244 闇龍の想い
帝国の特殊部隊は得た力に驕った者達だったから、戦闘自体は問題なく壊滅させ終了した。
しかしあまり情報は聞き出すことは出来なかった。ある程度の力は保有していたのだろうが、たぶん彼等は捨て駒であった可能性が高いと判断出来た。
そうでなければあんなにペラペラとは内情を話さないからだ。
それにしても魔族になったとはいえ、元人族を滅するのはさすがに気持ちのいいものではなかった。
「ルシエル様、助かりました。まさか首を落としても生きているとは思いませんでした」
「確かに生命力が上がっていたのには驚いた。俺も念のために発動しただけだから、運が良かったと思って、次の戦いに活かそう」
「はっ」
「この装備はどうするニャ?」
語尾を戻したケティが魔族の装備品を指差して聞いてきた。
「念の為に浄化して全てを持ち帰るつもりだ。ただその大きな魔石には触れないでくれ」
「当たり前ニャ」
「ルシエル様、あちらに帰還の魔法陣が浮かんでいます」
エスティアが見つめる先に魔法陣が存在していた。
そしてその奥には封印の門が存在していた。
「ルシエル様、やはりあるのですか?」
「ああ。戦いにならないことを祈って、封印を解除して闇龍を解放してくるよ」
「御武運を」
「ライオネル、後は任せる。少し長くなるかも知れない。一日以上経っても俺が出てこなかったら、エビーザへ戻っていてくれ」
「今までは数時間だったはずでは?」
「水龍と風龍のときはかなり時間が掛かったんだ」
「本当に一日だけでよいのですか?」
「ああ。こっちにはフォレノワールがいるから、帰りに関しては問題ない。その時は皆をエビーザまで歩かせてしまうのが心苦しいけどな」
「ルシエル様の早期帰還を祈っています」
「同じく祈っているニャ」
「ルシエル様、頑張ってください」
「ルシエル様、信じています」
完全に直ぐ見送られる感じになってしまった。だが今回は万全を期さないとヤバイと思っていので、皆の誤解を解くことにする。
「門を開けるのに魔力が吸われるから、休憩はするぞ」
すると皆は、俺が恥ずかしがっている顔がツボにでも入ったのか、笑い出すのだった。
しかし笑えていたのはそこまでだった。
いつも通りに門へ触れると魔力が吸われていき、文様に黒紫色の光が浮かび上がっていく。
そして門が開いた時だった。
俺は聖域結界を無詠唱で発動しながら、門の正面から横へと飛んだ。
すると聖域結界に何かがぶち当たる音が聞こえた次の瞬間、結界がきしみを上げながら徐々に罅が入り、そして結界を突き破ったのは黒紫色の光線だった。
直ぐに皆の安否を確かめると、斜線上には誰も居なかったようで、全員無事だった。
まさかいきなり攻撃を仕掛けてくるとは思わなかった。何とか穏便に解決したかったけれど、これで戦闘するのは確定か。
気持ちを切り替えて指示を出す。
「皆は直ぐに脱出してくれ。さっきの攻撃は、闇龍のブレスで間違いない。この部屋も無事である保障はない」
「ルシエル様、絶対に無事で帰ってくると約束くださいますか?」
「ああ。もし俺が一週間以内に戻れなかったら、帝国への行くのもなしだ。ケフィン、ケティ、エスティアはライオネルを見張っているように。まぁ信じて待っていてほしい」
「ルシエル様が老衰以外では死なないことを信じています」
「ああ。じゃあ行ってくれ」
「ルシエル様なら、封印を解くと信じています」
「ルシエル様がいないと困る人が大勢いるから、まだまだ働くニャ」
「ルシエル様、絶対に諦めないでください」
「ルシエル様、この先へ一緒に進めないのは、従者としてとても悔しく思います。ですので、必ず生きて戻ってください。そして帝国で我等が活躍する機会を与えてください」
「ああ。必ず生きて帰るさ。皆も何があるか分からないから、気をつけてエビーザへ帰るんだぞ」
俺の言葉を聞いて、帰還の魔法陣の中へと消えていくのだった。
「さてと、行ったか。全力じゃないとはいえ邪神が破れなかった結界を破壊するってことは、夢で見た闇龍のブレスで間違いないだろうな。どうか話の通じるものであることを祈りたい」
俺はそう呟くと、一気に階段を駆け下りた。
「三十階層並みに暗いな。闇龍よ、私の声が聞こえるか?」
『たかが人族如きが、我に声を掛けるとは、なんと命知らずな』
「夢で見たまま人族嫌いなんだな。レインスター卿は新しい世界を構築したんじゃないのか」
『奴は嘘吐きだ。我を散々こき使っておきながら、全てを成す前に死んでいったのだからな』
