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第二百三十章 夢のその先に

まだだ! まだ終わらんよ!

みんなの応援がある限り、猫耳猫は何度でも、何度だって蘇る!

※注 もう完結するので蘇りません




ということで、お待たせしました!

ほんのちょっとだけ長めのお休みを頂いてしまいましたが、再開です!

実を言うと今回もちょっと更新やばかったんですが、何とか間に合いました!

(誤字脱字とか多かったらすみません)


泣いても笑ってもあと三話!

ここから最終回までノンストップで行きます!!

『人生は一夜の夢のごとし、なんて言ったのは一体誰だっただろうか。



 振り返ると、ここ数ヶ月の出来事は、本当に夢みたいだったと思う。


「これまで、色々あったよなぁ……」


 俺、ことサガラ・ソーマは一年前まではただの普通のゲームが好きな学生だった。


 だけど、去年の七月。

 ひょんなことから架空のゲームの世界に入ることになり、そこでゲームの登場人物だった猫耳の剣士や無表情な雷魔法使い、駆け出しの冒険者に仮面の凄腕魔術師、それから金髪の少しやばい研究者と共に冒険をして、魔王や邪神を倒し、ついには世界を救った英雄になったのだ。

 ただ……。


「それも、『明日』で終わりか」


 邪神を倒して数ヶ月、俺たちは各地のモンスターを倒したり、仲間たちと別れを惜しんだり、図書館で新しい魔法書を捜したり、充実した日々を過ごした。

 正直に言えば、仲間とは別れがたいし、まだ、この世界でやりたいことは尽きない。


 だが、今日は三月三十日。

 俺がこの世界にやってきたのが七夕の前、七月一日だから、もう半年以上が過ぎていることになる。

 これ以上長くこっちに留まれば、元の世界での生活に支障が出る。


「ここらが潮時、だよな」


 誰に言うでもなくそうつぶやいて、ちらりと横目で机の上に置かれた時計を見る。


 ――午後11時55分。


 もうすぐ日付が変わる。

 そうしたらいよいよ、この世界で過ごす最後の日がやってくるだろう。


 どんな別れが待っているのか。

 俺たちが無事に元の世界に帰れるのか、それは分からない。

 だが、どうか、願わくば……。



「――明日が、誰にとっても最良の日でありますように……」



 俺はひそやかにそんな祈りを捧げると、目を閉じて夢の世界に旅立っていったのだった。




 ★ ★ ★ ★ ★




「最後の朝だっていうのに、案外、普通なんだな」


 昨夜は眠れないんじゃないかとか、明日目が覚めた時、どんな気分でいるだろう、なんてことを考えていたから、自分の平常心が意外だった。


 ――午前七時七分。


 なんとなく幸先のよさそうな時間に目を覚ました俺は、そんなことを呟きながら身を起こす。

 さわやかな朝の空気を胸いっぱいに吸い込んで、伸びをした。


「……行こう」


 時間は有限だ。

 こんな日は、特に。


 俺は手早く身支度を整えると、部屋を出て食堂に向かう。

 ……が、


「リンゴ?」


 ドアを開けて一歩進んだところで、廊下に見覚えのある青色を見つけて立ち止まった。


「…まってた」


 廊下に座り込んだ姿勢のまま、そう口にしたのは俺の仲間の一人。

 雷の魔法を操る元王女、リンゴだ。


「何か、用事があるのか?」


 俺が尋ねると、リンゴは小さく首を横に振った。


「…いっしょにしょくどう、いこうとおもって」

「そっか」


 俺としても、断る理由はない。

 リンゴは俺の仲間で、俺がこの世界に来てから比較的すぐに出会ったメンバーだ。

 厳密に言えば出会ったのはミツキやサザーンよりはあとだが、それだけで仲間の価値が変わる訳じゃないしな。


「…………」

「…………」


 会話のない時間が続く。

 ただ、リンゴとの無言の時間はそれはそれで悪くないものだった。

 だからこそ、この時間がなくなってしまうことを惜しむ気持ちが湧いてくる。


 ――いや、もう、決めたことだからな。


 俺が決意を新たにしていると、計ったようなタイミングで食堂についた。


「おはようございます!」


 食堂に入った途端、出迎えてくれる声。

 俺が視線を向けると、そこにはすでに仲間が待っていた。


 彼女はイーナという駆け出しの冒険者。

 かつてラムリックという町で出会い、王都に行く時に一度別れたのだが、色々あってふたたび行動を共にすることになった。


「おはようございます。マキさんは、城で用事を済ませてから来るそうです」


 ついで、落ち着いた声でそう話したのは、猫耳の剣士、ミツキ・ヒサメ。

 俺が長い間一緒に冒険をしてきた仲間で、すさまじい剣の腕を誇る。


「おはよう、ソーマ! 朝ごはん出来てるよ」


 さらに。

 そう言って厨房からやってきたのは、レイラだ。


 彼女もひょんなことから行動を共にするようになった仲間で、俺のことが好きらしいのだが、ちょっと愛が重い。

 今はこうして料理などを頼んだりしているが、元々は……って。


「そういえば、レイラの本業って遺跡の研究じゃなかったっけ? 遺跡に行っているのを見ないけど、そっちは平気なのか?」

「ふふふふ。私には一年三百六十日、おはようからおやすみまでソーマの暮らしを見つめる大事なお仕事があるから」

「そ、そうか……」


 あいかわらずのレイラの台詞に冷や汗をかく。

 あ、ちなみに、一年が三百六十日、というのは猫耳猫の特徴だ。


 元の世界は一ヶ月が三十日だったり三十一日だったりと前後しているため、一年が三百六十五日あったが、ゲームでそれを再現する必要はない、と猫耳猫を作った奴らは考えたのだろう。

