188 今日は味方
一帯は巨人の銃撃によって様変わりしていた。廃ビル等の建築物が軒並み全壊して見通しが大分良くなっている。道だった場所も建物だった場所も大小様々な瓦礫が埋め尽くしており、道と建物の見分けなどもう付かない。既に遺跡とは呼べない有様だ。
アキラはその光景を比較的大きな瓦礫の影に隠れて眺めていた。
『遺跡はこうやって徐々に荒野に変わっていくのか。……アルファ。敵はどんな様子だ?』
『ゆっくりこっちに歩いてきているわ。銃撃は止めたけれど、弾切れかどうかは不明ね』
『あんなデカい弾をあれだけ撃ったのに、まだ弾が残っている可能性があるのか?』
怪訝そうな顔を見せるアキラにアルファが笑顔を返す。
『あら、アキラの銃だって似たようなものでしょう?』
アキラが納得して苦笑する。
『確かに。……そうだよな。旧世界の技術を応用した拡張弾倉の弾数にもそろそろ慣れて驚かなくなったけど、モンスターだって同じ旧世界の技術で製造されているんだよな。似たような拡張弾倉を使っていても不思議はないか』
昔は驚いていた利便性に慣れてしまいそれを普通だと思い始めた頃に、敵に同じものを使われてその利便性と厄介さと理不尽さを再確認する。アキラは拡張弾倉を通して旧世界の技術の得体の知れなさを改めて思い知り、そこに妙な感情を覚えながら、恐らく拡張弾倉などとは比べものにならないほどに奇異な存在である恩人に視線を向けた。アルファだ。
『アキラ。どうかしたの?』
『いや、何でもない』
『そう。こんな状況だから落ち着けないのは分かるけれど、今はじっとしていてね。下手に動くと敵に気付かれるわ』
『分かった』
アキラは変な迷いや隙を生みかねない余計な思考を取りあえず脇に追いやり、気を切り替えたところで視界に映っているものを再確認して、大きな溜め息を吐いた。
アルファが不服そうな顔を浮かべる。
『ちょっと、どうして私を見て急にそんな大きな溜め息を吐くのよ』
『いや、アルファじゃなくて、そっちだ』
アキラはアルファが腰掛けているものを指差した。半壊したバイクだ。車体は大きくゆがんで至る所が凹んでいる。前輪とアーム式の銃座もなくなっている。銃座に付いていたA4WM自動擲弾銃も今は瓦礫の底だ。
『仕方ないわ。必要な犠牲だったと思って諦めましょう』
『そうだけどさ。トラックの方も予備の弾薬ごと駄目になったんだ。溜め息ぐらい吐かせてくれ』
予備の弾薬類を運んでいたトラックは敵の銃弾を受けて全壊状態だ。運転席は着弾してまるごと吹き飛んでいる。荷台は瓦礫で圧し曲げられている。積荷の弾薬類も飛び散ってしまっている。それでもアキラは無事だった分を掻き集めて何とか最後の補給を済ませていた。
アキラが視線を巨人に移す。背にしている瓦礫越しだが、アルファによる視界拡張のおかげでしっかりと見えている。巨人が歩く速度は距離と巨体の所為で一見遅そうに感じられる。だがその一歩の歩幅が十分に長いため、実際はかなりの速さで移動している。その体躯で駆け出せば更に速くなる。
『バイクもない。トラックもない。徒歩であれから逃げ切る自信はないぞ?』
『今は隠れて遣り過ごしましょう。また雨が降って豪雨にでもなってくれれば、雨に紛れて逃げ出せるのだけれどね。雲の様子を見る限り、可能性はあるわ』
アキラが空を見上げる。分厚い雨雲は今にも降り出しそうにも見える。しかし雨粒は落ちてこない。
『……止んでほしい時には降って、降ってほしいときには止んで、どういう嫌がらせだ』
『アキラが不運に抗えるようにサポートすると約束したけれど、流石に私も天候まではね』
『俺の不運は天候すら覆すのかよ』
冗談を交えて嘆くアキラに、アルファも苦笑を浮かべていた。
情報端末にネリアからの通話要求が届く。アキラは少し迷い、アルファを見て確認してから通話要求を受け入れた。
