271 監視者
いつも聖者無双をお読みいただき、誠にありがとう御座います。
活動報告にて、聖者無双一巻のイラストを公開しております。
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時は少しだけ遡り、ライオネル達は飛行艇から放たれた光が山を貫く光景を見ていた。
「中々凄まじい威力をしている。ルシエル様の聖域結界を幾重に展開したとしても完全に防ぐことは難しいだろうな」
「人を相手に開発した訳じゃないからな。これなら邪神とやらが現れても、少しは牽制になるじゃろ?」
ライオネルの言葉に、にやりと笑ったドランは嬉しそうに答えた。
「ああ。帝国が誇る翼竜隊なら一撃で消滅させることも可能かもしれない」
「ハッハッ。まぁ威力だけならなそうかもしれないな。ただ精度の問題と消費魔力の問題があるから、考えて使わないと飛行艇が空に浮かぶただの的になってしまうからな」
「ドラン殿は凄いな」
「俺は技術屋だから、戦争になんて興味はない。種族が脅かされたり、仲間が傷つけられたりする以外は、な。ここからはライオネル殿の出番だろ?」
「ああ。帝国将軍として最後の務めを果たして来よう。アルベルト殿下、そろそろ私や陛下と一緒に、下にある帝国軍が築き上げた砦に転移致しますよ」
しかしアルベルトを含めた帝国関係者は、飛行艇から撃ち出された主砲のあまりの威力に、驚き固まっていた。
ライオネルはあれが帝国に撃ち込まれることを想像してしまったのだろうと理解していた。
しかし時間的余裕がないので、以前ルシエルが自分に注目させるために使った柏手を真似て打ち、自分に注目させるともう一度同じことを伝えた。
そして皇帝の転移が同時に二人しか連れていけないことを知り、まずはライオネルとグラディスが転移し、次いでアルベルトとメルフィナ、ライザックと奴隷商人、そして魔法の使えるリディアとその護衛ということでナディアが帝国の砦へと転移するのだった。
連続で転移したことで皇帝の魔力はほぼ枯渇してしまったらしく、低級魔力ポーションを飲ませながら、ライオネル達は砦の様子を窺うと、それは酷い有様だった。
あちらこちらから火の手が上がっているのは上空からも確認はしていたのだが、さすがに戦争を経験しているライオネルでさえ顔をしかめるような状況であった。
「気配は幾つかあるようだがこれは……」
「ライオネル様、こちらに向かってくるのは魔族です。精霊達が騒めいていますから間違いありません」
「狂っても同士討ちなどはしないようだな。総員戦闘に入る。陛下と殿下のことはグラディス、お前に任せる」
「ハッ。父上」
それから直ぐに魔族化した兵士が三体姿を見せた。
ライオネルが指示を出す前に動いたのはリディアだった。
【水の精霊さん 私の魔力を糧にして、邪悪なる者達に数多の氷の刃を降らせてください】
自分の言葉で精霊に呼びかけると、空中に数多の氷で出来た尖った刃が出現すると、それが近づいてきた魔族達へと一斉に降り注いだ。
氷の刃が降り注ぐ中、それを突破した魔族もいたのだが、その行く手にはいつの間にかナディアの姿があり、剣を構えると詠唱しだした。
【風龍よ 龍神の加護の元、一時その力を私に貸し与えよ】
詠唱が終わると、緑色の魔力を纏ったナディアは風となり、次の瞬間には魔族を切り伏せていた。
「……父上、賢者殿の従者達は皆、魔族化した兵を歯牙にもかけない程の力を持っているのすか?」
グラディスは自分よりも年下の少女二人が、魔族化した兵士達を瞬殺した事実に驚愕していた。
「……そうだ。皆、聖シュルール協和国や治癒士ギルドではなく、ルシエル様の従者だからこそ、正しく力を伸ばし、人々を守る為に鍛錬しているのだ」
ライオネルはそう頷きながら、出番がなかったことで新たな魔族が現れないかと気配を探りながら、生存者を探すのと退却の銅鑼を叩くよう指示を出していくのだった。
