273 停戦にむけて
ルーブルク王国との交渉が順調? 進んだこともあり、こちらの状況をフォレノワールからリディアへと念話してもらうことにした。
『どうやらあちらは中々大変なことになっているみたいよ』
「どういうこと?」
俺は下にいるルーブルク王国軍の上層部に聞こえないように、こっそりとフォレノワールに訊ねた。
『退却した帝国軍が皇帝とライオネルの姿を見て、激励に来たと勘違いして一気に士気が上がったみたい。でも、あの次期皇帝がいきなり停戦を宣言してしまったみたいで……』
「……やっぱりやらかしたか。メルフィナさんと一緒なら大丈夫だと思ったんだけどな……甘かったか」
『飛行艇を使って攻撃を仕掛けるべきみたいな声が上がっていたみたい。でもライオネルが決定を覆すなら、力を示してからにしろって煽ったらしいわ』
……何をしているんだライオネル……別に戦うために帝国の方を任せたんじゃないんだぞ?
「それで今の状況は?」
『帝国軍を精神から鍛え直すって言って、戦闘訓練を始めているみたいよ。まずは次期皇帝から鍛え始めるらしいわ』
……ライオネルもどうやらアルベルト殿下に思うところがあったのだろうな。
「予定では帝国軍を今日中に帝都へと退却させることになっていたけど……」
『とりあえず戦意を折ったら、合図するみたいよ。魔物なら倒せばいいけど、人族はそういう訳にもいかないものね』
「まぁ向こうはライオネルに任せよう。俺達の目標だった全ての魔族化した兵士達を倒す。もしくは元に戻すことは達成出来た訳だしな」
本来は戦争に介入することなど考えていなかったけど、これでライオネルの心残りが無くなるだろうし、帝国と王国の戦争が停戦となれば、公国も動きが鈍るだろう。
それにしても転生者が争いの渦中にいるように思えるな。まるで転生者が争いのきっかけになっているように感じる。
俺を含めて転生者は十人だったはずだ。
聖シュルール協和国の転生者は俺。
イエニスの転生者はリィナ。
帝国の転生者はアリスとハットリ。
グランドルの転生者はクラウド。
公国ブランジュの転生者はブラッド、皇帝に時空属性を奪われた者になっている。
そう考えるとルーブルク王国にも転生者がいてもおかしくない。
ネルダールは空中に浮かんでいるとはいえ、元はルーブルク王国の土地を浮遊させたのだから、転生者がいてもおかしくないけど、そんな感じはしなかったから除外するとして……。
これ以上厄介ごとに巻き込まれないうちに、残り三人……能力を奪われた転生者を含めると四人を探してみた方がいいかも知れないな。
「ルシエル様、よろしければ砦でお茶でもいかがですか?」
そんなことを考えていると、ウィズダム卿から声を掛けられた。
その前にやれることはやってしまおうと、まずは戦争で負傷した兵士達を治療することにした。
「ウィズダム卿、その前に怪我人を一箇所に集めてください。まず信頼の証として全ての兵士を治療させていただきます」
「おおう。それは願ってもないことです。では早速一箇所に負傷した兵士達を集めます」
「お願いします。その間に私も一度飛行艇に戻り、仲間に状況を説明してきます」
「分かりました。よろしくお願いします」
「はい。それでは後ほど。フォレノワール頼むよ」
『しっかり掴まっていなさい』
フォレノワールは翼をはためかすと、一気にその高度を上げていく。
下で唖然とした表情を浮かべる上層部と、羨ましそうに見ているリノア第三王女が視線に入ったが、面倒になりそうなので飛行艇に戻り始めた時だった。
ドォンッ、ドォンッ ドォンッと飛行艇から魔力砲が撃たれた。
連射していることから副砲なのは間違いない。
問題は何処に撃ったかだけど、どうやら帝国軍から飛行艇に近づこうとした翼竜だった。
翼竜は副砲の直撃を受け、そのまま帝国軍へと墜落していった。
『あれはあまり威力がない分、命中力はあるみたいね』
