196 教会の未来
すみません。体調が悪く遅れてしまいました。
聖都の冒険者ギルドに出す依頼内容を、ギルドマスターであるグランツさんと詰めていると、ふと何かを閃いたのか、グランツさんが席を立つ。
「どうかしたんですか?」
「ああ。ルシエル、少しここで依頼の期間と情報範囲を絞っておいてくれ」
「分かりました」
「悪いな」
グランツさんはそう告げると、食堂から出ていった。
俺が急に来たから、急ぎの仕事を途中で止めて来てくれたのかも知れない。
悪いことをしたと思いながら、依頼内容で詰めていた部分を依頼書へと記載していく。
噂は他国にも漏れているが、今回の調査範囲は、聖都を中心に聖シュルール協和国内全域にすることにした。
他国まで噂が流れた速度を考えると、そこまで早いとは言えず、本来ならこの噂を聖シュルール協和国のみで、止めておきたかったのではないかとも推察出来たからだ。
まぁ他国まで範囲を拡げると、余計なものまでくっついてきて、この件が長引かせたくないということも前提であるのだ……。
出来るだけ速やかに、事態を決着したいのだ。
範囲を広げて精度の低い情報を得て混乱するよりは、そちらの方がよほど建設的だし、情報戦はスピードと正確さが決め手と偉人が言っていた気がする。
羊皮紙に内容を書き終わると ちょうどグランツさんが戻ってきた。
思ったよりもずっと早かったので、何をしていたかを聞こうとすると、グランツさんは大きな魔通玉を持っていた。
どうやら魔通玉をとってきたようだ。
「待たせたな。先程メラトニのギルドマスターが心配だって言ってただろ? これは全冒険者ギルドと連絡が取れるものだから、使ってみるといい」
この気配りが冒険者ギルドのマスターである証なのかも知れない。
「助かります。三ヶ月前に同行することが機会はあったのですが、師匠は魔通玉を持っていなかったので」
「普通、魔通玉を持っているのは、連絡を蜜に取り合うことのある組織か、莫大な資産を持つ資産家ぐらいだぞ」
資産家か……迷宮で拾ったものが殆どだけど、十分資産はある気がする。
しかし魔通玉が携帯の役割を果たす日は来るのだろうか? 話を振ってみることにした。
「もっと量産出来たら便利になるかも知れないですけどね」
「持っていて連絡が取れるっていうのも問題だぞ。それが犯罪に使われたりするだろうからな」
どうやら犯罪者の手に渡らないことを念頭に入れているらしい。
確かにこの世界に携帯があったら、色々と不味いことが起こりそうだ。それこそ死に直結するようなこともありえるかもしれない。
妙に納得してしまいながらも、道具についての認識を口にする。
「その可能性はありますね。でも、きっと道具はその人がどう使うかですから」
「これ一つ作るのにAランク以上の魔物の魔石が必要になるから、冒険者なら戦闘に必要な魔動具を優先的に作る。だから普及することは当分ないだろう」
「ははっ。まぁ確かにそうですね」
魔法剣なら作れそうだし、十分にありえる内容に納得するのだった。
グランツさんはカウンターの中に入り、俺の前まで来ると、魔通玉を置いた。
「ちょっと待ってろ」
グランツさんはそう言うと、魔通玉を握りながら目を閉じた。
三十秒程だろうか、グランツさんは固まっていたが、急に喋り始めた。
どうやらメラトニの冒険者ギルドと繋がったようだ。
「こちら聖都の冒険者ギルドのグランツだが、マスターはいるか? ……夜分に失礼する。貴殿とどうしても話したい者が来ていてな」
話の流れからすると、師匠が出たのだろう。
夜の時間だから、冒険者ギルドへ帰って来たのだろうか? グランツさんは瞼を開け、俺の右手を掴み魔通玉に置いた。
急なことなどで驚いてしまうが、そこで師匠の念話が頭に響いてくる。
『グランツ殿、俺もあまり暇ではないのだ。少し鍛えないといけない事情があってな』
「このまま会話に割り込ませていただく。ルシエル話して良いぞ」
驚いている時に、いきなり話を振られて、さらに混乱しながらも師匠に声を掛けようとして、話をする前に師匠の大きな念話が頭に響く。
『ルシエルだと!! おい、ルシエルそこにいるのか?』
「ええ。師匠、ご無沙汰していました。本日ネルダールから無事……ではないですが帰還しました。何故だか分かりませんが、聖属性魔法が使えないという、噂が広まっていたので驚きましたよ」
