160 大規模抗争
アキラがシェリルを助けに向かっていた頃、館の外では新たな状況の変化が起こっていた。
アキラが蹴破った拠点の門を十数台の大型車が通り抜けていく。カツヤが門の警備の者達を殺したため、それを止める者はいなかった。
大型トレーラーが庭で停車する。荷台部が大きく開いていく。中には横たわった状態の人型兵器が格納されていた。機体は全長5メートルほどで、太く巨大な鋼の手足は重鈍さよりも頑丈さと強力さを感じさせた。機体の側には装備品である巨大な銃器類も設置されていた。
他の大型トレーラーも同じように荷台を開き始める。同型の人型兵器や戦車が姿を現していく。武装した人間達も他の荷台から大勢降りてくる。
彼らはハーリアスの部隊だ。ロゲルトの予想は一部当たっており、アキラとカツヤが起こした騒ぎに乗じて、敵対しているエゾントファミリーの拠点を襲いに来たのだ。
指揮官の男が館の様子を確認して部下達に指示を出す。
「情報通りだ! この騒ぎに乗じてエゾントファミリーを潰すぞ! 存分にやれ!」
起動した人型兵器がその巨体をゆっくりと起こしていく。そのまま立ち上がり、その巨体に応じた巨大な銃を掴み、力強い動きで銃を構えて照準を館に合わせた。
次の瞬間、機体の胴体から激しい火花が飛び散った。大型の弾丸が胴体部分に着弾したのだ。巨大な着弾音とともに巨体が衝撃で大きく体勢を崩して後方に倒れる。被弾箇所から大量の装甲を周囲に飛び散らせ、地面に倒れて轟音を響かせた。
その機体を銃撃したのは館の裏手側から現れた黒い人型兵器だった。黒い機体は機動性を重視した比較的細身の体型をしている。不釣合いなほどに大型な銃を構えながら、機体の足の裏にある移動機能を使用して地面を滑るように高速で移動していた。
この黒い機体はロゲルトの専用機だ。ロゲルトが機体の中で敵にも聞こえるように汎用回線を開いて叫ぶ。
「クソどもが! 予想通り来やがったな! 潰してやる!」
ハーリアス側の無事な機体や戦車が、照準を館から黒い機体に合わせて反撃する。黒い機体がその巨体に見合わない高速移動で回避行動を取りながら再度銃撃する。ハーリアスの歩兵達がその戦いに巻き込まれないように周囲に散っていく。
戦力に戦車や人型兵器まで加わった、スラム街の徒党同士の抗争とはとても思えない大規模な戦闘が始まろうとしていた。
アキラが館の屋根の上から周囲の光景を見ている。その表情は少し引きつっていた。
「……どういうことなんだよ」
館の外では敵味方合わせて十数機の人型兵器や戦車が入り乱れて交戦していた。拠点の外からもハーリアス側の戦車や人型兵器が砲撃を加えている。エゾントファミリー側の人型兵器が外の敵を巨大な銃器で狙撃している。拠点内に入り込んだハーリアス側の人型兵器がそれを邪魔する為に攻撃を試みて、黒い機体に両断された。
戦車や人型兵器の数ではエゾントファミリーが負けているが、黒い機体が別格の性能を見せつけて数の差を覆していた。
巨大な機体が派手な武装で激しく交戦している様子は、安全な場所から観戦していれば多少の高揚を覚えても不思議はない。だが巨大な流れ弾が飛んでくるかもしれない場所での観戦は、アキラでも半笑いに近い険しい表情を浮かべざるを得なかった。
「これは何かの抗争……なのか? 人型兵器まで投入されているし、スラム街の徒党同士の抗争って規模じゃないけど……」
アキラの視線の先で、黒い機体が高速で移動して敵機体との距離を詰めている。敵の銃弾を掻い潜って一気に肉薄すると、巨大なチェーンソーに似た近接攻撃装備で敵の巨大な盾を後ろの機体ごと切り裂いた。切断箇所から大量の火花が飛び散り、盾も機体もそのまま両断された。
アキラが思わず感嘆の声を出す。
「……凄いな! でもあの機体、銃を持っているのに何でわざわざ接近戦を?」
アルファがその疑問に答える。
『近接装備の方が対力場装甲機構の出力や威力を上げやすいのよ。同様の弾頭も存在するけれど、流石に比較的小さな弾丸に同等の性能を詰め込むのは難しいわ。機体の性能差を至近距離で見せつけて、敵の戦意を挫く為かもしれないわね。後は、操縦者の趣味とか?』
『趣味?』
