317 観戦と新たな……
龍神が不敵な笑みを浮かべてから、俺の修行には準備がいるとのことで、今日は師匠達の訓練を見学することになった。
師匠達のことだから、既に圧勝している可能性も考えていたのに、実際には炎龍、水龍、風龍、土龍に対して旗色が悪そうだった。
師匠には土龍が師匠の速さを殺すような地形を形成して、飛ぶ斬撃もあえなく土の壁で防がれていた。
それでもいつもの師匠なら何とか出来ると思うのだけど、動きにいつものキレがない。
ライオネルの場合はもっと深刻で、水龍から攻撃を受けた箇所が凍ってしまい、既に殆ど身動きが取れなくなっていた。
ただライオネルの場合は、相手の容姿を気にしている部分もありそうだけど……。
風龍は空を駆けながら、下にいる戦乙女聖騎士隊に向けて風刃を発動し防御一辺倒にさせていた。
唯一、リディアとエスティアだけが炎龍と互角以上に渡り合っていたが、それでも勝つまでには至ってなかった。
そして最も驚いたのが、ルミナさんとバザックが既にリタイアしていたことだ。
聖龍から回復魔法を受けている感じだったけど、聖龍は二人を一気に治療することはせず何か話をしているように思えた。
「よもや龍達にいいようにやり込まれているとはな」
フォレノワールの目は少し厳しかった。
「まだエスティア達は善戦しているようですが、たぶん龍ではなく竜人形態の為、模擬戦と勘違いして戦闘を始めてしまったのかもしれませんね」
闇の精霊の言葉が引っ掛かった。
「それは全力で戦えていないって解釈で合っているのか?」
「ええ。あの姿でも巨大な龍の姿でも、基本的に力の強さや皮膚の硬さは変わらないの。それに相手がまだ子供のような姿形をしている水龍、風龍、土龍だと、人族は全力で戦えない心理になるのでしょ?」
確かに闇の精霊のいうことは最もだ。
強いと分かっていても、若干の躊躇いが出てしまっているのは間違いない。
きっと俺の相手が龍神じゃなければ、自分の命に関わらないと、心がブレーキを掛けてしまうかもしれない。
「ルシエルの師匠とあの従者は確かにキレが悪いわ」
「フン、ルシエル以外が弱いということだろう? 我を圧倒的するような人族がそこまで多くいて堪るか」
龍神はそう言うが、師匠やライオネルは普通の人族ではないのだ。
「う~ん、一度回復とアドバイスを送っても?」
「好きにするがいい。どうせ何も変わらないだろうからな」
龍神は転生龍達の勝ちは変わらないという表情だった。
しかし師匠達とここまで来るのに竜達と戦ったところは見ていた訳じゃないのか? その割には“ルシエルン”を知っていたけど……師匠達のことを見くびっている気がする。
“ルシエルン”のインパクトが強過ぎたからだろうか?
