269 合流
イエニスでライオネル達を売っていた奴隷商人が、今では翼竜部隊を指揮する立場に就任していたとは、世の中は狭いな……。
そんなことを思いながら、奴隷商人にアルベルト殿下の命令で皇帝へ奴隷紋を施させ、アルベルト殿下の奴隷とすることが決まった。
「……皇帝陛下にこのようなことをして……」
そんな呟きを漏らしたりもしていたが、奴隷商人は自分に他の選択肢がないことを悟っていたかのように皇帝の奴隷化作業を速やかに終えた。
作業後に皇帝を起こし、アルベルト殿下の奴隷にした事を伝えたのだが、その様子はどこかおかしかった。
「陛下の感情をエスティアに封じてもらったのです」
俺が疑問を浮かべていた事を感じたのか、ライオネルは抑揚のない声で淡々とそう語った。しかし、皇帝は闇の眷属とも謂われている魔族をその身に宿していた。
当然、闇属性に対しての抵抗力も強かっただろう。その抵抗力をエスティアの闇属性魔法が上回ったという事実に驚きを隠せなかった。
「気絶してしまっていたようで、闇の精霊に力を借りて何とか封じることが出来たみたいです」
エスティアは俺の感情を読み取ったかのように説明してくれた。
どうやら顔に出ていたらしい……。
それにしても……感情が封じられると、あれだけの覇気を纏った皇帝もただの人にしか見えないから不思議だ。
だけどこの状態のままでは不味いな。
自らの退位とアルベルト殿下への譲位を宣言してもらう時には、皇帝が正常に見えなければならないだろう。
そうでなければ、アルベルト殿下が皇帝になったとしても、実権を握るには至らずに、暗愚にされてしまう可能性もある。
……まぁそれを考えるのは……と俺はアルベルト殿下へと視線を向けるのだった。
奴隷契約は何事もなく無事に成立した。
アルベルト殿下が皇帝へ命令した契約内容は三つ。
一つ、この場にいる者への敵対行動をとらないこと。
一つ、全てのスキルに於いて、使用する前にアルベルト殿下に許可を求めること。
一つ、自らを再び担ごうとする者が現れたら、アルベルト殿下に全て伝えること。
以上の三つだ。
そしてアルベルト殿下、メルフィナさん、グラディス殿、ライザック氏には俺と三つの誓約を結んでもらった。
一つ、俺達に敵対行動を取らないこと。
一つ、聖シュルール、イエニスで暗躍しないこと。
一つ、魔族出現など、何かあれば必ず魔通玉などで連絡すること。
以上の三つだ。
これで絶対に敵対することはないだろうと一安心……とまでは言わないが、当面の間、帝国と争うことはないだろう。
ついでにこの時、ライザック氏も殿下の奴隷となり、再びアルベルト殿下の傘下へと戻り、二度と裏切らないことを誓わされていたのだが割愛する。
その後、ドランから着陸許可を求められたのだが、既に帝国兵からの攻撃を受けているようだったので、急いで攻撃している帝国兵達のところまで走る破目になった。
帝国兵達への説明はライオネルが担当し、御忍びで賢者の俺が帝国城へと逗留していたことを伝え、飛行艇が迎えだということにした。
少し怪しいとも思ったが、皇帝と殿下が一緒にいるところを目撃した兵達は信じるしかなかった。
ここでようやく攻撃体勢が解かれ、飛行艇は無事に城の敷地内へと着陸するのだった。
「ここは私に任せてください。ルシエル様は発進準備をお願いします」
「分かった。ライオネルは乗り込んだら操縦席まで来てくれ」
「分かりました」
この場を一旦ライオネルに任せ、俺達は不審に思われないように飛行艇へと乗り込んだ。
直ぐにブリッジまで向かうと、ドラン達が出迎えてくれた。
今朝別れたばかりなのに、随分久しぶりのような気がしたのは、濃い時間を過ごしたからだろう。
「ドラン、飛行艇まで配慮が回らず申し訳ない」