「アキラ? 生きてる? 大丈夫?」
「何とかな。そっちは?」
「全く問題ないわ。すぐに射線から逃げたし、敵もアキラばっかり狙っていたからね。たっぷり撃って弾切れのようだから今から斬りかかるつもりなんだけど、生きてるなら援護してちょうだい」
「ちょっと待て。あれと遣り合う気か?」
「そうよ」
余りにも当然だと言わんばかりのネリアの返事に、アキラは逆に戸惑ってしまった。そして頭に浮かんだ無数の疑問を凝縮した短い言葉を口に出す。
「……な、何で?」
「何でって、それが私達のお仕事でしょう?」
「し、仕事って……」
「あら、仕事を放り出して逃げ帰るのが当然のような言い方は失礼ね。私、これでも仕事は真面目にやる方なのよ?」
「……仕事を真面目にやるやつが、何で遺物強奪犯なんかやってたんだよ」
「それがその時の私の仕事だったからよ。じゃあ、援護お願いね」
ネリアとの通信が切れる。アキラは軽い衝撃を受けていた。ネリアの態度、反応、思想を理解し難いと思いながらも、奇妙な納得を覚えていた。
アルファがアキラの様子に怪訝なものを覚えながらも、それはそれとして行動を促す。
『何だか知らないけれど、彼女が敵の注意を引きつけてくれるようね。今のうちに移動しましょう』
『……そうだな』
アルファは逃げる意図で移動を促していた。アキラはそれを理解した上で、SSB複合銃を握り締めると、覚悟を決めて瓦礫の影から飛び出した。
ネリアが機体の推進装置の出力を限界まで上げて巨人に急速接近する。巨人の後方、銃撃の範囲外だったおかげで破壊から免れた廃ビルの影から、地面すれすれの高速低空飛行で最短距離を駆け抜ける。巨人がネリアの接近に気づき、振り返り、攻撃の優先順位をアキラからネリアに切り替え、左腕の機銃を構える間に、巨人との距離を半分以上縮めた。
ネリアは巨人が弾切れだとは判断していない。だが相当な弾数を消費した所為で一帯を壊滅させたような連射は不可能だと判断していた。その読みは当たり、巨人の銃撃は低速の連射にまで落ちていた。面でも線でもなく、かなり間隔の空いた点の集まりにまで制圧力を落とした敵の銃撃を、射線の読みと機体の精密な操作で巧みに躱して距離を詰めていく。
ネリアは義体者の利点を生かして機体を自身と直結させている。機体を自身の体と認識することで、単純な操縦とは一線を画する精密動作を実現している。さらには推進装置など本来人間には存在しない機能にまで手足と同様の意思を通していた。各種センサーの情報を認識して、五感を超えて知覚までしていた。
人間の体と機械の体の差異から生まれる感覚の齟齬をどこまで補えるか。それが義体使いとしての力量だ。ネリアの力量は十分に達人の領域に達している。
明確に人間ではない戦車など非人間型の制御装置と自意識を接続すれば常人なら発狂しかねない。だがネリアは全く問題なく自在に操作した上で自我の平静を維持できる。それほど卓越した才能の持ち主であり、つまり、ある種の狂人だ。
近接戦闘と義体操作の両方の達人であるネリアが操縦する機体が、敵の銃撃を高速精密な動作で掻い潜り遂に巨人に肉薄する。そして擦れ違いざまに両手のブレードで斬撃を放ち、巨人の両脚を斬り付けた。ブレードの接触点から激しい火花に交ざって別の光が飛び散る。力場装甲の衝撃変換光だ。
ネリアが振り返って巨人の脚を確認する。両断できなかったことは手応えで理解している。衝撃変換光の光度から大分軽減されたことも理解している。その上で、結果はネリアの予想を大幅に下回っていた。巨人の脚はほぼ無傷だった。巨人の強力な力場装甲がブレードを弾いたのだ。
「あら、随分硬いのね。それじゃあ、たくさん刻んであげるわ」
ネリアの馬鹿にするような呟きに答えるように、巨人が右手の光刃を振り下ろす。光刃は地面に深くめり込み、地面の瓦礫を両断し、吹き飛ばし、切断面を溶解、蒸発させた。だがネリアは素早く移動して光刃から逃れ、同時に敵の死角に入り込み続けながらブレードを振るい続ける。