『前にセランタルビルでシオリが大型の機械系モンスターを斬っていたでしょう? あれも恐らく似たような装備なのよ。カナエは小型機に格闘で対応していたわ。そういう戦闘方法に拘りがある人間は、大抵その手の技術の才能も持ち合わせているのよ。その手の人間にとってはそっちの方が戦いやすくて、実際に戦果も上がるのでしょうね』
『なるほど。そういうことか』
アキラは納得して軽く頷いた。
シェリルにはアキラが疑問を口にした後に勝手に納得したようにしか見えなかった。そのアキラを少し不思議に思ったが、尋ねても聞くなと言われるだけだろうと思い、余計なことを聞いて何らかの藪蛇にならないように黙っていることにした。
『アキラ。いつまでも観戦していないで早く脱出しましょう。あんな戦闘に巻き込まれたら大変よ』
アルファが撤退を急かすが、アキラが難しい表情でそれを渋る。
『……いや、でも、やっぱりあのスリを……』
『だからシェリルを連れてあのスリを殺しにいくのは無理よ。ここだって結構危ないのよ? それに理由は分からないけど拠点の外でも戦闘が発生しているわ。横着せずにシェリルをちゃんと安全な場所まで送らないと危険よ』
拠点を囲む柵の外でも戦闘が発生していた。ハーリアスの追加部隊と、拠点の外にいてロゲルトに呼び戻されたエゾントファミリーの戦闘要員が交戦しているのだ。
シェリルを柵の外まで送ってから戻ってくれば大丈夫なのではないか。アキラのその安易な考えはあっさり潰されてしまった。
『二兎を追う者は一兎をも得ずとも言うわ。アキラはシェリルを安全に連れ帰る。あのスリに関してはこの戦闘に巻き込まれて死ぬことを期待する。現状ではそれが最善だと思うわ』
やはりそれしかないのか。アキラは険しい表情で悩んでいた。そしてそう決断しようとした直前に、ある思い付きが頭に浮かぶ。
それが実現する可能性は低い。駄目で元々で試してみて、それで駄目だったら諦めて帰ろう。アキラは自分の頭に残る未練をそれで消そうとした。
『アルファ。ちょっと頼みがある。また情報端末を操作してくれ』
『良いけれど、何をするの?』
アルファがアキラからその内容を聞くと、少し訝しむような態度を見せた。
『私には上手くいくとは思えないけれど……』
『分かってる。駄目で元々だ。それで駄目ならスリの方はこの場は諦めて帰るよ』
『まあ、それでアキラの気が済むのなら構わないわ』
アルファの操作によりアキラの情報端末が独りでに何かを送信した。
エゾントファミリーの拠点に比較的近い場所にあるビルの一室で、ヴィオラがエゾントファミリーとハーリアスの部隊が交戦する様子を双眼鏡で楽しげに眺めている。
「派手にやってるわねー」
護衛も兼ねてヴィオラの側にいるキャロルが呆れている。
「全く、相変わらずの質の悪さね。しかし荒野に近い場所とは言っても、徒党間の抗争に人型兵器や戦車まで持ち出させるなんて、どれだけ油を注いでいたのよ」
ヴィオラが説得力のない笑顔で答える。
「あら、まるで私が抗争の規模まで手配したような口振りね。とんでもない。全て彼らが勝手に決めたことよ。私にそんな力はないわ。仮に私にそんな力があったとしたら、あの規模の戦闘を周囲への影響で発生させたってことになるわ。あれが都市の下位区画のもっと内側で発生していたら周囲にどれほどの被害が出ていたか。それを未然に食い止めたのだから部外者には感謝してほしいぐらいよ。勿論、私にそんな力はないのだから、無意味な仮説ね」
「そういうことにしておくわ」
キャロルは欠片も信じていないように軽く笑った。
キャロルの情報端末に通知が届く。キャロルは通知の内容を確認して意外そうな表情を浮かべた後、楽しげに笑った。
「ヴィオラ。私はちょっと出かけてくるわ」
「キャロルは一応私の護衛中のはずだけど?」
「ここなら大丈夫でしょう? ここで大人しくしていなさい。5000万オーラムになるかもしれない仕事の誘いが来たのよ。ヴィオラがその分を報酬に上乗せしてくれるなら残っても良いわよ? 暇だから念のため一緒にいるだけで、ここにいても追加報酬は期待できそうにないしね」
「行ってらっしゃい」
ヴィオラが少々大げさに手を振る。キャロルは部屋に置いていた装備品等を掴んで準備を終えると、ヴィオラに軽く言い残す。
「いろいろ企むのは勝手だけど、もう少し自重したら? そろそろ放った火に自分も巻き込まれて焼かれても不思議はない頃よ?」
