木曜日
今日だ。もう、今日しかない。
今日こそ、見に行くのだ。
クジラを。
幸いにして、2日連続で早く起きた。
財布の整理だとか、そういうことはせずに。
すぐ出発するのだ!
私は『ダグラス・ジェネルベフト、その人生とヴィジョン』のハードカバー版を手に取って、カバンに入れる。
机の上はレシートやポイントカードが並べられたままである。
そして昨日の晩は、結局その上からパソコンのキーボードをかぶせるように置いたのだった。
だがそれどころではない。
今日クジラを見に行こう。
私は財布の中に、強引に定期入れを突っ込む。
レシートやポイントカードがなくスカスカなので、余裕で入る。
そして、今日は。梅田からはJRだ。
JRで西に向かうのだ。
駅から歩く距離は、少しでも短いほうがいい。
そして電車の中では、久々にこの『ダグラス・ジェネルベフト、その人生とヴィジョン』を読み返すこととしよう。
4年前に邦訳が出たこの本は、ダグラス・ジェネルベフトの人生について最も詳細に書かれている本だ。
この本が出るまでのジェネルベフト関連の本は、ジェネルベフト型性格についての解説とジェネルベフト本人の人生を両方盛り込もうとして、いびつな構成になっているものが多かった。
この本は、性格類型についての解説をほぼ完全に排除し、ダグラス・ジェネルベフトの人生やインタビューの内容などを紹介することに徹したもので、ダグラス・ジェネルベフトを知るうえでの必読書とされている。
なんせ、ダグラス・ジェネルベフトの人生を知らなければ、ジェネルベフト型の性格を永遠に理解できないのだ。
ただしダグラス・ジェネルベフト本人は、自分の人生を知らなければジェネルベフト型の性格を理解できない、などとは一言も言っていない。
この本はまことに有用ではあるものの多数の誤りが指摘されており、改訂版を出すのかどうかが注目されていた。
そしてついに今年、満を持して改訂版が出るらしい。
単に誤りが修正されるだけではない。これまでは秘密のベールにつつまれていた、ダグラス・ジェネルベフトが誕生してからカリフォルニア州立大学に入学するまでの21年間について、独自取材に基づいて詳細に語られる予定とのことである。
もちろん、改訂版が出たとしても邦訳が出るまではタイムラグがある。
ただ、最近はジェネルベフト型性格についての関心が日本国内でも高まっているので、邦訳は意外に早く出る可能性もある。
私は家から地下鉄の駅に向かう途中で、しまった、と思う。
昨日はもっと早く目が覚めていたのに。
だが、今日のこの時間帯でも十分に早い。
クジラのことやダグラス・ジェネルベフトの人生のことがずっと頭の中をぐるぐる回っていたせいか、梅田からはJRで行くつもりだったのに、いつものクセであの長いエスカレーターを昇り始めてしまったことに気づく。
ふと、昇りきった先に私服姿のだりあがいるような気がして探してみるが、中高生らしき人は見当たらない。
そうだ。ついでなので、ジェネルベフトだと見せかけて別人だった、あの写真。
あの写真はどこから撮ったのか、今日、確かめてみよう。
私は、以前から目をつけていた手すりの前に立つ。
角度的には、この手すりの上に登らないとあのアングルにならないことは分かっていたのだ。
これも、いつかは確かめなければならないと思っていたことだ。
今だ。今やるのだ!
私はスマホを取り出してポケットに入れ、カバンを置く。
そして手すりに登る。
人は少ないので、ためらいはない。
そうだ。このアングルだ。
6年前、あのパキスタン人の旅行者は、ここから撮影したのだ。
正確には、友人に依頼しての、撮影。
もうすでに、ダグラス・ジェネルベフトが姿を消したあとの世界で。
「別テイク」のほうが、より分かりやすいかもしれない。
私はスマホで、パキスタン人のTwitterアカウントを表示させる。
そうだ。やはり間違いない。この手すりの上からだ。
あらためて写真を見比べてみる。ここで撮影された複数の写真の中でも、カメラ目線になっているものについてはあまりダグラス・ジェネルベフトには似ていない。
私が手すりの上に登ってスマホで撮影しようとしていると誤解したのか、エスカレーターに乗った年配の女性が睨んでくる。
せっかくだから一枚ぐらい撮影してもいいかもしれないと思ったが、やめておくことにする。私はスマホを手に持ったまま手すりから飛び降りる。
着地してから立ち上がろうとする時、ああそうか、手すりの上に登ったのではなくて、自撮り棒のようなものを使ったのかもしれないな、と気づく。
さて。
ずっとやろうと、思っていたこと。
あっけなく済ませることができた。
次は、クジラだ。
あらためて周辺で軽く探してみるが、まゆみはいない。
まあ、こんな早い時間帯に私が梅田にいるなんて、予測はしていないだろう。
あるいはもしかしたら、2日連続で休むつもりなのかも。
だが、今日はとにかくまず、早めに学校周辺に行こう。
寄り道をしてしまったが、JR大阪駅の改札に向かう。