 一ヶ月はどの月でも三十日しかなく、従って一年は元の世界よりも五日少ない三百六十日、ということになる。


 そこで、俺は一番大事なメンバーが足りないことに気付いた。


「マキのことは聞いたけど、サザーンはどうしたんだ?」

「サザーンさんなら、まだ起きてないようですよ」


 とのミツキの言葉に、俺はため息をつく。

 サザーンはああ見えて色々と有能ではあるのだが、朝が弱いのが玉に瑕だ。


 ちなみにサザーンというのは俺の仲間の一人で、出会った時期を考えると付き合いは非常に長いと言える。

 元はミティアという名前で、邪神の欠片を封じるための巫女だったが、悲壮な決意を胸に旅に出て、そこで俺たちと運命的な出会いを果たした、という経緯がある。


 いつも仮面をつけているが、それは封印具であり、その下の素顔はかなりの美人だ。

 巫女だっただけあって、魔法の腕も超一流であり、火と闇の魔法に長けている。


 また、俺が元の世界に戻るには、特定の魔法を組み合わせた「合成禁術デスフラッシュ」を発動する必要がある。

 それには、サザーンが使う魔法、「スターダストフレア」が必要不可欠なのだ。

 それ以外にも俺はあいつには期待しているってのに……。


 俺がため息をついていると、ドタドタと音がして、誰かが部屋に飛び込んできた。


「マキ? 城にいたはずじゃ……」

「それどころじゃないよ、そーま! す、すごいもの見つけちゃった!」


 そう言って騒ぎ出した彼女は、マキ。

 俺と同じ世界で育った従妹で、俺と一緒にこの世界にやってきてしまった学生だ。


 俺は、マキのためにも元の世界に戻るべく頑張っているのだが……。


「お、おい、マキ! それって……」


 今は、そんなことを忘れるほど衝撃的なものが俺の目に前にあった。

 何しろ、マキが取り出したのは、この世界にあるはずのない、見覚えのある機械。



「――ブイアールマシンじゃないか!!」



 俺たちをこの世界に呼び込む元凶となったゲームマシンだったからだ。


「そ、それで、これはどこにあったんだ?」

「城の宝物庫だよ。それに、探したらこれと同じものが五つあったんだ。一体どうしよう?」


 どうするも何も……。



「――そこにゲーム機があったらやるしかないだろうが!」



 ということで、みんなでゲームをやることになったのだ。



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



「す、すごいです! まるで現実みたいに身体が動かせます!」


 俺と一緒にゲームを始めたイーナが騒ぐが、まあそれは驚くにはおよばない。

 そもそもブイアールマシンとはそういうものなのだ。


 ――ブイアールマシン。


 これはブイアールのゲームをするための専用の機械であり、これを使うことでゲームの世界に入り込むことが出来る。

 詳しい原理については省くが、要するに頭に電撃の魔法のようなものを撃ち込むことで、精神だけを別の世界に転移させる魔法装置、と説明すれば仲間たちにも分かりやすいだろうか。


