第二百十四話「クリフとザノバの卒業式」
2ヶ月の間、俺とザノバは最初の店舗の設営に従事した。
設営には専門的な知識を持った人物の助けを借りた。
傭兵団の団員に、そんな奴がいたのだ。
元商人で、一時期は店まで持っていたらしい。
もっとも、失敗して全てを失ったそうだが……。
失敗したヤツのアドバイスはあまりアテにならない事が多い。
なぜ失敗したかをちゃんとわかっていないから、同じことを繰り返す可能性がある。
同じ失敗を繰り返してきた俺が言うんだから間違いない。
だが、物事には失敗はつきものだ。
多くの失敗を重ねた者の体験は貴重である。
それに、失敗を失敗のまま終わらせてしまえば、人はいつまで経っても成長しない。
100%の成功でなくてもいい。
達成率が60%ぐらいでも、及第点を取ることで世界が変わる。
成功体験は人を変えるのだ。
彼に成功体験を植え付けてやれば、きっと将来、素晴らしい人材となってくれるだろう。
と、自分に言い聞かせ、俺はそいつの言葉を聞きつつ、最初の店舗を設営した。
工房街のはずれにある、小さな倉庫。
それを改造して、店舗兼在庫用の倉庫とした。
いきなり大きな店舗を構えても在庫がダブつくだけだし、
まずは小さな店舗を構え、ターゲット層を絞って売りだした方がいいだろうという事だ。
元手はかかってないから、多少の在庫のだぶつきは構わないのだが……。
まあ、今後の経過を見守ることとしよう。
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そして、ラノア魔法大学の卒業式が行われた。
大講堂にて行われる卒業式。
ズラリと並んだ卒業生の中には、クリフがいる。
実は後ろの方にザノバもいる。
退学した彼だが卒業式に参加できないか、と聞いてみた所、特例として許されたのだ。
特別生だし、授業自体もほとんど取ってなかったって事で。
教頭であるジーナスの、粋なはからいとも言える。
ザノバ自身は、卒業式自体にはそれほど興味なかったようだがね。
でもまぁ、こういう式典ってのは、参加することにも意義があるもんだ。
カーニバルだもの。
参加者はいつもどおりだ。
卒業生500名ほどの横に、200~300人ほどの教師陣が並んでいる。
ロキシーも、前回いた時は少し浮いて見えていたが、今回は馴染んでいるように見える。
慣れたせいかな。
一つだけ小さな背があっても、気にならない。
むしろ、いて当然という感じだ。
在校生は生徒会のみ。
キリッと引き締まった顔をしたノルンを筆頭に、魔族や獣族といった多種族が並んでいる。
アリエルが生徒会長だった時は人族が中心だったが、
頭が変われば、その下につく者も変わってくるものなのだろう。
去年の入学式の時にも思ったが、ノルンは特に、魔族や獣族の生徒に慕われているようだ。
一般生徒からも、悪い噂は聞かない。
アリエルほど心酔されているわけではないようだが、頼れる生徒会長として認識されていると見ていいだろう。
お兄ちゃんとしては、鼻が高い。
ちなみに、今回も俺はジーナスに許可を取り、生徒会の末席に座らせてもらっている。
いやはや、何度見ても、卒業式というのは感慨深いものだ。
「卒業生代表! ブルックリン・フォン・エルザース!
