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第228話「バルス」

 花園中学は、頭がお花畑の人間が通う中学ではない。花園という地域に存在している、まともな中学校だ。その花園中の文芸部には、空をふわふわと飛ぶような者たちが集まっている。そして日々、雲をつかむような話をして、暮らし続けている。

 かくいう僕も、そういった浮かれた系の人間だ。名前は榊祐介。学年は二年生で、厨二病まっさかりのお年頃。そんな僕が、部室でいそしんでいるのは、備品のパソコンでネットを巡回して、何の役にも立たないネットスラングを調べて喜ぶことだ。


 そんな、地に足が着いていない面々の文芸部にも、大地に根が生えた人が一人だけいます。風船おじさんの集団に遭遇した、石橋を叩いて渡らない少女。それが、僕が愛してやまない、三年生の雪村楓先輩です。楓先輩は、三つ編み姿で眼鏡をかけている文学少女。家にはテレビもなく、活字だけを食べて育ったという、純粋培養の美少女さんです。


「サカキく~ん。ネット詳しいわよね。教えて欲しいことがあるの~」


 間延びしたような声が聞こえて、僕は顔を向ける。楓先輩は、ととととと、と歩いてきて、僕の横にちょこんと座る。先輩は、にこにこ顔で、僕にぴたりと体を押し付ける。僕は、寄り添う先輩の体温を感じて、どきりとする。楓先輩は、僕以外にもこんなに近い距離で話を聞くのだろうか? もし僕だけならば、それは愛情表現なのではないか。僕は、そう思いながら声を返す。


「どうしたのですか、先輩。ネットで、未知の言葉を目にしましたか?」

「そうなの。サカキくんは、ネットの達人よね?」

「ええ。ジョナサン・スウィフトが、自身の政治的経験をもとにして『ガリヴァー旅行記』を著したように、僕は自身のネット経験をもとにして『サカキくん奮闘記』を著しています」

「そのサカキくんに、聞きたいことがあるの」

「何でしょうか?」


 先輩は、最近ノートパソコンをお父さんに買ってもらった。文芸部の原稿を、思い付いた瞬間に書くためだ。先輩は、そのパソコンをネットに繋いだ。そこで、ネット民の無責任な言動の数々に触れた。そのせいで、ネット初心者の楓先輩は、ずぶずぶとネットの罠にはまりつつあるのだ。


「バルスって何?」


 先輩は、何語だろうといった顔で、僕に尋ねてくる。ああ、さすがに辞書と友達の楓先輩でも、この言葉は知らないはずだ。なぜならばバルスは、架空言語に属するラピュタ語の動詞だからだ。

 僕は、宮﨑駿のアニメ映画「天空の城ラピュタ」の名シーンを思い出す。主人公のパズーと、ヒロインのシータが両手を取り合って、飛行石を間に挟み、滅びの呪文を唱えるあの瞬間を。


 そうだ! 僕は考える。バルスの説明で、上手く先輩を誘導すれば、楓先輩と僕で、あのシーンを再現できるのではないか? 手を握り合い、バルスと唱えられるのではないか。

 僕は、何という策士なのだろう。自身の孔明っぷりに、ほれぼれとする。いける。これはいける! 僕は、目をきらりと輝かせて、楓先輩への説明を始める。


「バルスという言葉は、日本を代表するアニメ監督、宮﨑駿によるアニメ映画『天空の城ラピュタ』で出てくる台詞の一つです。

 この作品は、日本のアニメファンなら、何度も見たことがある作品です。僕も何十回も見ています。

 スウィフトの『ガリヴァー旅行記』の第三篇『ラピュータ、バルニバービ、ラグナグ、グラブダブドリッブおよび日本への渡航記』を元ネタにした少年冒険活劇で、内容は、空から降ってきた少女に出会った少年が、少女とともに天空の城ラピュタに行くというものです。


 この空に浮かぶ城は、恐ろしい破壊兵器の側面も持っています。そして、その悪用を考える敵が出てきます。その敵と対峙した主人公とヒロインは、滅びの呪文バルスを唱えて、ラピュタを完全に破壊します。

 このバルスという言葉は、ラピュタ語という古代人の言葉であり、『閉じよ』という意味を持ちます。


 ラピュタ語は、他にもいくつかこの作品に出てきます。ヒロインであるシータの秘密の名前『リュシータ・トエル・ウル・ラピュタ』は、『ラピュタの真の王リュシータ』という意味になります。

 また、『リテ・ラトバリタ・ウルス アリアロス・バル・ネトリール』は、『われを助けよ、光よ蘇れ』という意味になります」


「なるほど、アニメ映画の中で、舞台を崩壊させる時、つまりクライマックスに使われる台詞なのね?」

「そうです。主人公のパズーと、ヒロインのシータは、飛行石と呼ばれる青い石を二人でともに握り、バルスと唱えるのです」


 そのシーンを再現したいと考えながら、僕はジェスチャーを交えて楓先輩に説明する。


「そのバルスが、なぜネットでよく見かける言葉になったの?」


 僕の熱い思いを無視して、楓先輩は質問を続ける。


「それは、ネットの多くの人たちが、テレビ放送されるたびに同作品を熱心に視聴しているからです。そして、バルスが唱えられる瞬間に、ネット掲示板やツイッターなどでバルスと書き込むからです。