「……ふむ。中々の完成度ですね。しかし、感覚がワンテンポ遅れるようにも思いますが」


 やはりミツキだけは達人だけあって、機械がその反応を活かしきれないようだ。

 しかし、おおむね全員が好意的にブイアールゲームの世界を受け入れているようだった。


 俺も軽く検証してみたが、猫耳猫の技は一通り使えるようで、神速キャンセル移動もほかの変態機動技も全部使うことが出来た。

 装備もおそらく強さも現実世界の時と変わらず、そこらを歩いている雑魚は一撃で倒すことが出来た。


「しかし、このマシンを誰が作ったんだろうな」


 あらためて、そんなことを考える。

 ……いや、ゲームを始める前に考えろよ、という話だが、ゲームマシンを前にするとつい身体が疼いて考えるより先にゲームを始めてしまったのだ。


「もしかすると誰かが魔法で再現したんじゃないかなぁ。ほら、この世界はニホンと違って科学が発達してない代わりに魔法が発展してるから」

「なるほど、そういう可能性はあるか」


 俺を除けば唯一ブイアールマシンを知っているマキが言うなら、そういうものなのかもしれない。

 まあ、詳しいことはこのゲームを堪能してからでいいだろう。


 そう思い、俺たちはブイアールゲームの世界を探索したのだが……。


「しかし、これはびっくりだよな」


 結果、驚くべきことが分かった。

 言うなればそこは、猫耳猫の世界と、俺たちの世界が合わさったような場所だったのだ。

 何しろこのゲームの世界には、俺やマキの学校まであったのだから、驚くしかない。


 と、そうやって楽しくゲームをして過ごしていたのだが……。


「あ、あれ? もう十二時?」


 時計を見ると、時刻はもう正午を回ろうとしていた。

 ゲームに熱中して、ついつい遊びすぎてしまったようだ。


「早く外に出て元の世界に戻る準備を始めないと! みんな、このゲームから出るには『ログアウト』をすればいいんだ。今すぐ……」


 俺は焦って仲間たちに呼びかけるが、なぜかその反応は鈍い。


「どう、したんだ? 早く、しないと……。お別れのために、待ってる人だって、いる、のに……」


 そう言っても、全員がにやにやと笑って顔を見合わせるだけ。

 全く動き出す様子がない。


 そして、やがてマキが代表するように前に出て、こう口にした。




「――ねぇ。もう、元の世界に戻らなくてもいいんじゃない?」




 その言葉を聞いた瞬間、頭が真っ白になった。


「マ、キ? 何を、言ってるんだ?」


 俺は、マキのために元の世界に戻ろうって言ってるのに。

 しかし、そんな思いを気に留める様子もなく、笑顔でマキは言う。


「だって、ここには学校だって、元の世界の食べ物や施設だってあるじゃん。

 このゲームがあれば、わざわざ元の世界に帰らなくていいと思うんだ」

「いや、でも、だけど……」

「ね? みんな(・・・)もそう思うでしょ」


 マキが振り返ってそう尋ねると、


「…ん。マキのいうとおり」

「確かに。至言ですね」


 リンゴやミツキまでしきりにうなずいて同意する。


 ――何だ? 何が、起こってる?