JRの改札まで歩いていく途中、再び、しまったと思う。
それなりの距離があるから、もうあのまま阪急に乗ったほうがよかったのかもしれない。
歩きながらスマホで時刻表を確認しようとするが、思い直して、スマホをカバンに入れる。
もうここまで歩いてきてしまったら、JRの改札のほうが近い。
今日は、JRで行こう。
この時間帯なら、JR大阪駅の構内も人は少ない。
久々に大阪駅からJRで西に向かうと、高速道路が貫通したビルが目に飛び込んでくる。
おお、このビルの存在を。すっかり忘れていた。
この高速道路が貫通したビルを毎日見ることができるのは、JRのメリットではある。中1のころは毎日、このビルを見るのが楽しかった。
このビルも、毎日見ていると徐々に慣れてきてしまう。
でもこうして久々に見ると、とても新鮮だ。
ディティールが、記憶とは少し違っているようにも思えてくる。
私は高速道路が貫通したビルをじっくり堪能したあと、『ダグラス・ジェネルベフト、その人生とヴィジョン』をカバンから取り出す。
でも淀川を渡る途中で、文字通りの暗雲を目にする。
昨日はよく晴れていたから、油断していた。
もしかして雨だろうか。
天気が気になって本の内容に集中できない。
武庫川を越えたあたりで窓ガラスに水滴がつきはじめる。
そして学校の最寄り駅に着くころにはもう、土砂降り。
傘は持ってきていない。
私はしばらく駅のホームに立ち、山のほうを眺める。
クジラのいるあたり。
さて、どこで傘を買うのがベストか?
その1。
すぐ前のセブンイレブン。駅と一体化しているのでまったく濡れずにすむ。
その2。
あえてファミリーマート。品揃えが私好み。でも傘はどういうものが置いてたっけ。
その3。
さらに足を伸ばして、コープミニ。駅から少し遠いから、もし傘が置いていなかった時のリスクをどう考えるか。
いや、そういう問題ではない。
山の中で舗装されていない道に入ってからクジラの場所まで、それなりの距離がある。
この雨だと、山道はひどいぬかるみで、もうだめだ。
もっといろんな可能性を考えて、靴や着替えなんかも用意しておくべきだったのだ。
私は傘を買わず、とりあえず引き返すことにした。
梅田周辺のほうが、傘はよりどりみどりだろう。
雨がすぐ止む可能性もありそうではあるけど、このままこの駅にいても、徐々にうちの学校の生徒が登校してくる。
なんでJRの駅に私がいるのか、という話になるだろう。
私は改札を出ずに、また電車に乗る。
いつもの朝とは違って、学校の近くから東のほうへ向かう電車。
乗ってから、コープミニは数年前に閉店していたことを思い出す。
しばらくJRを利用していなかったから、閉店したことを忘れていた。
私はまゆみにスマホでメッセージを送る。
「生きてる?????
30分後くらいにはあのエスカレーター。
今日は学校どうすんの?」
それにしても、だ。
喜び勇んで家を飛び出した日に限って、こうなる。
途中の駅で快速電車に乗り換えようと思い、いったん電車を降りる。
降りてから、意外に並んでいる人が多いことに気づく。
私はまたもや、しまった、と思う。
もう、グダグダだ。
これでは、座れないかもしれないではないか。あのまま大阪駅まで普通電車で行ったほうがよかったか。
快速電車が来ると、それなりにすいていたことが分かる。
やっぱりそうか。この駅までは、すいてるんだな。
でもこの並んだ人たちがどうなるか。
電車のドアが開き、次々に席は埋まっていく。
2人席は先に埋まるが、ボックスシート的に向かい合う4人席で、窓際の席が一つ、空いている。
疲れたので座らせてもらおうか。
座ってから周囲を見ると、ちょうどこの車両には立っている人が誰もいない状態になったようだった。
ボックス的な4席は、4人ともこの駅で乗ってきた人だ。
通路側の2人は、スーツ姿の男性。
私の前の人は、知らない学校の制服。同じ高1くらいだろうか。
前の人は、発車するとすぐ文庫本を取り出して読み始めた。
私は深いためいきをつく。
朝の時間帯、この周辺は私にとっては行き先の場所。
だがもちろん、このあたりから出発して、通勤や通学で反対方向に向かう人もいるわけだ。
私は前の人の制服を見る。
見たことがあるような、気はする。
顔をチラっと見て、私は声をあげそうになる。
えっまさか。だりあ?
だりあが、いる?
いやでも、こんな髪型の時は見たことがない。
それに、少し身長が高いようにも見える。
いや、でももう、一年も会っていないのだ。
それより、その制服は。
まさか、別の高校に通っているのか?
前の人は私のほうをチラっと見て、またすぐに本に目を戻す。
えっ、無視した?
一年も経ったので、忘れたのだろうか?
あるいは、私の顔つきが変わっているのだろうか?
髪型はそんなに変わってはいないはずだ。
私がジロジロ見ていることに気づいたのか、もう一度私をチラっと見て、今度はしばらく、窓の外を見る。
そしてまた、本に目を戻す。
無視……じゃない? 私を知らない?