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何とか帝国が撤退したことで、ルーブルク王国軍からある程度の信頼は得られたようだが、それはフェレノワールの斜め下を並走するウィズダム卿のおかげでもあった。
ウィズダム卿と面識が無ければ、まだ疑心の目で見られていただろう。
そしてルーブルク王国軍が拠点としている砦までやって来た俺とフォレノワールは、砦には入らず砦の外でルーブルク王国軍を率いている上層部を待つことにした。
まさか攻撃されることはないと思うけど、長年続けてきた戦争に対して横から口を出したのだから、恨みを持ってしまう者もいる可能性を否定出来ない。
ウィズダム卿の話ではルーブルク王国軍に所属していた数多くの将がこの世を去っているらしく、この戦争が停戦となるかどうかはウィズダム卿も分からないらしい。
ウィズダム卿自身も父を戦場で亡くしていることはイエニスの奴隷商で聞いたから、未だに相当の恨みを持っているのは間違いないだろう。
しかしウィズダム卿は砦に来る時に上の判断に全てを委ねると口にしたのだ。
だから少しだけ突っ込んだ話をすることにした。
「それは貴方が貴族で軍人だからですか?」
「……もちろんそれもあります。しかし私も多くの人を殺めてきました。帝国に植え付けられた力で帝国兵を屠ってきたのです」
ウィズダム卿はネルダールで会ったあの身体で戦場を駆け巡ったそうだ。
人族ではなく魔族の力で何度も王国軍を救っていたらしい。
「戦争で人を殺めたのだから、個人感情よりも国の為に戦うと決断されたのですか?」
「……きっと殺し殺されて両国が生んだ負のスパイラルは、いつまで経っても無くなりはしないでしょう。ですから軍人ではない本国にいる王の決断を待つのです」
その王が賢王であることを願うばかりだ。
「私は出来れば人族同士が争うよりも、物事を競い合うような、そんな世界が来ることを望んでいるのです」
「確かに勉学や魔法、魔道具に闘技など、競い合うものは多くありそうですから、そんな世界が来ればいいですね」
ウィズダム卿は理解が早いから話していて楽だ。
きっと彼も本来は平和主義なのかもしれないな……。
「きっと来ると思いますよ。ウィズダム卿がルーブルク王国、私がイエニスから少しずつ変えていければ」
「……ルシエル様はやはり不思議な方ですね。それだけの力と周りにあれだけの戦力を抱えているのに、考えていることは支配ではなく、自由や平等、それこそ生きることを望んでいるように見えます」
「そんな大層なことではありませんよ。私はただ平穏に暮らしたいんです」
「平穏ですか……戦争が本当に終われば、一度ルーブルク王国にいらっしゃいませんか?」
「ルーブルク王国へですか?」
「はい。我が国は漁業と林業が盛んな国で、あの魔法独立都市ネルダールを生んだ地でもあるのです」
「漁業って、海があるんですか?」
「はい。残念ながら生ものになるので、他国では味わうことは出来ませんが、海産物はとても美味しいんですよ」
海産物があるなら、ぜひ極秘で行ってみたい。
「それはとても興味が惹かれますね。あ、そうだ。林業といえば、現在のエルフの里があるのもルーブルク王国なんですよね?」
「はい。まぁ我が国だけでなく、大きな森に住んでいると言われていますが……」
少し警戒された気がするが、問題はないだろう。
「やはりそうですか。私が運営している(とされている)ルシエル商会で、従業員として雇っているので、機会があれば里帰りさせてあげたいと思っていたのです」
「エルフとも共存されていたのですか?」
「ええ。ルーブルク王国もそうではないんですか?」
「いえ、大きな声では言えませんが、取引相手という印象が強いですね。エルフは人族にあまり興味がないようで、最低限の付き合いしかしようとはしないのです」
「そうなんですか? そういえば周りにいる兵士達は全員人族だけにも見えますが?」
「王国軍は人族以外の亜人を戦場には出しません。その対価といってはあれですけど、技術協力や技術提供で国力を高めているのです」