 本能が、警鐘を鳴らす。

 これは何かが、どこかがおかしい。


「ねぇ。ソーマ。ずっと、この世界で暮らそう?」

「ソーマさん。わたし、ソーマさんのこと、ずっと……」


 どこかうつろな笑顔で、レイラが、イーナが寄ってくる。


 駄目だ!

 このままここにいてはいけない!


 そう直感した俺は、たまらず叫んだ。



「――ログアウト!!」



 すると、世界はふたたび暗転。

 俺の意識は浮上して……。



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 目に映った光景がゲームの中ではなくて、いつもの食堂の景色だったことに、ホッとする。

 見ると、俺と一緒に仲間たちもログアウトをしたようで、次々に目を覚ましていた。


「なぁ。このマシン壊れてるんじゃないか? 何だか……」


 その様子に安心して、俺がマキに向かって口を開いた時だった。


「あ、れ? なんだ、これ……?」


 俺は自分の身体が、マシンに縛り付けられていることに気付いた。

 驚いて立ち上がろうとするが、きつく縛られていて全く動けない。


「な、なんで……!?」


 その言葉に答えたのは、その様子を見ても動じることなく、笑顔を浮かべているマキだった。

 彼女はブイアールマシンから離れて立ち上がると、これみよがしにため息をついてみせる。


「あーあ。このマシン、作るの大変だったのに」

「マ、キ……?」

「このブイアールマシン。わたしがお城の職人さんと魔道具屋さんたちに頼んで、特注で作ってもらったんだよ。ものすごーく大変だったのに」


 理解出来ない、理解したくない言葉。

 だがそれで、心の奥に引っかかっていた疑問が氷解する。


 ブイアールマシンなんて、この世界にあるはずのない概念だ。

 いくら魔法がある世界で技術面で無理が利くからって、存在すら認識されていないものが再現出来るはずがない。

 さらに言えば、ゲームの中に俺たちの学校があるなんて、どう考えても不自然だ。


 だが、その仕組みを知っているニホンの人間が、マキが情報提供していたなら話は別だ。

 ここにブイアールマシンがあるのは、そういう仕組みだったのだ。


「な、何でこんなことするんだ! 俺は、マキのために元の世界に……」

「だから、だよ。わたしは、わたしたちは、そーまを元の世界に帰さないためにこうするって決めたんだ」


 意味が、分からない。

 俺が元の世界に帰ったって、マキは一緒なのに。

 どうして俺を……。


「だってソーマは! ソーマは元の世界に帰ったら、どうせゲームばっかりやってわたしのことなんて忘れちゃうんでしょ!!」

「そ、そんなことは……」


 ない、とは言い切れなかった。

 でも、だからってこんなことで……。


「ま、待ってくれ! じゃあ、ほかのみんなは……」

「みんなも、同じだよ。そーまに元の世界に帰ってほしくなくて、だから無理矢理でもここに留まってくれるようにしたんだ」


 視線を向けると、


「ごめんね、ソーマ」

「ごめんなさい」


 仲間たちが、申し訳なさそうに謝ってくる。

 だが、それは、逆説的に、マキの言葉が正しいことを証明していた。


「そ、そうだ! サザーンだ! あいつは? あいつなら……」

「バカだなぁ、そーまは」


 一縷の希望に縋った俺の言葉に応えたのは、マキの嘲笑だった。


「ねぇ。なんで、この場にサザーンちゃんがいないと思う?」

「え? なんで、ってそりゃ、あいつが寝坊して……」


 ミツキから聞いた通りの言葉を口にすると、マキは楽しげに笑った。


「ぶっぶー! はずれ! 答えは……あの子がいるとそーまが元の世界にもどっちゃうから消えてもらった、でしたー」

「なっ……」


 何を馬鹿なことを言ってるんだ?

