316 追撃、そして決着
落ちていく龍神を見つめ、こんな簡単に倒せるものなのか? 少し考えてそんな筈はないと直ぐに気持ちを切り替える。
「【グラヴィティーコントロール】【ロックバインド】【エレメンタルフォースドラゴン】」
落下した龍神に対して重力を展開し、大地を隆起させ、龍神の身体を固定し、最後に追撃となる魔法を放ってみた。
レインスター卿には魔力障壁だけで対処されて、実際の威力が分からなかったから、実験的な意味合いを含めた攻撃でもあった。
【エレメンタルフォースドラゴン】が龍神へ唸るように迫ると、龍神は避けることはせず、あの闘気……龍気で身体を覆った。
そして【エレメンタルフォースドラゴン】が龍神の胴体に喰いついたところで爆ぜた。
俺は幻想剣を構えて次の追撃を考えていると、下から数多くブレスが俺に向けて放たれた。
龍神のことで頭がいっぱいとなり、竜達がいるということをすっかり頭の中から抜け落としていたのだった。
「忘れてたけど、ちょうどいい機会かな」
さすがに龍神相手に接近戦を挑めるほど、自分の能力を過信はしていない。ただレインスター卿が出現させた魔物型ゴーレムの中には竜もいて戦う機会もあった。
そのため現実の竜とどこが違うのか、試してみることにした。
対ブレスは魔力障壁の上に【ドラゴニックシールド】を発動させることで無効化し、そのまま攻撃してきた竜へと落下しながら斬りかかった。
大口を開けてそのまま俺を捕食しようとした竜は、宙を蹴ってスピードを上げた俺を捉えられず、逆に俺が竜の顔を斬りつけた。
そして地面に着地すると、そこから身体強化と竜の反対属性の魔力を幻想剣へ込めて斬りかかっていく。
竜の攻撃は噛みつき、尻尾、引っ掻き、ブレス。
一つ一つの攻撃が一撃必殺ともなる威力を秘めている。
だけど攻撃自体はその四つしかない。
連続攻撃もなく、一度攻撃を躱せば、こちらに必ず反撃の 機会が訪ずれる。
竜種のほとんどが四足なので、足を斬りつければバランスが崩れ、次の攻撃の予測も立てやすい。
龍神に意識を少しだけ傾けつつ、竜達を倒していく。
きっと称号によって竜達から受ける恐怖感がないからだろう。
そう思いながら、身体を動かし続ける。
そして魔力が減ったと思ったところで、盾を魔法袋へとしまい、左手に魔力結晶球を握りながら戦う。
行動しながら、次に自分が何をすべきなのかを常に考え、それを徹底することで心に余裕が生まれてくる。
仕事でも戦闘でも、それは同じなのだとレインスター卿は語っていた。
頭では理解しているけど、それが本当に実行出来るようになるまでは難しいし、投げ出したくもなる。
それでも計画を立てながら、少しずつでも前に進めば形になる……それはS級治癒士になって、徐々に俺の中で薄れていった部分かもしれない。
レインスター卿と話をするまで、前世のことなんてすっかり忘れていたけど、魔法が使えるようになったことと、初心を思い出させてくれたことには本当に感謝している。
修行の日々を思い返しながら、竜達を倒してくと竜の途切れた場所がようやく出て来た。
すると視界にフォレノワールと闇の精霊が見えたので、周囲を警戒しながら一旦全体を把握することにした。
「少しは相棒らしくなれたかな?」
フォレノワールにそう笑いながら問いかけてみる。
「一体どういうことなの?」
「あれだけ光と闇の力を使うなんて、少し前のルシエルにはあり得なかったわ」
フォレノワールと闇の精霊は驚いた顔をして、逆に問われることになった。
「それは我も聞きたいぞ……」
人型に戻ってボロボロになった龍神が身体を引きずりながら近づいてきた。
「教えてもいいですけど、龍神様にはこれを飲んでいただかないとお話する訳にはいかないです」
俺は魔法袋から物体Xが入った樽を取り出した。
「その樽はなんだ?」
「物体Xです。俺が強くなれたのはこれを飲んできたからです。龍神様なら飲めると思いますが、飲んでみますか?」
「物体なのに、飲み物なのか? 面白そうだな」
俺は物体Xのニオイがバレないように空気の壁を張り、樽やピッチャージョッキにも風の膜で覆った。
「どうぞ」
「色は禍々しいが、ニオイもしないな」
そして口をつけた瞬間、全てを解除した。
「ウッ、不味い、臭い、なんてものを飲ませるんだ」
