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17.冒険者向け商品を売ってるよー! どうよ、買ってかないかーい!

 午前八時を迎え、露店販売が始まってしばらく。

 時が経つにつれて徐々に人通りは増えていき、さまざまな人たちが市場へ繰り出してきていた。 


 露店を開くことの一番の利点が、これだ。

 決まった場所に店舗を構えているだけなら、初めからそこに興味を持ってやってきたお客さんしか相手にできない。

 だけどこの目まぐるしい往来の中であれば、不特定多数の人を相手に大々的に商品を宣伝できる。

 もちろん、そういった無関心な人たちを振り向かせるには、商品そのものの魅力も重要になってはくるけど……。

 わかりやすく魅力を伝えて購買意欲を掻き立てることさえできれば、ただ店舗を構えているだけだったなら出会うことのなかったであろうお客さんに、私たちのお店を知ってもらえる。


「タマです! こちら今だけ大特価、です! 当店自慢の特製ポーションです!」

「おい兄ちゃん! 安いよ安いよ! せっかく市場に来たんだから見てかねーと損だぜぇ!」

「うちの野菜は新鮮だからうまいよぉ! お買い得でぇっす!」

「冒険者向け商品を売ってるよー! どうよ、買ってかないかーい!」


 市場という広大な舞台で繰り広げられる客寄せ合戦は、段々と騒々しさを増していく。

 私たちもその中に混じって、自分たちの店の商品を売り込もうと声を張り上げていたのだが……。


「……なかなか足を止めてもらえないね」

「そうですね……」

「通る人も皆、私たちより向こうのお店に興味が湧いちゃってるみたいだし……」


 チラリ、と横目である露店の列に目を向ける。

 看板に『本日大安売り! 当店自慢の特製ポーション!』と書かれた露店だ。

 エルフの女性と猫の獣人の二人組が販売を行っていて、エルフの女性が店頭の対応を、猫の獣人の子が客引きをしている。

 あちらの露店は開店したばかりだというのに、もうお客さんが大勢並んでいた。

 それだけあの特製ポーションというものが魅力的なのだろうか。


「あそこは『長猫耳(ながねこみみ)ポーション工房』ですね」

「あ、アルミアちゃん知ってるんだ。そういえばアルミアちゃん、私のお店に来る前にもいろんな錬金術店にインターンに行ってたんだっけ?」


 そしてそのたびに釜を爆発させてクビにされてしまったと聞いた。

 なので当然あのお店にもインターンに行ったことがあると思ったのだが、アルミアちゃんはふるふると首を左右に振った。


「いえ、『長猫耳ポーション工房』には行ってないんです。あそこは新規の店員を募集していないので……」


 本当は行ってみたかったのか、『長猫耳ポーション工房』の露店を見るアルミアちゃんの目はどことなくしょんぼりとしている。


「そうなんだ。じゃあ、やっぱり結構有名なお店なんだ?」

「はい。『長猫耳ポーション工房』は、王都でも指折りのポーション専門店です。なんでも、すごく効くけど作るのが難しいポーションを今までいくつも開発してきてるんだとか」

「開発? 新しい種類のポーションを生み出してるってこと? すごいね……」

「それだけじゃありません。あそこのポーションは品揃えも豊富で、全部品質が良くて……他の大手ポーション専門店と比べると店舗の規模は小さめですが、販売するポーションの種類と質で言えば王都でも一番と噂されてるんですよ」