 そんな言葉が、のどに張りついて口に出せなかった。


 ごくり、とつばを呑む。


「じゃ、ちょっと眠ってもらうね。流石にずっとしばりつけたままじゃ、そーまもかわいそうだから」

「なに、を……」

「だから、眠ってもらうだけだよ。……スリープ」


 放たれた魔法に、俺の視界が、闇に包まれていく。



 ――あぁ。こんなの、悪い夢だ。



 抵抗の術もなく、俺の視界は闇に落ちて……。



 ――どうか、夢なら、覚めて……。



 ★ ★ ★ ★ ★




「――はっ!!」


 俺はそこで目が覚めた。

 高鳴る心臓を押さえながら、ベッドから跳ね起きる。


 辺りを見回しても、マキの姿も、ブイアールマシンもない。

 そして時計を見ると……。


 ――午前七時二分。


 と、いうことは……。


「さっきのは、夢……だったのか?」


 口にした途端に、記憶が蘇ってくる。


 ……そうか。

 俺、昨日の夜、時計を見たあとに眠って、それからおかしな夢を見ていたのか。


「……はぁ。ビビったぁ」


 だが、考えてみれば当然だ。

 いくら仲間たちが俺に元の世界に帰ってほしくなかったとしても、あんな強硬手段に出るはずがない。


 さらに言えば、俺は状態異常に耐性を持っているのに、スリープの魔法が効いていた。

 あの出来事一つをとっても、さっきのことが夢だったのは確定的に明らかだ。


「何であんな夢見ちゃったかなぁ」


 やはり、この世界で過ごす最後の日だから緊張してしまっていたらしい。

 夢の中だったとはいえ、一瞬でもみんなを疑ったことを謝らないと。


 そう思いながら俺は手早く身支度を済ませて部屋の外に出る。


 ――あれ?


 ドアノブを回しながら、一瞬だけ違和感が脳裏をかすめるが、それが何かを考える暇もなかった。



「――ソーマ!」



 廊下から真っ黒い何かが俺に向かって勢いよく飛びついてきたからだ。


「サザーン!?」


 俺に飛びついてきたのは、さっきの夢で唯一見かけなかった仲間の少女。

 しかも……。


 ――仮面を、してない?


「ソーマ! よかった!」


 こちらを見上げる潤んだ瞳に、俺は思わずドキッと心臓が跳ねるのを感じた。


 ――お、落ち着け。相手はサザーンだぞ。


 そう思うものの、一度意識してしまうと、なかなか顔のほてりが収まらない。


 本来のサザーンは由緒正しい封印の巫女で、しかも超絶美少女。

 本当であれば俺程度は話も出来ないような相手だ。

 しかも……。


(い、意外と、大きい……!)


 ぎゅっと俺にしがみついている関係上、サザーンの想定以上に育った胸が、俺の身体に当たっていた。


 男装をしている関係上、普段はさらしでも巻いているのだろうか。

 この感触、イーナは言うまでもなく、マキやリンゴなどよりも確実に戦闘力は上だ!


 なんて、のんきに構えていたのだが……。


「早く! 早く逃げろ、ソーマ!」

「は?」


 俺にしがみついたサザーンは、訳の分からないことを言い出した。


「あ、あいつら、お前が元の世界に戻るっていうから、とんでもないことを……。

 と、とにかく逃げるんだ!」


 じわりと嫌な予感が浮かんでくる。

 サザーンが殺されたのは、夢の中でのことだ。


 現実のこの世界では、そんな馬鹿なことが起こるはずはない。

 そう思うのに、嫌な予感が止まらない。


 しかし、口だけは正反対の言葉を吐いていた。


「大丈夫だよ。冗談か何かだろ、きっと。あいつらがそんなひどいことをするはずない」

「だ、だけど……」

「それに、仮に誰かが俺を何とかしようと考えていたとして、どうするって言うんだ?