この人のカバンに、アクリルキーホルダーがついているのが目に入る。
有名アニメの何かだろうか、と思って見てみる。
そして私はまた、あっと声をあげそうになる。
そんなバカな。それは、ふぁむふぁむクンではないのか?
ふぁむふぁむクンが、アクキーになっている?
見間違いではない。確かにあの、ふぁむふぁむクンだ。
でも、ていねいに、そして鮮やかに着色されている。
そして明らかに、100円均一ショップで売られているような紙を入れられるタイプのキーホールダーではない。
ふぁむふぁむクンは、きちんと閉じ込められている。
そしてラメがバランスよく使われていて立体的だ。よくある大量生産のグッズのようなものでもない。
しかも、だりあの漫画には登場しない、別のキャラクターと一緒だ。
これは一体、どういうカップリングなのか?
しかもその、もう一方のキャラクターは。
それは、あの人の。
だちゅらさんの、イラストの。
私は窓の外を眺めているふりをして、視界の端で電車の揺れに合わせて動くアクリルキーホルダーに意識を集中させる。
そして考え続ける。
ふぁむふぁむクンと、もう一方のキャラクター。
タッチが微妙に違う。
それは、2人の、合作なのか?
そうなのか。そういうことなのか。
なんでもっと早く気づかないのか。
声を、かけなければ。でもなんて?
「あの」
勇気を出して、第一声。
前の人は自分にかけられた言葉なのかどうか確信が持てないようで、文庫本のほうに顔は向けたまま、私のヒザあたりを見る。
「……えっと、あの。だちゅらさん。ですよね」
前の人は、はっと顔をあげて私の目を見る。
「もしかして……もしかして。なーむちゃん?」
この言葉で、私も確信に変わる。
だりあなら、「なーむちゃん」とは言わない。
目の前の人は、だりあではない。
でも、なぜ私と分かった?
「あっ……そうです……そうです! えっもしかして、だりあに、写真とか……?」
「あっ、んーん。写真じゃなくて……あの……ほら、だりあが……」
私は大きく、うんうん、とうなずく。
良かった。「だりあ」で通じる。
私は何度も、うなずく。
うん、で? だりあが? だりあが?
「……なーむちゃんって……こんなんだよーって。絵ぇ……描いてくれたから……」
「ああっ……絵で……」
絵で。
だりあが、家で。私の絵を!
「だから……だから……今も……今もな、制服がだりあと一緒やし……でも、セーラー服やから、おんなじような感じに見えるだけなんかなあ? とか思って……でももし、この人がなーむちゃんやったら、おもろいのになあと思って……ふふ。まさかほんまに……」
「はははっ。ていうか、やっぱり、だちゅらさんが、だりあの……」
「えっあああ。うん。だりあから、聞いた?」
「いえ、あの、パソコンでいろんな人のイラスト。いろいろ。見てる時に、たまたま」
「ふふふ。よっく……気づいたなあ……ていうか……えっ、イラスト……? イラストだけで?」
「あの、はい、あの、あれが。あの、ふぁむふぁむクンと同じ……」
「うん。そうそうそうそう。ふふふ。そう。そうなのおぉーー。ふふ。なんか」
だちゅらさんのアカウントでアップされている、イラスト。
おそらくは、だちゅらさんのオリジナルキャラクター。
ある時期からは、ふぁむふぁむクンと同じものを身につけている。
「くふふふふふ……なんか! なんかもう、まさか、自分の家じゃない場所で。しかも、だりあじゃない人が。くふふふっ『ふぁむふぁむクン』て。『ふぁむふぁむクン』って言ってる人がいるぅー」
「あの、そうなんです、私、イラスト見て……。最初は偶然かなあ、て思いましたけど。でも、ずっと同じものが……で、やっぱこれ、だりあじゃないよなあ、これ。て思って。たぶん、あの、お姉さんのほうだよなあって」
「ふふふふ、そう。そういうことでーす」
「あの、だりあは。デジタル化が……」
「そうそう。だりあは、な。そうそう。うん。そう。漫画をデジタル化されたくないっていうから。だからうちの学校の生徒は、たぶん誰もふぁむふぁむクンを知らんわけ。あとな、だちゅらのアカウントもな、基本的には、な。誰にも教えてへんねん」
「ああっそうだったんですね……」
「あれさあ、『だちゅら』って。あれなー。もともとはだりあがつくったアカウントやねん」
「えっ! そうなんですか」
「うんそう……そうやねーん。ていうか、なんで敬語なん……? ふふふ」
「えっあっ」
「ふふ。あんな。あれな。今はそれぞれパソコンあんねんけどな。あのころまだ自分のパソコンっていうのがなくてな。家に。ほんでな、私がな。Twitterのアカウントつくってみよ思てな。まずアカウントつくってん。家族共有のパソコンで。そしたらな、その30分後くらいにな、だりあがな、同じパソコンでアカウントつくってん。Twitterの。えっ分かる? 私の説明」
「えっああ、えっと、同じパソコンで、新規アカウントを」
「そうそう。だからな、つまりな。あのー。私はな、アカウントつくってな、パソコンの前、いったん離れたわけよ。アカウントつくって。そしたらな、私はな。えっどう言うたらええんやろ……あっ! ログイン状態? ログイン状態に。なるやん。私はずっと、自分のアカウントでー。自分のアカウントのログイン状態のままの。つもりなわけよ」