ブレードが巨人の装甲に接触するたびに激しい光が飛び散っていく。光刃が振るわれるたびに瓦礫が吹き飛んでいく。どちらも常人が見上げるほどの巨体で、その上で大人と子供の体格差で、その体格に見合った長さの刃を振り続けている。
単純な剣技はネリアの方が圧倒的に上だ。巨人の剣技は未熟で、小さく素早い相手の動きに翻弄され続けており、その光刃はネリアの機体に掠りすらしていない。逆にネリアが振るうブレードは巨人の脚を何度も刻んでいる。
だがネリアは自分が優勢だとは欠片も考えていなかった。巨人がその未熟な動きを補って余りある程に高性能だからだ。
巨人の装甲は頑丈でネリアのブレードを受け付けず、光刃は一撃でネリアの機体を破壊する威力を持っている。光刃と力場装甲を維持するのに多大なエネルギーを消費しており、それはネリアの機体のエネルギー消費を圧倒的に上回っているが、ネリアの機体より速くエネルギーが枯渇する保証はない。
敵の技量が素人同然でなければ既に自分は倒されている。たとえ一撃も食らわなかったとしても、自身の機体のエネルギーが先に枯渇した時点で勝ち目はなくなる。機体の出力低下により動きが鈍り、回避に失敗して一撃でも食らえばそれで終わり。機体の力場装甲は有効にするだけ無駄だと判断して、高速移動とは無関係な部分は停止しているが、それでも巨人より先に力尽きる可能性は残っている。ネリアは状況を劣勢だと判断していた。
そして巨人の防御を気にせずに何度も振るった光刃が、未熟ゆえに斬撃の軌道を狂わせた一撃が、偶然ネリアの先読みを上回る。
躱せない。振り上げられ、振り落とされようとしている光刃を認識して、ネリアは自身の悪手を悟って次善の行動を取る。両手のブレードで光刃を防ごうとする。だが同時にこれは防いでも致命的だと理解していた。恐怖はないが不味いとは思い、脳裏には敗北が浮かんでいた。
次の瞬間、巨人の頭部に大量の対力場装甲弾が高密度の発射速度で着弾した。それは巨人の強固な力場装甲に阻まれたが、その体勢を大きく崩して動きを鈍らせるのには十分だった。
ネリアはその隙を衝いて光刃を完全に躱し、同時に巨人から距離を取った。そして機体の情報収集機器で銃弾の発射元を探る。そこには大分離れた場所でSSB複合銃を構えるアキラの姿があった。
アキラが非常に険しい表情を浮かべている。SSB複合銃から空になった拡張弾倉と同じく空になった複数のエネルギーパックが排出されて落ちていく。
『……全弾対力場装甲弾の拡張弾倉を5秒で撃ちきったんだぞ? それでも倒せないのか?』
アルファも厳しい表情を浮かべている。
『頭部を強固な力場装甲で守っているようね。距離による威力の減衰を考慮に入れても相当な固さよ』
『結構近付いたけど、もう少し近付かないと駄目か?』
アキラに気付いた巨人が機銃を構える。だが発砲の直前にネリアに腕を斬りつけられた所為で照準を大幅に狂わせた。発射された弾丸はアキラから大分離れた場所に着弾したが、着弾地点の瓦礫を大量に吹き飛ばして巻き上げる威力は、アキラの表情を引き攣らせるのに十分なものだった。
『……さっきの提案は取り消す』
アルファも苦笑を浮かべる。
『私も取消しを勧めるわ。位置も露見してしまったし、急いで離れましょう。隠れながら移動よ』
『了解だ』
アキラが瓦礫の影に隠れながらその場から全力で離脱する。その途中でネリアから強制的に通話が繋がる。
「全然援護がなかったから逃げ出したかと思ったわ」
「……気は進まないが、今は味方だからな。それに援護無しでそっちがあっさり倒されて、俺が囮も無しに逃げ回る羽目になるのも御免だ」