 だって俺には、最強の装備が……あれ?」


 そこでやっと、俺は先程の違和感の原因に気付いた。

 そうだ。

 確か昨夜までは俺が持っていたはずのアレが、どこにも……。




「――捜し物は、コレですか?」




 耳朶を打つ、涼やかな声。


「ミツキ……?」


 そこに立っていたのはミツキ・ヒサメ。

 俺の信頼する仲間。

 そのはず、だった。


 だが、その手にあるのは……。


「ふふ。貴方の部屋に落ちて(・・・)いたので、拾ってきてしまいました」

「リュート・ディズ・アスター……」


 邪神が変化したリュートで、持ち主に最強の力を与える装備。

 それが、彼女の手に渡っていた。


「ミツキが、拾っていてくれたのか? 返して、くれないか?」


 なぜだろう。


「貴方が、悪いのですよ。私との死合が終わらない内に、元の世界に戻る、等と妄言を言うから」

「ミツキ? 冗談、だよな?」


 狼狽する俺に、リュートと刀を構えたミツキは嫣然と笑ってみせる。


「もちろん。私はいつでも本気ですよ。さぁ、最後の戦いと行きましょう」


 ぞわり、と肌が粟立つ。

 もし、リュートを持ったミツキが敵に回ったとしたら、絶対に勝てない。


 決断は、一瞬だった。


「逃げるぞ!!」


 俺はサザーンを抱えると、廊下をミツキと逆方向に神速キャンセル移動で走り抜ける。


「ソ、ソーマ! 僕を置いて……」

「馬鹿言うな! 大丈夫だ! リュートで速度は上がらない。速さだけなら俺の方が……」


 腕の中のサザーンを安心させようと、そう言いかけた時だった。

 突然サザーンが身をよじる。


「ソーマ!」

「なっ!?」


 横。

 廊下の側面から雷撃・・が飛んできて、俺を直撃する。


「ぐっ!」


 そこまでのダメージはない。

 だが、その強力な雷の魔法は俺の身体を一瞬だけ硬直させ、俺たちはもつれるように廊下に転がってしまった。


 こつ、こつ、と音を立てて、倒れた俺に近寄る青い影。


「ま、さか……。お前も、なのか」


 俺を一瞬とはいえ止めるような雷。

 そんなものを放てるのは一人しかいない。


「リンゴ! 何でお前まで!!」


 幽鬼のように白い顔をしたリンゴが、ゆっくりと俺に指を向ける。


「…ソーマをころして、わたしも、しぬ。そしたら、ずっと、いっしょだから」

「そんな、そこまで……」


 リンゴになら、殺されても仕方ないかもしれない。

 一瞬だけ、そう思った時だった。


「う、うあああああ!!」


 俺の横を駆け抜ける黒い影。

 サザーンが今にも雷撃を放とうとしたリンゴにとびかかったのだ。


「早く、早く行け! 僕は、僕はお前に、うわあああ!!」

「サザーン! くそっ!」


 俺は立ち上がり、ふたたび逃げ出そうとする。

 だが、


「ぐあっ!」


 それは、果たせなかった。

 どこからか飛んできた投げナイフが、俺の足に突き刺さっていたのだ。


「ソーマさんが、悪いんですよ。こんなにソーマさんのことを思ってる奥さんを放っておいて、元の世界に行くなんて言うから」

「イー、ナ……」


 お前もなのか、なんて言葉も出なかった。

 ただ、絶望だけがあった。




「――漸く、追いつきましたよ」




 いや、真の絶望は、ここからだったらしい。

 ついに、俺の死の運命が、最凶の剣士、ミツキ・ヒサメが俺に追いついてきた。


「さぁ。終わりです」


 彼女はゆったりとすら見える動きで、刀を振りかぶり……。



「ダメーー!!」



 そこに飛び込んできたのは、金色の閃光だった。


「レイラ!?」


 俺と、俺に向かって刀を振りかぶるミツキを見ると、必死の顔でこちらに駆けてくる。

 彼女は振り上げられた刀を恐れることなく、俺に向かって一直線に駆けてきて、


「来るな! 早く逃げ……え?」




 ――俺の胸に、ナイフを突き立てた。




「なん、で……」


 かすれた声を出す俺に、レイラは、俺の胸に刺したナイフをグリグリと動かしながら、壊れた笑いを浮かべる。


「……だって。ソーマを殺すのは、絶対私だって決めてたから」


 その、あまりにも救いのない返答に、俺がガクリと膝をつき、倒れた。



 ――もう、終わりだ。



 今の俺は寝てもいないし、ブイアールマシンを使ってる訳でもない。

 つまりこれは、正真正銘、本当の現実で……。



「…………………………いや。待て、よ?」



 その時、だった。

 俺の脳裏に、閃きが走ったのは。


「昨日、は……」


 昨日は、三月三十日だった。

 そして、そこから一晩寝たとすれば、今日は三月三十一日のはず。


 ……そう。

 一年が三百六十五日の「日本の暦」で考えれば、そうなるはずなのだ。


 ……しかし!

 しかし、ここは猫耳猫の、ゲームの世界だ。

 俺は確かに聞いた。


 レイラが、「一年三百六十日」と口にするのを、確かに聞いたのだ!


「一年は、三百六十日。だと、したら……」


 猫耳猫の世界が、日付を分かりやすくするため、一ヶ月は三十日で固定していて……。

 三月も「三十日」までで終わり、「三十一日」はないとするなら……。



 ――三月三十日の次は、四月一日。



 今日は四月馬鹿の日(エイプリルフール)


