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ありふれた職業で世界最強  作者: 厨二好き/白米良
ありふれたアフターストーリーⅢ
316/534

深淵卿編第二章 アンノウン 上

長くなりすぎたので、上下分割しました。

このあと、19時に下も投稿します。



 地上から伝わってくる震動に、地下のオムニブスメンバーが己の職務を全うすべく怒声を上げて走り回る中、浩介達は〝鏡門〟のある封印部屋を目指して駆けていた。


「まさか、あれほどの数の崇拝者が奇襲をかけてくるなんて……」


 先の襲撃以降、逃走を成功させた崇拝者の行方は追っていたし、ローマ市街に集結していないか確認もしてはいた。


 とはいえ、本部の構成員のうち相当な数が死傷し人手が激減していたことから、その調査や警備は十分とは言えなかった。


 それでも、まさか数千規模の崇拝者が集まっているとは……


「聖下はご無事でしょうか……」


 ウィンが、心配そうな表情で呟く。ローマ教皇は、現在バチカン市国外に退避し、先のテロ事件の表の対応と、オムニブスが十全に戦える環境を整えるための対応をしている。


 念のため、エクソシストが数名、普通の職員に扮して警護しているし、悪魔の存在を知らない普通の護衛達も、対人戦においては超がつく一流揃いではある。が、敵の数が数だ。不安を感じるのも無理はない。


「大丈夫だろう。やばかったら、ユエさんが誰か送り込むさ。ここまで来て、悪魔側を喜ばせるようなこと、ただの一つも許すわけがないよ」


 ユエが、身内を傷つけられてキレていたのは事実。そして、ユエは魔王の正妻であり、二人は似た者夫婦だ。


「なんたって、敵を少しも喜ばせないなんて理由だけで、異世界の全人類を守っちまうような奴の嫁さんなんだからな」


 そう、かつてハジメは、エヒトが人類の殲滅を望んだから、なんて理由でトータスの人々を守った。戦士を集め、超強化した挙げ句、全戦力限界突破というとんでもないことまでやったのだ。


 敵とあらば、相手が望んだ分だけ、その望みを踏み潰す。それがハジメであり、ユエなのだ。


「なるほど、確かに魔王様とその奥方様なのですね」

「強大な魔王級の悪魔との決戦に、魔王の仲間と挑むとは……人生、分からないものだ」


 クラウディアがくすりと笑えば、ウィンは苦笑いを、アンナ達はなんとも言えない乾いた笑い声を上げる。


「クラウディア様! こちらに! 装備を運んできました!」


 封印部屋の少し手前の部屋から顔を覗かせた修道服姿の青年が呼び掛けてきた。


 部屋に入ると、浩介も見覚えのある淑女然とした女性がいた。


「マーヤ! どうしてここに!」

「落ち着いて、クレア。流石の私も、崇拝者に囲まれた状態であの部屋の死守はできないわ。完全封鎖して、こちらの防衛戦に参戦するのよ。それより、ほら、早く装備を調えなさいな」


 どうやら、あの雑貨店が入ったビルも襲撃されたようだ。


 そして、その言葉通り、彼女も戦いに参戦するらしい。黒のタイトコートを纏い、髪をアップにまとめ、肩には古めかしい弓をかけている。実は、彼女もエクソシストだったらしい。