「ああー」
「うん。でな、まさかだりあがな、アカウントつくっとうなんて思わんからな。だからな、私はよっしゃ初ツイートするぞーって。でも私がツイートする時にはな、だりあがつくったアカウントになっとうわけよ。パソコンの。ブラウザの。ログイン状態が。……うん。ほんでな、気づかんとな。ツイートしてもうたわけよ。私が。だりあのアカウントで」
「ああああ」
「そう。ほんで、どうしよってなってな。ていうかまあ、最初は、まずな。しばらく、事態がな。飲み込めてへんわけよ。なんかアカウント、おかしなっとう? て。アカウント名に絵文字とかあって。ほんで、ひらがなで『だちゅら』って。ハア? とか思って。でな、私がな、ハアー? ハアー? ハアー? とかパソコンの前でずっと言うとって。ほんで、だりあが来てな。あれっなにしとんって。なんで勝手にツイートしとんって。だりあもな、直前に私がアカウントつくったりしとったってことをな、理解してへんわけよ。ほんでな、ああそういうことかあ、てなってな。ほんでもうしょうがないからな、『だちゅら』は私が使お、てなって」
「あああ……そんなことが」
「そう。アカウント名に『だちゅら』って入れてな。いろいろ考えとったみたいやけどな。だりあは、な。手始めにまず、Twitterアカウントつくってな。やろうとしとってな。ほんならいきなり、私が乗っ取ってもうて。ふふ。私が直前につくったアカウントはな、アカウント名はな。シンプルにこう、ローマ字しかないやつでな。絵文字とかは入れんとな。そういう感じのん、私はやろうとしとってな。でもなんか、同時にアカウントつくろうとしとったの分かって、2人で大爆笑してな。なんかもう、私、『だちゅら』でええわって。あんた、名付け親やわ、て」
「同時……かぁー」
「そう。でもそんなんさあー。そんなん。まさかな、同じ日ぃにな。Twitterアカウントつくろうとか、な。く、ふ、ふふふふ、だってな! 私はな。その日ぃ、な。いっっっさい、Twitterの話とか。してへんねんで。一切。まあ……こういうのも……ほら。双子あるある、なんかもしれんけど」
「あの、じゃあやっぱり、本当に、その、一卵性双生児?」
「えっうん。そうよー」
「なんか、あんまりそういうことだりあ、学校で話さんから……だから一卵性双生児っていうのも、なんていうか……都市伝説なんかなあーって」
「あっははっ。都市伝説ちゃうよ事実ですよー」
「そうかあぁー」
「そう。でな。うん。まあ、私は、その翌日からな、他のサイトにもいくつかアカウントつくってな。あの、ほら。なーむちゃんが見たであろう、イラストの。やつとかな。ああいうのもな。もともとだりあが考えとったみたいにー、その……全部のサイトでな、必ずひらがなで『だちゅら』と入るのをな、私がやることにしたわけ。まあ、今もまだ。そんなにアップはしてへんけどな。ていうかマジで。ほんま、よお見つけたなあーー。ふぁむふぁむクンと同じ。そう、同じものをな。そうやねん……身につけさせようとしてな。……イラスト。……イラストとかって誰でも見れるようにしとったら、だりあと同じ学校の人で、いつか誰か気づく人があらわれるんやろかあ、とか。思っては、いたけど。ついにその日が来たなあ」
「ああ、まあ……見つけたのは、まったくの偶然やけど。最初はまゆみが描いてんのかなあって……思って」
「ああっまゆみちゃんが。ああ、はいはい。まゆみちゃん」
「で、まゆみに。これほんまは、まゆみなんちゃうんって。でもまゆみ、いや私、絵とか描いてへんでーって。ほんでまゆみが、だりあってお姉さんいるらしいでって。お姉さんちゃうかって」
「ああ。……えっ……それまでは、私の存在を知らんかったってこと?」
「ああ、うん。でも中2の時に一回、だりあに、兄弟姉妹いるかって聞いたことはあってんけど。なんか、記憶にございませんとか言って、はぐらかされて」
「あっははっ。そうかあー。うん。ふふふふ。なるほどなあー」
「あの、その、アクリルキーホルダーっぽい、やつは……」
「ああ、このアクキーな。これ。うん。UVレジンでな。プラバンに直接、絵ぇ描いてからな。UVレジンで固めてな」
「へえ……それ、あの、タッチが違うのは。合作ってこと?」
「あっそう見える? これな、タッチはな、似せとうだけやねん。私が持っとうこれはな、この2人セットでな、だりあが一人で描いたやつやねん。だりあの……だりあディレクションの、共演やねん。これ、ふぁむふぁむクンじゃないほうな、名前はないけどな、だりあがな、私のイラストのタッチを真似とうわけ。で、だりあもな、このアクキーに似たやつ持っとってな。まあ、学校行かんようなってからやから、基本、持ち歩いてへんけどな。だりあは、な。でな、だりあが持っとうやつはな、私が一人で描いてん。だからだりあが持っとうやつのふぁむふぁむクンはな、私がだりあの漫画に似せてー。描いた、ふぁむふぁむクンやねん。だちゅらディレクションの、共演やねん」
