258 親と子
ライオネルは息子に毒を盛られていたことを知っていた。
そう宣言された時のライオネルの息子であるグラディスの顔は、明らかに狼狽していた。
「……どうして毒が入った酒に気がついていながら、躊躇なく飲んだんだ」
グラディスは俯き、言葉を何とか捻り出している印象だった。
それはまるで、小さい子が悪戯したのを見つかり、罰を言い渡されるのを待っているかのような印象を受けた。
ライオネルはグラディスを見ながら、一度溜息を吐いて話し始める。
「国の重鎮の暗殺は死刑だ。それに毒であれば相当なものでない限り、私には効かなかった。効かないのであれば暗殺ではなく、息子と酒を酌み交わしただけになる」
「たかが――たかがそんな理由で……。帝国の大将軍だろうが。万が一だってある筈だ。それなのに――」
ライオネルはグラディスを手で制した。
「ミトスの最後の願いだったからな。いつかグラディスが酒を酌み交わしに来たら、ちゃんと酌み交わして上げて欲しいとな」
「……母様」
グラディスはまさかそんな理由があるとは思わなかったようで、その場で座り込んでしまった。
師匠もそうだけど、ライオネルについても知らないことが多いな。
そもそもライオネルは貴族なのだから、結婚していない方がおかしいか……羨ましい。
既に魔法陣詠唱は紡ぎ終わっているし、二人の会話を聞きながら、クラウドと魔族の動きを警戒する。
ん? ライオネルが一瞬こちらを見た気がした。
しかしそれは俺の気のせいだったのか、ライオネルの視線はグラディスに向いている。
ライオネルの意図は読めないけど、そろそろ戦闘になるのかも知れないな。
「グラディスよ。私は既に帝国から去った身だ。だから帝国がどうなろうと関係ない」
「関係ないって……もう帝国に戻らないつもりなのか?」
「ああ。だからお前はもう気にするな。もう一度言う。私は帝国に戻るつもりも無い……が、この魔族化だけは、私の名義で行われているな?」
「帝国の元大将軍だったのなら、今の帝国のことだって知っている筈だ。この力を使えば、大陸統一だって可能だ」
「グラディスよ。私は既に帝国から離れている。陛下がもしも乱心なされているなら、この帝国を正さねばならない」
帯剣を構えたライオネルに、グラディスは身体を振るわせる。
「はいはい。盛り上がっているところ悪いけど、今更本物がこの国に帰ってこられても困るんだよ」
「なっ!? 貴様、何をする」
クラウドがグラディスの後ろまで移動して、首に短剣を押し付けた。
「親子対面で裏切られても困るからな。貴様がまだ生きているのは、そこにいる戦鬼将軍の息子だからだ。最後ぐらい俺の役に立ってから死ね」
クラウドがそれだけ告げると、グラディスの目が虚ろとなり、よろよろとライオネルに向けて歩み出した。
完全に隷属されている……。
直ぐにディスペルを発動しようとしたが、それは出来なかった。
下からは大地が隆起し、上からは天井が氷柱のように尖って落下してきたのだ。
これが本物のバザック氏なのだと理解する。
だがそれだけでなく、魔族も一斉に動き出そうとしていた。
瞬時に聖域結界を発動させた。
前方から複数の弾かれる音が聞こえる。
聖域結界に触ったのだろう。
本当に面倒だと思いながら、浄化波を発動してからグラディスにディスペルを発動した。
「ライオネル、奴隷紋は消えたはずだ。だが油断はするな」
「ありがとう御座います」
ライオネルの声がしっかりと聞こえた。
まさか無詠唱でいきなり下と上から攻撃されるとは思わなかった。
地面が隆起したことで聖域結界が崩れることも考えたが、何とか維持することは出来た。
そして天井からの攻撃は……ポーラのゴーレムが受け止めていた。
そして俺が指示を出す前に魔族へ攻撃仕掛けたのはケフィン、ケティ、エスティアだった。
浄化波で弱った魔族を一気に殲滅していく。
元々が召喚されている魔族だったので、魔族化した人としては見ていなかったのだろう。
凄まじい攻撃だった。
クラウドに召喚された魔族達が一気にその数を減らしていく。
俺は俺で、バザック氏も操られていると判断してディスペルを発動させた。
一言も喋らずにこちらへと攻撃魔法を準備していたのが命令だと思いたかったからだ。
しかし彼は奴隷紋が消えたことを理解したのか、詠唱を始めるのだった。
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