アキラの口調は嫌々と言った不満げなものだったが、同時にどことなく言い訳じみていた。それに対してネリアがどこか悦に入った艶めかしい声を返す。
「そう。でももう少し早く助けてくれても良かったんじゃない?」
「こっちは人型兵器にも乗っていないし、バイクも壊れたし、弾薬も残り少ない。それでも何とか効果的に援護しようとしているんだ。文句が続くようなら帰るぞ」
「拗ねないでよ。さっきはちょっと危ないところだったの。助かったわ。ありがとう」
「どういたしまして」
「ありがとうついでに、囮役もお願いね。あ、断っても無駄よ。彼はどうしてもアキラを殺したいみたいで、私を殆ど無視してそっちに向かってるわ」
アキラが思わず視線を巨人の方向へ向ける。そして拡張視界によって瓦礫越しに表示されている巨人が一目散に自分の方へ走っている姿を見て、嫌そうに顔を引き攣らせた。
「何となくだけど、あの走り方とか態度からは、執念とか深い恨みとかを感じるわ。アキラ。彼とはどんな関係だったの? そんなに恨まれるようなことをしちゃったの? これは女の勘ってやつだけど、もしかして彼の女でも奪っちゃった?」
「初対面だ! モンスターの知り合いなんかいない!」
アキラはネリアの冗談に思わず声を荒らげた。ネリアは楽しげな笑い声を残して通話を切った。
巨人の意思は酷く揺さぶられていた。システム側の意識は先に黒い機体を排除しろと告げている。憎悪は最優先でアキラを殺せと叫んでいる。ティオルは再び朧気になりつつある自我を保つため、意思を憎悪に偏らせた。
巨人がネリアを無視してアキラを目指して走っている。偏った意思が攻撃を重視させ、防御を疎かにさせる。光刃に注がれるエネルギーが増えて威力が増していく。生成機能を備えた弾倉が自身の構成物と残存エネルギーを食い潰しながら弾丸の生成を始めていく。その分だけ力場装甲の強度が低下していた。
ネリアがその機を逃さずに両手のブレードを縦横無尽に振るう。斬撃が巨人の力場装甲を突破し、装甲そのものに損傷を与えていく。更に巨人の移動と攻撃を阻害するように斬撃を放ち続けた。
アキラは必死の形相で走り続けていた。瓦礫だらけの地面の上を、軽い跳躍を混ぜながら、強化服の身体能力を十全に生かし、身体への負担を限界まで軽視した動きで素早く駆けていく。推進装置やタイヤなど移動特化の機能ではなく、2本の脚による移動方式とは思えないほどの速度を出していた。
巨人は走りながら機銃を撃ち続けている。ネリアの妨害により照準は大分狂っている。発射速度も連射とは呼べない疎らなものだ。だがその1発の威力は少々狂った照準を補うほどに強力だ。着弾地点の瓦礫が盛大に吹き飛んでいく。アキラは大分離れた場所のその光景を見るたびに冷や汗をかいていた。
『アルファ! あれだけ照準が狂ってるんだ! 当たったりしないよな!? 大丈夫だよな!?』
『敵の照準を狂わせるように攻撃し続けている彼女の頑張りに期待するしかないわ。できれば敵の機銃そのものを破壊してほしいところだけれど、機銃の力場装甲の所為でそれは難しいようね』
『あっちの方は大丈夫なのか?』
『理由は不明だけれど、敵はアキラを執拗に狙っているわ。でもまた攻撃対象が分散し始めているから危ないかもね。だからここでまた注意を引きつけておきましょう。アキラ。またやるわよ』
『……了解!』
アキラはできる限り瓦礫の影に隠れながら進んでいた。だがここでそれを捨てて身を敵の射線に晒す。素早く振り返りながらSSB複合銃を両手で構え、大きめの瓦礫に蹴飛ばすような動きで足を付けて身体を固定する。瓦礫に罅が入るほどの反動で急停止して、再び拡張弾倉を短時間で撃ちきるほどの発射速度で銃撃した。
銃から伝わる殺しきれない反動がアキラの身体に強烈な負荷を掛ける。足の裏から瓦礫に伝わった衝撃で、足下の罅が広く深く多くなり、瓦礫が耐えきれずに砕けていく。