 つまり……。










「今までのは全部、エイプリルフールの嘘だったのか!!!」











 刺されたのも、突然仲間たちが豹変したのも、全部ウソ。

 そりゃそうだろう。

 こんなことが実際に起こるはずがない。


 ああ、よかった、と俺は刺された胸をなでおろし……。











「…ちがう、よ?」










 聞こえたリンゴの声に、凍りつく。


 そんな俺に、追い打ちをかけるように。

 刀を振り上げたミツキまでもが、首を傾げる。


「おかしな事を言いますね。一年は三百六十五日。当然、三月三十日の翌日は、三月三十一日ですよ」

「う、そだ! だって、俺は確かに、一年は三百六十日だって……」

「それは――」


 首を傾げたミツキは、嫣然と口の端を歪めて、




「――夢でも見ていたのでは、ないですか?」




 その言葉に、俺は全てを悟った。


 ……そう、だ。

 俺が猫耳猫世界では「一年は三百六十日」で、「一月は三十日」しかないと認識していたのは、「夢の中」だ。

 現実じゃ、なかった。


 なぜ、勘違いしていたのだろう。

 猫耳猫は、元の世界と完全に一致した暦を持つゲーム。

 一ヶ月が三十日だなんてこと、あるはずがなかった。


 それでも一縷の希望に縋って、俺はミツキに問いかける。


「な、なぁ! じゃあ、本当に、今日は……」

「ええ。四月一日では、ありません」


 優しげな、慈愛すら込めて放たれる言葉に……。


「あ、はは。ははは……」


 俺の心は、折れた。

 身体から流れる血液と一緒に、四肢から力が抜け、もう逃げる気力すらない。


「大丈夫ですよ。皆で送ってあげますから」

「…さよなら、ソーマ」


 ミツキたちの言葉と、次々と突き立てられる刃の冷たさが、まるで救いのようにすら思えた。


「あ、ぐ……」


 展翅された標本のように、俺は床に縫い付けられる。

 もう身動きすら、ままならない。


「あ、ぁ……」


 自分の身体から、熱が引いていくのが分かる。

 絶対的な死の予感を前に、頭をよぎったのは、一つだけ。


 それは、仲間たちに対する恨みでも……。

 元の世界にやり残した未練でもなく……。




 ――こんなことなら、サザーンの言うこと、信じてやれば、よかった、な。




 ただ一人、最後まで俺の味方であり続けてくれた最愛の人への、感謝と後悔の気持ち。

 そして、



「ごめん、な。サザーン……」



 その言葉を最後に、俺の意識は永遠の闇へと堕ちていったのだった。










































〈この世界がゲームだと俺と巫女だけが知っている エイプリルフール特別編〉 ~おわり~ 』



 と、俺はそこまで読んで、ぽい、とその紙束を放り捨てる。

 ぱさり、と控えめな音を立てて、紙束は俺の膝の辺り、ベッドの布団の上に落ちた。


 するとそれを察知したのか……。


