363 対話の果てに
この世界に転生して数多の修行や戦闘を経験する中で、一度だけ言ってみたくなった台詞があった。
ただそんな機会がやって来ることがなければいいとも本気で思っていた。
理由は簡単でその台詞を発する時は間違いなく戦闘中だからだ。
魔族が尻尾で形成した魔法陣から打ち出した赤黒い魔力は、俺を覆う程の極大レーザー光線となって俺を飲み込む……。
「ククッ、ハッハッハ。あれしきのことで我が冷静さを欠くと本気で思っていたのか。何かを狙っていたようだが……」
その光景を見ていた戦乙女聖騎士隊からも悲痛な声が上がってくる。
完全に油断してくれているみたいだし、そろそろ決着をつけるか。
「残念。それは「なっ!? 残像だと」……」
「……」
「……」
俺は無言のまま幻想剣を振り切ると魔族の上半身と下半身は別れを告げた。
「グォォォオオ、き、貴様、どうやって……」
「それに答える義理は……ない」
実際そんな余裕もなかった。
確かに魔族を斬ることには成功したのだが、魔族からは溢れ出たのは血ではなく瘴気だったのだ。
そして先程と同じように斬った直後から瘴気が溢れ出し、斬った部分に集まり出すと、別れたはずの胴体が瘴気で繋がり始めたからだ。
ただ予想外のことがあっても慌てずに、まず浄化波を発動して瘴気を散らし、魔族の分断した上下の身体を聖域結界の中に閉じ込めることにした。
その対処が正解だったのか瘴気は個別の傷を治すことになり、治し終えるとそれぞれの身体へと還っていった。
「な、卑怯な」
「そんな簡単に復活されても困るので……。さて先程も質問しましたが、いま邪神は何処にいるのですか?」
「何故そこまで邪神様を探すのだ」
「この世界に神でありながら干渉するからですよ。クライヤ様とレインスター卿に封じられたにも関わらず、転生龍に呪いをかけたり、人の身体を乗っ取っては混沌の世へ導こうとしたり、非常に迷惑だから時空の彼方へお帰りいただきたいだけです」
邪神とはいえ神様を人の身でありながら滅することなんて出来ないだろうからな。
「我が教えるとでも思っているのか?」
「どちらでも構いません。どうせ滅することになりますし。ただ魔族が何故いまになって攻撃を仕掛けてきたのか、その理由は聞いてみたいですね」
先に下半身を浄化波で浄化すると聖域結界内で爆発を起こし、とんでもない量の瘴気が聖域結界内を黒紫色に染めた。
「な、貴様、止めろー」
俺はさらに浄化波を発動して聖域結界内の瘴気が完全に浄化することが出来ることを確かめてから魔族へと再度話しかける。
「俺も本当はこんなことはしたくないですよ。だって悪役みたいじゃないですか。だけど理由も分からないまま大事な人達が危害を加えられる……。それを黙ったまま傍観していることなんて出来ないんですよ」
俺は手を振り上げて浄化波を発動する真似をした。
「や、やめろ。教えてやる。だから我を助けることを約束しろ」
どこまでも上から目線なのはこの際どうでも良かった。
「そうですか……。それで邪神は一体どこに?」
「分からない……本当だ。迷宮の最奥に眠る魔石には邪神様の力が宿っていて、それを回収するのが我の役目だったのだ」
転移を使えるから便利に使われていたってことにしたいのかな? ただたとえそれが本当でもただの回収屋ではないことだけは確かだった。
「それで魔石を全て回収し終えたら?」
「邪神様が封印から解き放たれて復活なされるはずだったのだ」
ん? 手筈ではなくて“はず”って言ったか? ……もしかしてもう全ての魔石を回収し終えていたのか……。
「それなら復活することが出来なかったんじゃないの?」
「くっ……邪神様は必ず復活なされる。こうして魔族の王となる我を生み出してくれたことがその証拠だ」
どうやらまだ魔王ではないことに俺は心から安堵した。
勇者じゃないと勝てないわけじゃないならまだなんとかなると思えたからだ。
