第百十九話「迷宮入り」
転移の迷宮。
そこは一見すると、ただの洞窟である。
特別な感じはない。
ただ崖に穴が開いているだけだ。
周囲に蜘蛛の魔物が多く、壁に蜘蛛の巣がビッシリと張られているものの、それだけ。
写真で見ても、なんら特別な感情は抱かなかっただろう。
だが、直に見ると違った。
そこからは迷宮だと直感できる何かを感じた。
不気味な何かだ。
しかし、好奇心を刺激される何かを感じた。
迷宮とは、どこもこんな雰囲気をまとっているのだろうか。
「さて、ルディ。打ち合わせどおりにいくぞ、いいな」
「了解」
パウロに肩をポンと叩かれ、頷く。
前日に打ち合わせをした通りのフォーメーションを取り、迷宮へと足を踏み入れた。
初めての迷宮だが、あまりワクワクはしない。
失敗できないというプレッシャーがあるだけだ。
「旦那様、ご武運を」
「みなさん、お気をつけてください」
リーリャとヴェラ、シェラはここから馬を使って町へと戻る。
大きなクランが迷宮を攻略する時は、サポート役が迷宮の入り口でキャンプを張る事もある。
しかし、幸いにしてラパンは一日、急げば半日の距離にある。
わざわざ洞窟の前でキャンプを張る必要はない。
「さて」
洞窟の中は暗いが、何も見えないという程ではなかった。
洞窟の内部が光っているのか、薄暗い程度だ。
しかし、この暗さは命取りになるだろう。
「明かりを付けますね」
「おう」
入ってすぐ、ナナホシからもらった精霊のスクロールを使う。
明るく光る精霊が飛び立ち、俺たちの頭上を回った。
ギースもまた、俺と同じようにスクロールを発動させる。
彼は斥候役なので、俺達とは別の光源が必要となるのだ。
昨日の時点で試したが、スクロールはギースやパウロでも使用できた。
当然ながら魔力を多く使える俺が一番長持ちするが、消費魔力自体はほとんど無いらしい。
これで、松明を持たなくても済むと喜んでいた。
やはり、片手がふさがるのは邪魔になるからな。
精霊の光は松明より明るく、少ない魔力でも長持ちする。
これが普及すれば、市場から松明が消えるかもしれないな。
「パウロよ、お前の息子は便利なものを持ってきよるのう」
「まあよ。自慢の息子だからな」
パウロは自慢気に胸を張ると、タルハンドは呆れ混じりの声を出した。
「お主自身は自慢の父親ではなさそうじゃがの」
「言うなよ、気にしてんだから」
ため息混じりの声で、パウロがかくんと肩を落とした。
「ほら、さっさと行くぜ?」
ギースの言葉で洞窟の奥へと足を踏み入れていく。
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第一階層。
アリの巣のような洞窟を歩く。
壁や天井には白い糸が大量に張り巡らされており、さらにその奥には、青白い転移魔法陣が光っている。
そこを蛍光灯のような明るさを持つ光の精霊が先行していく。
「たまに光らない魔法陣もあるので注意が必要、でしたね」
「そうだルディ。ギースの足跡をしっかりと踏んでいけよ」
ギースは十歩ほど先を先行している。
彼は特殊な靴をはいていた。
奴の足跡には、深い十字の傷が残る。
靴底に十字架のような鉄板が貼り付けられているのだ。
もちろん、魔力付与品ではない。
冒険者の知恵から生まれたものだろう。
滑り止めにもなり、足跡をはっきりと残すことも出来る便利アイテムだ。
もっとも、この一階層では転移魔法陣を見つけることは容易である。
第一階層に出現する魔物は朱凶蜘蛛。
しかし、床には朱凶蜘蛛が主食とする別の蜘蛛や、成長しきっていない小さな子蜘蛛が大量に這い回っている。
蜘蛛嫌いな奴が見れば失神しそうな光景だ。
そんな蜘蛛の群れの中、ぽっかりと空白のある箇所がある。
丸く、あるいは四角く縁取られた空間。そこに転移罠がある。
蜘蛛を踏み潰すのを嫌がってそこに足を乗せれば、あっという間にどこかに転移するというわけだ。
結果、俺たちは子蜘蛛をプチプチとつぶしながら歩くこととなる。
あまりいい気分ではないが、仕方ない。
さて、B級に数えられる朱凶蜘蛛は通路には出てこない。
たまに一匹、二匹がいることもあるが、ギースによって発見され、すぐにパウロに退治された。
今のところ、俺の出番は無い。