キャロルが急いで部屋から出て行った。ヴィオラがその様子を見て軽く呟く。
「あの急ぎよう。気になる男にでも呼ばれたのかしらね? 或いは時間制限がよほど厳しいのかしら」
そして軽く楽しげに笑う。
「私も焼かれる頃合いか。でもね、私が火を付けなくても、油も火種もたっぷり存在する以上、所詮は時間の問題なのよ。そして発火する時と場所が分かっていないと逃げ遅れるの。そういうものなのよ」
どうせ火が付くのなら、自分が火を付ける側に回れば、その火から逃げやすくなる。炎上する様子を眺めて楽しむ余裕さえ手に入る。ヴィオラにはそれを存分に活用する才があった。
ヴィオラは自分の仕事を天職だと思っている。自身の性に似付かわしく、同時にその性を制御しやすい天職だと。そしてこうも思っている。所詮は需要と供給であり、自分はその供給側にすぎないと。
ヴィオラは意識を抗争の方へ戻して、その後も楽しげに観戦していた。
シェリルはアキラに抱き付きながら周囲の様子を観察していた。その表情には少し怯えが含まれている。
視界の先で行われている人型兵器同士の戦闘は、人間同士の戦闘などとは迫力が違う。巨大な銃から発射された巨大な流れ弾が館に大穴を開けている。人が食らえば木っ端微塵だ。館の中で交戦している者達が爆発物でも使用しているのか、時折振動がシェリルの足下に伝わっていた。アキラに守られているといっても怖いものは怖いのだ。
そしてそのアキラが先ほどからこの館の屋根の上から動こうとしない。シェリルが疑問と不安を覚えるのも当然だった。
「あの、脱出しないんですか?」
アキラが落ち着いた様子で答える。
「ああ、もうちょっとだけ待ってくれ。別に俺も考え無しにこの場に待機している訳じゃないんだ」
「そ、そうですか。分かりました」
アキラにそう言われたらシェリルは引き下がるしかない。元々自力での脱出など不可能で、アキラからごちゃごちゃうるさいやつだと思われるだけでも、死ぬ確率が上がるのだ。シェリルはもう黙ることにして、不安を紛らわせる為に取りあえずアキラに抱き付く力を強めた。
アキラが僅かに落胆気味な表情を浮かべる。
(……やっぱり駄目だったか。まあ、当然だよな)
所詮は駄目元の思い付き。アキラがそう思って気を切り替えようとした時、アルファが意外そうな表情を浮かべた。
『アキラ』
『分かってる。そろそろ時間だろ? 諦めて帰るよ』
『違うわ。来たわ』
アキラが驚きの表情でアルファが指を差す方向に顔を向けると、こちらに走って向かっているキャロルの姿が見えた。
キャロルはアキラの前まで来ると愛想良く笑う。
「お待たせ。遅れてしまったかしら?」
「大丈夫だ。まさか本当に来るとは……」
キャロルが楽しげに呆れ気味に苦笑する。
「相変わらずの返事ね。人をあんな簡素なメッセージで呼びつけた上に、それでも喜び勇んで駆け付けてきた女に向ける態度じゃないわね。それともアキラはつれない態度で女の気を引くタイプだったの?」
キャロルはミハゾノ街遺跡でも着用していた妖艶な強化服を装備していた。その手の誘いと勘違いされても不思議のない格好だ。シェリルがキャロルの格好とアキラへの気安い態度に衝撃を受けている。
アキラが軽く流しながら念のため確認する。
「キャロルには護衛依頼を出しただけだろう。変なことを言わないでくれ。ここに来たってことは、依頼を受けるってことで良いんだよな? 依頼を出した俺が言うのも何だけど、あの内容で受けるとは思わなかった」
アキラはキャロルに護衛依頼を出していた。内容は一方的なものだ。報酬は後払いで要相談。経費込みで上限有り。状況の説明の記述はない。その上、付属の位置情報の場所までに冗談のように短い制限時間以内に来ること。
自分ならこんな依頼は受けないし、そもそも制限時間内に指定の場所に到着するのが無理だ。アキラはそう思いながら依頼を出した。そのためキャロルが来たことにかなり驚いていた。
「しかしよくこの時間内に来られたな」
「別の用事で偶然近くにいたのよ。まあそれでもこの強化服を着ていなければ無理だったけどね。それにしてもアキラが護衛依頼を出すなんて意外に思ったけど、近くで人型兵器が暴れている場所から連れを抱えての脱出だと思えば納得もできるわね。じゃあ、行きましょうか」