諸君に、卒業証書と、魔術ギルドD級の証を授けん!」
今回の主席卒業は、クリフではなかった。
主席のヤツの名前は聞いたことのないが、苗字は聞き覚えがある。
確か魔法三大国の一つであるネリス公国の王侯貴族だ。
ラノア魔法大学は、ラノアと名は付いているものの、魔法三大国の共同出資によって賄われている。
こうした式典において、三大国の偉い貴族・王族を優先するのも、一つのルールなのだろう。
「ブルックリン・フォン・エルザース。謹んで拝領いたします!」
「そなたに魔導の道があらんことを!」
クリフはそれを見ながら、物憂げな顔をしていた。
以前のクリフであれば、「なぜ僕が主席じゃないんだ!」と暴れただろうか。
実際、成績だけを見れば、卒業生の中でクリフを超える者はいないはずだ。
彼の最終成績は、上級攻撃魔術四種に、上級治癒、上級解毒、中級結界、上級神撃。
その上に、呪いの抑制に関する研究レポート。
聖級こそ取得しなかったものの、これに迫る者はいない。
大学の歴史上を見ても、そう多くはいないだろう。
俺の知る限り、そんな偉大な人物はロキシーぐらいだ。
俺? 俺は大学では治癒と解毒ぐらいしか習ってないから、ノーカンだろう。
上記に加え、クリフはミリス神父としての資格もとっている。
毎夜毎晩エリナリーゼとくんずほぐれつしていたくせに、成績が落ちる事もなかった。
学校でできることは全部取得して、精神的にも肉体的にも大人になって。
さらに美しい妻を娶り、子供まで出来る。
完璧なリア充だな。
もっとも、あの表情。
恐らく、主席を取れなかった事を嘆いているわけではあるまい。
物憂げな、悩みのある顔だ。
2ヶ月前に決めると言った事を、まだ決めかねているのかもしれない。
しかし、悩んでいるなら悩んでいるでいい。
2ヶ月で決めきれる事なんて、そうそう無いのだから。
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卒業式が終わった後、まずはザノバと合流した。
正装をしたジンジャーとジュリが花束を持って後ろに付き従っていた。
他にそんな事をしているヤツはいない。
シーローン王国の習慣なのだろうか。
「ザノバ、卒業おめでとう」
「おお! 師匠! ありがとうございます!」
ザノバは、ラノア魔法大学の制服だ。
若者向けのデザインではあるが、シーローン王国の正装をしているより、よっぽど似合って見える。
「余の卒業に関して色々と手を回してくださったようで……先日、いきなり大学より書状が届けられた時は、仰天しましたぞ」
「いいじゃないか、こういうのに出とくのも、一種のけじめだよ」
やっぱり式典ってのは出といた方がいい。
シルフィも卒業式に出られなかった事を、ちょっと残念に思っていたようだしな。
でもザノバは式典を、面倒なだけな代物と認識しているかもしれないな。
王族だし。
「それとも、嫌だったか?」
「いえ、最初は面倒に思っておりましたが、出てみると、意外に悪くありませんな……」
ザノバはそう言って、周囲を見渡した。
卒業生が在校生に囲まれたり、先生に挨拶していたり。
微笑ましい光景が広がっている。
おや、あの人だかりの中心にいるのはノルンか。
魔族っぽい少年が顔を真っ赤にして彼女の手を握っている。
ノルンが困った顔をして、周囲の生徒会役員がニヤニヤ笑っている所を見ると、告白イベントだろうか。
あるいはもっと微笑ましくて、あこがれの生徒会長に握手をねだっているだけかもしれない。
ノルン握手会だ。
ルイジェルド人形にノルンとの握手券をつければ、親衛隊の方々がたくさん買ってくれるだろうか。
いや、金儲け目当てじゃないから、やらないが……。
あっちで女子に囲まれているのはロキシーだな。
五人ぐらいの女生徒が、泣きそうな顔でロキシーに頭を下げている。
ロキシーが少し微笑みながら、何かを言い返すと、女生徒は感激したように大声で泣いて、ロキシーに抱きついた。
ロキシーは困った顔をしながら、彼女の背中をぽんぽんと撫でる。
周囲の女生徒たちがもらい泣きを始め、号泣が始まってしまった。
その他にも、各所で卒業イベントが行われている。
卒業式独特の、少し湿っぽいけど、スッキリとした雰囲気。
もっとも俺とザノバの周囲には誰も近づいて来ない。
あまり学校に知り合いが多いわけではないってのもあるだろうが、なんだか少し寂しい。
まあいいさ。
この後、酒場の予約をしてある。
うちの家族とリニアとプルセナ。
ナナホシも呼んで、皆集めて楽しく宴会だ。
オルステッドはちょっと参加出来ないが、祝辞は頂いている。
こういう場では寂しくとも、仲間がいないわけではないのだ。
さぁ、さっさと帰ろうじゃないか。
「ルーデウス様」
と、思ったら一人の男が近づいてきた。
ふわふわの金髪を持った、20歳ぐらいの男だ。
見覚えがあるような無いような。
どこの誰だったか。
「初めまして、私はブルックリン・フォン・エルザースと申します」
あ、主席卒業の人だ!
