236 同盟
帝国へと向かうことは決定事項だし、レジスタンスと共同戦線を張らなくても、偽ライオネルと魔族化の研究を潰すだけなら問題はない。
しかし仮に皇帝を斬ると仮定した場合、次の皇帝を早急に決めないと、帝国が不味い状況に陥ることは誰の目にも明らかだった。
まぁ本来であれば、俺には全く関係ない話なのだが、帝国が魔族と戦っていた話をライオネルからも聞いていた。
そのため目の前に帝国を治める後継者がいて、彼の人格が問題ないのなら、彼には継続して魔族と戦ってもらいたいと思う。
だから提案することにした。
「アルベルト殿下、帝国へはまた仕掛けるおつもりですか?」
「何故そのようなことを?」
いきなり本題を切り出そうとして警戒されてしまったかも知れない。だがここで引くと交渉どころではなくなると感じた俺は、自分達の目的だけを告げることにした。
「私達は帝国を攻撃する準備があります」
すると、先程まで友好的だった空気感が一気に緊張したものへと変わっていくのを感じる。
「先生、何故帝国を攻撃しようというのです? 先生にとっても帝国は祖国であることは変わらない筈です」
アルベルト殿下は少し感情的になりながら、ライオネルに詰め寄る。
しかしライオネルは感情的にはならずに、俺を見つめ、全てを俺に委ねることを選択してくれた。
「アルベルト殿下、話しているのは私です。それと些か感情的になり過ぎているのではないですか?」
そう告げると、こちらを向いたアルベルト殿下が俺に問い直す。
「くっ、何故帝国を攻撃するのですか?」
窘められたからか、少し顔を赤くしながら、帝国への攻撃について言及してきた。
「皇帝及び偽戦鬼将軍が圧制を敷くならまだしも、人を魔族化させようとしているからです。あれは人として見過ごせるものではありません。お二人も魔族化していましたから、それが事実であることは分かっていただけると思いますが――」
「……なるほど。あれを止めたいから、帝国へ攻撃を仕掛けると――正直、帝国に攻撃を仕掛けるのは、普通の神経ではありませんよ」
魔族化の話が出た途端、少し思案するような表情をすると、こちらの作戦を否定したところで、アルベルト殿下は言葉を止めた。
まるで私達なら、その作戦を成功させる準備があります。そんなニュアンスを見え隠れさせて、わざとこちらが向こうの提案を聞きたくなるような話し方だった。
しかし彼は言質を取られないように細心の注意を払って、そうしている意図に俺は気がついていた。
きっと提案を聞きにいったところで、あれこれ理由をつけてレジスタンスに引き入れることが目的なのだろう。
提案するということは、ある種のお願いになる。
そのため提案を受け入れてもらうと、それがどんなに些細なことでも、貸しを作った気分なるから不思議だ。
そんな会話のテクニックを持っているのは、彼が帝王学を学んで育ったからなのかも知れないな。
しかし、アルベルト殿下よりも手強いバザック氏を相手にしたばかりなので、心に余裕があった俺はそれに気がつけたし、彼の狙いを外すことが出来る。
「まぁ普通の神経ではないでしょうね。ですが、私達は早ければ明日にでも帝国に仕掛けるつもりです。仮に帝国で魔族と戦うことになっても勝算は十分にあると踏んでいます」
「あ、明日?」
一時的に冷静になった殿下は、少し余裕のポーカーフェイスを作ろうとしたが、それが一気に崩れ落ちて、焦りの色が浮かぶ。
さすがに明日というのは想像していなかったのだろう。
「ええ。先程そちらにいらっしゃるメルフィナ様から、偽ライオネルが地下にいることを教えてもらえたので、さらにも目標を立てやすくなりました」
アルベルト殿下と聖女メルフィナは焦ったように顔を見合わせる。
それにしても予言の聖女なら、このことも予言出来なかったのだろうか? あとで何故予言の聖女なのか、ライオネルに聞いてみるか。
「賢者ルシエル様、殿下をいじめるのは、その辺にしていただけませんか? 殿下、賢者ルシエルは殿下よりも若いですが、殿下よりも修羅場を乗り越えてきた数が違います。そちらの土俵に乗せる前に、そちらが潰れてしまいますよ」
そこで俺とアルベルト殿下に割って入ったのは、やはりバザック氏だった。
本当にこの人と会話すると疲れるからどうにかしてほしい。それでも仕方なく彼と話をしなくてはいけないので、気を引き締め直してバザック氏と話すことにした。
「いじめるとはまた異なことをおっしゃられる。帝国を攻めることは始めから決まっていたことです」
「それでは仮に皇帝を討たれたとして、帝国の統治は一体誰にさせるつもりなのですかな?」
ほらね。絶対にこちらの穴を突いて来るんだもん。だけどここで簡単に詰まるわけにはいかない。
「私の目標は魔族と魔族化研究、そしてライオネルの偽者を叩くことです。もし仮に皇帝が魔族の件を知らないのであれば、そこで帝国から脱出します。仮にそれを皇帝がさせているなら斬ります。統治に関しては、皇帝の血族のどなたかがされればいいと思っています」
「賢者ルシエルが帝国を統治するとはお考えにならないのですか?」
今度は窺うように問うてきたが、この人は俺が帝国の統治に興味があるのかを、殿下に聞かせたいためだけにこの質問をしてきたのだろう。
「何故私が統治しなくてはいけないんですか。仮にライオネルが統治したいといえば全力でサポートはしますが――」