「人族でも飲めるし、竜人や獣人でも飲めるのに……まぁいいです。それだけは飲んじゃってくださいね」
まったくしょうがないなぁ、とあたかも飲むのは当然ですよねという雰囲気を創り出す。
まだ龍形態だったら樽ごと口の中へ放り込むつもりだったけど、竜人化してしまったのだからしょうがないだろう。
「なっ!? これを全て飲めというのか」
「えっ、龍神様は食べ物や飲み物を粗末にするですか? それに毒龍なんだから、簡単に飲めるでしょ?」
毒龍なのだから実は簡単に飲めてしまうのではないか? そんな不安もあったが、どうやら味覚は通常らしい。
「ルシエル、しょうがないのよ。龍種は身体が大きいだけで、破壊することし出来なくて、何かを我慢するとかが出来ない根性なしだから」
「威張ってはいるけど、精霊と違ってマナーがないのよ」
フォレノワールと闇の精霊が龍神を煽る。
「いいだろう。だったら飲んでやる」
すると龍神は竜人形態のまま身体を巨大化していく。
身体の至るところから出血しているからか、十メートル程の大きさで止まり、器用にピッチャージョッキを掴むと、そのまま大きく口を開けてピッチャージョッキごと口に入れた。
『ぬぅううう、不味い、不味い、不味過ぎる』
膝を突いて顔を手で覆い、大きな口を開ける龍神。
「その身体にそれだけでは、足りないでしょう?」
千載一遇とはまさにこのことだと思い、俺は風魔法を操り龍神の口へ樽ごと放り込んだ。
『グォオオオオオ』
龍神はさらに巨大化をしようとしたところで、そのまま後方へと倒れていった。
しかしそれは気絶した訳ではなく、龍形態になりブレスを吐く為だった。
毒龍のブレスは強力なのでブレスを吐くところで、地面を隆起させると、ブレスを吐こうとした龍神の顔が爆発するのだった。
念の為に浄化波を発動させた後、龍神に対して悪ノリをすると命に関わることがあると学び、大人しくなった龍神を横目にフォレノワールと闇の精霊にレインスター卿とのことを話した。
二人とも驚きながら、俺の話を遮ることなく全て聞き終えると、思い思いの感想を口にし始めた。
「確かにレインならそれぐらいはしそうね」
「修行の内容も普通では考えられないものばかりでしたし、あれだけ見事に戦えたのですから、疑う余地もないと思います」
フォレノワールが苦笑いを浮かべ、闇の精霊はそれに頷く。
「しかし龍神様は何で手加減してくれたのに、あんなにボロボロになったのかだけが分からない。龍神様に放った【龍剣八陣】だって、レインスター卿の服が少しだけ傷ついた程度だったんだから」
邪神と戦った時の師匠とライオネルは今の俺でも勝てたかどうか分からないぐらい強かったのに、擦り傷しかつけられなかった。
龍神もそれぐらい強いと思っていたんだけど……予想外だった。
「龍神を含め、転生龍達は確かに強いわ。だけど転生するための身体を創っている間、その力は半分ぐらいになるの」
半分か……それでもレインスター卿の方が強い気がするんだけど……。
「言っておくけど、レインと比べたらいけないわ。レインは人類史上最強だったもの」
闇の精霊の言葉を聞いて、人類史上だけでなく、全生物史上最強の間違いだろうと判断することにした。
「そう言えば、【龍剣九陣】じゃなかったのは何故? 龍神の加護はもらっているから、【龍剣九陣】だって出来るでしょ?」
「龍神様だけ龍形態が分からなかったからだと思う。たぶん次は【龍剣九陣】を放てると思う」
すると龍神が最初の竜人形態に戻ったようなので、怒りだす前にエクストラヒールを発動することにした。
「それで修行ですが、何をどれぐらいするのでしょうか?」
「……お前、性格悪いって言われるだろ?」
「人によってはそう思われているかもしれませんね」
俺が笑顔でそう告げると、龍神は一度大きくため息を吐いて告げる。
「龍の巫女の訓練が終わるまではいてもらわなければならないだろう」
「俺の修行はどうなりますか?」
「強くなりたいのだろ?」
「ええ、邪神を退けるぐらいには」
「それならば我に考えがある」
龍神はそう言って笑い、その笑みは何かを企んでいるようにしか見えなかった。
第一印象って大事だな……そんなことを思いながらも、龍神の提案を聞くことにした。
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