 そのせいで高い負荷がかかり、ネット掲示板のサーバーが落ちたり、ツイッターの動作が激しく重くなったりといった、驚くべき現象が起きるのです」


 そう。それは、日本中のネット民が一つになる瞬間なのだ。


「もう少し詳しく説明しましょう。宮﨑駿の作品を世に送り出しているスタジオジブリの作品は、毎年数回テレビで放映されます。その中でも『天空の城ラピュタ』は特に人気が高く、近年は二年に一度のペースで放映されています。

 そして、年々、このバルスと書き込む現象はイベント化しており、ネットの祭りになっています。たとえば、ツイッターでは、二〇一一年には、毎秒二万五千八十八回のバルスを記録しました。二〇一三年には、毎秒十四万三千百九十九回、バルスがつぶやかれました。そして、この秒間つぶやき回数は、当時の世界記録になりました。


 このようにして、テレビで『天空の城ラピュタ』が放映されるとバルスとつぶやく行為は、恒例行事化しています。また、なぜか放映されていないはずの海外でもバルスとつぶやく人が出るなど、新しいムーブメントを作っています。


 また、サーバーを管理する側の人にとってバルスは、巨大な負荷が押し寄せる恐怖のイベントになっています。ある意味、滅びの呪文的に、強力な呪文になっているのです」


 僕は、バルスについての説明を終えた。楓先輩は、満足した顔をする。

 よし! 僕は、このあとの展開を考える。二人で飛行石を握ってバルスと唱える。そんな仲に、僕はなりたい。

 そのことを期待して、ちらりと楓先輩を見る。先輩は、僕に顔を向けて口を開いた。


「なるほどね。そんなバルスを、私も試してみたいわ」


 来た! 僕の時代が到来しましたよ!! 僕は、飛行石を首からぶら下げて、空に舞い上がるような気持ちになる。


「サカキくんの処理能力の、負荷テストをしてみたいわ」


 えっ? そういえば、「天空の城ラピュタ」では、飛行石を首からぶら下げても、ゆっくりと落下するだけだった。僕の心は、徐々に奈落へと落ちていく。


「あの、いったい、どういうことでしょうか?」


 僕は、おそるおそる聞く。


「サカキくんは、いろいろなネットスラングの質問を、素早く答えられるよね?」

「ええ。僕の処理能力の高さは、現行のコンピューターを遥かにしのいでいますから」


「今のバルスの説明を聞いて、どれぐらいの数の質問を、素早く答えられるのか、試してみようと思ったの。サカキくんの、すごさを知ろうと思って」


 僕のすごさ……。

 ふっ、いいでしょう。そこまで、能力を買ってもらっているのならば、見事さばいてみせましょう。バルスでも落ちない、僕の説明能力を堪能していただくとしましょう!


「どうぞ。僕は、自分の処理能力が怖い」

「じゃあ、行くよ」


 楓先輩は、拳を軽く握り、僕の顔を真剣に見て、質問を開始した。


「ブヒる」

「萌えの心を育んでいる人が上げる、愛の絶唱や絶叫です」


「ケモナー」

「擬人化動物を愛する人々です」


「ネカマ」

「ネットオカマのことです」


「チーレム。絶対領域」

「チートでハーレム。ミニスカとオーバーニーソックスの間の露出空間」


「JS。リア充。DQN」

「女子小学生。リアルで充実した人。『目撃!ドキュン』というテレビ番組に見られるような……」


「フラグ。ツンデレ。虹。惨事。ぼっち。ぐう畜。ぐう聖。ぐうかわ」

「プログラムで条件分岐に使用するスイッチに相当する……。ツンツンとデレデレ。二次元。三次元。ぐうの音も出ないほどの畜生。ぐうの音も出ない……。ぐうの音も……」


「ぷに。宅配テロ。それは仕様です。ぼっさん。ふぇぇ。教えて君。サムネ詐欺。大きいお友達……」

「……あ、い。う、え。お、か。……」


「……そして、バルス!」

「ぶほっ!!!!!」


 僕は、処理能力の限界を超えた。楓先輩が滅びの呪文を唱えた瞬間、僕は舌を噛んでぶっ倒れた。

 素早く話そうとしすぎた僕は、舌をもつれさせて、エラーを起こしてしまったのだ。


 それから三日ほど。楓先輩は、僕の限界を見極めるために、何度も負荷テストを実施した。なぜそんなことをするのかと、僕は尋ねた。


「それは、平均値を取るためよ。一度のテストでは、サカキくんの真の実力を見極めることはできないでしょう?」

「そ、そうですよね……」


 僕は、ぐんにょりとなった。パトラッシュ、僕はもう疲れたよ! 思わず、そう叫びたい気持ちになった。


 三日経って解放された時、僕はネットスラングで頭がショートしてしまった。


「やらないか。賢者タイム。セクロス。NTR。らめぇ。ギシアン。中田氏。D・V・D!! 片栗粉X。アナニー。即ハボ……」


 僕の壊れた様子を見て、楓先輩は、僕からそっと距離を取った。うわああん~~~!! 僕のその状態が治るのには、それから三日ほどかかった。


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