「最後に聞いておきたかったんだけど、何でこちらの世界にやってきたんだ? 暗黒大陸……魔族の国だけで暮らすことも出来ているんだろう」
「何を言っている……。最も優秀な種族が全ての種族の頂点に立つことは自然の摂理であり道理だ。あの忌々しい封印の影響さえなければ、弱者が共栄する国を統治するのは当たり前のことであろう。貴様ら人類も同じことをしているはずだ」
その言葉に頷きたくはなかったけれど、そういう一面もあることは確かだった。
「それで邪神の力でこっちの大陸へとやってきたのか?」
「貴様らにとっては人類を救ったレインスターは英雄だったのだろう。しかし強者にだけ優しい暗黒大陸に閉じ込められた我らにとっては奴こそが邪悪なる者だ。だからこそ平和で豊かな世界を享受する貴様らのことを今度は我らが統治してやるのだ」
「そうか……。言葉が通じるならもっと平和的解決が出来ると思ったんだけどな……」
「なっ!? 貴様、約束が違うぞ」
「一言も約束はしていないさ。それでも対話が出来るのであれば平和的な解決方法を互いに模索していくことが出来るんじゃないかと少しだけ期待はしていたんだけど……」
「狡猾なぁぁぁ。殺れ」
魔族がそう叫ぶと、戦乙女聖騎士隊の方が騒がしくなる。
どうやらルミナさんとエリザベスさんが戦乙女聖騎士隊の皆に斬りかかったようだった。
「何をした!!」
「ただの騙し合いだろ? あの二人はかなり抵抗力があったから眷属化までは出来なかったが、それでも魔族化させる呪いは既に刻んでいるのだ。魔族の王となる我の命令ならば既に従うのは当然だ」
魔族は勝利したかのように愉悦する。その姿を見ると相容れない存在なのだと悟らされるようだった。
「ルミナさんとエリザベスさん!!」
俺は戦乙女聖騎士隊の皆に襲い掛かる二人に浄化波を発動しようとするが、発動しきれなかった。
そんな俺に向かって魔族は楽しそうに告げる。
「くっくっく。そんなに他者が大事なのか? それともあの二人が特別だったのか? だが、そういうところが人類は甘くていい。人質さえ作ればきっと従順に統治される道を選ぶだろう。さぁこの結界をさっさと解除するのだ。そうでなければあの二人を自決させるぞ」
しかし魔族の要求に答える間もなく俺の耳にルミナさんとエリザベスさんの声が聞こえてくる。
「……ルシエル君、どういう未来を選ぼうとも私は君の選択を尊重しよう。けれど一時の感情で動き、人類を危機に晒すようなそんな真似だけはしないでほしい」
「そうですわ。私達は……いえ、私はもう一度は死んでいた身なのです。こうして家族を攻撃するぐらいなら自決を望みますわ」
「……俺の選択を信じてくれるんですか?」
「いつも真っすぐに努力して突き進むルシエル君だからこそ好意を寄せたのだ。たとえここで朽ち果てようとも私に後悔はない」
「きっと世界を救ってくださいませ」
二人の覚悟は痛い程に伝わってきた。
「一気に浄化するから苦しみも一瞬だろう」
「き、貴様、本当に分かっているのか? 我を殺せばその女達の呪いによって直ぐに魔族となるのだぞ」
「二人は俺の選択を尊重すると言ってくれた」
「本心ではないはずだ」
「もう黙れ、二人の言葉を穢さないでくれ」
「や、止めろーーーーーー」
浄化波で魔族は青白い炎に焼かれるが、それでも瘴気によってその身体をなんとか保っているようだった。
「聖龍よ、その力を解放し邪悪なる化身を浄化してくれ」
「ぐわあぁぁぁぁぁーー」
魔族は聖龍に飲み込まれ、徐々に浄化されて消えていく。
そして俺は苦しみ出したルミナさんとエリザベスさんの下へ幻想剣から幻想杖に換装しながら駆け寄り、いくつもの魔法を紡ぎ出す。
「人類最高のS級治癒士が目の前にある命を紡ぐことが出来ないで、世界を救うことなんて出来るか。絶対に魔族になんてさせるか。絶対に元に戻す」
その時、俺は限界を超える準備を始めた。
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