「ふっ なかなかスリルのある飛行だったわい。それにこいつの耐久力を調べるいい機会になった」
ドランはそう言いながら楽しそうに笑ったが……ドランの言い方が気になった。
「……既に攻撃を受けていたのか?」
「帝国のバリスタ程度なら完全に防ぐことが出来た。魔法もエリアバリアを発動してもらえれば戦場でもそう簡単に落ちることはないだろう」
「……そうか。それならいいんだけど……皆も大丈夫だったか?」
ドランの言葉を受けて、謝りたいけど謝らなくていいと言われているようで、他の皆にも聞いていくことにした。
「私達はあまりすることがなかったので……ですけど、世界を眺める素敵な体験をさせていただきました」
「そうです。ずっと空の上にいたおかげで、だいぶ空を飛ぶイメージが固まってきました。もしかすると今なら精霊魔法で空を飛ぶことも出来るかもしれません」
ナディアとリディアは空の旅を満喫したらしく、問題はなさそうだった。
「ルシエル様、師匠が作られたこの飛行艇をもう一機作らせて欲しいの。そしたらルシエル商会は世界を制することが間違いなく出来るわ。そうすれば研究に専念出来る」
「オーナー、何度か試射もしておきましたので、主砲は撃てませんが飛行艇に近づく敵は撃ち落とせますよ」
リィナとナーニャはドランの影響を受けたからなのか、自分の欲望に忠実となっていた。
特にナーニャの性格が変わっているのが少し気になり、ドランの方へ視線を向けると逸らされた……。
最近何故か目を逸らされる機会が多いな……しかし後で何があったのかを聞く必要があるのに変わりない。
「……」
リシアンはドランが今朝方まで弄っていたリシアン作の索敵用魔道具をさらに弄っていたが、こちらに気がついてすらいなかった。
どうやらリシアンはいつも通り平常運転らしい。
これならこちらは問題ないと判断して、皆にこれから戦場へ向かうことを告げる。
「皆、聞いてくれ。これから帝国とルーブルク王国が戦っている最前線へ向けて飛行艇を進める」
「前線ってことは私達も戦争でどちらかについて、人を斬るということでしょうか?」
戦う可能性を想定してナディアがそう質問してきた。
「いや、基本的には両軍の兵士と戦う気はない。前線に向かうのは、あくまで帝国が魔族化させた兵士達だけだ」
「そもそも戦争をしているなら放っておけばいいと思うのだけれど」
今度はリィナがそう告げてくるが、そうも言っていられない。
「奴隷主を亡くして敵味方関係なく暴れているらしい。もちろん戦場だけならいいが、魔族化した兵士はとても強いんだ」
それこそケフィンやケティが怪我を負い、ポーラのゴーレムを半壊させる程なのだから、これを捨て置くことはさすがに出来ない。
「誤って近隣へと移動したら、罪のない人々まで苦しむことになる。その可能性を摘んでおきたいんだ」
「ルシエル様って、お人好しですよね」
「いつかその魔族化した兵士と戦う可能性があるなら、弱いうちに倒しておきたいだけだよ」
「……やっぱりお人好しですね」
リィナはそれで納得してくれたらしい。
念の為に戦場へ行きたくなければ、帝国で留守番をすることも出来ることを伝えたが、誰一人として残りたいという者はいなかった。
それよりも戦場へ行くなら試したいことがあるらしい技術班は、何やらとても楽しそうにしていたのが気になった。
戦場での各々の役割を伝えようとしたしたところで、ライオネルがようやく戻ってきたのだが、その後ろには何故かアルベルト殿下と皇帝の姿があった。
「どうして連れて来たんだ?」
「この騒動を機に、一度この戦争を終局まで導こうと思います」
ライオネルは堂々とそう言い切るのだった。
お読みいただきありがとうございます。
久しぶりに書いていたものを誤って消してしまい凹んでいました。