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無職転生 - 異世界行ったら本気だす -  作者: 理不尽な孫の手
第11章 青少年期 妹編
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第百六話「兄貴の気持ち」

 シルフィと一緒に学校に登校してきた時、

 俺はノルンの引きこもりを知った。


 教えてくれたのはリニアとプルセナだ。

 彼女らは朝一番、校門の前で待っていた。

 そこで昨日一日ノルンが寮の自室に閉じこもって出てこない、と教えてくれた。


「……ボク、見てくる!」


 それを聞いた途端、シルフィは女子寮に向かって走り出した。


 俺はというと、動きを止めた。

 そのままシルフィについていけばいいのに。

 「ノルンが引きこもった」という事実を前に、テンパってしまった。


 俺にとって、引きこもるとは、それだけ重い意味を持っていた。


「ボス……行かなくていいのか?」

「ほうっておくの?」


 俺は呆然としていた。

 どうすべきか。何をすべきか。

 わからなかった。


 自分の時は、引きこもったら出てこなかった。

 なぜか。

 外には、敵が多かったからだ。

 学校にいけば、またいじめられると考えたからだ。


 そう。

 いじめだ。

 引きこもりを外に出しても、いやな目にあうだけだ。

 なら俺がすべきは、原因の排除だ。

 ノルンに会うより前に、ノルンが引きこもった理由をなくすのだ。

 咄嗟にそう考えた。


 理由。

 真っ先に思いついたのが、イジメである。


 自分の記憶がまざまざと思い浮かぶ。

 高校の食堂。

 5分ほど並んで、ようやく自分の順番がきたと思ったら、

 いきなり前に割り込んできた、強面の不良たち。

 俺はくだらない正義感をもって、彼らを注意した。

 はぁ? しらねぇよ、としらばっくれる不良ども。

 俺は声を大にして、周囲の人々に聞こえるように、彼らの行いを喧伝した。

 チラチラとこちらを見てくる周囲。

 俺は得意げになって、自分の正義を主張した。


 そして、ボコボコにされた。

 二度と立ち上がれないぐらいに打ちのめされた。

 ちょっとした出来事で、日常生活は地獄に変わる。


 ノルンがもし、同じ地獄を味わっているというのなら、

 俺はそこから救い出してやりたい。

 不良どもをぶちのめして、居場所を作ってやりたいと思う。


 不良の保護者が出てきたら戦おう。

 貴族や王族だろうがかまうものか。

 全力で抗ってやる。

 俺を本気にさせたことを後悔させてやる。


 たとえ、ノルンの行いや言動が発端だったとしても。

 世の中にはやっていいことと、悪いことがあるのだ。


 ノルンは俺の妹だ。

 俺の事が嫌いで、アイシャの事が嫌いで、

 そして今の状況が全部気に食わないと思っていても。

 俺の妹だ。


 兄貴というものは、弟や妹を守らないといけないのだ。

 見捨ててはいけないのだ。



---



 俺は、リニアとプルセナを引き連れ、一年生の教室へと向かった。

 一人でも良かったが、俺は自分の風貌には自信がない。

 リニアとプルセナが一緒なら、ナメられる事もないだろう。


「ボス……」

「リニア、やめるの、なんか本気で怒ってるの、怖いの」


 二人は、俺の行動に関して、少々疑問を持っているようだ。

 わからないでもない。

 俺だって、自分がみっともない行動をしている自覚はある。

 付き合わされる方の情けない気持ちもわからないでもない。


 だが、今の俺はモンスターペアレントだ。

 恥は掻き捨てる。


 一年の教室、ノルンの通う部屋にたどり着いた。

 すでにホームルームは始まっているようだ。


「失礼します」


 俺は扉を開け、堂々と中へと入る。