「えええぇぇぇ……」
私は前かがみになって、キーホルダーを見る。
「私は小6くらいん時からな、UVレジンとかな。いろいろやっとってな。でもだりあはな、そういう方面はな、あんま興味ないねん。今はどうか知らんけど。でも私もな、いろいろ、こう。トリッキーなことは、な。やっとってんけどな。普通のアクリルキーホルダーみたいなんをな、一回もつくったこと、なくてな。一回ちゃんとな、こう。普通のアクキーを普通につくってみよ思てな、去年。ほんでいろいろやっとううちにな、こういう共演をな。させるという案が出てきたわけ。ほんで何回か、失敗して。失敗したやつは、全部破棄して。だからこれ世界に、2個だけ。この宇宙に、2個しかない」
私はしばらく、キーホルダーを見つめ続ける。
そこには、私のまったく知らないだりあがいる。
「そうかあ。うん……記憶にございません、なあ。うん。中2の時に。うん。ふふっ、だりあには、な……ていうかまあ、私にも、な。あんまりな。こう。一卵性双生児のカタワレってことにな、注目がな。されたくないっていう。動機はな。あんねん」
私はうなずきながら、はて、どういうことだろう? と考える。
動機?
「もうな、非常に強い動機がな。あんねん。ふふ。なんやと思う?」
「ええっ……動機?」
「そう、これ、もう時効やと思うから話すけどな。でもこれ絶対、内緒やで」
私はうんうんとうなずく。
「実は私となーむちゃん、一回、会ったことある可能性あんねん」
「えっ……え?」
「く、ふふふふ。これな、言い出しっぺは私ちゃうで。だりあやで。だりあプロデュース企画やで」
だちゅらさんは文庫本をカバンの中に入れ、お尻の位置を変えてシートに深く座り直す。
そして少し前かがみになり、話し続ける。
「中1のな。秋あたりやねんけどな。だりあがな。電車で通学するの、おもろそうって言い始めて」
「ああー。うん。電車」
「でもほら。あの頃ってさあ、ほら。いろいろ」
「ああ、うん」
「私も、あの頃は、な。もうちょい早い時間帯で。混雑とか、な。避けるために。でも私もな、夜型やしな。朝早いのしんどくて。今また、こうして。ちょっと遅めの時間帯になっとうけどな。あの頃は。もうほら。いろいろ」
「ああー」
「そうそう。だからな、私もな、わざわざな、なんでああいう時にな。電車なんかに乗ってな。電車に乗らんでも学校行けるという幸福を知らなあかんで、とか言ってな。でもやっぱな、だりあはな。電車に乗って学校行くってどんな感じやろって。ずっと思っとったみたいで。電車通学、おもろそうやからって。言っとってな。おもろそうやからって言われてもって。私は思って」
「ああ、うん……」
電車?
そんなに電車通学に、興味を持ってたのか。
でもそれが双子と、どうつながるのだろう。
話が見えてこない。
「ほんでな、だりあがな。一日だけな、交換せえへん? って」
「えーと……えっ?」
「ふふ。そう。一日だけな、私がだりあの学校にな。つまりなーむちゃんと同じ、あの学校にな。私が。で、だりあのほうは、な。私の学校にな。電車で遠いとこにあんのにな。一日だけ」
「えええ……えええぇぇぇ?」
「ふふ。私は最初、そんなんできるわけないやろって言って。でもやろうやって。だりあは。でもまあ、とりあえず、その一日だけで、もう満足したっていうか、な。でもほんま、もう私はな、耐えれんわ。無理。そんな、な。欺き続けるとかな、無理すぎるわって思って。だから私は1時間目、始まる前にな、すぐ保健室行って。2時間目が始まる前の休み時間のうちに、帰ってん。でもその前に教室までは行ってな。教室にカバンも置いてな。だからな、その日ぃな。朝のホームルームで、私となーむちゃんな、チラっと顔を合わせてる可能性は、あるわけよ。私もな、どれがなーむちゃんなんかなあって。それは確認しとかな、なあって。でも無理やった。そんなこと考える余裕がな。もう。ふふ。そのころ、だりあ、なんか、ばりしんどそうにしとうなあって日ぃ、なかった? 早退して」
「うーん、中1で。2学期。中1ん時……。まあ、あったといえば、あったような……でも、何回かそういうのあったような気もするし」
「そう。うん。そのうちの一回、だりあちゃうわけよ。私なわけよ。入れ替わって。だりあのほうはな、なんか。3時間目までおったって。私の学校に。よおやるわって。しかもだりあは、会話までしとうわけよ。会話を。他の子と。私になりすまして。よおやるわって。帰ってきてから、あんた、どんなこと話したん? て聞いても、な。ほら。整合性を、な。とらな、な。て思てな。でもな、バレんように乗り切んのにせいいっぱいで、なに話したかよお覚えてへんとか言うわけ。いや、ちゃんと思い出してやあって。ふふ。次の日ぃ、学校行くのほんま怖かった」
「えええぇぇぇ。でも。それ……。えええぇぇぇ。違う学校に……。一日だけ」
「そうそう。これ絶対、内緒やで。もう、絶対まずいから。あ、まゆみちゃんはいいけど。私と、だりあと、なーむちゃんと、まゆみちゃん。この4人だけ。もう絶対これバレたら大問題やから」
中1の秋に、そんなことが。
どの日だろう?
