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Tamer's Mythology  作者: 槻影
第一部:Tamer's Mythology
1/121

Prologue:全てを失ったのだ

とりあえず三十話弱ストックがあるので少しずつ投稿します

 それは、小さな太陽の如き極光だった。

 光が質量を持って古城に満ち、破壊の嵐が縦横無尽に吹き荒れる。

 僕はその衝撃の余波を屈んで耐える。


 『エヴァーブラスト』


 ナイトウォーカーたるアリスの持つ数多の戦技(スキル)の中でもトップクラスの破壊力を誇る技である。

 技の等級は当然の如く、SSS。例え無属性に耐性の持つ無機生命種(マキーナ)であっても、破壊は免れ得ぬ絶技。


 避けるまもなく、文字通り光の速度で発生した破壊の奔流は、僕の今までの経験則ならば、完全な勝利を約束してくれるはずだった。


 破壊が終わり、光が発生と同じく、一瞬で晴れる。


「ぐ……」 


 低い唸り声がでる。

 そこには、傷ひとつない黒色の巨体が聳えていた。

 手のひら程の鱗をびっしり全身にまとった、全長十メートルはあろうかという巨大な黒竜。


 童話に棲まう邪悪な巨竜。

 恐れ戦く王都の人々からシィラ・ブラックロギアと名付けられた幻想精霊種の魔王が、何の痛痒も感じさせず、顎を高く上げた。


 ――咆哮


 堅牢な城が、ただその音のみで大きく揺れる。


 悪夢のような光景に、呆然と口から言葉が漏れた。


「何故だ……おかしい。何故ダメージがない……」


 見積もりならば、いくら竜とはいえ、いくら魔王とはいえ、三回は殺し尽くせる程の威力を持っていたはずなのに。


ご主人様(マスター)、危ないっ!!」


 それは一秒にも満たない刹那の硬直。

 瞬間、横から強く突き飛ばされた。

 同時に、先ほどのエヴァーブラストとは対極的な黒いエネルギー波が放たれた。

 咆哮とは比較にならない位に城が揺れる。


「くっ……」


 ごろごろと無様に床を転がるが、なんとか体勢を整えた。

 衝撃に揺れる視界を気力で無視する。猛烈な吐き気をこらえつつ、視線を向けた先は、


 ――何もかもが消え去っていた。


 シィラのブレスも、アリスのエヴァーブラストと同様に純粋なエネルギーによる破壊だ。

 その力の大きさは単純に破壊力と比例している。


 僕の先ほどまで立っていた箇所は、数十メートルにわたってごっそり削り取られ、深い奈落を見せていた。

 ぞくりと全身を打たれたように寒気が奔った。


「馬鹿な……幻想精霊種(テイル)が自らのフィールドを破壊するなんて――」


 まさしく常識外れ。

 まさしく最強の一画たる魔王の業。


 いや、理解していたはずだ。相手は現在五体しか確認されていない幻想精霊種のLクラス……伝説級の魔王だと。

 事前準備の手を怠ったつもりもない。

 情報収集、万が一を考えた神話級の魔具の類、時節、種族の相性、さらには四方八方手を尽くし、シィラの原典まで手に入れるのには、今までの冒険者生活で蓄財した財の七割まで消費したのだ。

 万が一、などあるわけがなかった。


 だがしかし、これはあまりにも――


 蜥蜴に酷似した頭部がゆっくりと下を睥睨する。

 月明かりのみが窓から差し込む冷たい空気の中、真紅に濡れた眼球がギョロリとこちらを捉える。

 直接ぶつけられた絶対強者の殺意に、反射的に叫んでいた。


 信頼している従者(スレイブ)の名を。


「アリイィィィィィィィィィィィィィィスッ!!」


 瞬間、シィラの破壊の跡、深く空いた奈落から人影が飛び出した。

 シィラの視線が僕から外れ、新たな脅威を追う。


 くるくると空中で器用に回転すると、僕の前に軽い音を立てて着地する。

 うっすらと差し込む月光を反射し、銀髪がキラキラと輝いた。


「お怪我はありませんか? ご主人様」


 アリス・ナイトウォーカーが、心配そうな表情で腰を抜かしている僕の顔を覗きこむ。


 病的なまでの白い肌。

 この世のものとは思えぬ整った相貌。

 そして、肌とはコントラストを成す、シィラとはまた違った血のような真っ赤な瞳に、唇から微かに見える二本の犬歯。


 齢にして十代半ば程度にしか見えない彼女こそ、数ある悪性霊体種(レイス)の中でも最上位に位置する存在。


 種族ランクSS

 種族名『夜を征く者(ナイトウォーカー)