大量の対力場装甲弾が巨人の前面に余りに高速な発射速度の為にほぼ誤差なく着弾した。ほぼ同時に発生した衝撃変換光が辺りを照らす中、後続の弾丸の嵐がその光を貫いて着弾し続ける。その衝撃は強度を下げていた巨人の力場装甲を突破した。光の中で巨人が大きくぐらついた。
SSB複合銃から空になった拡張弾倉が排出されるのと同時に、巨人の姿を隠していた衝撃変換光も消えてなくなる。巨人の装甲の一部が剥がれ落ちていた。
前回の攻撃よりは効果があった。アキラはそう思って僅かに気を良くしたが、それが表情に表れる前に巨人の絶叫のような咆哮に威圧されて顔を歪めた。
巨人が再度アキラに向けて勢いよく走り出す。その勢いで既に脆くなっていた装甲が砕けて剥がれ落ちていく。全身の装甲を周囲に飛び散らせながら内部の姿を露わにしていく。そこには鉄や肉、鱗や毛皮、人の肌や金属の筋肉など、様々なものを寄せ集めて強引に人型を形作ったような、人を模したモンスターの姿があった。
アキラも慌てて急いで焦りながら再度走り出した。
『なんかあいつ速くなってないか!?』
『重い装甲がなくなって身軽になったのよ。もっと急ぎなさい。追い付かれるわ。銃に弾倉を再装填して。エネルギーパックも交換して』
『忙しいな!』
アキラは全力で駆けながらSSB複合銃の準備を済ませた。そして再び素早く振り返って巨人に向けて銃撃する。的は大きく今度は距離も更に近い。銃弾は全て巨人に着弾し、着弾地点に穴を開けて金属混じりの血肉を飛び散らせた。
だが致命傷にはほど遠い。走る巨人を押しとどめることすらできていない。巨人の肉体が非常識なほどに強靭なことに加えて、アルファがSSB複合銃の発射速度をかなり下げている所為で弾丸の圧力が大分落ちているからだ。
『なんでそんなに発射速度を下げるんだ!? 弾はまだ残ってるだろう!?』
『あの発射速度を可能にするだけのエネルギーパックがなくなりそうなのよ。あれだけ連射すれば反動も凄いわ。それを軽減するために必要なエネルギーもね。それに反動を完全に無効化できた訳ではないの。銃本体にかなりの負荷が掛かっているわ。エネルギーパックを節約した状態で同じ連射はあと1回が限界よ。それで銃は駄目になるわ。だからよほど絶好の機会か、殺しきれると確信できるまでは駄目よ。トラックの荷台に積んでいた予備のエネルギーパックを失ったのが痛かったわね』
『畜生!』
エネルギーパックは強化服の維持にも必要だ。アキラの限界は近付いていた。
ネリアの機体が巨人を追いかけながらその巨体を何度も斬りつけている。両手のブレードが装甲を失った巨人の肉体を切り裂き、開いた傷口から緑色に発光している血液のような体液を飛び散らせている。だがその傷口は高性能な回復薬を過剰に使用したようにすぐに閉じてしまう。巨人はネリアの猛攻など無駄だと言わんばかりに走り続けていた。
敵の再生にも限度はあり、再生のたびにエネルギーを消耗させているので無駄ではない。ネリアはそう理解しながらも、敵の余りの生命力に珍しく顔を少し顰めていた。
そしてこれだけ脚を斬りつけても走る速度を落としそうにない巨人の様子に、攻撃の優先順位を機銃の無力化に切り替える。巨人の左腕を斬りつけてその照準を狂わせながら、背中の弾倉と左腕の機銃を繋ぐ給弾ベルトへの斬撃を増やす。そして遂に給弾ベルトの切断に成功した。
これで巨人の砲撃が止みアキラの方も少しは楽になる。ネリアはそう思いながら再び敵の脚を斬りつけようとする。だがその一撃は外れてしまった。巨人は背の重い弾倉を切り離し、機銃も左腕ごと切り離して、更に身軽になった分だけ加速してブレードから逃れたのだ。
ネリアが急いで追って再度斬撃を放つがそれも外れる。ネリアの機体は度重なる連戦で大分出力を落としており、移動速度も徐々に低下していた。加速した巨人の速度はネリアの機体の速度を超えていたのだ。
