261 エスティアの第六感
自身の限界を超えた力を行使することが出来るスキル、限界突破を発動したバザック氏は、敵であるクラウドを討ち取る寸前まで追い詰めることが出来た。
しかし限界突破スキルは諸刃の剣でもあるのだ。
自分自身の限界を超えた力を行使することが出来る一方で、限界を超えた分の力がスキルが切れたと同時に反動となり襲い掛かってくるのだ。
以前邪神と戦った時に俺も使用したが、きっと気絶していなかったら何日も苦しむことになっていただろう。
バザック氏の様子を見ると、苦悶な表情を浮かべていた。
「闇の精霊が眠らせていなかったら、危なかったな」
俺はバザック氏に回復魔法を発動してから、隠者の棺に収容することにした。
「ルシエル様、このクラウドの死体はどうされますか?」
「……あまり入れたくはないけど、魔法袋にしまっておくか」
「分かりました。それでは撃ち漏らした魔族がいないか確認してきます」
「お願いするよ」
それから俺は、バザック氏を隠者の棺に収容してから、ライオネルと一緒に魔族達の死体を一か所にまとめた。
「じゃあやるか」
聖域結界を発動してから、浄化魔法のピュリフィケイションで浄化させていく。
魔族達の死体は青白い炎に焼かれ、塵も残さずに消えていくのだった。
「……魔族にされた者達の中に自我を持つ魔物はいませんでした。クラウドという輩も自我を失いました。しかしメルフィナだけは自我を保ったままでした。何か法則があるのでしょうか?」
「メルフィナは自我を保っていたんではなくて、乗っ取られたんだと思う。もしくは記憶の融合とかかな? 資料があれば分かると思う。ただ、たぶん魔族化させた時に自我を保つ実験はまだ完成していなかったんだろう」
きっとそれは間違いじゃない。魔族化されたメルフィナと対峙した時、偽バザック氏であるライザックが違う名前で呼んでいたからな。
まぁ最悪資料がなかったとしても、詳しいことは目が覚めた二人から聞いてみればいいだろう。
俺はそうライオネルに伝えて、バザック氏が破壊したクラウドの研究所跡に目を向けた。
「……いくら追い込まれた状況だったとしても、そんな危険なことをするものでしょうか?」
ライオネルはどこか腑に落ちないような感じだった。
まぁ懸念も分かるけど、きっとあの追い込まれた状況でも、転生者である自分は選ばれた存在だと思っていた……そんな印象が強い。
「きっと彼は失敗したことがなかった、もしくは追い込まれても何とかなってきたんだろう。(簡単に命が失われてしまう世界で、人を傷つけることになれてしまったということもあるのかもしれないけど……)」
ライオネルは少し考えるような仕草を見せたが、研究所へ行くことが分かったのか、先を歩き始めたのだった。
クラウドの研究所は薬品の臭いだけではなく、血や獣の臭いが混ざっていた。
物体Xを飲んで耐性が出来ている俺は平気だったが、ライオネルが苦しそうにしていたので、鼻栓を渡した。
浄化することも考えたのだが、下手なことをして証拠が消えることも考慮した結果だった。
研究所の中はとても薄暗かったけど、闇龍と闇の精霊の加護のおかげで視界を保つことは出来ていた。
そのおかげで内部の広さや状況を判断することが出来たのだが、その反面、見たくない死体や死骸を見る破目になってしまった。
中には子供の亡骸まであり、さすがに子供の亡骸だけは先に浄化魔法を発動し、冥福を祈ることにした。
それから改めて研究所を見回すと、冒険者ギルドの訓練場程の広さがあった。
「なかなか広いな」
「ここで実験をしていたのでしょう。しかしこれだけ壊れてしまうと、私達では判断がつかない物が多そうです。エスティア以外の気配を感知することが出来ないので、生存者はいなそうですが……」
「そうだな。とりあえずエスティアのところへ行ってみよう」
「はっ」
エスティアの側に行くと、彼女は死体を抱きかかえて泣いていた。
「エスティア、その亡骸は?」
「……一緒に奴隷商で過ごしたぁ……お友達です……私が止めを刺しました」
俺はその言葉に衝撃を受けた。
エスティアは俺が魔族から人に戻すことが出来ることを知っていたのに、それをせずに友に刃を向けたことが信じられなかったからだ。
「どうしてだ? 何故待たなかった」
「……食べていたんです。人を……だから」
その言葉にまた衝撃を受け、エスティアに何と話していいのか分からなくなってしまった。
だから精一杯出来ることをしてあげることにした。
座り込んでいるエスティアの肩に手を置く。
「エスティア、彼女が苦しまないように、浄化魔法で彼女を天に送ろう。一度中を見てくるから、それまでに別れを済ませていてほしい」
それだけ伝えて、ライオネルと奥へ向かおうとすると、エスティアが俺を手を掴んだ。
「浄化で成仏してあげてください」
エスティアは泣きながら、無理に笑顔を作ってそう告げた。
「……分かった」
エスティアの友人が成仏出来るように願いを込めながら、気持ちを込めて詠唱すると、エスティアが抱いた友人の亡骸は青白い炎にゆっくりと焼かれていく。
すると突然、エスティアが声を上げた。
「えっ!? 生きている? どういうことなの」
浄化の炎を見つめながらそう口にしたエスティアは、炎が消えるまですっと声を掛け続けるのだった。
俺には見えない霊を見ることが出来たのか、それとも霊がエスティアに語り掛けたのかは分からないけど、確かに会話しているように見えた。
俺とライオネルは顔を見合わせ、エスティアが落ち着くのを待っていた。
すると、急にエスティアが立ち上がると、研究所の奥へと目を向けた。
「あ、ルシエル様、ありがとう御座いました。ミーちゃんもお礼を言っていました。それでミーちゃんの話では、アリスお姉ちゃんが生きていて、この奥に閉じ込められているって……」
エスティアが発した言葉で、俺はまたまた衝撃を受けた。
彼女が第六感で霊と話してしていたことよりも、アリスという言葉が衝撃だった。
既に死んだとされていたアリスという女性は転生者だった筈だ。
「……助けたいか?」
何故こんな言葉が口から出たのか分からなかったが、気がついたら口から零れ落ちていた。
「はい」
エスティアはただ真っすぐこちらを見つめて頷いた。
とても嫌な予感はしていたが、ライオネルが頷いたことにより、魔力や気配がない研究所の最奥へと向かうことにした。
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