きっと師匠は俺の言いたいことを察してくれる筈だ。
『……そうか。何か変化はあったのか?』
そして思ったとおりの返答があったので、この三ヶ月間を集約して説明する。
「はい。何とか試練を乗り越え、賢者に至ることが出来ました。まぁ聖属性魔法以外は相変わらず使えないんですけどね」
『……それで、さっき無事じゃないって言っていたな』
「はい。どうやら俺を排除したい人達がいるみたいです」
『ほぅ。それはガルバが調べていた教会の黒い部分と、帝国の裏の世界で噂になっている、変幻と呼ばれる戦鬼に化けている奴のことだな』
「えっ? もう調べてあるんですか?」
全く知らない変幻とか、もう既に調べてあるとか……ガルバさんの情報収集能力が少し怖い。
『ああ。こっちは三ヶ月間、身体を鍛える以外はすることがなかったからな。ちょうどその噂を流そうとした奴等がメラトニへ来ていて、その話をメラトニの住民にしたところで、住民達が取り押さえて、グルガーの特製料理で白目剥かせておいたから安心しろよ』
……師匠達は相変わらずだけど、情報を集めていたのは、俺が聖属性魔法を再び使える日を信じてくれていたのだろう。
さらにメラトニの住民達が、見ず知らずの俺の為に動いてくれたことも、本当に嬉しくて、熱いものが込み上げてくるのだった。
泣きそうになるのを我慢して、これからのことを師匠に聞くことにした。
「情報が既にあるのでしたら、どう動いた方が良いでしょうか?」
『それはルシエル、お前がどうしたいのか、それで決まる』
「……俺がどうしたいか、ですか?」
師匠は今回の件の幕引きまでフォローに回り、全てを俺に委ねるつもりだということが、直感的に分かった。
『そうだ。今回の件はあくまで教会の一部の……お前が現れてから、淘汰された一部の教会関係者が騒いだことが発端だ』
一部……それにしては騎士団の敵意が普通ではなかったが……あれは洗脳なのか? それでもやはりあれはショックが大きかった。
「正直、教会に恩恵を受けたことがないとは言いません。ですが、それ以上に粉骨砕身しながら、教会の為に働いたつもりです。教会本部や治癒士ギルドの中にも、お世話になった方々はいますが……」
色々考えると、今回の件を俺がどうしたいのか、着地点を決めていなかったことに気がつく。
『それを明確にしながら、メラトニへ来るんだ』
「メラトニへですか?」
『ああ。頼みたいこともあるからな。戦鬼達にもこのことを報告して、出来ればメラトニまで来てもらいたい』
「分かりました。俺は明後日にはそちらに到着出来ると思います。ただ待ち伏せも予想されるので、少し遅れるかも知れません」
どうしてということが頭にあるが、情報が向こうあるのだから、一度頭を冷やすのも手かも知れないと思い了承することにする。
それに師匠の頼みごとは、誰かが怪我をして笑えないときがあるので、行くしかなかった。
『よし。そう言えばブランジュ出身の二人はどうしている?』
「一緒にいますが?」
『それならいい。そう二人にも聞きたいことがあったからな』
「よく分からないですが、それでは無事に到着することを祈ってください」
『俺の弟子なら、障害ぐらい乗り越えてこい』
「分かりました」
『よし。グランツ殿、今回は連絡ありがとう御座いました』
「いや、こちらとしても料理を教えていた元教え子になりますから、お役に立てて良かったですよ」
『それでは』
師匠は俺との話を終えると、グランツさんに礼を言って通信切った。
「魔通玉ってこういう使い方も出来るんですね。初めて知りましたよ」
「一度通信を繋げないと介入は出来ないから、面倒だけどな。次は何処に連絡するんだ?」
「イエニスの冒険者ギルドですね。首尾よく出てくれると良いんですけどね」
「とりあえずイエニスの冒険者ギルドへ向けて発信してみよう」
グランツさんはイエニスの冒険者ギルドへ連絡を取り始めるのだった。
そしてその片隅では、冒険者達による俺の通り名決めが白熱の展開をみせていた。
しかし俺はこれを完全にスルーするのだった。
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