 俗にいう、夜の女王である。


 そして同時に、僕がシィラなんていう一級の魔王と戦う事になった元凶であり、勝てると踏んでいた理由でもあった。

 アリスが生きていたことに、早鐘のように打っていた鼓動が僅かに落ち着き、

 そして、アリスの次の言葉に打ち崩された。


「ご主人様、……まずいです。たった一度の攻撃で(ライフストック)が三割を切りました」


「は? 三割……? 何の冗談だ?」


 頭の中でその意味を必死に転がす。分からない。何も理解ができない。

 どんなに高威力だったとしても、ナイトウォーカーの生命線たる命のストックの七割以上を吹き飛ばす、だと。


「ありえない……夜のアリスにそこまでダメージを与えるなんて……」


「……」


 シィラはこちらの様子を窺うようにぐるると低い声で唸る。

 アリスがいつもと同じ表情でこちらを見ている。


 突入から今までを反芻する。

 そもそも、一撃目からおかしかったのだ。

 先手必勝で放った根源の光(ハイパーノヴァ)は、僕の見積もりではシィラを一瞬で消滅させるに十分な威力を有していた、はずだった。

 二撃目のエヴァーブラストも。例え何らかの奥の手で耐えたとしても、無傷だけはありえなかった。

 この世の理に反している。

 まさに常識外の存在。


 二秒で判断した。


「よし、逃げよう」


 これ無理だわ。

 アリスのストックが三割を切った。一撃で七割削られると言う事は、もう一度先ほどのレベルのエネルギー波を食らったらアリスは消滅するということだ。そしてシィラはあろうことかピンピンしている。

 まぁ、さっきのは僕をかばったから食らっただけで、まともにやりあえば正面から食らうことはないだろうが、僕という足手まといがいる状態でさすがに博打を打つわけにはいかない。


 アリスが消滅したら僕は一生後悔するだろう。


 幸いなことに、今戦っている広間はそれほど入り口から遠くなかった。

 アリスが僕を担いで逃げれば十分逃げ切れる距離だ。もしかしたら後ろから撃たれて死ぬかもしれないけどその時はその時だろう。

 万が一の時のために腰に吊るしていた煙玉を握る。一度破裂したら、この広間くらいは白煙で簡単に満たせる代物だ。気休め程度にはなるだろう。

 僕は即座に方針を決め、それを伝えるべく、アリスの方に向き直った。


「アリス、撤退す――お、い、何をしている」


 言葉を失った。

 アリスが白く発光していた。

 煙のようにアリスの全身から立ち上がるエネルギーは、僕の短くない探求者人生を振り返るまでもなく、見たこともないほど膨大な量のエネルギーだった。

 何の属性も帯びていないにも拘らず、視覚にはっきりと捉えられるそれは、僕に取って間違いなく今日一番の驚愕だった。


 こんなの……主である僕でも知らない


 余りの高密度な力に、城壁が床、壁問わず、魔力の余波だけで広間全体がパラパラと崩れる。

 シィラが悲鳴のような咆哮をあげた。


「ご主人様……逃げてください……」


 "悲しそう"を通り越した非情な表情で、アリスが呟く。

 それは今まで見たことがない表情で、僕の心に重くのしかかった。

 具体的に何をやろうとしているのかはわからないが、何かよくない事をやろうとしているのだけは分かった。


「アリス、やめ……」


「ご主人様!!」


 全身に感じる重み。

 抱きしめられている。

 理解すると同時に、心の芯から僕は恐怖した。


 何だと!?


 それでもなんとか命令を言い切ろうとするが、唇が唇で塞がれる。

 アリスの、血のように赤い瞳が僕の瞳を覗きこんでいた。


 悪性霊体種の特性であり、その在り方を決定づけている基礎スキル『恐怖(フィアー)

 身体が、手の、足の、そして口の筋肉が脳の指令を無視して動作をやめる。

 一瞬が引き伸ばされ、一秒が十秒にも、十分にも感じられ、そしてようやくアリスが唇を離した。

 アリスがにっこり笑う。


「ご主人様……お別れです」


 その表情に込められていたのは尋常ではない覚悟。

 所詮ただの人間である僕にアリスの心は読めないが、込められた覚悟くらいならわかる。

 舌がまだフィアーの影響を抜けだせずに、動かない。


「またどこかで――」


「やめ……」


 そして目の前が光で満たされ、僕は意識を失った。






 ナイトウォーカーのその名の由来は、時間帯によってその能力が天と地の差である事から来ている。

 朝のアリスは並のSクラス程度の力しかないが、逆に言えば夜のアリスはほぼほぼ無敵だった。

 特に今日は満月(フルムーン)

 レイスの能力が十全以上に働く

 相手がレイスに対して強い耐性を持つ善性霊体種(スピリット)ならともかく、幻想精霊種(テイル)に敗北する理由がない。はずだった。


 僕はアリスを従者(スレイブ)にしてから約四年、その日初めてアリスの敗北をこの眼で確認し、同時に全てを失ったのだ。

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嘆きの亡霊は引退したい。

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