「る、ルーデウス……さん。今は授業中で」

「少々、お時間を拝借します。いいですね」

「しかし」

「いいですね」


 俺は教師を押しのけて、教壇に立った。

 教室内を見回す。

 どいつもこいつもきょとんとした顔をしている。

 この中にノルンをいたぶった奴がいるのだ。

 殴ったり、蹴ったりしたのか。

 もしかすると言葉の暴力かもしれない。

 こちらに来て、家族ともうまくいってないノルンに声のナイフを浴びせかけ、八つ裂きにしたのだ。


「皆さんご存知かと思いますが、先日この教室の一名が不登校になりました」

「……」

「皆さんご存知かどうかはわかりませんが、僕の妹です」


 教室内がざわめいた。


「まだ妹から事情は聞いていませんが、

 不登校になる理由というのは、それほど多くはありません。

 学校に行きたくなくなるような理由。

 それを作った人が、この中にいる。

 僕はそう思っています」


 俺は教室の中を見渡して言う。

 俺と目があって、何人かが目を伏せた。

 ちょっと強面で、まだ一年だというのに制服を着崩している。

 怪しい。あいつらかもしれん。

 ていうか、あれ、もしかして一号生筆頭じゃないのか。

 名前は思い出せないが。

 まさかあいつらが……。

 いや、まだそうと決め付けるのは早計だ。


「そうした方に、多くは望みません。

 もしかすると、遊びのつもりだったり、

 妹と仲良くしようとして、つい変な流れになってしまったのかもしれない。

 きっとうちの妹にも悪い所はあったのでしょう」


 教室中に目を光らせる。

 どいつだ、どいつが酷いことをしたのだ。

 あいつか? あの貴族のボンボンみたいな感じか?

 それともあっちか、魔族の悪そうな奴か。

 いや、ああいう普通そうな女子の方が怪しい。

 イジメは一見普通そうな子が行うからな。


「出来れば、名乗り出てください。

 決して怒ったりはしません。

 ただ、妹が傷ついたことを理解し、謝罪をして欲しいのです」


 名乗り出た瞬間にバラバラにしてやる。

 この中には、ノルンと同じぐらいの年の子もいる。

 だが年上も多い。

 何人かは、十代後半だ。

 見てみぬふりをしたのか、それとも参加したのか。

 十歳の子供相手にやることか。


「……」


 誰も何もいわない。

 あっけに取られて、俺を見ているだけだ。


「あ、あの……」


 一人の女子が、おずおずと手を上げる。

 俺は即座にそいつに岩砲弾をぶち込もうとして、やめた。

 気弱そうな女の子だった。

 年齢は十三歳ぐらい。狸系の獣族だ。

 ショートボブで、どんくさそうで、丸っこくて。

 なんというか、イジメられる側の人間だ。


「こ、この間、あたし、ノルンちゃんと、ちょっと話してて……」

「つい、酷いことを言ってしまった、と?」


 ただの口喧嘩であるなら、しょうがないかもしれない。


「い、いえ、その、私、ルーデウスさんのこと知ってて。

 でも、ノルンちゃんは普通の子で。

 だから、お兄さんとは違うね、って言ったら、すっごく怒って……」


 怒った?

 俺と違うといわれて、ノルンが?

 どういうことだ。


「あ」


 ふと、脇にいた教師が声を上げた。

 俺がそちらを向く。

 年増の女教師だ。

 まさか、こいつが何か言ったんじゃあるまいな。

 イジメというものは、子供だけで行われるわけではない。

 教師主導で行われている可能性もあるのだ。


「何か思い出しましたか、先生」

「先日、ノルンさんに一つの宿題を出したのですが……」

「宿題を大量に出して、やりきれなかったから裸に剥いて職員室に立たせたと?」

「ま、まさか! ただ、少々出来が悪かったので、

 お兄さんを見習って、もう少し勉強しなさい、と」

「……」

「そしたら、泣きそうな顔になって、頑張りますと」


 あれ?

 今度は泣きそうな顔?