さっき見たばっかりじゃないか。
「この度は主席卒業、おめでとうございます」
「ありがとうございます」
俺が頭を下げると、彼も優雅に礼を返してくれた。
「しかし、主席で卒業できたのは、あくまで家柄のお陰です。
私は試験成績において、常にクリフ様の二番手でしたからね」
「またまた、ご謙遜を……」
冷や汗が流れそうになってしまう。
口に出しては言ってないが、俺もそう思ってたからな。
二人の成績の差がどれだけついてるかは知らないが。
「でも、家柄のお陰とはいえ、最後の最後に、クリフ様に勝てました。勝ってしまいました……」
確かに、結果を見れば主席卒業したのは彼だし、勝った事になるだろう。
勝ったと喧伝できるほど、勝ってはいないだろうが。
「……なので、ルーデウス様」
ブルックリンは、まっすぐに俺を見た。
真摯な目つきだ。
なんだろう。もしかして告白されるんだろうか。
クリフに勝ったから告白?
どういう経緯だ?
やめて、あたいには妻と妻と妻と子供がいるの……。
「あなたに、決闘を申し込みます」
違った。
決闘か……。
最近、オルステッドの配下と知れ渡ったからか、たまにそういう輩も来るようにはなってきたけど……。
でも、なんでクリフに勝ったら決闘なのだろうか。
「なぜ?」
「はい。私は以前より、自分がどの程度強いのか、という事に興味がありました。
そして、この数年間で、自分の実力が、一般的なレベルから見て抜きん出ているという事もわかりました」
抜きん出ている……。
まあ、仮にも主席卒業だもんな。
頭一つか二つ、抜きでていると考えてもいいだろう。
「ですが、ルーデウス様、あなたはその上を行っている」
「……そうですかね」
「私は、あなたにずっと挑んでみたかった。
あなたが魔王バーディガーディを一撃で倒した時から、ずっと」
ブルックリンは、そう言ってグッと拳を握りしめた。
「私の家は武家です。
本国に戻り、家を継げば、部下を持ち、人を使う立場になります。
そして、そうなれば力試しをする機会など無くなるでしょう」
「偉い立場になれば、勝手はできないでしょうね」
「はい。なので、今、この最後のチャンスに、あなたに挑ませてください!」
ブルックリンは勢い良く頭を下げた。
事情は分かった。
男の子なら誰しも、自分の強さが気になるものだ。
自分が平均より上なのは分かった。
それ以上に強い者がいるのも分かった。
多分負けるだろうけど、挑んでみたいという気持ちも分かる。
ちょっとわかんない部分が残ってるが。
「なぜ、クリフに勝ったら、なんですか?」
「え?」
そう尋ねると、ブルック氏はきょとんとした顔をした。
「ルーデウス様に挑むには、六魔練を倒さなければならないと、そう聞き及んでいます。
リニア様、プルセナ様、フィッツ様は卒業し、バーディ様もいなくなり……。
ザノバ様は倒しましたし……」
「……」
六魔練って……。
そういえば、そんなんあったな。
誰が言い始めたのか知らないけど。
全員を倒さなきゃ、俺に挑めないとかなんとか。
こいつは、それを律儀に守ってたって事か……。
「ザノバには、勝ったんだ?」
「はい。授業中の模擬戦にて何度も勝たせて頂いております」
「そっか」
ちらりとザノバを見ると、目をそらされた。
……まあ、魔術だけでの戦いであれば、ザノバも勝てないか。
でもクリフにはずっと勝てなくて、ここまでズルズルと来てしまったと。
最終的に、クリフに勝てたとは思ってないけど、
卒業すればチャンスは完全に失われるから、今こうして頼んでいると。
なるほどな。
卒業記念か。
「やはり、卒業した方も倒さなければいけないのでしょうか……」
彼としても記念のつもりなのだろう。