俺はとりあえずルミナさんやバザックを含めた全員へエクストラヒールを発動させた。
「師匠、ライオネル、見た目は竜人でも全力で倒し切って大丈夫ですよ。相手はこの世界が誕生した頃から生きているんですから」
「ルシエル? 修行はどうした?」
師匠らしくもなく、戦闘に集中し過ぎていたのか、今までこちらに気が付いていなかったらしい。
「色々あってですが、こちらは既に龍神様を先程倒しました」
「なっ!?」
「それは誠ですか?」
師匠と同じく、ライオネルの声が上がる。
他の皆も驚いた顔でこちらを見る。
「龍神様のブレスが俺には全く効かなかったので、そのおかげもありますけどね」
戦いのことはそこまで話さなくてもいいだろう。
「こんなところで苦戦している場合じゃなかったか……師匠としてそう弟子に何度も負ける訳にはいかないな」
師匠は地形に足を掛けて身体強化で風のように土龍へ迫る。
「まさかルシエル様より闘いに勝つのが遅くなるとは、従者筆頭としての名が廃ります。相手の容姿に惑わされることなく、強者には全力で参ります」
ライオネルは火炎弾と斬撃を一度に飛ばし始めた。
どうやら二人にスイッチが入ったらしい。
傷が癒えれば、あの二人なら問題ないだろう。
「戦乙女聖騎士隊は風龍に翻弄されて隊列が乱れています。ルミナさんが抜けた穴をしっかりとカバーし合ってください」
「「「はい」」」
皆が一斉に返事をしたところはさすがに騎士隊なだけはある。
「リディアは水精霊をエスティアは闇魔法をもう操れるはずだから、全力でいけば勝てるぞ」
「分かりました。【古の盟約に従い、、我が魔力を糧に顕現せよ 水の精霊アクア】」
「はい【シャドウバインド】」
リディアの魔力が持てば、二人でも何とかなりそうだ。
「ルミナさんは戦乙女聖騎士隊の要なのですから、最後まで部隊から離脱しないように、バザックは……適当に頑張って」
「ルシエル君、助かったよ。見ていて欲しい」
「私だけ雑ではないか? まぁいい。信頼を勝ち取るとしよう」
どうやら戦意を失っている人達は誰もいなかった。
旗色が悪かった戦いも、徐々に五分の戦いとなっていく。
そこへルミナさんとバザックの治療をすることがなくなった聖龍がこちらへやって来て、俺を見た後で龍神へ声を掛けた。
「本当に負けたんですか?」
「……」
とても小さく負けたと声が聞こえた。
「まさ修行をつけるつもりが負けるとは……後でお説教ですからね」
「こいつは……いい、後で話す」
龍神は俺が転生者であることやレインスター卿の特訓を受けたことはこの場では言わないでいてくれた。
「それでルシエルは強かったですか?」
「ああ、レベルはまだ低いが、それ以外は誰かのせいで、俺が鍛えなくてもいいぐらい勝手に強くなっていたよ」
俺を見る聖龍が、何故か嬉しそう頷く。
「それでは私達全員と戦わせるのですか?」
「いや、さすがにルシエルだけが強くても、下手に被害が出そうだから、あ奴らはここで鍛える」
「それではルシエルはどうすんです?」
「精霊女王のところへ送る」
精霊女王って……ここで修行する訳ではないみたいだけど、何だか話の流れが見えない。
「……言っている意味を理解しているんすか?」
「龍神、貴様は一体何を考えている」
「我らが母の元へ送るということがどういうことか分かっていない訳ではあるまい」
聖龍、フォレノワールと闇の精霊がここまで言うのだから、何かあるのかもしれない。
「無論だ。だが、こ奴が邪神と相対して生き残れる確率をあげる為には、どちらの巫女を選ばせるよりも重要なことだと思うぞ」
「その前に死んでしまう可能性だってあるのだぞ」
フォレノワールのその一言に俺は驚いてしまう。
「我に勝つぐらいだ、きっとラフィの封印も解いてくれるだろうさ」
ただ俺を見る龍神の目には期待が篭っているように感じた。
「貴様が母の名を口にするな」
「我らが母は、貴様達を守るために封印されたのだぞ」
フォレノワールと闇の精霊は激高するが、龍神はそれを手で制した。
「分かっている。だからこそ精霊女王の封印を解ける唯一のこの男に、我は賭けてみたいのだ。全て上手くいけばレベルも上がり、ラフィ……ラフィルーナの封印が解けるだろう」
「盛り上がっているところ悪いけど、俺は一体どこへ送られることになっているんですか?」
一切話の流れについていけなかった。
ただラフィルーナというのは、散々転生龍達を開放する時に聞いてきた名前だったのは分かる。
それが精霊女王だったとして、修行とどう関わってくるのかが分からなかったのだ。
「元世界樹があった場所に出来た迷宮だ」
龍神のその発言に、俺の思考は一瞬停止することになるのだった。
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