「そういえば、俺も……」


 教師を皮切りに、教室内の数名が、口々に声を上げ始めた。



---



 教室から移動し、食堂へとやってきた。

 この時間、食堂は閑散としている。

 俺は席について、テーブルに突っ伏した。



 少々打ちのめされていた。


 俺のせいだった。

 ノルンは俺と比べられたり、引き合いに出された時だけ、感情をあらわにしたそうだ。


 教室内の生徒たちは、俺とノルンが兄妹であることに気づいていたのだ。

 そりゃそうか。

 アイシャと違い、俺とノルンは父も母もいっしょだ。

 顔立ちも結構似ている。


 そして、ノルンは俺と一緒にされることを、嫌がった。

 比べられる事はもちろん、俺の名前を出してほめられる事も、嫌がったそうだ。


 ああ、もちろん、彼らは悪くない。

 少なくとも。悪気があって比較したわけではない。

 中には、親しみを込めて言ったものもあっただろう。

 あの悪名高い番長とは違うね、と。


 ただ、俺はこの学校では有名だ。

 有名という事は、それだけ引き合いにも出されやすい。


 けど、ノルンにとっては、きつかったかもしれない。

 彼女は前の学校でも、アイシャと常に比べられてきた。

 常に下に思われて、ストレスの溜まる生活も送ってきたのだろう。


 新しい学校で、寮生活を始めて。

 ようやくアイシャと離れられた。


 と、思ったら今度は俺と比べられる。

 どこに行っても、自分は兄妹の中で一番下の味噌っかすだと突きつけられる。

 苦しいだろうな。

 