私は背もたれに背をあずけ、しばらく窓の外を眺める。
「なーむちゃんは、スマホは持っとん?」
「え、ああ、うん」
私はカバンからスマホを出して見せる。
「私も去年の夏あたりは、な。スマホ学校に持ってきとってんけどな。いま、持ってへんねん。没収で。親に。没収っていうか、学校に持っていくなって親が言い始めてな。もう親が管理してるからな、私のスマホやないねん。パソコンは部屋にあるけどな。なんか、高校からガラケー持たすとか言い始めてな。それやったらまたスマホでええんちゃうんって。でもスマホにするかガラケーにするか、決まらんうちに、1学期はじまって。いまケータイないねん」
「あの……その。だりあは、どんな感じ?」
「えっああ。うん。だりあ、な。うん。まあ元気にはしとうよ。あんま家から出えへんけどな。まあでもそれは、もとからやしな。一時期は、な。パソコンでな、メッセンジャー的なんを。入れて、な。チャットできるようにしようとしてんけどな。あんまうまくいかんかった。基本、だりあ、返事はせえへんから。物理的にドアをノックすんのはええねんけど。画面上とかで通知っていうか、こう、割り込み的なものが入んのがな、いやみたいでな。ほんで。うん。ご飯とかも。基本的には一緒には、食べへんなあ。でもまあ、部屋から全然出てこおへんってわけでは。うん。ないしなあ。コンビニとかも、時々行ってはいるし。うん。なんか、通販とかも、な。週に一回、家族で一斉に注文とかしとってんけどな。最近はなんか自分でいろいろ、アカウント使い分けとうみたいでな。一斉に注文しとう時のは無難なやつだけで。見られたくないのは、自分のアカウントで。コンビニ受け取りとかしとうみたいやし」
「ああ、コンビニで」
「そう。夜中の。うん。2時とか3時とかにな。でな、私もけっこう夜中、コンビニ行くことあるから。あっ! て」
「あっはは」
「そう。ばったりっていう。あああ、こりゃどうも、ていう。でな、学校もな。だから、この春休みにもな、ほら。何回か、行っとったわけよ。親と一緒に」
「えっ……だりあが?」
「そうそうそうだから。なんかおもろそうやから、私、行ったろっか? って言ってみた日ぃもあんねんけどな。一年も学校行ってへんのやったら。先生くらいやったら、騙せるかなあ、て。でも、いらんって。自分が行くから、いいって」
「ははっ。自分が行くからって?」
「そう。ふふ。なんかいろいろ。うん。手続き的には、いろいろ。あったみたいやけど。そのへんあんま、よお分からんけど。でもなんか親も、ほんまに行くんかお前って。でもだりあは行くって。ほんならこの4月になって、入学式やん。始業式じゃなくって。いちおうは。高校になるから。でも入学式、休んだからな。どうすんねん、お前って。イライラしとって。だからいまやっと落ち着いた状態っていうか。親が。落ち着いたっていうか、もう、あきらめたっていうか。もうどっちでもええわ、て。……でも、うん。とりあえず、な。カタチ的には、な。中学は卒業した扱いでー。そのまま高校にも。入学した扱いには、なっとうなあ。そのへんは」
話しこんでいるうちに、もう大阪駅のアナウンス。
「あの……どうする? いま、まゆみ、梅田にいるかもしれんけど」
「ああ、まゆみちゃん。そうやなあ。まあ、私も、ギリギリの時間というわけでは。ないし。でもまあ、今日はもう、別に。遅刻してもええわ」
スマホで確認すると、さっきのメッセージには、まだ返信はない。とりあえず、
「いま梅田おる?」
とメッセージを送ってみる。
「うーんちょっとまゆみから、返信なくって。どこにいるんか分からんけど。たぶんここやなっていう場所は。あんねんけど。でもちょっと昨日、休んでたりもしてたし。もしいなかったら、ほんまゴメンやけど」
「ああええよ別に。そんなん。おらんかったら、おらんで。たまには、こういう日も」
こんな日もあるものなのか。この梅田で、まだ学校が始まる前に、私とだちゅらさんが2人であのエスカレーターのほうに向かって歩いている。
そして、だちゅらさんと2人で並んで、あの長いエスカレーターを昇る。
だりあではなく、だちゅらさんと。
こんな風に、2人で。
そして、昇りきったところには……。
あれは……。
まゆみ、か?