「無論そんなことに興味はありません」
ライオネルの顔には絶対に嫌だと顔に書いてあった。
「と、いうことですから、帝国の政争は勝手にしていただいで構いませんよ」
バザック氏は何度も相槌を打つように頷く。
「それで聖シュルール協和国に帝国が報復しないと思っているのですか?」
そしてこちらの戦力を測ろうとする言葉が投げ掛けられた。
「もし報復をお考えになられるのであれば、帝国が人々を魔族化させていたと世界中に広めます。さらに私ではなく聖シュルール協和国に戦争を仕掛けるとしたら、ルーブルク王国、ドワーフ王国、イエニスの三カ国も同時に敵に回すとお考え下さい」
俺は迷いながらも、帝国と戦うことを想定した場合の戦略の一つを披露した。
するとバザック氏は、俺の言葉を聞き終わると同時にニッコリと微笑み、アルベルト殿下の方に身体を向けて、彼の説得を始めてしまう。
「殿下、帝国の未来を想うなら、今は賢者ルシエルに頭を下げ、大きな借りを作るとしても協力させてもらってください」
殿下はバザックの話を聞くと、直ぐにこちらを向いて頭を下げた。
「賢者ルシエル、どうか帝国を強く気高く、国民を守るための国へと戻すために、協力をお願いします」
アルベルト殿下はバザック氏の言葉を聞きいれ、直ぐに頭を下げてきた。
余計なプライドを持つよりも、帝国の為なら何度でも頭を下げる覚悟が彼にはあるようだった。
「賢者ルシエル様、ライオネル将軍、どうかよろしくお願い致します」
聖女メルフィナも同じように協力を呼びかけるのだった。
協力するのはこちらとしても問題はないのだが、些か腑に落ちない点があった。
そう。まるで出来レースのような……これを仕掛けたのはバザック氏であることは間違いない。
どうしても彼の掌で転がされているように、思えてしまうのだ。
「一つバサック氏にお聞きしたいのですが、何故殿下に頭を下げさせてまで、こちらに協力させようとしているのです」
「賢者ルシエルは既に帝国とやり合う為の準備と、目的の線引きがしっかりされているように感じました。そして私達は何度も帝都に向かっていますが、正直このままでは遠からず全滅してしまう、それならば私は貴方に賭けるのが一番良い選択だと思えたのです」
合理的に判断したとしても、アルベルト殿下に頭を下げさせるなんて、やはり普通ではない。
「それではこの場も私を試していたということですか?」
この町へ来た時、ライオネルがバザック氏を見て驚いたということは、少なくとも二年前までは帝国の将ではなかったはずだ。
そう考えると、これだけの信頼関係は少し異常に思えてくる。
「正直に申し上げれば、帝国の守護者であった戦鬼将軍が、何故貴方に従う気になったのか、それが私の知りたかったことです」
「知りたかったことは、知ることが出来ましたか?」
「いえ、これから共にすることで、知っていきたいと思っております」
何処か飄々とした感じで、ただ会話を楽しんでいるようにしか見えない。
「気になっていたのですが、何故バザック氏はアルベルト殿下の参謀のようなことを? 昔帝国に破れた将ならば、帝国の現状は喜ばしいことになるのではないですか?」
「やっとその質問をしていただけましたか。実は私はこのお二人に借りがあるのです」
「借り?」
「ええ。そこに居るライオネルに斬られた後、命が尽きたと思っていましたが、私は死ぬことはなかったのです。しかし私が目を覚ました時には我が国は既に滅びていて、私は帰る場所を失ってしまいました」
よくありそうな敗軍の将の末路だった。
「殿下とメルフィナ様と会ったのはその戦いから五年後のことです。私が世話になっていた村が魔物に襲われ、何とか魔法で応戦していたものの、魔力が底を尽いてしまい、絶体絶命の危機に陥りました」
「それを救われたということですか?」
「はい。まだ若いお二人が指揮をする帝国軍が、魔物を駆逐して村を救ってくれたのです。ですから、帝国軍に肩入れしているのではなく、お二人に命を救っていただいた借りを返しているに過ぎないのです」
「帝国へ戻ったあかつきには、宰相として取り立てたいと思っている」
アルベルト殿下はそう宣言するように告げたが、バザック氏は笑うだけで、それについて何も話すことはなかった。
そんな二人のやり取りを見てから、ライオネルに俺が思ったことを伝え、彼の思っていることを把握することにした。
「ライオネル、彼等と共同戦線を張ろうと思うが、ライオネルはどう思う」
「ルシエル様を測ろうとしたバザックについて、思うことはあります。ですが、アルベルト殿下が皇帝に即位すれば、まだ帝国の矜持を取り戻すことは出来るでしょう」
まぁこれで教会並みに腐敗していくようになったら、公国ブランジュの思惑通りになるし、そうなれば苦しむ人達が大勢出てきてしまう。それだけはこちらも避けたいことだ。
俺はライオネルの言葉に頷き、彼等の協力要請を受けることに決めた。
「……それでは、こちらの持っている情報と、そちらの持っている情報を摺り合わせ、対帝国の作戦会議を始めましょうか」
「ありがとう御座います」
深々と頭を下げるバザック氏に、まだ少しの違和感を覚えながら、作戦会議を始めることになるのだった。
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