 挙句、例のパンツ事件だ。

 一年生の中には、あれで心に大きな傷を負った者はいない。

 アリエルのフォローのおかげで、一応は笑い話で済んだ。

 脱ぐことを強要した、とは聞いていたものの、

 実際はさほど凄惨な場面ではなく、リニアとパンツを交換する、ほほえましい光景だったそうだ。

 それを脇から見ていた奴がカツアゲの現場だと思い、アリエルに通報しただけの話のようだ。

 そっちのフォローはアリエルに任せている。

 なんとかしてくれるだろう。


 とはいえ、ノルンは言い様のないショックを受けたはずだ。

 あんな変態より、自分は下なのだ、と。


「はぁ……」


 俺は、何をやってるんだろうな。

 一人ではやとちって、教室まで行って。

 あんなことをして。

 何がモンスターペアレントだ。

 ただの馬鹿じゃないか。


「二人とも。今日はありがとう。なんか俺、馬鹿みたいだったな」


 とりあえず、二人に礼を言った。

 馬鹿の片棒をつがせてしまった。

 無駄なことをさせてしまった。


「妹のために動くのは馬鹿じゃニャいぞ」

「でもちょっと意外だったの。見直したの」


 俺はコップを作り、水を入れる。

 飲む。

 何の味もしない。

 だが、一息ついた。


「ニャあ、ボス。これからどうするんだ?」

「どうもこうもないでしょう。俺のせいで引きこもったのですから」


 引きこもった。

 そう、引きこもったのだ。

 日数は一日だが。

 引きこもってしまったのだ。


「無理やりにでも授業を受けさせるの」

「そうニャ」

「部屋から出てこないとアホになるの」

「そうニャ、そうニャ」

「リニアみたいなアホになるの」

「プルセナの言うとおりニャ……ニャ!?」


 こいつらの漫才に付き合う気にはならない。


 引きこもりの難しさは、よく知っているつもりだ。

 誰も、好き好んで部屋から出てこないわけではない。

 出てこないのは、出てこないなりの理由があるのだ。

 無理に外に連れ出しても、何の解決にもならない。

 事態が悪化するだけだ。


 かといって、引きこもらせたままもよくない。

 確実に後悔する。

 一ヶ月でも二ヶ月でも、何もしなかった時間は後に響く。

 俺が言うんだから間違いない。


 ただ、それを説明してもわかるまい。

 あの頃に戻れればなんてのは、後悔するまで引きこもったからこそ出てくる言葉だ。

 一年、十年と引きこもらなければ、後悔は生まれない。

 そして、後悔が生まれたときには、もう遅いのだ。


 だから親はみんな、子供に努力させようとしているのだ。

 大なり小なり、後悔しているから。


「兄妹で、一番能力が低くて、そのことを他の人にあれこれ言われたら、どうすればいいんでしょうね」


 そう聞くと二人は顔を見合わせて、肩をすくめた。


「……あちしは馬鹿じゃないからよくわからニャいニャ」

「私たちはそこそこできている方なの」


 たしか、こいつらは馬鹿で種族を率いる器じゃないから、ここに送り込まれたのだったか。

 族長に相応しくなるように勉強してこいと。


 馬鹿でも、これぐらい楽天的なら、別に問題はないのか。

 けれど、ノルンはもっとナイーブだ。

 一緒にされては困る。


「あ、でも、一つだけ例があるニャ」


 リニアは自慢げに一つの名前を出した。


「ギレーヌ叔母さんは、何をやらせてもうまく出来ない乱暴者だったけど、剣術を始めたら剣王になったニャ」

「あー……なるほど」


 ギレーヌは少し例外だろうが。

 しかし、思いもよらない才能というのはあるかもしれない。


 大体、俺やアイシャと同じ事をする必要はないのだ。

 比べられたくないのなら、比べようのない事をすればいい。

 それが何かは思いつかないが。

 しかし、この世は広い。

 魔術でも、剣術でもない、何か見つかるだろう。


 もしかすると、本当にやりたい事の才能はないかもしれない。

 ザノバのように。

 しかし、それでもザノバは毎日が結構楽しそうだ。

 人形を作ったり、眺めたり、愛でたり、コレクションしたりする。

 それだけでいいのだ。

 幸せに暮らせれば、それで。


 しかし、それを言った所で納得するとも思えない。

 俺だったら、納得しない。


「とはいえ、何を話せばいいんでしょうね」

「難しく考える必要はニャい。ガツンと一言ニャ」

「そうなの。さっさと出てきて授業に参加しろ、ってだけなの」


 簡単に言ってくれる。

 いやだが、もしかすると。

 俺が難しく考えすぎているだけなのだろうか。

 思えば、ノルンはまだ十歳だ。

 今はちょっと癇癪を起こしているだけなのかもしれない。


 大体、引きこもりといったって、まだ1日で、今日で2日目だ。

 これぐらいなら、引きこもりというより、閉じこもりぐらいなのではないだろうか。

