第百十四話「砂漠の旅」
砂漠を旅し始めて二日目。
俺たちは北へと進んでいく。
二日目も魔物との戦いは苛烈を極めた。
この砂漠には魔物が多い。
特に、サンドワームに要注意だ。
あの芋虫は警戒して歩いていれば問題は無い。
だが、どうしても足元に注意が向けられないことがある。
例えば、戦闘中とかだ。
一度、双尾死蠍と時間差で、サンドワームが出現した。
俺は一瞬で丸呑みにされ、地中に引きずり込まれそうになった。
俺はやや焦りつつも、即座に中級風魔術『風裂』で奴の体をバラバラにした。
土魔術で地表に脱出。
エリナリーゼは双尾死蠍の毒をくらっていた。
俺がサンドワームにやられた事で動揺したのだ。
紫色の顔で膝から崩れ落ちるエリナリーゼ。
俺は即座に双尾死蠍を撃破。
中級解毒でエリナリーゼを助けた。
誰が悪いという事はない。
タイミングが悪かったのだ。
「あの対処、さすがは『泥沼』ですわね。助かりましたわ」
エリナリーゼは死に掛けたことを責めなかった。
見方によっては、俺の油断だったろうに。
できた人だ。
「そんな顔しないの。気を引き締めていても、ダメな時はダメなんですから。
今回はダメじゃなかった。そういう事ですわ」
全滅の危険はすぐそこにある。
彼女はその事を理解しているのだ。
ヒヤッとしたのはその一度だけだった。
移動は順調である。
途中、巨大な魔物を見た。
遠くの方をのしのしと歩いていた。
歩くだけでもうもうと砂煙が上がっているのが、遠目にもわかった。
100メートルはあるんじゃないだろうか。
なんとも形容しがたい生物だ。
シロナガスクジラに象の足を何本もつけたような感じだろうか。
「あれはベヒーモスですわね」
「知っているのかエリナリーゼ」
「あら、とうとうわたくしにも敬語をやめてくださいますの?」
「いえ、まさか。年上は敬いますよ」
「ザノバだって年上ですのよ?」
「あいつは大きな子供ですから」
ベヒーモスはベガリット大陸に生息する有名な生物らしい。
体長100メートルから1000メートル。
何を食っているのかは不明。砂漠で発見される。
性格は魔物にしてはやけに穏やか。
こちらから攻撃を仕掛けない限りはおとなしい。
過去にベヒーモスを倒した者の逸話によると、
その腹の中には大量の魔石を抱え込んでいるのだとか。
それを聞いて一攫千金をもくろむ者もいたそうだ。
だがベヒーモスを倒すのは困難だ。
硬い外皮は極めて頑丈で、その巨体は並の攻撃ではビクともしないほどタフ。
攻撃方法は無いものの、その巨体が暴れまわるだけで十分な脅威になる。
なら遠距離攻撃をすればいいじゃないか、と思うところ。
だが、ベヒーモスは危なくなると地中深くもぐって逃げるそうだ。
よって、しとめた事のある者はほとんどいないらしい。
また、あれだけの巨体なのに、死体を見つける事も無いのだとか。
ゆえに、ベヒーモスの墓場なる場所が存在すると噂されている。
そこには大量のベヒーモスの骨と、大量の魔石が落ちているらしい。
象の墓場みたいで、ちょっとワクワクするな。
どうせ魔物が食っちまうとかそういう理由なんだろうが。
「ルーデウスなら、挑めばいけるかもしれませんわよ?」
「いたいけな草食動物を襲うつもりはありませんよ」
でも、もし金に困るようなら遠距離から仕掛けてみるのも一興だろうか。
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三日目に砂嵐と遭遇した。
いや、遭遇という言い方はおかしいかもしれない。
歩いていると、遠くの方に壁のようなものが見えたのだ。
近づいてみると、それは砂嵐だった。
止むまで待とうか、とエリナリーゼと相談したが、
どうもこの砂嵐、一定の場所を流れつづけているようだ。
止む気配がない。
急ぐ旅であるし、俺は魔術で砂嵐を止め、突破した。
天候はあまり操作しない方がいいとは言われたが、まぁ仕方ないだろう。
一時間ほど歩いてからふと振り返る。
また同じ場所に砂嵐が発生していた。
もしかすると、あれも魔力的な結界の一種なのかもしれない。