だが、何をしているのか?
えっ……謝罪?
謝罪をしている? ていうか誰に?
まゆみはずっと、90度に腰を曲げたままだ。
エスカレーターを昇りきった人に、もれなく全員に謝罪が完了するようなシステムになっているようだ。
まゆみをチラっとだけ見る人もいるが、ほとんどの人は気にもとめずに歩き去っていく。
私とだちゅらさんが昇りきっても、まゆみは腰を90度に曲げたままだ。
目を開けているのかどうかは分からないが、念のため、まゆみの視界に私の靴が入るような位置に立ってみる。
「まことに申し訳ありませんでした」
やはり、私に謝罪するつもりだったらしい。
「あのー、えーと」
私が話しかけても、まゆみは再度、ていねいな口調で謝罪する。
「申し訳ございませんでした」
まゆみはずっと頭を下げている状態だったため、おそらく私がだちゅらさんと一緒だということに、まだ気づいていない。
「いやまゆみ、あのな、えーっと」
何て言おうか私が迷っていると、だちゅらさんが先に口を開く。
「ふふふ、クジラ。見に行ってたん?」
しばらく沈黙。
「えっ?」
まゆみは勢いよく顔をあげる。
そして両手で口を押さえて驚く。実に良い顔。
「えっ……あ、えっ? えっ?」
キョロキョロと顔を動かすまゆみ。
だちゅらさんの顔を見る。私の顔を見る。だちゅらさんの顔。だちゅらさんの、制服。そしてまた私の顔。
驚くだろう? そうだろう?
でも、私は私で。
だちゅらさんの発言を、処理しきれずにいる。
えーと、クジラ。クジラを? えーと。うん。見に行ってた?
うん。ああ、そうか。
だちゅらさんは、それがさも当然のように言ったけど。
まったく、気づかなかった。
まゆみは昨日、クジラを見に行っていたのだ。だから学校を休んでいたのだ。
だから私に、謝罪しているのだ。
「あっそうか!」
まゆみは手を叩く。
「お姉さん! だりあの!」
「そうでーす。たぶんはじめまして」
「あああっこれはこれは……」
「まあ、はじめましてか、どうかは。さっき、なーむちゃんには話したけど」
私はうんうんとうなずく。
「あんな、これ絶対内緒やけどな。私な、まゆみちゃんの学校に一日だけな、行ったことあんねん。だりあと入れ替わって」
「えええっ?」
「そう……まあ、詳しいことは。さっき。なーむちゃんに。うん。話したから。また」
「ああ……うん。へええ。でも……そうかあ……共学……」まゆみは天井を見上げてつぶやく。「共学って、どんな感じ?」
「えっああ、うん、でも、うちの学校はな。共学って言うてもな。男子と女子、別々の建物でな。まあ、基本的には、やけどな。中学も高校もな。そうなってて。だからな、私みたいに帰宅部やったらな、男子とあんま顔、合わすことはないねん」
「へええぇぇ……」私とまゆみは同時に声を出す。
「だからな、だりあが一日だけな、私のふりして来た時もな。男子とはな、会話はな、してへんはずやねん。まあ、たぶんやけど」
「ああっそうかあ……」まゆみはうなずきながらつぶやく。
共学。共学なのか。
ああ、そうか。
どの学校か、分かった。
「なんか、あの、スマホが。スマホが空中を漂ってるって話、あの。聞いたことあるけど」
「……ええっ? なになに?」だちゅらさんは笑いながら、私に聞き返す。「うちの学校の話?」
「えっあっそうそう」
「えっ何が漂っとうって?」
「えっ、あの。なんかあの、スマホが空中を漂ってて、こう。好きな時にパッと手に取って、使えるとか……」
しまった。
なんか、ただのくだらない噂話を、持ち出してしまったかもしれない。
「うん、それ。私も聞いたことある」まゆみが助け舟を出す。
「ええっちょっと、意味が。よお分からんけど……スマホが、空中を……。あああ、うん、なるほどねえ。ふふふ。スマホは、漂ってはいないかなあ。うん。く、ふふふふ。スマホが空中を。あっはは。そうかあ。うんなるほどねえ……ああ、なるほど……うん。そういう風に……見えてんのやあ。ふふふ。うん。あっそろそろ……うん、もう。行かんと。遅れるし」
だちゅらさんは、細い革のベルトの腕時計をカバンのポケットから出してチラリと見る。
「あっそれじゃあ、また……」
私はそう言いながら、何か聞いておかなければならないことがあるか、考える。
そうだ。
あのことを。
「あっあの!」
「うん。なにー?」
「その、だりあとは。ずっと一緒に暮らしてきた、やんね?」
「うんそうやでー。ずっと。小学校いっしょやし」
「ああ、小学校も……」
「うん。あっそうそうこれ……パソコンのほうで見てる、メールの。アドレス。私の」
手書きではあるが、あらかじめ用意されていたルーズリーフの切れ端。それを私とまゆみに手渡す。