 ちょっと気分が落ち込んで閉じこもるぐらいは、誰でもあるだろう。


 話すべきではない。

 手出しするべきではない。

 その考えは、『逃げ』だったのではないだろうか。


 兄として出来る限り支援し、出来る限り快適に暮らしてもらう。

 それで良かったのではないだろうか。

 うっとおしいと思われるぐらいで、良かったのではないだろうか。


 中学生、高校生ならともかく、ノルンはまだ小学三年生ぐらいなのだから。


「よし、会いに行きましょう」


 気づけば、そう決めていた。


「それがいいニャ」

「頬を一発パシンと叩けばすぐなの」


 俺が言って、いう事を聞いてくれるだろうか。

 原因は俺なのだ。

 俺が何かを言って、聞くとも思えない。

 いや、考えるまい、今はとにかく、会って何かを話さなければ。


「会えるでしょうか」


 ノルンがいるのは女子寮だ。

 寮の前の道は歩けても、中までは入れさせてもらえないかもしれない。


「こっちから無理やりいくニャ」

「潜入するの。手引きは任せるの」


 リニアとプルセナが、大きな胸をドンと叩いた。



---



 潜入。

 といっても、そう難しくはない。

 こちらには味方も多い。

 シルフィやアリエル王女もいる。


 アリエルは現状を話すと、快く味方に付いてくれた。

 とはいえ、ゴリアーデ他、女子寮自警団の皆様はこちらの事情を汲んでくれそうもないので、こっそりと潜入する運びとなった。


 工作員はリニア、プルセナ、シルフィの三人だ。



 シルフィはしょんぼりしていた。


「ごめん、寮でのノルンちゃんの事は任せてって言ったのに……話を聞いてもらえなくて……」

「いや、シルフィは悪くないよ、大体俺のせいだった」


 俺はシルフィに、何があったのかを説明した。

 ノルンが誰のせいで引きこもってしまったのかを。

 シルフィは暗い顔をしつつ、首をふる。


「ルディは、悪くないよ」

「でも、俺が……」


 俺が……俺が……。

 いや、俺は何もしていないのだが。

 何をすればよかったのかも、わかっていないのだが。


 けれど、俺が何とかしなければならないのだ。



---



 夜。

 食事時を狙い、俺は女子寮へと移動する。

 現在、女子の大半は食堂へと移動している。

 食堂ではアリエルが演説している。

 それを聞くべく、食堂には人が集まっている。

 しかし、全員ではない。

 食堂に全員は入りきれないからな。


 とはいえ、一階に巣食う自警団の皆様は積極的に参加するよう、何か策を打ったようだ。

 俺は、出来る限り隠密に定められた窓の下へと移動する。

 窓枠には、一輪の花が飾られている。

 俺はそれを目当てに移動し、下から小石を投げる。

 小石が窓枠に当たると、すぐに窓が開いた。

 俺は土魔術『土槍』を使い、己の体をエレベート。すばやく中へと侵入した。

 同時に、土槍を解いて、地面を平らに戻しておく。



 部屋の中に入ったとたん、濃厚な獣くささが鼻についた。

 獣くさいのだが、しかしあまり嫌な感じはしない。

 というのは、獣とはいえ思春期の女の子の匂いだからだろうか。

 生物というのは、自分の子供を作れる相手の匂いには、寛容に出来ているらしいし。


「ご苦労」

「ようこそニャ」


 出迎えはリニアだった。

 彼女は暗がりの中、目をランランと輝かせていた。

 猫の目だ。


 周囲を見渡す。

 基本的には、どこの間取りも一緒だ。

 二段ベッドに、机と椅子、クローゼット。

 暗いのでよくわからないが、少々散らかっているようにも見える。


「あんまりジロジロ見ないで欲しいニャ、恥ずかしいから」

「失礼」


 暗い中、やや手探りで出口を目指す。

 手に何かふれた。

 結構やわらかい素材だ。


「あ、それプルセナのブラだニャ」

「……」


 プルセナはこのサイズなのか。

 でかいな。


「むふ、もって行ってもいいニャよ?」

「よくないだろ」


 俺はプルセナのブラジャーを投げ捨てた。

 普段なら、口元に当てて思い切り吸い込むぐらいはするだろうが、今はそんなことをしている暇はない。


 リニアが扉を内側からノックする。

 ノックが帰ってくる。


「オッケーなの」


 その言葉と同時に飛び出し、目の前に用意されていたカートの中へと飛び込んだ。

 洗濯物を運ぶためのカートだ。

 そこに詰まっていたシーツにもぐりこむ。


 匂いでわかった。

 シルフィの使っていたシーツだ。

 体を完全に隠すためだろう、毛布やシャツも下のほうに詰まっていた。

 全てシルフィのものだ。


 しかし、不思議と興奮は沸いてこない。

 今はノルンだ。

 ノルンは今、辛い思いをしている。

 引きこもり、閉じこもり、一人でいる。

 俺は彼女を救ってやらなければならない。

 兄貴として。


「よし、行くニャ」