オルステッドのよく使う遺跡への道を阻む、自然の結界とか。
ナナホシはそんな事一言も言ってなかったが。
彼女には周囲を確認する余裕なんてなかったらしい。
覚えていないのも仕方ないかもしれない。
あいつの情報はあまりアテにならんな。
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四日目。
魔物の数が激減した。
あの砂嵐が結界のような役割を果たしていたのだろう。
砂嵐を通過する前と後で、生態系がまるで違う。
蠍も尻尾は一本しか無いし、大群で歩いているアリもいない。
サンドワームもエリナリーゼの胴体ぐらいの太さだ。
夜中にコウモリが飛び回る事もない。
夕方を過ぎたぐらいの時刻になるとラプトルを見かける事もある。
だが、群れの数も少ないし、体も小さい。
ガルーダにいたっては、影も形も見かけない。
夜にサキュバスに襲われる事もなくなった。
嬉しいやら、寂しいやら。
いや、寂しくなんてない。
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五日目。
砂漠を歩く。
見渡す限りの砂の海。
延々と同じ風景が続く。
人は何の目印もないところを歩いていると、まっすぐ歩いているつもりでも、大きく円を描いて元の場所に戻ってきてしまうらしい。
利き足と軸足で歩幅が違うからだそうだ。
エリナリーゼに限ってそんな事は無いと思う。
しかし、そういえば、あの砂丘、前にも見たような気がする。
なんて一瞬でも思えば、まさかという気持ちが芽生えてしまう。
まさか、エリナリーゼは迷っているのでは。
まあ、芽生えるのはいい。
口に出さなければいいのだ。
口に出せば、エリナリーゼも気分を悪くする。
気分を悪くすれば、チームワークが乱れる。
チームワークの乱れは死につながる。
俺に出来るのは、許すことだ。
エリナリーゼがミスった時にも、笑って許すことだ。
決して責めない。
うむ。
「……ん、ルーデウス。何か見えてきましたわ」
そんな決意は無用だった。
エリナリーゼの指差す先、陽炎にゆれて何かが見えた。
「確認します」
俺は土魔術で石柱を作り出す。
その上から遠くにあるものを確認する。
遠く、何かがある。
しかし、俺の目ではまだよくわからない。
ただ、砂とは色の違うものがみえるだけだった。
蜃気楼かもしれない。
俺たちはそこに向かって、まっすぐに歩いていく。
魔物に気をつけつつ。
ただひたすらに。
そういえば、今日は一度も魔物に遭遇していない。
このへんには魔物がいないのかもしれない。
いや、油断はすまい。
なんて考えているうちに、それがハッキリとみえてきた。
エアーズロックを彷彿とさせるような、巨大な岩だ。
高さは50メートルぐらいだろうか。
岩棚という単語が思い浮かぶ。
切り立っている、というほどではないが、上るのに苦労しそうな形状だ。
そんなのが、地平線の向こうにまでずっと続いている。
端が見えない。
「迂回、ですかしら?」
「いえ、上りましょう。魔術を使います」
俺は土魔術で石柱を作り出す。
エリナリーゼを抱きかかえ、即席エレベーターで岩棚の上を目指す。
何があるかわからないのでゆっくりと。
しかし、ふと体に違和感があった。
尻のあたりに、さわさわとした妙な感覚が。
「あの、エリナリーゼさん」
「なんですの」
「手つきがやらしいんですけど」
「ただの癖ですわ、お気になさらず」
岩棚の上に上るまでの数分。
俺はエリナリーゼに体をまさぐられ続けた。
「……」
もしかすると、呪いの影響が出ているのかもしれない。
魔道具には魔力を注いでいる。
だが、リミットを伸ばすだけという話だ。
クリフと最後にしてから、約10日。
魔道具のおかげでまだまだ持つとは思うが、所詮は試作品。
油断は禁物だ。
はやく人里についておきたい。
いざとなれば、俺が相手をするしかない。
だが、それはきっと浮気だろう。
不倫と言い換えてもいい。
いくら呪いのせいだなんだといった所でだ。
この旅に置いては、俺はエリナリーゼとはしない。