「ヘッ、ま、このぐらいなら楽勝だな」
パウロは二本の剣を手にして、ずんずん進んでいる。
二本の剣。
片方は、家でもほぼ常に持っていたものだ。彼の愛剣だろう。
さして特別な力を持っているようにはみえないが、朱凶蜘蛛は一撃の下に真っ二つになる。
剣の切れ味というより、パウロの技だろう。
左手に持つのは、見たことがない形の剣だ。
いわゆるショートソードに類するものだろう。
短剣というほど短くはなく、長剣というほど長くはない。
手を覆うようなハンドガードに、やや湾曲した両刃の剣。
真ん中に穴が開いているのは、切ったものがくっつくのを防止するためだろうか。
こちらはあまり使っていない。
パウロは基本的に右手の剣だけで戦っている。
左手の剣は何のために使うのだろうか。
中二病の至りだろうか。
「……ほんと、余裕だな!」
どうでもいい事であるが。
一匹片付ける度に、パウロが俺の方をチラ見してくる。
うざい。
俺にかっこいいところを見せたいとか思っているのだろう。
戦うパパがかっこいいのはわかってるから、油断はしないで欲しいものだ。
「パウロ! ちゃんと前を見なさいな!」
ほら、エリナおばあちゃんから叱責がとんだ。
「大丈夫だって、一階層は何度も入ってるんだ、そうそうミスりゃしねえよ」
「その油断が命取りになりますわよ」
「わかってるよ、んなこたぁ」
「大体、さっきから前に出すぎですわよ。わたくしが前でしょう!?」
「1階層なら、そう変わりゃしねえだろうが」
エリナリーゼとパウロが口げんかを始めた。
俺の背後で、タルハンドが「やれやれ、始まったわい」と溜息をつくのが聞こえる。
「わたくしはともかく、ルーデウスは迷宮自体が初めてなんですから、大人として見本を見せなさいな!」
「だから、その緊張をほぐしてやろうと、会話の機会を伺ってだな」
「嘘おっしゃい、今のあなたからは、ゼニスがパーティに入ったばかりの頃の、浮ついた空気を感じますわよ!」
「いやまあ、それを言われると弱いけどよ。なんだ、お前、ずいぶんと口やかましくなったな」
「当たり前ですわ。パウロは息子も同然なんですから。叱りもしますわ!」
そういうと、パウロはヘッと笑った。
「なぁにが息子だよ、ルディと長いこと一緒にいたせいで、オレにまで情が移ったのか?
やめてくれよ。お前がおふくろなんつったら、サブイボがでらぁ」
「……あら、ルーデウスったら言ってませんの?」
「何を?」
「シルフィはわたくしの孫ですわ。孫と結婚したという事はわたくしの孫も同然。となれば、その孫の親となるパウロとゼニス、貴方たちはわたくしの子供も同然ですわ」
パウロの足が止まった。
ゆっくりと俺の方に振り返り、ツカツカと戻ってきた。
フォーメーションが崩れ、一行の足が止まった。
「お、おい、どういう事だルディ……シルフィが孫とか、エリナリーゼがおかしなこと言ってるんだが」
そういえば、言ってなかったっけか。
「なんでも、ロールズさんがエリナリーゼさんの子供だったらしいですよ」
「ロールズが? あいつ、んな事一言も言ってなかったぞ」
「まあ、過去に色々あったようで、エリナリーゼさんの存在を伏せていたみたいですね」
「ああ……なるほどな……わからんでもない」
「そんな事より、先に進みましょう。決して油断しないように、気をつけて」
「お、おう」
パウロはわかったような口で言って前衛に戻っていく。
「マジかよ……エリナリーゼと家のつながりが出来たって……マジかよ……」
という呟きを残しながら。
だいぶショックが大きいようだ。
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第一階層は楽だった。
パウロの言葉通り、何度も行き来しているのだろう。
休憩を挟みながら通路を歩き、
朱凶蜘蛛がひしめいている大部屋を突破する。
大勢を片付けるのは、魔術師である俺の役割である。
しかし、最初の大部屋に入る前にタルハンドよりいくつか注意があった。
「よいか、火は使うな」
「なぜですか?」
「火を使うと、部屋の中に毒が充満しよる。特に、階層が深くなると注意が必要じゃ」
「……解毒では治らないんですか?」
「なおらん」
