243 とんだ前哨戦
五十層のボス部屋の手前で鳴り響いた轟音に、俺達は足を止めた。
「今の轟音は中からだよな?」
「はい。どうやら先客が居たようですね」
「ああ。罠や宝箱がなかったのも、それなら納得がいく。ここまで来られるってことは、相当強いか?」
「そうですね。一定以上の水準であることは間違いないでしょう」
確か師匠がグランドルの迷宮でデュラハンを見たときに、一人で倒せるならAランクの実力はあるって言っていたからな。
そう考えると、この面子は少し異常な気もするけど、中に居る者か、者達は、実力者ということになる。
願わくは、そんな実力者達が邪神を召喚してアンデッドにならないこと祈るばかりだった。
「そうか。どちらにせよ、ここで待つことになるな」
「魔物がどんどん寄って来るニャ」
「ルシエル様、ライトを落としますか?」
だいぶイメージと現実の動きがリンクしたし、今なら問題なく過ごせる。
それにボス部屋の前にいるのだから、罠に掛かることもない。
あとは一定以上の魔物と戦うことで、レベルを上げたり戦闘勘を取り戻したり、各々の状況判断だな。
俺は皆の意見をまずは聞くことにした。
「たぶん今なら問題ないと思うけど、ライオネルはどうだ?レベル上げの目的が果たせたなら、ライトを落とすけど?」
「よろしければ、もう少しだけ底上げをさせてください」
ライオネルはやはり底上げを選択した。
「ケティはどうだ?」
「数が多くて精神的には疲れたニャ。でも問題なく戦えるニャ」
ケティはあまり戦いたくなさそうだったが、実は元気なことは皆が看破していた。
「ケフィンは?」
「もう少しだけ、戦っておきたいですね。帝国の後、公国ブランジュへ赴むくのですよね?」
「ああ。まだ予定だけど、そのつもりではある」
「それならば、やはり少しでも底上げをしておきたいと思います」
ケフィンは先のことを考えての底上げか。確かに人族至上主義の国へ行くのだから、準備が必要なのだろう。
ケフィンがケティのことを見たことで、彼が何のために底上げするのか分かった気がした。
「エスティアはどうだ?」
「そこまで疲れたということはありませんが、そろそろ武器の耐久値が心許無いです」
エスティアの装備は昔に渡した聖銀の剣のままだった。
「そうか。三人はグランドさんの装備だもんな。エスティアの武器も今度ちゃんと作ってもらうことにしよう。とりあえず武器なら、魔法袋の中に何かあった気がする」
俺は魔法袋を探り、エスティアが持っている聖銀の剣を渡そうとして、昔師匠に選別でもらったミスリルの剣と聖銀の剣を差し出した。
「少し使ってみて使いやすい方を使ってほしい」
「ありがとう御座います。二本お借りします」
「じゃあ中の戦闘が終わるか、動きに精彩を欠いてきたら、物体Xを置いたり、ライトでおびき寄せたりするのは止めよう」
「「「「はっ(はい)」」」」
こうして俺達は迷宮から生まれてくる魔物を倒していくことに決めた。
ライオネルは攻撃を大盾で受け止めてから、各部位を落としていき、最後は豪快に斬り捨てる。
ケティとケフィンはコンビネーションを生かして左右からの連撃を放ち、そこにエスティアが流れるようにトドメを刺す。
そして俺はケフィンと模擬戦で戦った時のように、魔力障壁を使いながら、魔力剣で魔物を切り裂くのだった。
「ルシエル様の魔力を込めた剣は、尋常な威力ではありません。それだけで一撃必殺の剣になりますね」
ケフィンは感心するように褒めてくれた。
魔力剣に注ぐ魔力を意識すれば属性を使い分けられることも分かったので、これがあのレインスター卿と同じぐらいに自然に出来ることを目指せる。
「そう言ってもらえると嬉しい。だけど一撃を入れることよりも致命傷を避けることが俺の課題だな。そうすれば一気に生存率は上がるはずだ」
「捨て身の攻撃はもうしないのかニャ?」
以前師匠に叱られたことを弄ろうとするケティに、笑い返しながら、本音をぶつける。
「やらないと死ぬ確率が高ければやるだろうけど、何とかなりそうな時はやらない」
「ルシエル様はそんなことを言いながらもやりそうニャ」
「ルシエル様がそれを決断しないようにするのが、私達の務めだ」
ケティの言葉にライオネルが参戦し、ケティは弄れなくなったと溜息を吐いていた。
「ルシエル様がいなくなれば、強固な防御魔法も回復魔法なくなり一気に戦力が落ちますからね」
「俺も精進する……!? この気配は、奴か」
エスティアがこのパーティの要とも取れる発言をしてくれたので、それに見合うように頑張ろうと宣言しようというところで、死を連想させる強い威圧感が急に出現した。
「ええ、間違いないでしょう」
ライオネルは直ぐに俺に同意した。