それは旅の前に決めたことじゃないか。
バザールに男娼を扱っている所があれば、それが一番いい。
あくまで性欲処理、そういう認識が一番だ。
お互いのためにもな。
「エリナリーゼさん、岩棚の上につきました」
「ええ、そうですわね」
エリナリーゼが離れない。
俺の肩のあたりを熱っぽい視線でさすっている。
「……離れろよ」
「失礼」
エリナリーゼが俺から離れる。
だがその視線は俺の下半身に向いている。
貞操の危険を感じる。
やはり、抱いて上に上るというのはまずかったかもしれない。
もっと別の方法がよかったかもしれない。
思い返せば、肉体的な接触は彼女の方から避けていたのだ。
俺が均衡を破ってしまったかもしれない。
いかん、はやくバザールにたどり着かねば。
「行きますわよ」
「はい」
エリナリーゼに促され、歩き出す。
次の瞬間、足元に影がさした。
「ルーデウス! 伏せなさい!」
咄嗟の叫び声。
上を確認するまえに地面に倒れこんだ。
時間差で、頭の上を何かが通り過ぎる。
背中のあたりにひやりとしたものが走る。
即座に起き上がりつつ、正体を確認する。
獅子の手足と鷲の頭をもつ砂色の魔物。
巨大な翼をはためかせ、やや離れたところにズダンと着地する。
「グリフォンですわ!」
エリナリーゼの叫び声。
敵だ。即座に頭を切り替える。
杖を構えてグリフォンに向き直る。
位置関係が悪い。
エリナリーゼがほぼ真後ろだ。
図らずもバックアタックの立ち位置になっている。
いや、エリナリーゼはこうした状況でも上手に動ける。
うまく俺と位置を入れ替えつつ、前衛に戻ってくれるだろう。
「ルーデウス、番ですわ! そっちは任せます」
思うようにはいかない。
背後から、バサバサという音が聞こえる。
グリフォンは二匹いたのだ。
挟み撃ちの形になってしまった。
目の前のグリフォンAは俺がしとめなければならない。
俺が身をかわし、グリフォンAがエリナリーゼに向かえば、彼女が背後から襲われることとなる。
……いや、その方がいいか。
エリナリーゼが二匹を相手にして、俺が一匹ずつしとめる。
今までのパターンに持っていける。
いや、そんな打ち合わせはしていない。
彼女は任せると言ったのだ。
俺が仕留めなければ、エリナリーゼは対応できまい。
よし。
グリフォンは前傾姿勢になり、嘴を半開きにしてこちらをにらんでいる。
距離が近い。
グリフォンは敏捷そうだ。岩砲弾は避けられるかもしれない。
あるいは、耐えられるかもしれない。
確実に仕留めたい。
岩砲弾はやめよう。
奴には翼もある、どれぐらい飛べるかはわからない。
だが泥沼も効果は薄そうだ。
なら、風だな。
グリフォンの後ろ足に力がこもった。
来る。
タンッと、グリフォンの後ろ足が音を鳴らす。
虎のように前足を広げつつ、跳躍する。
俺はしゃがみこみ、地面に向かって魔術を使う。
上級土魔術『土針鼠』
長さは3メートル。
俺の周囲に向けて、放射状に展開。
「キュェァ!」
グリフォンは即座に背中の翼を動かした。
<空中で軌道を制御し、咄嗟に横に逸れて逃げようとする>
みえている。
俺には魔眼で見えている。
左手で風魔術を使う。
小型の竜巻を発生させ、グリフォンの制御を奪う。
空中でキリモミ状態になるグリフォン。
しかし、それでも奴は猫のように体をひねり、着地しようとする。
俺はすかさず、着地地点に岩砲弾を放った。
キュンと耳障りな音を立てて、岩砲弾が発射される。
着弾。
グリフォンの胴体に黒い風穴が開く。
次の瞬間、ドパッと音を立てて、弾が抜けた。
グリフォンは数歩よろめき、声もなく、ドウと音を立てて倒れた。
俺は即座に火魔術でトドメをさした。
即座に後ろを振り返る。
エリナリーゼは無事か。
無事だった。
彼女はグリフォンの攻撃を盾で防ぎつつ、エストックを振るっていた。
グリフォンの前足は真っ赤に染まっている。
エリナリーゼがそこばかりを攻撃しているのだ。
一箇所を重点的に狙い、相手の力をそいでいるのだ。
「エリナリーゼさん! 『岩砲弾』」
「っ!」
俺は背後から叫びつつ、岩砲弾を放つ。