「へぇー……」


 ポーションなんて基本は自分で作ってたし、ポーション専門店の世情なんて全然知らなかった。

 王都でも指折りの、ともすれば一番とも言えるほどのポーション専門店が、特価で特製ポーションを売り出している……。

 なるほど。あちらばかりにお客さんが流れていってしまう理由がわかった気がする。


「まさか『長猫耳ポーション工房』が露店を出してくるなんて……」

「この前来た時はいなかったもんね……」

「はい……自分たちのお店のことに必死で、他のお店の情報収集までできていませんでした。この場所にしたのは失敗だったかもしれません……」

「失敗……」


 失敗と聞いて頭を過ぎったのは、アルミアちゃんと出会ってからのこの一週間の日々だった。

 私のお店のために、アルミアちゃんは毎日頑張って露店の準備に取り組んでくれてて。

 そんなアルミアちゃんの真剣な横顔を眺めていると、自然と嬉しくなって、笑みが零れて、私も頑張ろうと思えた。


「……ううん! 失敗なんかじゃないよ!」

「え?」

「むしろ、あそこに負けないくらい良いお店だってアピールできるチャンスだよ!」

「で、でも……『長猫耳ポーション工房』は本当にすごいんです。あそこと比べられたら、私たちのお店なんか……」


 弱々しく俯くアルミアちゃんの手を、私は自分の両手でギュッと握りしめる。

 驚いて顔を上げたアルミアちゃんに、私は自信満々に胸を張って笑いかけた。


「だいじょーぶ! 安心してアルミアちゃん。私に良い考えがあるから!」

「良い考え、ですか?」

「うん! ちょっとだけ待っててね、アルミアちゃん」


 そう言い残すと、私は一旦自分の露店を飛び出す。


 この露店販売が始まる時、アルミアちゃんは言っていた。

 人事を尽くしたなら、後はもう天命を待つのみだって。

 私たちは確かに、やれるだけのことをやってきた。二人で話し合って、協力して、精一杯。

 それは絶対に失敗なんかじゃないんだって自信を持って言える。

 もしも今日、『長猫耳ポーション工房』と出店が重なることが運命で決まってたって言うなら……今この瞬間、私がやるべきことは……!


「すみませーん! その特製ポーションを二つ、いただけませんかー!」


 運よくお客さんの列が途切れたところで、私は『長猫耳ポーション工房』の露店へと駆け込んだ。

 店頭でお客さんの対応を行っていたエルフの女性は突如飛び込んできた私に一瞬面食らったように目を丸くしたが、私の顔を見るなりニコニコと顔を綻ばせた。


「わぁっ、可愛らしいお客さんですね~。二つですね、大丈夫ですよ~。ちょっと待っててくださいね~」


 エルフの女性がポーションを用意してくれている間に、私もポーションの値段を確認して代金を取り出しておく。

 そうして無事に取引が終わったところで、私は、ずいっとエルフの女性の方に身を乗り出した。


「ねえ! ここみたいにいっぱいお客さんを呼び込むには、いったいどうしたらいいかなっ?」

「え? お客さんを、ですか~……?」


 『長猫耳ポーション工房』の露店は人気だ。今こうしている間にも、後ろの方に再び列ができてきているのがわかる。

 こうして呼び止めるのが迷惑になるのはわかっていたが、これだけはどうしても聞いておかなきゃいけなかった。


 エルフの女性は突然の質問に困惑しつつも、「そうですね~」とのんびりした声で答えてくれる。


「呼び込みをするのは基本ですけど~……一番良いのは、実演販売かなって思いますよ~」

「実演販売……?」

「はい。実際に商品を使ってみせたり、お客さんに手に取ってもらって、その効果や使い心地を実感してもらうんです~」

「使い心地を……お代を取らずにってこと?」

「はいっ。もちろんそのぶんだけ費用はかかっちゃいますけど……お店というものは、その日その日で稼ぐことよりも、長期的な利益が見込めた方がいいですからね~」


 エルフの女性は得意げな顔で指をピンと立てた。


「お客さんへの直接的なアピールにもなりますし~……もし買ってもらえなかったとしても、そのお客さんの記憶には残りますからね~。また後日買いに来てもらえるかもしれませんし、別の誰かにその時のことをお話ししてくれることだってあるかもしれません。そうすれば口コミでお店のことが広まって、どんどん来ていただける人が増えますよね~?」

「おぉ……! な、なるほど!」

「かく言う私も、お店を初めたての頃はいろいろ工夫してましたから。商品に自信があるなら、やっぱりこれが一番だと思いますよ~」


 エルフの女性からの実体験を伴ったアドバイスに、私は感嘆の声を上げる。

 実演販売……確かにそれなら、今よりもずっとお客さんの目にも留まりやすくなる。

 なにより、これはお店の知名度や規模なんかに関係なく、私たちでもすぐにできることだ。

 さらに言えば私たちが露店販売をしている一番の目的である、知名度を広めるということにも合致している。


「ありがとう!」

「いえいえ〜。応援してますから、頑張ってくださいね〜」


 冷たく突っぱねてもよかったのに、ニコニコと快く教えてくれたエルフの女性にお礼を言うと、私は急いで自分の露店に駆け戻る。

 私が『長猫耳ポーション工房』に突撃するところを見ていたのか、お店で待っていたアルミアちゃんは少し目を丸くして、苦笑いしていた。

Commentary:長猫耳ポーション工房

ユグドラ王国の王都でも有数の、ポーション専門の錬金術店。

エルフの女性と獣人の少女の二人で経営しており、エルフの女性の方が店長である。

民間、冒険者問わず、さまざまな人に向けた多種多様なポーションの開発と販売を行っており、その確かな効能と値段のお手頃さも相まって非常に高い評判を獲得している。

ただし他の大手と比べると店舗の規模が小さいことが難点で、特に人気なポーション類は売り切れることも多い(冒険者向けのライフポーション等)。特定の集団に優先して販売する契約サービスもあるが、その契約の枠も常に埋まっているため、安定して入手することは困難である。

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