毒とは、恐らく一酸化炭素中毒のことだろう。
閉めきった空間で火を使えば、酸素が消費されて、いずれ意識が朦朧としてくる。
これは魔術でも変わらないことだ。
「それから、天井を攻撃するのもご法度じゃ。理由はわかるな」
「洞窟が崩壊するかもしれないからですね」
「そうじゃ。じゃから、あまり水も使わない方がええ。なるべく氷を使え」
「了解」
水を大量に使えば、地盤が緩む。
まぁ、多少なら大丈夫だろう。土魔術もあるし。
とはいえ、土魔術は知らずうちに洞窟内の土を使ってしまう事もある。
洞窟内の支えを取ってしまえば、崩落につながる可能性もある。
なら、氷だろう。
オススメされたとおりにしておくのが無難な選択だ。
というわけで、俺は上級水魔術『氷槍吹雪』を選択した。
氷の槍を大量に降らせる魔術だ。
パウロたちを巻き込まないよう、奥にいる奴から順に掃討していく。
「おお、さすがロキシーの弟子じゃな。使う魔術まで同じとはのう……」
背後から、タルハンドの呟きが聞こえる。
ロキシーもまた、『氷槍吹雪』の使い手だったらしい。
ちょっと嬉しくなる。
「しかも無詠唱か。ロキシーが自慢の弟子だというのもわかるわい」
タルハンドの言葉に鼻高々になりつつ、蜘蛛を全滅。
先へと進む。
蜘蛛の巣を突破し、その奥にある転移の魔法陣を踏む。
通路を歩き、また別の蜘蛛の巣を目指す。
そんな事を、迷宮に入ってから五度ほど繰り返した。
もちろん、魔法陣に関しては、本との違いがないかをその都度入念に調べた。
第一階層の魔法陣は、全てどこに転移するのかは判明しているが、本の信憑性を確かめるためだ。
双方向の転移。
形、色、特徴。
全てが合致している事を確認しながら進んでいく。
一つの魔法陣にたどり着くまで、約1時間。
それを五回なので、時間にして5時間ほどだろうか。
最後の部屋に、今までの魔法陣より少しだけ青色の強い、ややでかい魔法陣があった。
濃い青色の魔法陣は、次の階層への魔法陣である。
第一階層の終点である部屋は蜘蛛の巣だらけだった。
そこには二つの魔法陣が並んでいた。
似たような形をした魔法陣だ、何もしらない奴なら、どちらが本物かわからないだろう。
片方の魔法陣のすぐ前に、大きく丸印の刻まれた石が置いてあった。
これは、以前来た時にギースが置いたという、正解の目印だ。
本を確認して間違いが無いことを確かめた後、魔法陣に乗る。
第二階層だ。
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第二階層。
ここからは、巨大な鋼鉄の芋虫『アイアンクロウラー』が這いまわるようになる。
床の小蜘蛛はいなくなり、蜘蛛の巣も激減。
土の地面がさらされている。
高さ1メートル、長さ2メートルほどの大きさを持つアイアンクロウラーは、ズングリとした印象を受ける。
イメージとして近いのはナ○シカに出てくる王蟲だろうか。
外見通り、頑丈でタフ。
そして外見に似合わず速い。
芋虫というより、ムカデを連想させるスピードだ。
朱凶蜘蛛とは味方同士であるらしく、
アイアンクロウラーが盾となり、蜘蛛が後ろから粘糸を飛ばしてくる。
粘糸に絡められると、体重一トンはありそうなクロウラーに蹂躙されてしまう、というわけだ。
アイアンクロウラーは硬く、パウロでも一撃で倒す事は出来ない。
エリナリーゼは言うまでもない。
そこで俺の出番だ。
俺は2つの魔術を同時に放つことが出来る。
後衛の朱凶蜘蛛に『氷槍吹雪』をお見舞いしつつ、
パウロとエリナリーゼが引きつけているアイアンクロウラーを、岩砲弾で一匹ずつ倒していく。
アイアンクロウラーは普通の岩砲弾を弾くぐらいは硬いらしいが、俺にはあんまり関係ない。
あっさりと貫通した。
とはいえ、さすが蟲という所か、当たり所が悪いと即死せず、のたうちまわるように暴れる事もあった。
「こりゃ、わしの出番はないな」
俺が精力的に働いていると、タルハンドがつまらなさそうに後ろで呟いた。
彼はいざという時のため、俺の近くに常駐している。
とはいえ、そんないざというピンチに陥らないため、ギースを含めた三人が細心の注意を払って行動している。
ゆえに今のところ、タルハンドはする事がない。
だが、それでいい。