エリナリーゼがサイドステップで横に飛ぶ。
グリフォンはエリナリーゼを追わない。
俺に気づいており、岩砲弾を避けようとした。
しかし、エリナリーゼが咄嗟にエストックを突き出す。
地面についたグリフォンの前足に、浅く刺さる。
グリフォンはガクンと体を落とす。
岩砲弾は回避しきれない。
着弾。
首筋のあたりに風穴が開く。
岩砲弾はグリフォンの肉を引き裂きながら内部を通過。
脊髄を破壊し、向こう側へと抜けた。
グリフォンは首をブランと落としつつ、倒れる。
体をビクビクと痙攣させるグリフォン。
その頭に、エリナリーゼがエストックを突きこみ、トドメをさした。
次いで、俺も火魔術でグリフォンを焼いておく。
倒した。
その後、追撃がないかと周囲を警戒。
しばらくして、ふっと息を吐いた。
「ふぅ、ごめんなさい、ちょっと油断していましたわ」
「いえ、上をよく確認しなかった僕にも責任はあるでしょう」
互いの失敗を謝りつつ、俺たちは先を見据える。
岩棚の上には若干の砂が見えるが、しかし岩だ。
地面の下にまで注意する必要はないだろう。
「ここから先は、上空を注意していきましょう」
「そうですわね」
最低限の確認をした後、俺とエリナリーゼは歩き出した。
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六日目。
岩棚はグリフォンの巣だった。
定期的に襲撃を掛けられた。
一定区間毎に縄張りがあるのだ。
グリフォンはB級の魔物だ。
特に魔術などは使ってこない。
だが、極めて高い身体能力と、多少の飛行能力を持つ。
三次元的な立体機動をするため、強敵に類されるだろう。
一匹である事が多いが、番を作り子供を産むことで、2~5匹程度の群れを作る。
高い知能を持ち、群れでは高度な連携を使った狩りをする。
そのため、群れた場合はA級に相当するといわれている。
とはいえ、俺たちの相手ではない。
と、いえるようになった俺も結構強くなったものだ。
夜になった。
サキュバスの気配は無い。
グリフォンの縄張りには入ってこないのだろう。
また、グリフォンは同族でも縄張り意識が強い。
一日ぐらいなら。グリフォンが遠方から襲撃に来ることもないらしい。
つまり、ここは安全だ。
久しぶりに焚き火をして、グリフォンの肉でバーベキューをする。
最後に倒したのが子連れのグリフォンだったので、子供の方をいただく。
どんな生き物だって、子供の方が柔らかくてうまいのだ。
仔牛のステーキ、なんて料理もあるしな。
もうすぐ子供が産まれる身としては、少々心苦しいような気もする。
だが、生きるためだ。
人はエゴの生き物なのだ。
魔物の肉の調理法については、俺も少しは知識がある。
そのための調味料も持ってきた。
生憎とラプトルの肉はそれほど美味しくなかったが、
哺乳類と鳥類の間ぐらいのグリフォンなら、きっと美味しくできるはずだ、
調味料はすでに調合済みのものを使う。
コクリの実、アワズの種、乾燥させたアビの葉、これらを1:2:2の割合で混ぜ、すりつぶして粉状にする。
指についたものを舌で舐めるとピリリと辛い。
これを切り出した肉に満遍なくまぶし、よく馴染ませる。
その後に塩をまぶして、焼く。
表面に焼き色を付けた後、火を遠くして、もう少し焼く。
表面からじゅうじゅうと脂が垂れてきたら、オッケーだ。
やけどに気をつけて、かぶりつく。
仔グリフォンの肉は、柔らかくてジューシーだ。
ややクセのある味だが、それを調味料の辛味が消す。
ああ、もちろんそんな焼き方をすれば、中まで火は通らない。
だが問題はない。
表面をムシャリと食いちぎって生焼けの部分が見えたら、
また調味料をまぶして焼けばいいのだ。
「懐かしいですわね。ギースがこういう調味料をいつも隠し持っていましたわ」
「盗賊系の人は、結構こういうの持ってますよね」
エリスと別れてからの数年。
俺も冒険者としてそれなりにやってきた。
色んなパーティに混ぜてもらった。
パーティには必ず一人、こういう調味料を作り出す奴がいた
特に盗賊系に多かった。