脚の損傷を優先するべきだった。ネリアは内心で選択の誤りの愚痴を零しながらとにかく巨人の後を追った。
砲撃が止んで喜んだのも束の間、更なる加速を見せる巨人の様子にアキラが顔を引き攣らせる。これで確実に追い付かれる。隠れても無駄だ。巨人がアキラの潜んでいそうな場所に酷く大まかな目安を付けて何度か光刃を叩き付ければ、直撃しなくとも吹き飛ばされる瓦礫などの余波だけでアキラは十分に死ぬのだ。
アキラが足を止める。ゆっくり振り返り、近付いてくる巨人を見ながら、いろいろ諦めたように大きな溜め息を吐いた。そして一度深く長く深呼吸して息を整えると、覚悟を決めた。
アルファがアキラの横に立って微笑む。
『一応確認するけれど、死ぬ覚悟を決めたわけではないのよね?』
『そんな無駄な覚悟を決める余裕はないな』
『そう。それなら良いわ。早く準備を済ませないと間に合わなくなるわよ?』
『分かってる』
アキラが落ち着いて起死回生の準備を始める。中途半端に減った弾倉を交換して、SSB複合銃と強化服に追加のエネルギーパックを装着する。これでアキラに予備弾薬類はなくなった。
SSB複合銃を両手でしっかりと握り、両脚を硬い瓦礫で支えて、膝を適度に曲げて身を屈めて跳躍の姿勢を取る。そして深く息を吸う。極度の集中による体感時間の圧縮が世界の速度を落としていく。
『アルファ。カウントを頼む』
『了解よ。……5、4、3……』
緩やかな世界の中で、アキラを間合いに収めた巨人が光刃を振り上げる。光刃に憎悪と執念と残存エネルギーが注ぎ込まれ、刀身が更に伸びていきその輝きを強くする。
『……2、1……』
次の瞬間、振り上げられた光刃が勢いよく振り下ろされた。
『ゼロ!』
同時に、アキラが巨人へ向けて弾丸のように跳躍した。
跳躍の瞬間、アキラは強化服に装着した追加のエネルギーパックを一気に消費して、強化服の身体能力を安全性など投げ捨てて上昇させていた。反動で跳躍の土台としていた瓦礫とアキラの両脚が砕ける。強化服の両脚だけが辛うじて形状を保っていた。
高速で振り下ろされた光刃と、更に高速で飛び上がったアキラが際疾い間隔で擦れ違う。光刃が発している瓦礫を融解させる熱量を、擦れ違う速度で辛うじて防護コートと強化服を焦がすだけに留める。そして巨人の顔面に激突するように着地した。
地面に届いた光刃が一帯の瓦礫を盛大に吹き飛ばす光景を背後にして、アキラがSSB複合銃を巨人の顔面に突き立てる。
「いい加減に、くたばれ!」
その叫びは圧縮された時間の中で無理矢理発した所為で意味など誰にも聞き取れなくなっていた。だが銃本体への負荷も持ち手への反動も度外視して驚異的な発射速度で撃ち出された大量の銃弾が、その意味を巨人に押しつけた。
荒れ狂う銃弾の嵐が、仮に頭部に負傷を即座に回復する再生能力があったとしても、それを全く問題なく押し潰す銃弾の物量と威力を以て、巨人の頭部を一瞬で粉砕した。
そこでアキラの意識は潰えた。跳躍と銃撃による負荷はアキラの意識をあっさりと刈り取っていた。足場も意識も失ったアキラの体がそのまま落下していく。しかし地面への直撃は免れた。何とか追い付いたネリアが空中のアキラを掴んだのだ。少し遅れて首無しの巨人がゆっくりと崩れ落ちていき、轟音を立てて地面に倒れた。
ネリアが機体から出てくる。そして機体に掴まれたままのアキラの側まで行くと、気絶しているアキラの頬に手を当てながら非常に嬉しそうに妖艶に笑う。
「……どうしようかしら?」
その言葉には様々な意味が込められていたのだが、ネリアは少し迷った後に、どことなく残念そうにも名残惜しそうにも見える様子でアキラに微笑みかけた。
「まあ、今日は味方よね。そうでしょう?」
ネリアはアキラを丁寧に抱きかかえると、そのまま一緒に機体の中に戻った。そして仮設基地への帰還を急いだ。