予備戦力を残して進んでいる事に安心感を覚えるぐらいだ。
朱凶蜘蛛は粘糸を飛ばしてくる。
タランチュラは蜘蛛の巣を作らないと思っていたのだが、きっとこいつは別なんだろう。
時折俺の所にまで飛んでくるが、魔眼を開眼しているので当たることはない。
あたった所で攻撃力はないし、火魔術で焼き切ればいいので問題は無い。
「あー、ちくしょう……」
「うえっ、ベトベトですわね」
とはいえ、前衛は全てを回避するとはいかないようで、
パウロとエリナリーゼは糸でベタベタになっている。
「ほらよ、あんまり無駄遣いすんなよ?」
俺が燃やしてもいいのだが、ギースが糸を溶かす液体を持っているため、それを水で薄めて使う。
ベガリット大陸に伝わる特殊な薬品だそうで、人体に害は無い。
害は無いが、肌が荒れるとエリナリーゼが愚痴をこぼしていた。
まるで洗剤みたいだな。
持って帰って皿洗いにでも使ってみようか。
「よし、ここで一旦休憩するぜ」
戦闘の後。
ギースの言葉で、俺達はその場に座り込む。
タルハンドとエリナリーゼはそのまま見張りに立つ。
パウロは座り込むと、即座に鎧と剣帯を外し、表面についた魔物の体液を拭い始める。
短い休憩の間に、装備の点検を一瞬で終わらせるのだ。
手慣れた手つきは、パウロがこの道のプロである事が伺えた。
「どうした? ルディ、お前も早く済ませろ」
「あ、はい」
パウロから、やや厳しめの叱責をもらい、俺も装備を点検する。
といっても、遠距離から魔術を撃っていただけだから、見るべき所は少ない。
それにしても。
パウロが静かだ。
第一階層の時は、こうした休憩ごとに「どうだ?」とかなんとか聞いてきたのだが、
さすがに2階層ともなると、真剣さが違うな。
ダディがクールだ。
「チッ、こびりついてやがる」
パウロが鎧についた体液か何かを布でこすりつつ、悪態をついた。
「さっきギースさんが使ってた薬品を使ってみてはどうですか?」
「あれは糸を落とす用だろ?」
と、言いつつもパウロは薬品を布につけて、ごしごしとこする。
すると、驚くほどの白さに。
いや、鎧は白くないんだがな。
「お、落ちるじゃねえか。サンキュー」
「いえいえ」
やっぱ洗剤か。
帰りに買い込んで戻ったら、シルフィが喜ぶかもしれないな。
出来れば、向こうでも作れればいいんだが。
パウロは汚れを落とすと、即座に鎧を着こみ、剣を抜いてエリナリーゼの方に歩いていった。
俺もまたタルハンドと交代しようかと思った所で、ギースから声が掛かる。
「先輩、見張りはいい」
「いいんですか?」
「かまやしねえ、あの爺さんは働いてねえんだからな。
んな事より、これから先について、ちょいと先輩の意見を聞いておきたい」
「父さんを交えなくてもいいんですか?」
「いんだよ、あいつより先輩の方が頭いいんだから」
ギースはそんな益体もないことを言いつつ、荷物から本と地図を取り出した。
広げられた地図は二枚。
片方は綺麗にマッピングされているが、もう片方は製作途中で止まっている。
「もうすぐ三階層だ。ロキシーとはぐれた場所は……ここだ。
運がよけりゃあ、ロキシーはまだその周辺にいるだろう。本の通りならな」
「はい」
本によると、転移罠は同じ階層にしか転移しないようにできているらしい。
ランダムワープといっても、踏んでいればいきなり最下層のボスの前、とはいかないのだ。
ロキシーは三階層でワープした。
本によると、転移罠を踏むとモンスターハウスに直行するという話だ。
彼女が踏んだ魔法陣がランダムか、それとも一方通行かはわからない。
ともあれ、まだ生きているなら、第三階層にいる可能性は高い。
もちろん運よく抜けだして二階層か一階層にいる可能性もある。
しかし、この二つの階層はロキシーも何度か歩いている。
ロキシーほどの実力者なら、二階層まで自力で移動できたのなら、すでに迷宮を抜けていてもおかしくない。
四階層まで降りている事は無いだろうしな。
「探索に使えるような便利な魔術とかは、ねえんだよな?」
「ええ、ありません」
今使える魔術で何か応用できるかと考えてみるが、すぐには思いつかない。
「先輩よ、カンでいいんだが、ロキシーはどのへんにいると思う?」
「カンって……」