事あるごとにそこらの樹木から実や葉をもぎ取り、貯めこんでおくのだ。
料理だけに使うわけではない。
こうした香りや味の強い香草や実を嫌がる魔物もいる。
いざという時に投げたり、虫よけに使ったりもするのだ。
粉状にしたものを、目潰しとして使う奴もいた。
「あなたの味付け、結構好みですわよ」
「そりゃどうも」
エリナリーゼはお行儀悪く、脂のついた指を舐める。
町中で飯を食う時には絶対にしない仕草だ。
エリナリーゼが指を舐めるのは、もっと別の時だ。
男を誘惑する時とか、そういう時だ。
「エリナリーゼさん、お行儀が悪いですよ」
「あら、ゼニスみたいな事をいいますのね」
「……母さんはそんな事を?」
「女の子なんだから、もっと色々気をつけてくださいよー、みたいな事、よく言ってましたわね。顔を真っ赤にして」
エリナリーゼが誰かの口調を真似て言う。
ゼニスのイメージとちょっと違う。
でもゼニスなのだろう。
彼女にも、俺の知らない時代があったという事だろう。
そのゼニスが今は……。
いや、やめよう。あまり不安を煽る考えはしない方がいい。
道中で不安になっても、ロクな事はない。
「やっぱり、エリナリーゼさんは当時からビッチな感じだったんですか?」
「ビッチって……まぁ、間違ってはいませんわね。
といっても、当時はみんな、夜は裸か下着でしたのよ?
ギレーヌなんてブラジャーの存在すら知らなかったんですのよ。
それを見るパウロの目のいやらしさったら、もう……」
あのギレーヌがそんな破廉恥な。
いや、あのギレーヌならそれも有り得るか。
そういうことには疎そうだったし。
そしてパウロめ……。
まぁ、わからんでもない。
獣族って奴はみんなデカメロンを実らせているしな。
「ああ、そういえば、ちょうどあなたぐらいの年頃でしたわね、初めて出会った時のゼニスは……」
「16歳ぐらい?」
「ええ、右も左もわからない小娘で、パウロにナンパされて連れて来られましたのよ」
エリナリーゼは懐かしそうに目を細めた。
そういえば、ギースやギレーヌもたまに、人物名を濁してこんな目をしていた。
懐かしい思い出なのだろう。
「父さん、エリナリーゼさんに何か謝りたいみたいな感じでしたけど、何があったか聞いても?」
「…………聞かない方がいいですわ」
エリナリーゼは顔をしかめた。
言いたくないらしい。
「あなたも、父親の痴情のもつれなんて、知りたくもないでしょう?」
「えぇ、聞きたくありません」
本当は聞きたい。
けど、言いたくなさそうなら聞かない方がいいだろう。
それが空気を読むって事だ。
にしても、やっぱり痴情のもつれか。
ギレーヌとも肉体関係があったようだし、
やっぱりエリナリーゼとも肉体関係があったのだろうか。
で、ゼニスの妊娠でパーティ解散。
どんな愛憎劇があったのか、なんとなく想像がつくな。
「ラパンについたら、きっと土下座してくれますよ」
「…………何を言っても許しませんわ」
エリナリーゼは顔をしかめている。
よほどの事があったのだろうか。
パウロ。
あいつはどうしようもない奴だ。
どうしようもない奴だから、俺が助けてやらんとな。
どうしようもない仲間として、助けあっていかないとな。
いざとなったら、俺の方からもエリナリーゼに頭を下げて許してもらおう。
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7日目。
グリフォンと戦いつつ北へと移動していく。
岩棚も広い。
棚と表現したが、山に近いかもしれない。
高低差こそ無いものの、視界は良くない。
でかい岩がゴロゴロと転がっているからだ。
そんな場所を歩いていると、時折開けた場所がある。
大抵は、そこでグリフォンに襲撃される。
撃退しつつ、先に進む。
「お」
と、ある時点で岩棚が途切れた。
「ようやく、ですわね」
崖の下。
砂漠ではない。
若干ながらも木が生えている。
草の少ないサバンナのような土地が広がっているのだ。
やや遠く、おぼろげながらあるものが見えた。
大きな湖。
その周辺の、白い布の屋根。
バザールだ。