754話 空白
不安な気持ちをぐっと抑えて、用意をしていたふぁっくすの紙を片付ける。
返事を書くつもりだったのに、無駄になっちゃったな。
あれ?
このふぁっくすの紙は、無料で貰ってきた。
それは、ふぁっくすを送る代金に含まれているから。
でも、ふぁっくすは送らなくなった。
ふぁっくすの紙は、返すのかな?
それとも、紙代を支払うのかな?
どっちにしても、自警団に行かないと駄目だよね。
どうするのか聞こうと、お父さんに視線を向けて少し戸惑ってしまう。
お父さんが、送られて来たふぁっくすを睨むように見つめていたから。
お父さんの手には2枚のふぁっくす。
おそらくラットルアさんから送られて来たふぁっくすだと思う。
さっき読んだ、ふぁっくすの内容を思い出す。
特に、お父さんが睨み付けるような事は書かれては、いなかったと思う。
少し、ラットルアさんがジナルさんの事を気にしているのは気になったけど。
でも、それだけだったと思う。
「お父さん? どうしたの?」
不安な気持ちになりながら、声を掛ける。
私の声にハッとした表情を見せたお父さんは、私を見て少し困った表情になった。
知らないふりをした方が良かったのだろうか?
でも、何かあるなら話して欲しい。
「何か、書かれてあるの?」
もしかしたら、私が気付かない何かがそのふぁっくすに書かれていたのかもしれない。
それもお父さんが読んで、怒るような内容だったとか?
「その……もしかしてと思った事があってな」
もしかして?
「このラットルアからのふぁっくす、少し違和感を覚えないか?」
違和感?
それってもしかしたら、
「ラットルアさんがジナルさんの事を気にしている事?」
それぐらいしか、思いつかない。
「そう。異様にジナルの名前を出しているだろう?」
「うん。なぜか凄く心配されているから、『ジナルさんは問題ないです』って、ふぁっくすに書くつもりだった」
「そうか。でもこの書き方は、彼がある意図をもって書いたんだと思うんだ。おそらく『ジナル』という人物の事に、意識を向けさせるために」
それはラットルアさんが、ジナルさんの事で何かを伝えようとしているという事?
ジナルさんには、これまで随分と助けられてきた。
ソラだって、ジナルさんは大丈夫だって判断している。
だから安心していたんだけど、違ったの?
「それで、もしかしてと思ったんだ。実は、ジナルから預かっている物があるんだ」
ジナルさんから預かっている物?
「ある薬剤なんだが。ジナル達が属している組織で、上層部と彼らの直属の部下にしか伝わっていない物だと聞いている」
そんな重要な物を、ジナルさんはお父さんに渡したの?
「ある草の汁を煮詰めて、そこに花粉を混ぜて作るらしい。どんな草や花を使っているのかは全て秘密。その配合も、作り方もだ。ジナルも知らないと言っていた」
お父さんは、マジックバッグからマジックボックスを出すと、そこから1本の小瓶を取り出した。
「さっき話した草と花で作った物を2本に小分けして、その内の1本に木の実の粉末を足す。木の実の粉末が足されたのが、これだ」
テーブルに置かれた瓶を手に取ってみる。
中身は、透明で少しとろみがついた液体が入っていた。
「木の実の粉末を入れた事で、同じ配合の薬剤で書かれた文字にだけ反応するそうだ」
んっ?
同じ配合の薬剤?
「そして、この瓶の中にある薬剤が反応を示す薬剤は、ジナルしか持っていない」
ジナルさんから、貰ったのだったらそうなるよね。
あれ?