最後のけじめ。
ダメ元の告白にも似ている。
「いや、いいよ。やろう」
卒業式に何かをしたいと思うのは、どこの世界も一緒だろう。
「……! ありがとうございます!」
俺の返答に、ブルックリンは勢い良く頭を下げた。
「すまんがザノバ、審判をしてくれ」
「了解しました。師匠」
俺はザノバに上着を預けた。
一瞬だけ魔導鎧の事がチラリと頭によぎったが……無しの方がいいだろう。
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校庭に移動して決闘を始め、全てが終わるのに、三時間ほどの時間を要しただろうか。
結果からいうと、俺は勝った。
伊達に日頃から剣王や龍神と訓練をしているわけではない。
苦戦する気配もなく、赤子の手をひねるように勝った。
手加減はやめておいた。
ブルックリンも、結果はわかっていたようで、
晴れ晴れとした顔で礼を言われた。
と、そこまでは良かった。
その後、それを見ていた別の卒業生から、次々と腕試しを挑まれたのだ。
ザノバには早食いで勝った、クリフには徒競走で勝ったとか、そんな本当かどうかもわからない理由で。
野次馬も大量に集まり、なんだか人気者だ。
俺としては、別に断る理由もないため、全てを受けた。
卒業式だし、そもそも六魔練とか言い出したのは俺じゃないし。
いつもは口うるさいノルンも今日は何も言わず、生徒会の面々を使って野次馬の整理をしてくれた。
騒ぎは起こしてほしくないが、卒業式だから仕方ないという感じの顔だ。
すまんね生徒会長。
「ふぅ」
そうして、20人ほどとの決闘が終わった。
日頃から鍛えているため、さほど疲れたわけではない。
皆満足していた。
満足した顔で、帰っていった。
これから帰郷する者の思い出になれたらいいなと思う。
そして、誰もいなくなった。
ノルンも会場の片付けがあるから、先に帰っていてくれと、姿を消してしまった。
残ったのは、ザノバとそのお付の二人だけだ。
「さすが、師匠は人気者ですな」
ザノバはずっと審判を続けて疲れたようだ。
なんだかんだ言って、コイツは体力が無い。
「余は疲れましたが……師匠はどうですか? お疲れではないですか?」
「いや、大丈夫だよ。ただ、お互いちょっと汚れたな。宴会の前に、着替えた方がいいだろう」
「ふむ……そうですな」
ザノバはそう言って、己の服装を見下ろした。
魔術の余波で撥ねた泥や、砂がこびりついてしまっている。
無論、戦いの渦中にあった俺もだ。
「では、一度家に帰りましょう。妹君はどうすると?」
「ノルンは、参加はするって言ってたし、会場も伝えてあるから、勝手に来るはずだよ」
「そうですか、では……」
と、そこでザノバの視線が、ふと俺から外れた。
俺の背後、やや上の方へと注がれている。
振り返り、何があるのかと視線を追ってみる。
いた。
すぐに分かった。
短めのダークブラウンの髪が、屋上から覗いていた。
その隣では、金髪の縦ロールが風に揺れている。
「ジュリ、ジンジャー」
「はい」
「すまぬが、先に帰って、着替えを用意しておいてはくれぬか?」
「わかりました」
二人は頷き、その場を後にした。
もう主従ではないと決めたはずだが、どうみても主従だな。
すぐに抜けるもんではないだろうが。
「では師匠、参りましょうか」
「ああ」
俺はザノバの言葉に頷いて、校舎へと入った。
---
「全部見てたよ。ルーデウスは強いな」
屋上に出ると、クリフは疲れた顔でそう言った。
その脇には、エリナリーゼもいる。
彼女が卒業式に来るのは知っていた。
事前に、クライブ君をうちで預かってもらうように頼んできたから。
まあ、退学したはずなのに制服姿なのは知らなかった。