「レインスター卿は空中都市を作ったり、世界の中心に教会を作ったり、技術国家を作り人々が暮らせるような働きはしたのだろう? 龍族や長命種族と比べれば人族は寿命が短い。それでも約束通り尽力したんじゃないのか?」
『仮定よりも結果だ。あやつは人族としての寿命を全うした……が、我との約束は破ったのだ。この忌々しい鎖がなければ、我がこの世界を破壊してやるものを』
この時に闇龍が嘘を吐いていることが分かった。何故なら闇龍が封印されたのはここ五十年、長くても百年は経っていないはずだ。
それなのに三百年前に死んだレインスター卿との約束を守って、未だに世界を破壊していなかった。
それはきっと闇龍の中で、レインスター卿の描いた世界を心の何処かで信じているからなのだと俺は思っていた。
それに先程五十階層へ放ったブレスの威力は……。
「先程のブレスで世界を破壊しようとしていたのか?」
『そうだ。全てを破壊する我のブレスで、世界の秩序を取り戻すのだ』
相手がどんな状況だろうが、格上の相手に一瞬でも気を抜けばそれで終わってしまう。
俺は魔力を練り上げながら、夢で見た会話を参考にして闇龍に問う。
「だが、今のままでは破壊しか出来ないぞ。光龍の封印はまだ解いていないのだから」
『嘘を吐くな。光龍の封印は既に解けているぞ』
闇龍の圧力が一気に増し、そこには怒りが存在していた。
しかし、闇龍の言葉に俺は驚きのあまり逆に心を乱されてしまう。
「なっ!? 封印を解いたのは聖龍、炎龍、土龍、雷龍、水龍、風龍だけだぞ。光龍の封印はまだ解いてはいないはずだ」
『貴様が封印を解いているかいないかなど、重要ではないわ。結果が全てだ』
俺は覚悟を決める。
「――もし、俺が貴方を認めさせてから、邪神の呪いを解呪して解放することが出来たら、そのことを教えてくれませんか?」
『いいだろう。我を従わせたければ、レインスターのように我を認めさせるのだな』
「……約束ですよ。スゥーハァー。では、参ります」
いつもなら直ぐに聖域円環を発動させるところだが、俺はあえてそうすることを止めた。
別にレインスター卿の戦い方を見たからといって、あれが真似出来るとかそういうことではなく、闇龍が俺のことを信頼出来るのかどうか試しているような気がしたからだ。
【聖なる治癒の御手よ、母なる大地の息吹よ、我願うは我が魔力を糧とし、天使に光翼で 全ての穢れから身を守る 聖域生み出す鎧を創り給う サンクチュアアーマー】
聖域鎧は聖域結界をコンパクトに凝縮させたものだから、もしブレスが放たれても、ギリギリで回避するためだけに発動させた。
『さぁ同胞の力を借りて掛かって来るが良い』
「風龍よ、空を自在に飛翔する翼となれ」
空中を飛行する。そして魔力障壁を足元に作り出し、一瞬の足場として駆けることが出来るかを確かめると、成功した。
普通ならここは喜ぶところだが、今回は詠唱しながら魔力を更に高めて闇龍へと向かう。
『馬鹿め、自らブレスに当りにくるとは、死ね』
わざわざそう告げてから、闇龍はこちらへブレスを吐き出した。
刹那で俺がいた場所を黒紫色のブレスが飲み込んだ。
『……あっけないものだ。あれだけ期待されていても、所詮は人族か……』
そのやるせないような落胆した念話が、俺の脳内に響く。
「ヒール」
俺は闇龍の後方から闇龍へヒールを発動すると、青白い光が闇龍の姿を照らし出すのだった。
『ググッ貴様、まだ生きていたのか』
ヒールだけだが、苦しそうなうめき声を上げながらも、こちらに念話で話し掛けてきた。
「ええ。さすがにまだ死にたくないので、全てぶっつけ本番だったのですが、何とかこうして一撃を入れられましたね」
『……何故そこに居る。貴様はブレスに飲み込まれた筈だ』
「はい。正確には炎龍と水龍で作った私の分身ですけどね。炎龍と水龍で作った魔力物体を作り、魔力を外に漏らさないように制御して、雷龍の力を使って一気に貴方の後方へと回り込みました。ですから、ブレスに飲み込まれるのは私の分身でした」
『そんなものを作り上げていたのか』
「ええ、ですがこの作戦が成功したのは、貴方のおかげです。まずブレスを避けられるように誘導してくれましたよね」
『なんだと! 我が人族にそんなことをする訳がないであろう!!』
「貴方が昔レインスター卿へ放ったブレスのように、いきなり放つとか、簡単に避けきれないぐらい強力ブレスであれば、間違いなく私は塵も残さずに消え去っていたでしょう」
『…………』
「それに貴方は俺のことを魔力と気配だけで判断するしかない程、衰弱しきっていた。だからこの稚拙な作戦が成功したのです。貴方は一体どれだけ長く邪神の呪いをその身に受けていたのですか」
