8話 殺意という闘志
「何だったんだあの人は…?突然勝負しろとか言い出して…。」
俺はチャーハンをスプーンでよそりながら言った。
時間は12時32分。場所は食堂のテーブル。
この食堂は1列10台のテーブルが置かれており、それが4列分ある。
俺と零央はその2列目、3台目のテーブルに座っていた。
俺はチャーハンの大盛りと野菜ジュース、零央はとんかつ定食を注文した。
そして今に至る。
「それだけ戦いたかったんじゃないかな?桐ヶ——誠は強かったし。」
「でもさぁ、ただ強いからって戦いを挑むのはちょっと…。あの人は俺の戦い方を見てたんだから、自分とどっちが強いか分かるはず。俺だったら勝てないと分かってる無謀な勝負は、挑みも買いもしないけど。」
まぁそんなやつは、敵の力を解析出来ないバカってことになる。あの人はどうなのやら…。
「…隣、いいかな?」
と、突然意識外から声をかけられた。
だが、
「どうぞー。」
俺は半ば棒読みで返事をした。
その理由は至ってシンプル。
「…何よその半ば棒読みの反応は?」
お前はエスパーか霧江麗沙!?
と、ここでそれを言うのはまずい。調子に乗り出すかも…。
「だって絶対、勝負しろとか言うんだろ?」
俺は現実味を帯びた言葉で返す。
「エスパーなのあんた!?」
お前は口に出すのかよ!
「あれだけダッシュして戦えって言ってたんだ、俺にある用事なんてそれくらいなもんだろ。それから、俺はあんたじゃなくて誠だ。」
少し強気な態度で言い放つ。
「何なのよその強気な態度は——」
「1回落ち着いて麗沙ちゃん!ここ人多いし!」
と、後ろにいた女子が霧江の肩を掴み訴えた。
そういえば、さっき霧江を止めてくれたのはこの人か。声がさっきと一緒だった。
「あ、えっと…、初めまして、川満黄緑です。よろしくお願いします。」
川満といった女子は、少し緑がかった黒髪ロングヘア、眼鏡に緑の瞳が輝いていた。
お、川満さんの方は対抗心とかない物静かそうな人だな。
素直に名乗ろうとしたが、霧江が居るところで明るく名乗ったら何をしでかすか分かったもんじゃない。
「あぁ、俺は桐ヶ谷誠。こちらこそよろしく。」
少々ぶっきらぼうな感じで自分の名前を伝えた。
「あ、僕は佐久間零央で——」
「部外者は黙ってて!」
零央も名乗ろうとした矢先、霧江が威圧感満載でそれを遮った。
いや理不尽!さっきの現場にいた人物だぞ!?
「ちょっと、いくらなんでも酷いよそれは!」
霧江の失言を川満さんが指摘する。
うん、これは苦労するわ川満さん。同じようなこと何度もあったろうな…。
「そんで霧江麗沙、今回も結局勝負をふっかけに来たんだろ?」
このまま続いても川満さんが可哀想なので、話題を元に戻した。
まぁ、返事はノーだけど。
「…よ…でい…よ…。」
「ん?何だって?」
マジで聞き取れなかった。耳が聞こえにくいわけでははずだが…。
「呼ぶ時は麗沙でいいわよ…。」
今度はしっかり聞き取れた。顔と目線を横に逸らすというオマケ付きで。
あ、こういう所は女の子っぽいんだな。俺の中で彼女の好感度が少し上がった。気がする。
「…りょーかい。でも今日勝負はしないからな?」
「え!?何でよ!勝負しなさいよ、逃げる気!?」
逃げたいわけじゃないんだけど…。
めんどくさいと正直に伝えたら余計しつこくなるだろう。
それに…。
「何よ、あたしじゃ不満?」
「いや、そうじゃなくて…、なんというか…黒崎先生と戦った時は、先生から殺気を感じたんだ。何よりも目から。紛れもない、本物を。でも、今の麗沙の目は、ただ勝負したいっていう願望が見えるだけ、だからかな…。」
経験が無いため八割ほど勘だが、黒崎先生は本気で殺すつもりだと感じさせる目だった。
だが彼女の目は、むしろ期待感に満ちている。言うなれば、雲ひとつない空に光る太陽のようだ。
その太陽がただメラメラと燃えているだけで、焼き尽くす程の熱を持っていない。
だが黒崎先生の場合、太陽が急速に巨大化していって、自分を焼かんと迫ってきているような緊張、殺意があった。
「麗沙が戦いたいっていうのは十分分かった。でもただ戦いたいという闘志だけで戦闘は勝ち残ってはいけない、と思う。…正直にいえば、生半可な気持ちで挑むなってことだな。」
俺は自分の心境を偽りなく言った。
「別に舐めてるって訳じゃないから安心しろ。他人を見下すことはしないから。さて、ごちそうさまでした。んじゃ。」
俺は昼食を食べ終え、次の授業の準備と仮眠という休憩を取りに食堂を後にした。
手を出して止めようとする男女2人と、呆然と立っている女子1人を置き去りにしたまま。