「いや、俺は行かない」
アキラはそう言ってシェリルをキャロルの方へ軽く押し出した。予想外の事態にキャロルとシェリルが驚き戸惑っている。
「俺はここにもう少し用事があるんだ。だからここに残る。依頼は俺達の護衛じゃなくてシェリルの護衛だ。じゃあ、後は頼んだ」
そう言い残してこの場から離れようとするアキラをキャロルが慌てて引き留める。
「ちょ、ちょっと! アキラは一緒に来ないの? 本当に?」
「ああ。シェリルを連れてその用事を済ませるのは難しいから依頼を出したんだ。……説明不足で依頼を出した俺も悪いけど、出した依頼は追加戦力の要求じゃなくて護衛なんだ。俺の戦力を当てにして依頼を受けたつもりで、俺がいないと無理だって言うなら依頼を断ってくれ」
「いえ、それは大丈夫だけど……」
「そうか。じゃあキャロル、頼んだ」
アキラはそれだけ言い残して本当に立ち去ってしまった。
半ば呆気に取られていたキャロルとシェリルが顔を見合わせる。互いに相手の驚きと困惑を容易に読み取れた。キャロルが少し気まずそうにシェリルに声を掛ける。
「えっと、じゃあ、行きましょうか」
「は、はい」
見捨てられたわけではない。シェリルもそれは理解しているが、いろいろと釈然としないものが渦巻くのは止められず、微妙な表情を浮かべていた。
キャロルがそのシェリルを見て苦笑する。
(彼女もいろいろ大変そうね。やっぱりアキラは女の扱いってものが根本的に欠けているのかしらね)
それならば自分の扱いもある意味で納得できる。そんなことを思いながらキャロルはシェリルを連れて戦闘領域からの脱出を開始した。
アキラが残りの目的、アルナの死を達成するために館の中を移動している。既に殺されているかもしれないが、この状況で一々死体を片付けたりはしないだろう。監禁部屋に放置されている死体を確認すれば良い。そう考えていた。
館の中では銃声が響いていた。エゾントファミリーの構成員が館の中に侵入したハーリアスの部隊員と交戦しているのだ。アキラはそれを避けるように移動していた。
『外は外で交戦しているけど、中も中で交戦中か。まあ館の中には人型兵器はいないから、外よりましだな』
『余り外側に近い場所を移動すると人型兵器の流れ弾に被弾する可能性があるから、内側寄りの通路を通っていくわ。場合によっては壁を突き破って進むからね』
『了解だ』
アキラも人型兵器同士の戦闘になど巻き込まれたくはない。そのために道なき道を進むのに文句はない。その都合で拠点の壁などを穴だらけにされるエゾントファミリーの者達にとっては良い迷惑だろうが、アキラの知ったことではない。
『ところでアキラ。シェリルの扱いはあれで本当に良かったの?』
『護衛を付けて脱出させたんだ。大丈夫だろう。キャロルの実力は分かっているし、強化服もあの運用費用が嵩むってやつだったし、戦力に不足はないはずだ』
『でも実力は別にして、キャロルを信頼できる人物だとも言い切れないでしょう? 何かあったらどうするの?』
アキラが少し険しい真剣な表情を浮かべる。
『……そのときは、シェリルの運はそこまでだった、それだけの話だ。俺もシェリルに四六時中付いている訳にはいかないし、そのつもりもない。俺が遺跡探索を再開したら、シェリルに何かあってもすぐに駆け付けるなんてのはそもそも無理なんだ。多少の運試しも含めて、ある程度はシェリルに自分で頑張ってもらわないとな。今回俺が自分でシェリルを送らなかったことにシェリルが不満を覚えるのなら、俺としては、知ったことか、だ。俺にも都合はあるんだ。そこまで付き合う義理はねえよ』
アルファが思案する。今回シェリルをわざわざ助けに来たことも含めて、最近のアキラはシェリルを優遇しすぎている。そろそろ何らかの対抗策を講じる必要があるかもしれない。そう懸念していたが、今のアキラの態度を見る限り当面は大丈夫そうだと考え直した。多少の優遇はあるにしろ、場合によっては切り捨てるし、最悪死んでも構わない。アキラにとってシェリルはその程度の存在だ。アルファはそう判断した。
だがそれは別の問題も浮かび上がらせた。シェリルの救出とアルナの殺害。その2つの目的で、ついでの扱いを受けるのはシェリルの救出の方だった。アキラはアルナの死を主目的にしている。ならばそう簡単にその目的を取り下げたりはしないだろう。それぐらいはアルファにも分かる。