最低限の付き合いが技術提供か……。
もしかすると、そのあたりが他種族と疎遠になっている原因なのかもしれないな。
いずれにせよ問題があまりなさそうな国ではあるな。
一度行ってみたいと思う程には……。
しかしウィズダム卿とずっと話しているが、彼より指揮権が強い者はこの場にはいないみたいだ。
周りを見ていても彼が信頼されているのが分かるけど、爵位だけでなく国王軍でも実力が上位の存在なのだろう。
「それにしても改めて思いましたけど、ウィズダム卿はだいぶ出世されたんですね」
俺の言葉にウィズダム卿は少し煮え切らない表情をしながら口を開いた。
「私が出世出来たのは全てルシエル様のおかげなのです。ネルダールで治していただいたからこそなのです」
「えっと、先程功績の話をされていましたよね?」
「確かに普通なら叙位されてもおかしくない功績は収めてきました。しかし瘴気を振り撒き、義眼に義肢を装着する私が叙位されることはありませんでした」
「それは……大変だった思うけど、今は上層部……幹部に成られたのでしょう?」
彼の苦しみが分かる訳ではないし、ネルダールでウィズダム卿を治療したことで、彼の人生が好転したなら、良かったと思える。
しかしあの時の涙には、そういう意味も含まれていたのかもしれないな。
「はい。今の地位や妻を娶ることが叶ったのも全てルシエル様のおかげです。ですからどうぞご安心ください。誓約に縛られているからではなく、私は自らの意志でルシエル様と敵対すること、不利な状況を作ることはしないと誓います」
それは本当に嬉しいけど王国軍なのだから、もう少し融通を聞かせてもいい気がする。
しかし妻か……年齢的には結婚していてもおかしくはないけど、この半月の間に一気に出世して結婚までしたのか。
かなり精力的に動かないとそうはならないだろう……王国が。
平民ならいざ知らず、貴族の婚姻に叙位なんて、個人裁量でどうこう出来るものではばいだろうし……。
「婚約は既に済んでいたのです。ただ人かどうか判らない私と結婚させるにはあの治療が不可欠だったのです。そして完全に人へと戻れたことで結婚が許され、叙位を賜りました」
……どうやら最近考えていることが顔に出てしまっているらしい。
「あの治療がウィズダム卿の未来を切り開いたのなら、お役に立てて良かったです」
「本当に変わっていますね……あ、砦の中へどうぞ」
「いえ、ここで待たせていただきます。上で仲間が見ていますし、魔族が動いてくる可能性もありますから」
「分かりました。それでは上層部を何とかこちらへ引っ張って来ましょう」
「お願いします」
先程までそんなやり取りをしていたのだ。
「それにしてもウィズダム卿は飛行艇について一言も聞いて来なかったな。帝国から来た理由も聞いて来なかったし……」
『まるで監視というか、偵察されていたみたいな感じね』
フォレノワールは何かを察知していたのだろうか?
「フォレノワールは何か感じなかったのか?」
『いいえ。ずっと外にいた訳じゃないし、悪意ならまだしも、大勢がいたりする場所で見られていたとしても気がつくことは出来ないわ。ずっと外にいれば分かると思うけどね』
それはずっと外に出しておけという命令なのでしょうか? せめて人化してくれれば考えるけど、今まで人化していないことを考えると無理なんだろうな。
「……今からでも飛行艇からケフィン達に護衛として来てもらおうか?」
『そんな心配はいらないわ。ルシエルには最強の相棒がいるでしょう?』
凄く男前だけど、フォレノワールは闇の精霊にお姉様と呼ばれているから、姉御って感じなのかな?
「本当に頼りにしているよ姉御」
『任せなさい。ただ念のため、空からこちらを威嚇出来るように準備もしておいた方がいいわ』
「了解」
フォレノワールの助言に従い、直ぐに魔通玉でドラン達に連絡をして、いつでも砦を攻撃できる準備をした頃、ようやくルーブルク王国軍の上層部が姿を現すのだった。
お読みいただきありがとう御座います。