もっとたくさん、話しておかなければならないことがあるような気がする。
でも、もう時間だ。
私とまゆみは下りのエスカレーターで降りていくだちゅらさんを見守る。
「どう思う?」
私は静かにまゆみに聞く。
「うん? お姉さん?」
「そう。だちゅらさん」
まゆみは一瞬、考える。
「うん……? だちゅらさん? えっ? ああ、えっあっ、やっぱり……そうなんや。だりあのお姉さんやったんや。だちゅらさんて」
「そうそう。そうやねん。今のが、だりあのお姉さんであり、だちゅらさん。どう思う?」
「どうって?」
「だちゅらさんやっぱ、ジェネルベフト型の性格やと思う?」
「そこかよ!」
「あんな、ジェネルベフト型性格のな。観点から言うとな」
「うん」
「ずっと、一緒に暮らしてたって言ってたやん。あれ重要」
「ほお」
「一日だけの交換を提案したのは、だりあ。でも、だちゅらさんは乗り気じゃなかった。これもめっちゃ重要。めっちゃ」
「ほおほお」
「まあ、でもそれは……。とりあえず置いとくとして。ちょっと、それはまた今度。また。ちゃんと話すわ」
私とまゆみは歩き始める。
コンビニで傘を買ってから、いつものように阪急の3階の改札を通過する。
そう。一卵性双生児とジェネルベフト型の性格との関連のことは、とりあえず置いておくとして。
私はまず、さっき電車の中でだちゅらさんと話したこと、そしてそもそも今日、なぜ学校の近くで電車に乗って梅田に戻ってきたかをまゆみに話す。
学校の近くの駅につくと、もう雨は小ぶりになっている。
ついさっき土砂降りだったこと、JRの快速電車の中でだちゅらさんと話したことなどが、現実ではないように思えてくる。
「あんな、これ。貸すわ」
私は駅のホームを歩きながら、『ダグラス・ジェネルベフト、その人生とヴィジョン』をまゆみに渡す。
私がまゆみの家に行った時に何度か持っていったから、部分的にはまゆみも読んでいる。
まゆみは歩きながら、本の表紙を見ている。
まゆみの横顔をみながら、ふと、さっきの雨はだりあが降らせたのだろうか、と考える。
私とだちゅらさんが、電車の中で会う確率が上がるように。
私がそんなことを考えていることを知ったら。まゆみはまた一笑に付すのだろうか。
「あんな、やっぱりな。事実の認定、という観点ではな。まゆみの協力は不可欠やねん」
「ははっなーんそれ」
まゆみは笑いながら本をカバンの中に入れる。
昼休みになって、まゆみが昨日撮影したクジラの写真を2人で鑑賞する。
スマホではなくデジカメで撮影した写真。
昨日の昼休みに私が電話した時は、クジラのすぐ近くにいたそうだ。
上空を飛びかうヘリの音がうるさすぎて、電話に出た瞬間にどこにいるかが私にバレてしまうのではないか、と思ったのだという。
私に知られること自体はいいが、まわりに同級生がいる状況で私がまゆみに電話をして、私が不用意に「ヘリの音うるさいなあ」というような一言を思わず漏らしてしまうかも、というような可能性も考えて、出ないことにしたとのことだ。
今日の帰りの電車は久々に、まゆみと一緒。
だちゅらさんのこと。だりあのこと。クジラのこと。
話したいことが多すぎる。
家に帰ってからしばらく、まゆみが撮影した至近距離でのクジラの写真を思い返す。
写真は、また今度私の家に来た時にパソコンでDVD-Rに焼くつもりなのだという。
親がスマホに「変なアプリ」を入れている可能性があるから、親に見られたくない写真はスマホには入れたくないとのことだ。
私はベッドの上で、だちゅらさんとの会話を思い出す。
それにしても、このタイミングで「UVレジン」という言葉が会話の中に出てくるとは。
私は起き上がって、YKDG関連の話題をチェックする。
これといって新しい動きはない。
あれからYKDG会長はブログを更新していないようだ。
だちゅらさんのアカウントを見てみると、イラストの新作はまだアップされていない。
過去のイラストをいくつか見ているうちに、だちゅらさんに肝心なことを聞き忘れていたことに気づく。
ふぁむふぁむクンは一体、いつ誕生したのか?
だりあもだちゅらさんも、スマホは持っていないようだ。でもパソコンはそれぞれの部屋にある。パソコンのメールアドレスなどで、だちゅらさんへの直接の連絡は可能になったわけだ。
通販で自分専用のアカウントがあるということは、だりあにもパソコンのメールアドレスが、あるにはあるはず、と考えてもいいかもしれない。
だちゅらさんに何かメールを書いておこうかと思ってメールを新規作成するが、何度も文面を書いては消し、書いては消し、を繰り返す。
そうこうするうちに、強烈な眠気が襲う。