「この迷宮じゃ、右手にそって歩いて虱潰しに、ってわけにもいかねえからな。探すとなりゃ、そういうのも必要だ」
「じゃあ、このへんですかね」
一応、適当に地図の空白部分を指さしてみる。
「転移した場所から東の方か、んじゃ、そっちから探すぜ」
適当だな。
右手にそって虱潰しにした方が、効率がいい気もする。
しかし、科学的な分析の出来る奴はこの場にはいない。
どのみち、歩いていない場所を探していくしか無いのだ。
「正直、ロキシーの抜けた俺たちじゃあ、二階層も突破できなかった。
先輩のおかげだ。アイアンクロウラーってのが厄介でな」
「でしょうね」
ここの魔物は、タルハンドの得意属性と相性が悪い。
主戦力となるパウロも糸に絡め取られて、満足に前衛をこなせない。
ヴェラも前衛としては頼りなく、エリナリーゼほどうまくフォローできるわけではない。
ここを抜けるには、氷系か火系の魔術を使える奴が必要だろう。
そこでロキシーがいなくなれば、立ち往生してもおかしくない。
むしろ、ロキシーがいなくなった後、よく戻ってこれたというものだ。
「なんとかしようかと思ってたが、なにせこの辺には魔術師がすくねえし、
転移の迷宮に挑もうなんて気骨のある奴は一人たりともいやしねえ」
ギースはギースで何とかしようとしていたらしい。
思えば、来た時にもギルド内部で誰かを勧誘しようとしていたな。
芳しくはなかったようだが。
「ギースさんには、色々と苦労を掛けますね」
「ヘッ、いいってことよ。てか、新入りでいいって言ってんだろ? 敬語なんて使われたら背中が痒くならぁ」
「……わかったよ新入り。今度、可愛いメス猿を紹介してやるから、背中のノミ取りでもしてもらえよ」
「お、いいな。こんな所じゃ色町にも行けねえからな。って誰が猿だよこら」
ギースとも、色々話したい事があるが、今は置いておこう。
俺はギースと、今後のルートについての確認を行う。
ギースの作ったマップは実に見やすい。
だが、完全に網羅されている1階層に比べて、2階層には穴あきが幾つか存在している。
この穴あき部分に実はロキシーやゼニスがいる、なんて事はないだろうか。
不安になるが、まずは第三階層だ。
一番近い所ではなく、一番可能性が高い所から探すのだ。
「ギース、今はどのあたりですの?」
と、そこでエリナリーゼが首を突っ込んできた。
ギースはそれに答えて、地図の場所を指さす。
「今はこの辺だな」
「もうすぐ第二階層も終わりですのね」
「ああ、でも蜘蛛と芋虫はまだ出てくる」
「途中で魔物の構成が変わるなんて、厄介な迷宮ですわね」
「まったくだな」
エリナリーゼはふぅと髪をかき上げる。
自慢の巻き毛も、心なしかしんなりしている。
「ところで、ギースはどうしてルーデウスの事を先輩と呼ぶんですの?」
「イヒヒッ、ドルディア族の牢屋で、ちょっとな」
「ドルディアの牢屋って、前にギレーヌが言ってたあれ? あれがどうかしたんですの?」
「帰ったら詳しく話してやるよ」
ギースはニヤニヤと笑いながら、話を打ち切った。
ドルディア族の牢屋とは懐かしい。
あの頃の俺はフリーダムだった。
今ではあんな格好は出来んな。
おっと、ベッドの上ではいつもあんな格好か。
なんて会話が出来る程度には、俺にも余裕があるらしい。
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そして、俺達は第三階層へとたどり着いた。
時間にして10時間ほどだろう。
極めて迅速だ。
「もっと何日も掛けて潜るかと思っていました」
「地図のない所はな」
何気ないつぶやきをパウロに拾われる。
手探りで進むのと、地図を使って進むのでは、違って当然か。
もう、床に子蜘蛛はいない。
たまに粘糸が壁に張り付いているが、生物の気配が薄い。
その代わり、なにやら不気味な雰囲気が暗い洞窟の奥から漂ってきている気がする。
ここからが本番だ。
まずは、ロキシーを見つけるのだ。
「……」
そう思うと、ロキシーの懐かしい匂いが漂ってくる気がする。
いや、気のせいじゃないな。
これはロキシーの匂い、ロキシーの気配だ。
俺が間違えるはずがない。
胸がざわめくのを感じる。
いる。
俺はロキシーの存在を確信した。