アキラがアルナを殺し、その現場をカツヤに見られた場合、相当面倒な事態になる。アルファはできればその面倒事を避けたかった。
『アキラ。あっちの部屋に入って』
『見つけたのか?』
『良いから』
アキラが指示通りに部屋の中に入る。しかしそこには誰もいなかった。
『誰もいないじゃないか』
『次はその辺の家具とかでドアを塞いで』
『何で急にそんなことを……』
アキラが疑問に思ってアルファを見ると、アルファはかなり真剣な表情をしていた。
『……分かった』
アルファがその表情を浮かべるだけの理由があるのだろう。アキラはそう判断して指示通りにドアの封鎖作業を進めた。封鎖作業が終わると、今度は部屋の真ん中で待つように指示される。大人しく黙って待っていると、アキラの右腕が勝手に動いた。
『おっ? アルファの操作か?』
『上手く行ったようね』
『これで強化服もアルファのサポートが受けられるようになったのか。でも確か強化服の調整にはもっと時間が掛かるって言ってなかったか?』
アキラがそう言ってアルファを見ると、アルファは非常に不満そうな表情を浮かべていた。
『非常に不本意なのだけれど、強化服系のサポートを全く受けられない状態よりは幾分ましだと判断して、甚だしく精度の劣る制御プログラムを入れたわ』
『そ、そうか。何でそんなに不満そうなんだ?』
『個人的にはそんな著しく精度の劣るものを使用するのは気が進まないのよ。でも、無い方がまし、ではなく、無いよりはまし、だと判断したから仕方なく入れたの。これでアキラの動きも微妙にサポートできるようになったけれど、今までのような精密なサポートは期待しないでね』
アルファが不機嫌そうに念を押した。アキラはアルファの珍しい不機嫌振りに少したじろぎ気味に引き気味になりながら、話を逸らすように答える。
『そ、そうか。分かった。気を付ける。ところで何でこの部屋に入ったりドアを封鎖したりしたんだ?』
『強化服の制御ソフトを書き換えている最中は、強化服の制御が一時的に停止するの。その書き換え中の僅かな時間に運悪く襲撃されても書き換え完了までの時間を稼げるようにする為よ』
『ああ、そうだったのか。それなら先に説明してくれてもよかったんじゃないか?』
アルファが僅かに厳しい視線を送る。
『前にも説明したけれど、あの程度の指示であっても、アキラが私から悠長に指示の理由を聞かないと動けないようであれば、手遅れになる可能性があるの。その確認でもあったわ。その確認をすませた結果、あんな低品質のソフトを入れてでも、私がアキラを大まかであっても動かせた方がよい。そう判断したわ』
アキラが私の指示に速やかに従っていれば、私はこんな気の進まない性能のソフトを使用する判断を下さずに済んだ。アキラにもアルファが暗にそう言っていることは分かった。
『そ、そうか』
『一応ここで強化服の使用感を試してちょうだい。大丈夫だとは思うけれど、制御ソフトを書き換えたから使用時の感覚が変わっている可能性があるわ』
『わ、分かった』
アキラはアルファの機嫌を損ねないように、ついでに話を流すために、急いで使用感の確認を始める。軽い体操をするように体を動かしたり、銃を素速く構えたりして、動きの違和感などを探ってみた。
『大丈夫だ。問題ない』
『よかったわ。それなら先を急ぎましょう。アキラも早く用事を済ませて、こんな場所からは早く離れたいでしょう?』
『ああ、そうだな。急ごう』
アキラはアルファに急かされながら急いで部屋から出た。そしてアルナを探して館の廊下を進みながら思う。
(……何だか知らないけど、随分機嫌を損ねていたな。使用するプログラムの質に拘りでもあるのか? 前にもアルファを目覚まし時計扱いした時に随分怒っていたけど、何か関係でもあるのか? ……分からないな。まあ、今聞くのも何だし、聞くのは用事が済んでからだな。その時にはもうどうでも良くなっているかもしれないけど)
アキラは気を切り替えて先に進んでいった。機嫌を悪くしたアルファの態度や、先を急かされたことなどによって、あの場で強化服のサポートを可能にした理由をいろいろと誤魔化されたことにも気付かずに。