「おっ! 読み終わったのか? ど、どうだった? 今回のは我ながら会心作でな! 貴様からエイプリルフールとかいう風習の話を聞いた時からずっとアイデアを温めていたのだ! か、感謝しろよ? 一応主役として抜擢したことを鑑みて、特別に貴様に一番に読んで感想を言う栄誉を与えようと……」


 この事態の犯人――サザーンがはしゃいだようにまくしたててくるのを、俺は寝ぼけ眼で眺める。


 本人に許可を取らずに勝手に俺を主役にした小説を書いている、というのは百歩譲っていいとしよう。

 俺がゲームと見たら何も考えずにやらずにいられないアホな性格にされてるのも、創作ということで不問にしてもいい。

 途中の日本関係のもの、特にVRゲーム関係がやたら雑で間違いだらけなのは……絶対に許さないが、今は置いておこう。

 サザーンに関することだけやたらと設定が盛られているのも、まあ、武士の情けとして見逃してもいい。


 一番の問題は……なぜこんな小説を読ませるためだけに、人を深夜三時に叩き起こしたのか、ということだ。


「今回はインパクト重視でバッドエンドにしたが、ま、まあ? 僕も鬼ではないし、これを読んで、貴様が女にだらしない自分を反省したというなら、僕と屋敷を脱出したあとに館が炎上する古典的ハッピーエンドにしてやっても……」

「――いいから寝ろ!」


 これ以上付き合っていられるか。

 まだグダグダと何かを言うサザーンを、俺は問答無用で布団にダンクシュートして黙らせる。

 しばらく布団の中で暴れていたが、そのまま押さえ込んでいるとやがて抵抗もなくなった。


 お邪魔虫がおとなしくなり、やっと早朝の静謐な空気が部屋に戻ってくる。


「……はぁ。これでやっと寝れる」


 勝ち取った平和を満喫しようと、俺はベッドの上から机に小説を移動させると、布団に潜り込む。

 やっぱり二度寝というのは格別だ。


 眠気のせいだろうか。

 さっきよりもぬくぬく度が増したように感じる布団にくるまると、俺は今度こそ正しく夢の世界に旅立ったのだった。


エイプリルフールかと思った?

残念! サザーン(の小説)でしたー!




さて、無事にノルマを達成したところでここから

本編を三日連続更新して完結します


次回更新は4月2日0時の予定です

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この時のためだけにわざわざ一年前に連載を始め、この一週間で何とか二十三話まででっちあげた渾身作です!
二重勇者はすごいです! ~魔王を倒して現代日本に戻ってからたくさんのスキルを覚えたけど、それ全部異世界で習得済みだからもう遅い~
ネタで始めたのになぜかその後も連載継続してもう六十話超えました
― 新着の感想 ―
[一言] サザーンちゃんはね......胸なんか無いんだよ さらしなんて巻かないし 男と見分けがつかないし 仮面を外すまでは男の子でなきゃいけないの
[一言] この回の途中で違和感を覚えた人達は今までの話の漢字表記などに注目DA☆
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