ラットルアさんからの、ふぁっくすを見る。
異様にジナルさんの事を、気にする内容。
2枚目を見ると、下の方がかなり広く空白になっている。
「もしかして、このふぁっくすに文字が隠れているの? あっでも、その薬剤は使えないよ。だってこのふぁっくすは、マジックアイテムで複写された物でしょう? その薬剤を使うなら、元になったふぁっくすの紙が必要だと思うんだけど」
「そう、俺もそれを受け取った時に言ったんだけど、使えるそうだ。複写するマジックアイテムは、全てを複写するそうだ。目に見えない薬剤で書かれた文字の性質もそのままに。それを可能にするのが、ふぁっくすの紙。だから、ふぁっくすの紙は指定されているらしい。この事は、ジナルが属している組織でも、ごく数人にしか伝えられていないそうだ」
「そんな事を、私が聞いても良かったの?」
「あぁ、この薬剤を使う時に、話していいと言われている」
「そうなんだ」
お父さんが、マジックバッグから小さなコンロを取り出す。
それに小鍋を用意して、水を出して沸騰させる。
沸騰させたお湯に、瓶から数滴の薬剤を落とす。
しばらくすると、蒸気が出て来た。
「この煙に、ふぁっくすの紙を当てるそうだ」
お父さんが、ラットルアさんから受け取ったふぁっくすの紙を、蒸気の上に持ってくる。
お父さんの思い過ごしであってほしい。
「あっ」
空白だった部分に、緑色の文字が浮かび上がってくる。
何が書かれているのかは、まだ分からない。
でも、隠さなければならない内容なのだ。
きっと、いい話ではない。
お父さんが、少し濡れたふぁっくすの紙を乾かすと、テーブルに置いた。
ギュッと両手を握り締めて、ふぁっくすの内容に目を通す。
『ジナルだ。今、ラットルア達と一緒にいる。簡潔に書く。教会の奴らが、元ラトミ村の者達と接触した。奴らは逃げ出した少女について調べている。奴隷に落ちた者にも接触した事が判明。ラトミ村にいた死んだ神父についても調べているようだ。アイビーが見つかる可能性大。下手に動くと目立つ。そちらに向かうから待機。知っている仲間が1人先に行く』
読み終わってから、ゆっくり息を吐く。
死んだ神父については知らないけど、見つかるかもしれないそうだ。
どうして私を探しているのか分からない。
でもきっと、いい事じゃない。
「アイビー、大丈夫か?」
「うん。大丈夫」
お父さんの手が、ギュッと私の手を握る。
それで、自分が震えている事に気付いた。
「大丈夫」
何度も、何度も言葉にする。
「あっ」
気付いたらお父さんに、ギュッと包まれていた。
ぽんぽんと優しく背中を叩く手に、ギュッと目を閉じる。
大丈夫。
皆が助けてくれる。
でも、それで皆に何かあったらどうしたらいいんだろう?
もしも、大怪我を負ったら?
教会の事は、いろいろと聞いてきた。
だから、彼等が目的の為だったら、どんな事でもすると知っている。
もしも、そのせいで誰かが死んでしまったら?
「アイビー。守られる事に疑問を持つことはない。これは、大人が解決しないと駄目な事なんだ。アイビーは、巻き込まれただけだからな」
「お父さん?」
「だから、守られる事に怯える必要は無い」
「でも、誰かが死んだら?」
「教会の奴らと戦うと決めた以上、それは覚悟の上だ。アイビーが背負う必要は無い。まぁ、こう言っても、気にするんだろうけどな」
お父さんの言葉に頷く。
もしもラットルアさん達が、死んでしまったら?
「アイビー。皆で捨て場に行こうか」
……えっ?
パッと顔を上げてお父さんを見る。
どうして、今?
「あぁ、もちろん。許可が下りてからな。それで、ソラ達にお願いしよう。もしもの時に、命を守るポーションを作ってくださいって。それもいっぱい」
「あっ、ポーション」
そうだ。
ソラ達のポーションがあったら、酷い怪我をしても助けられる。
でも、ソラ達は――
「ぷっぷぷ~」
「てっりゅりゅ~」
「ぺふっ」
えっ?
鳴き声に視線を向けると、皆が足元に集まって私を見ていた。
「皆、ポーションをつくって欲しいんだが、お願いしていいか?」
お父さんの言葉に、ソラ達が当然とばかりに飛び跳ねながら鳴く。
「ぷっぷぷ~」
「てっりゅりゅ~」
「ぺふっ」
お父さんの手が優しく私の肩を叩く。
「ソラ、フレム、ソル。ありがとう」
皆にお礼を言っていると、腰にスルッと何かが触れた。
見ると、アダンダラの姿に戻ったシエルが腰のあたりに顔を擦りつけていた。
「にゃうん」
シエルの鳴き声に、笑みが浮かぶ。
そうだ。
震えていたって問題は解決しない。
だから、今の私に出来る準備をしよう。