制服姿でナニをしていたのかは聞くまい。
なにせ、今日は卒業式だ。
どこで何が起こっていても不思議ではない。
「さすがは、『龍神の右腕』という所か?」
「茶化さないでください。あれぐらいなら、オルステッド様と戦う前でも出来ましたよ」
「そうだな」
クリフはそう言って、屋上の手すりに体を預けた。
「クリフ先輩は、どうしてこんな所に?」
「理由なんてないさ。なんとなく、高い所に登りたかっただけだ」
クリフは空を見上げつつ、そう言った。
なんとなく高い所に、か。
そういう時もあるだろう。
俺は高所があんまり得意じゃないから、行くのはパウロの墓だけど。
「何はともあれ、クリフ先輩。卒業おめでとうございます」
「ありがとう」
俺はクリフの隣にいき、彼と同じように手すりに体重を預けた。
クリフが飛び降りるとは思っていないが、なんとなくだ。
ザノバも、クリフの反対側に移動した。
エリナリーゼは、俺達三人を見守るかのように、やや離れた所に立っている。
あ、なんか今の構図、青春っぽいな。
思えば、クリフは青春真っ盛りなのかもしれない。
22歳。
子持ちの卒業式。
悩みは多そうだ。
いやいや。
馬鹿な事言ってないで、今日の宴会をどうするかぐらい聞いとくか。
参加するとは聞いていたし、主役の一人だからドタキャンされても困るが。
「クリフ先輩、この後、どうするんです?」
どのタイミングで来るのか。
俺たちと一緒に宴会に来るのか、それともエリナリーゼともう一戦ぐらいしけこんでから来るのか。
そんなつもりで聞いた。
「……」
クリフはその問いに、沈黙で答えた。
言いにくいのか。
てことは、まだエリナリーゼと制服プレイを楽しむつもりか。
「……僕もリーゼと相談して、考えたんだ」
クリフが言葉を発したのは、それから数秒後だった。
「1年。待って欲しい」
一瞬、俺は何を言われているんだかわからなかった。
酒場の予約は今日だ。
1年も待てるわけがない。
「ふむ、子供がもう少しだけ大きくなるまで、ですかな?」
ザノバの言葉で、俺はハッと我に返った。
クリフは、二月前に「卒業式には答えを出す」と言った。
その答えを、今言おうとしているのだ。
いや、忘れてたわけじゃないぞ。
今日は卒業式で宴会だから、聞くのはその後でもいいと思ってたんだ。
「そうだ。クライブはまだ小さいから、せめて乳離れするまでは、見守ってやりたい」
クリフは真剣な顔で、魔法都市シャリーアを見下ろした。
ここからだと、町並みがよくわかる。
屋根が緑色だからか、俺の家は目立つな……。
そういえば、大学に入学した頃は、この校舎に屋上ってなかったんだよな。
増築する前、3年生ぐらいの時に、何か必要なものが無いかってアンケートが取られてて「屋上」なんて答えたら、いつのまにか追加されてたけど、結局一度も来なかった。
「ここからミリス神聖国まで行くのには、二年近く掛かる。
けどルーデウス、君の所の転移魔法陣を使わせてもらえれば、移動時間は短縮できる。
どれだけ短縮できるかはわからないが、最低でも1年の猶予は、あるはずだ」
卒業から二年以内に帰るのを、クリフは義務と考えているらしい。
律儀な事だ。
「魔法陣、使わせてくれるよな?」
「もちろん、使うのは構いません」
「助かる」
転移魔法陣は禁忌だ。
緊急の場合でもなく、ただ私事で使うのは、クリフにとってブレーキが掛かるのかもしれない。
「それとルーデウス。君たちの仲間になる、という事についてなんだが……」
「はい」
クリフは言いにくそうにしている。
断られる流れだろうか。
せめて理由を聞いて、説得はしておきたいものだが……。
「それも、待ってほしい」
「待つ、ですか?」