先程、ヒールで闇に浮かび上がった闇龍は、既に身体から瘴気が溢れ出ていて、身体の殆どすべてが腐るか骨になっていた。
今まで完全なアンデッドになっていなかったのが、不思議なぐらい酷いものに思えた。
『いつから我のことに気がついていたのだ』
「貴方のブレスが五十階層へ飛んできて、私の聖域結界を直ぐに破れなかったからです。闇の精霊に貴方とレインスター卿の戦いを見せてもらい、貴方がいかに桁違いの存在なのかは理解していました。だからおかしいと感じていました」
『ほぅ。我の同胞を解放してきたのは、運だけではなかったようだな。ただ臆病なだけでもなく、蛮勇な訳でもない。運命に立ち向かうだけの勇気と努力を惜しまない平穏を目指すものか……問おう。世界の秩序をどう守る』
そんな壮大なテーマを問われても、一般人の俺には答えられることなんてない。
だけどそれじゃあ納得しないだろうから、思っていることだけをそのまま告げることにした。
「話が大き過ぎて正直分からないです。でも、この世界はたくさんの人がいるけど、そこまで争わないといけないぐらい狭い世界ではないと思っています」
『共存共栄が出来ると? ならば何故レインスターが同族で争うことを止められなかったのだ』
「それが生きるということだからなのかも知れません。人より豊かな暮らしがしたい、人より幸せになりたい、人より愛されたい。そんな欲が存在します」
『それでは一生争いはなくならないと?』
「いえ、人は隣人の手を取ることも、離すことも出来る種族だと私は思っています。一人が隣の人の手を掴み、もう一方の手で隣の手を掴んでいけば、争いはなくなっていくでしょう。ですが、これは一人がしたいと思って出来るものではありません。レインスター卿はそれでも人を癒す教会を作り、人々が暮らし易く、生きやすい環境を作るために技術者達の里を作ったり、魔法研究の国を作ったりしたのです。ただ彼には時間が足りなかったのです」
しかし俺のこの考えにはいくつもの穴がある。
『そこまで奴のこと理解していたのか。それならば貴様が奴の後継者になるのだな』
闇龍は少しだけ嬉しそうに言うが、俺には彼の代わりは務まらない。
俺が出来ることは俺に出来ることだけだ。
「いえ、私は平穏な暮らしをするために、自分が出来る範囲で頑張るだけです。過度な期待をしていただいても応えることは出来ません。それで光龍の封印の件ですが、本当に既に封印が解かれているのですか?」
『……ああ、間違いない。だが、どういう訳か奴の意識が現世に留まっているのだ』
闇龍は面白く無さそうに、貴重な情報をくれた。
しかしそうなると、ブランジュの人間が話していたという世界を統べる力というのは、光龍のことなのかも知れない。
「アンデッドになったとかではなくて、ですか?」
『ああ、だが声が届かないことが多くなってきている』
「例えば光龍の攻撃って、どうやったら防げますか?」
『基本的にはブレスにはブレスで対抗すれば、我は負けない。まぁ戦う理由もないがな』
「仮にですが、召喚の魔法陣で隷属させる設定がされていたところに、光龍が召喚されたらどうなりますか?」
『隷属される。召喚とは契約だからそういうものだ』
「解呪することは出来ますか?」
『出来るだろうな。だが我ならその国を滅ぼすだろうな。光龍の奴は分からん』
「ちなみに人族を魔人化させる方法を光龍に使用したらどうなりますか?」
『されたことがないから確かとは言えないが、我等は魔核を持っているからその心配はないだろう』
「そうですか。それで闇龍よ。貴方に掛けられている邪神の呪いを解呪してよろしいですか?」
『では、賢者ルシエルよ、自分の出来る範囲で貴様が思い描く世界を築いてみせよ』
「……出来る範囲ですからね」
『ああ、出来る範囲と言いながら、光龍以外の我を含む全ての同胞を解放した貴様の出来る範囲で頼むぞ』
「えっ!? この首飾りには九つの宝玉が入る場所があるんだけど、違うのか?」
『そこは龍神様から力を授かる時になれば分かるだろう。それでは賢者ルシエルよ、頼むぞ』
「はい」
俺はこうして闇龍の呪いを解呪して、闇龍は消えていくのだった。
そしてライトを取り出して、いつも通り邪神を呼び出すトラップのダンジョンコア以外の全てのお金やアイテムを拾ってから、帰還の魔法陣へと入るのだった。
ピロン【称号 闇龍の加護を獲得しました】
ピロン【全ての転生龍の封印を解き放つことに成功しました】
ピロン【称号 龍神の加護】
お読みいただきありがとう御座います。