 カートが動き出す。

 俺はその間、ノルンの事を考える。

 子供の癇癪ならいい。

 でも、もし、もっと根強いものだったら。


 俺はどうにかできるだろうか。

 少なくとも、俺は兄貴たちに追い出されるまで、家から出なかった。

 俺が兄貴や親の立場だったとして。

 俺は俺を部屋から出す方法を思いつけない。


「ついたニャ」


 考えがまとまらないまま、

 カートは目的地に到着した。


 ノルンの部屋に。



---




 部屋に入る。


 暗い。

 明かりがついていない。

 俺は部屋の隅に備え付けられたロウソクに火をともす。


 薄暗い明かりに照らされ、一人の少女がベッドで足を抱えて座っていた。

 暗がりの中、二つの目が浮かび上がっている。

 ノルンは座ったまま、じっとこちらを見ていた。


「……」


 俺は慎重に歩き、椅子に座った。


 こういう時、何を言えばいいのだろうか。

 俺は、なんと言ってもらいたかったのだろうか。

 思い出せない。


 言おうと思っていた事は、全て吹き飛んでいた。


 思い出せるのは、言われて嫌だった事だけだ。

 安易なことだけは、言われたくなかった。


 少なくとも、頭ごなしに何かを言うのは厳禁だ。

 『学校に行きなさい』。

 『誰が金を出してると思ってるんだ』。

 『他の人に迷惑を掛けるんじゃない』。

 この辺は、逆効果だ。


 リニアやプルセナの言うとおり、一発ガツンと殴りつけるのもいいかもしれない。

 ノルンは十歳だから、それで俺の言うことを聞くかもしれない。

 けれど、それは解決とは程遠い。

 きっと、近い将来、また似たようなことが起こる。

 そのときは、ノルンはより意固地になっているだろう。


 大体、引きこもりの原因は俺のせいだ。

 俺がどの面をさげてそんな事をいえようか。

 偉そうな顔で殴ったりできようか。


 なら、やはりまずは謝るべきだろうか。

 しかし謝った所で、何が解決するというのか。

 俺の噂は消えないし、やっぱりノルンは俺と比べられる。


「ノルン」

「兄さん」


 声が被った。

 俺はノルンの言葉を聴くべく、口をつぐんで押し黙る。

 ノルンもノルンで、口をつぐんでしまった。

 千載一遇のチャンスを逃した気がした。


 俺は、自分から口を開くことにした。


「ノルン。ごめんな。お前、こっちに来てから、つらいだろ?」


 ノルンは何も言わない。


「せっかく新しい学校なのに、俺のせいで、こんな事になって。なんていえばいいか……」


 ノルンは何も、言わない。


「俺さ、お前のこと、よくわかんなくてさ……」


 ノルンは、何も、言わない。


 俺は、他に何も言えることがなかった。

 道中あれこれ考えたのに。

 大体、俺はノルンの事を何一つ知らないのだ。

 遠ざけて、触れないようにして、知ろうとしてこなかったのだ。


「……こんな事になっても、どうすればいいのかわからないんだ」


 ノルンは押し黙っている。

 何を考えているのか、わからない。

 俺の言葉を聴いたのかどうかさえも、わからない。


 やはり、ダメなのだろうか。

 パウロが戻ってくるまで、放置しておくしかないのだろうか。


 うん。

 そうだな。

 ここは一度引いて、色んな奴に相談してみるべきだ。

 ナナホシも、年頃の女の子の思考についてなら、わかるだろうし。

 エリナリーゼなら、うまいこと連れ出してくれるかもしれない。

 何も、俺が一人で抱え込んで解決する必要はないんだ。


「……あ」


 ふと、昔の事を思い出した。

 俺が引きこもった時、兄貴が俺の部屋に来たのを思い出した。

 あの時、兄貴は俺に向かい、あれこれと正論をぶった。

 俺は、それに心の中で唾を吐いた。

 何も言い返すことなく、徹底的に無視した。


 兄貴はそれでも、しばらくは俺の傍にいた。

 俺をじっと見て、何かを言いたげな目で俺を見ていた。

 俺は、こんな奴に俺の気持ちはわからないと、最後まで突っぱねた。



 ……これが、あの時の兄貴の気持ちか。



 無反応な俺に、押し黙る兄貴。

 兄貴は、何時間かそうしていたが、やがて俺の前から去った。

 それ以後、兄貴が俺に接触してくる事はなかった。

 あのあと、兄貴が何を考えたかはわからない。


 ただ、兄貴は来なかったが、色んな奴がきた。

 もしかすると、あれは、兄貴の手引きだったのではないだろうか。

 結局、俺はそいつらの話なんて、聞かなかった。


 ……多分。

 ここで引いたら、もう戻ってこられない。

 ノルンも、引きこもったままになってしまう。

 立ち去ってはだめだ。



 俺は薄明かりの中、ノルンをじっと見つめていた。

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