「こ、この全身が震える感じの威圧感の正体を知っているのですか?」
「もしかして邪神?」
語尾にニャがつかない、真顔で青ざめるケティがライオネルに問うが、代わりに俺が答える。
「ああ、間違いなく邪神だ。中にいるものは助からないが、必然的に中にいる相手を浄化しないといけない」
「皆。動くな」
エスティアではなく、闇の精霊が表に出ている状態で、黒い靄に俺達は包まれた。
「これは?」
「相手は神。されど闇の魔力の中であれば、気づかれないはず。さすがに邪神を倒すのは無理だから、このまま待機するしかないであろう」
「分かった。皆もエスティアの言うことを聞いてくれ」
こうして俺達は邪神の気配が消えるまで待つことにした。
それから一分もせずにあの威圧感が消えたが、闇の精霊は中々闇魔法を解かなかった。
「エスティア、もういいのではないか?」
「奴は狡猾。居なくなったと見せかけて、こちらの出方を窺っているはず」
邪神のことも良く知っていそうな闇の精霊の指示に従うことにした。
「今回はエスティアの指示に従う。それよりも魔物が徐々に近寄ってきているから、準備だけはしておこう。そして一掃して、少し時間を掛けたら中へ入るぞ」
俺がそう宣言すると、皆も同意してくれた。
そして魔物を倒しきった俺達は、同じように二回、魔物達現れるのを待って一掃し、先へ進むことを選択した。
扉を開くと今までのボス部屋とは違い、他の迷宮のボス部屋ぐらいの明るさだった。
そして中に入ると、直ぐに戦う敵が既に人ではなかったが、予想していたアンデッドでもなかった。
五体の魔族がこちらを見据えていたのだった。
「何故魔族が迷宮を踏破したんだ。そもそも邪神が居たはずなのに、どうしてアンデッドにならない」
俺は質問を始めながら、魔法陣詠唱を始めた。
すると、魔族の一人が高圧的にこちらに声を掛けてきた。
「劣等種のままの貴様らが、上位種の我等に名乗りもせずに質問とは、舐めているのか!」
「それは済まなかった。私は賢者ルシエル、魔物、魔族に立ち向かう者だ」
「ほう。迷宮荒らしが治癒士ではなく、賢者になっているとは、帝国が手を焼くはずだ」
?! 邪神がグランドルの迷宮で言った言葉を、そっくりそのまま告げた。
まさか邪神が闇龍の封印を解かせないように魔族を操ったのか?
「それで先程も説明したが、何故迷宮に魔族がいるのだ?」
「迷宮に眠る宝探しだよ。まぁ邪神様が現れたのには吃驚したがな」
邪神が配置した訳じゃないのか。邪神が呼び寄せたのなら事前に知っている筈だ。
それなのに違うということは、きっと彼等もまた作られた存在のはずだ。
「お前達は純粋な悪魔ではないな? 帝国で魔族になった者達か」
「くっくっく。あのようなまがい物と一緒にしないでくれ。私達は帝国特殊部隊だ」
どうやら純粋な魔族ではないらしい。俺はライオネルとケティの顔を横目で見るが、どうやら二人は知らないようで首を横に振った。
「それで魔族になって何を成そうとしているんだ。公国ブランジュの配下にでも戻るのか」
「くっくっく。だから劣等種と呼ばれるのだ。我等が他国の下につく訳がないだろう」
「当然見逃してももらえないのだろう?」
「ああ。お前はライオネル様が邪魔な存在として懸念していた男だからな。その首を持ち帰らせてもらおう」
敵味方の全員が一斉に武器を構える。
「最後に二つだけ聞いていいか?」
「我等は寛大だから、最後の頼みぐらい聞いてやろう」
「じゃあお言葉に甘えて。貴方方のトップは皇帝ですか? それとも戦鬼将軍ですか?」
「皇帝だと? あんな生きる屍に従うと思うのか」
そこで他の四体の魔族も笑い出した。どうやら魔族部隊を仕切っているのはクラウドなのだろう。
「最後に人間に戻れるなら、戻りたいとは思わないか?」
「思うわけがないだろう。さぁ我等の圧倒的な強さをその身に刻み逝け」
「残念だ」
俺は聖域円環を発動させた。
その瞬間、ライオネルを先頭に皆が一斉に突撃していった。
一瞬見えたライオネルの顔は、普段の顔とは違い、鬼の様な顔をしていてあれが本物の戦鬼将軍だったライオネルなのだと実感した。
魔族となった帝国特殊部隊を名乗った者達は、絶叫をあげながら苦しみ、それでも何とか戦おうとはしたが、あっけない最後を遂げた。
一分にも満たない内に殲滅戦は終了した。
俺は念の為にもう一度聖域円環を発動させると、まだ生きていたのか絶叫が上がり、青白い炎となって帝国の特殊部隊は装備していた物だけを残して消えていった。
少しだけ虚しさが込み上げてきたが、とりあえず迷宮を踏破したことを皆で分かち合うために、俺は皆のところへと歩み始めるのだった。
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