「ああ、確かに、龍神オルステッドの後ろ盾があれば、僕はミリス教団でも上の地位に立てると思う」
立てるだろうな。
オルステッドは、ミリス教団の内部事情にも詳しいはずだ。
長いループの中で、この時期の教団幹部の弱みを知っている可能性がある。
「けど、それじゃダメな気がするんだ」
「……」
「僕の、今まで頑張ってきた自分の力が、ミリス教団でどこまで通用するか、試してみたいってのもあるけど……誰かの手で用意された椅子には、座りたくないんだ」
クリフは拳を握りしめて、そう言った。
わからないでもない。
さっき、俺に決闘を挑んだ連中と同じだ。
力試し。
クリフの男の子な部分だ。
「その結果、僕がミリス教団で上に立てたら、君たちの仲間になろう」
うーむ。
それでクリフが上に立てたらいいが、できない場合もあるだろう。
失脚するだけなら、まだいい。
ミリス教団には別のアプローチを掛けて、クリフはオルステッドの専属ヘルメット職人にでもなってもらえばいい。
けど、謀殺までされてしまうのは、俺としては嫌だ。
友人に死んでほしいわけじゃない。
それとも、クリフが挑んだ結果なら、俺は甘受すべきなのだろうか。
「それで、クリフ殿。一年後はお一人で行かれるつもりで? ご家族はいかがなさる?」
俺の代わりにザノバが聞いた。
そうだ、エリナリーゼとクライブはどうするつもりなんだろうか。
クリフは難しい顔をしている。
悩ましげというか、申し訳無さそうな顔だ。
でも、決心をしている顔だ。
「置いていく」
「……いつまで?」
「少なくとも、僕が一人前になるまでは」
一人前になるまで。
ってことは、要するに、いつまでかはわからないってことか。
エリナリーゼを見ると、彼女はお腹のあたりで腕を組んだまま、目を瞑っている。
了承しているということか。
しかし、いいのか?
エリナリーゼも、できれば近くでクリフを見守り、支えてやりたいのではないだろうか。
呪いだって、クリフの魔道具で緩和出来るとはいえ、何年も持つわけではない。
いや、そこは俺が何かを言うべきことではないな。
クリフはエリナリーゼと話し合って決めたのだ。
ここが、クリフにとってのターニングポイントなのだろう。
「わかりました」
クリフの意見を尊重することには、リスクがある。
クリフが俺の目の届かない所で死んでしまえば、俺はミリス神聖国へのつながりを失う。
呪いの研究をする人物もいなくなる。
だが、リターンもある。
一人で揉まれる事で、クリフは一回りも二回りも成長するだろう。
成長したクリフは、仲間になった後に、今以上に頼りになるはずだ。
リスクに見合っているかはわからないが、リターンはある。
理屈でもそう考えられるなら、問題あるまい。
クリフがそうと決めて、エリナリーゼが了承した。
なら、俺はその意見を尊重しようと思う。
「ではあと1年間、よろしくおねがいします」
「ああ、こちらこそ」
そう言って、クリフは手を差し伸べてきた。
俺は彼の手を握り、大きく頷いた。
しかし、クリフが一人前になるまでと考えると、仲間になるかどうかは、今から3年以上は後になるな。
なら、クリフの事は置いといて、別の事をしよう。
そうだな……まずは、先にアリエルの方に声を掛けておこうか。
ザノバの人形販売も始まったばかりだし、傭兵団も大きくしなきゃいけない。
どっちもアスラ王国への進出はしときたい。
これから一年は、アスラ方面の攻略と考えて行動するか。
忙しくなるな。
……でもその前に。
今日は卒業したことを、皆で祝おうじゃないか。
「よし、クリフ先輩。難しい話は終わりにして、今日の所はパーッと騒ぎましょう」
「……そうだな!」
こうして、ザノバとクリフの卒業式は終わりを告げた。