ふふん、そうだろ。うまくやる、って言っただろ」
武井は得意気に笑いながら、親指を立てる。
「そうだ、あともう一つ」
「なんだ?」
武井が不思議そうな顔をする。
俺はできるだけ真顔になる。
「宇宙編、本当にやりきったな、武井。全くお前はすごいやつだよ」
武井は一瞬笑うと、やおら真顔になる。
そして、空を見上げた。
「いや、みんなのおかげだよ」
と、格好つけた声で言って、真顔のまま振り向いた。
俺は吹き出した。
武井も吹き出した。
そして、二人で盛大に笑ったのだった。
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