「ああ。翼竜を飛ばした兵士達は怪我をしているだろうけど、ライオネルは治療したりはしないんだろうな……。それよりも、まさか興奮し過ぎていて、こちらを撃ってこないかが心配だ」
『あれぐらい撃ってきても全て避けて見せるわ』
「頼りにしているよ。一発でも撃ってきたら、もう飛行艇に乗せないことにする」
『それは当然ね』
しかし予想に反して攻撃が飛んでくることはなく、俺達は飛行艇に戻ることが出来た。
フォレノワールには飛行艇の上で待ってもらい、俺だけ飛行艇の中に入っていくと「馬ッ鹿モーン」という、ドランの珍しい怒鳴り声が聞こえてきた。
直ぐにブリッジに入ると、そこには正座させらえているリィナとナーニャの姿があった。
「ドラン、今戻った」
「ルシエル様、悪いが直ぐに飛行艇に魔力を充填してもらいたい」
「いいけど……浮遊しているだけでも、やっぱりかなりの魔力を消費するのか?」
ずっと飛びっぱなしだから、さすがに魔力も心許なくなったんだろうな。
「いや、この娘達が翼竜に副砲を撃ったのだが、牽制のはずが撃ち落としに掛かって、その上ルシエル様も撃とうとしおったのだ」
「……でも撃たなかったんだろ? それならいいんじゃないのか?」
よもや現実になろうとしていたとは、さすがに危なかった。
「飛行艇に魔力が有ったら、間違いなく副砲が発射されていたわ。魔力を充填しなければ、もう直ぐ落ちるぞ」
「それを先に言ってくれ」
怒っているドランよりも、まずは飛行艇を落とすなんてことは、絶対に避けなければいけない。
ドランと飛行艇の操縦を代わると、一気に魔力を注いでいく。
これで落ちることはないだろうが、念のためフルチャージすることにして、リィナとナーニャに罰を与えることにした。
「二人には一ヶ月間、この魔力結晶球に朝と晩、魔力枯渇寸前まで魔力を注いでもらう。もしサボりでもしたら、飛行艇には今後一切乗せないつもりだ」
「俺の弟子になるという話も白紙に戻すぞ」
「そんな~」
「一ヶ月間頑張れば許していただけるんですか?」
リィナとは違い、ナーニャの目には希望が映っていた。
「……ああ。だが、また味方を撃とうとしたら、二度目はないからな」
「ありがとう御座います」
ナーニャは深く頭を下げるのだった……もはや土下座であった。
その後、所定の位置に二人を戻し、飛行艇の魔力もフルチャージを終えた。
そして護衛してもらう為にケフィンとエスティアを連れていこうとしたのだが、二人の姿はブリッジにはなかった。
「ケフィンとエスティアの姿が見えないようだけど?」
「ケフィンは例の如く酔った。エスティアは少し眠りたいと言って個室にいるな」
「そうか……ん?」
ふと視線を感じてそちらを見ると、ポーラとリシアンがこちらを見ていた。
「どうかした?」
「また下に行く?」
「ああ。ルーブルク王国軍の砦で怪我人の治療をするから行くよ」
「ついていく」
「ですが、出来れば先程撃ち落とした翼竜の元へ向かっていただければ、私も護衛いたしますわ」
どうやら二人セットの時は魔石センサーが働くらしい。
「出来れば二人を一緒に連れて行ってくれ」
ドランにまで頼まれてはとても断り難い。
「いいけど、あまり問題となる行動はしないと約束してくれるか?」
「する」
「しますわ」
まぁポーラも帝国では戦力になったし、リシアンもいざとなれば精霊魔法を使ってくれるだろう。
「じゃあ、二人には俺の護衛を頼むよ」
「任された」
「承りましたわ」
そして俺はフォレノワールに再び跨り、二人は風龍の力を借りて、まずは撃ち落した翼竜の元へと向かうことにしたのだ。
そういえば、明け方にフォレノワールが撃ち落とした翼竜部隊はどうなっただろう? 後で探してみるかな。
そんなことを考えながら、ダイブで騒がしくなった二人を丁重に運ぶのだった。
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