 怒声飛び交う状況でも綺麗に微笑む彼女は、なんとも余裕があって頼もしい。


 慌てて装備を身につけていくクラウディア達を余所に、マーヤの視線が浩介に向いた。


「初めまして、Mr.遠藤。貴方は初対面ではないでしょうけど、私は(・・)初対面なので、ご挨拶させていただくわね?」

「あはは……どうもです」


 目が、笑ってねぇ……と、浩介は冷や汗を掻く。どうやら、自分の守りを抜いて、秘密の通路に侵入されたことに、少々思うところがあるらしい。


 と、思ったのだが……


 マーヤさん、ススッと浩介に近づくと、その耳元で囁いた。


「なんとなく気配を掴んだわ。もう、見逃さない。――うちの子(クレア)を泣かせたら、射るわよ?」


 ススッと離れて、にっこりにこにこ。「クレアをお願いね?」と、今度は皆にも聞こえるように言った。


 もうっ、何を言ってるのですか! と頬を赤らめるクラウディアに、マーヤさんはほほほっと上品に笑う。


 浩介、冷や汗ダクダク。身を離した瞬間、至近距離で見えた彼女の目は「あなたを、殺す!」と言いたげな強烈なものだった。


 すごく既視感。


 やがて、装備を整えたクラウディア達を、マーヤは、先程の某長官ばりの迫力など微塵も感じさせない慈しみに満ちた雰囲気で、一人一人、突入組を抱き締めていった。


 そして、最後にクラウディアを抱き締めると、


「本懐を果たし、生きて戻りなさい。全て終わったら、クレアの好きなレモンケーキを焼いてあげるから、みんなで食べましょうね?」

「はい、マーヤ。行ってきます」


 クラウディアもまた、マーヤをぎゅっと抱き締めた。そして、ウィン達に視線を巡らせ、全員準備が整っていることを確認すると、今度こそ封印部屋へと駆け出した。


 駆けながら、浩介はちょっと尋ねてみる。


「マーヤさんって何者?」

「? マーヤは見ての通り、オムニブスのエクソシストですよ? もっとも、既に引退して秘密通路の管理をしていますが」


 たぶん、浩介殿はそういうことを聞きたいんじゃないと、察しのいいウィンさんが補足してくれる。


 それによると、あの優しく淑女なマーヤさん、ダイム長官の元相棒だったらしい。悪魔を見るや問答無用に突撃悪魔払い(物理)をしてしまうダイム長官を、弓矢での狙撃という形で援護していたのだとか。


 が、本質的にマーヤもダイムと変わらないらしい。気が付けば、弓矢を以て突撃。弓で殴り、矢をスティレット代わりに突き刺し、引き抜きながら矢を番え超至近距離から射貫き、刺さった矢を引き抜いてまた撃ち……という、弓術による超接近戦を繰り広げる人だったのだとか。


 結果、ついた二つ名が、〝悪魔絶対殺すウーマン〟〝弓の冒涜者〟〝っていうか、もう普通に剣とか鈍器で戦えばいいんじゃね?〟〝対撲殺神父最終兵器〟〝最恐聖母〟などだ。


 ちなみに、独身だがオムニブスの者達からは母のように慕われており、かつ、絶対に怒らせちゃいけない悪魔より恐ろしい人ナンバーワン。そして、独身を貫いた理由は、時折、ダイム長官と二人っきりで食事したり晩酌したりしている点で推して知るべし、である。


「やべぇ二人に目を付けられたのか……」


 浩介の目が死んでいく。突入前なのに。


 封印部屋に入ると、部屋の中にはエクソシストの戦闘服であるタイトな黒コートを纏った者と、修道服を着た者が数人いた。そのうちの、修道服を着た青年が呼び掛けてくる。


「クラウディア様、結界の準備はできております。……みな、お帰りをお待ちしております。神のご加護があらんことを」

「ありがとうございます。ここを任せましたよ」


 ここで〝鏡門〟を内外に亘って死守するらしいエクソシスト達に、クラウディアが強い眼差しを向けながら頷く。


 そのエクソシストは、浩介にも目を向けると深く頭を下げて言った。


「ミスター。どうか、仲間をよろしくお願い致します。貴方には不要かもしれませんが、貴方にも神のご加護があらんことを」

「ああ、ありがとう。大丈夫、全員で戻るよ。なんでも、マーヤ女史が帰還祝いにレモンケーキを焼いてくれるそうだし、帰らないわけにはいかないだろう?」

「おぉ、マーヤ様のレモンケーキは絶品ですからな。それは是が非でも戻っていただかねば」


 浩介の軽口に、エクソシスト達は緊張していた表情を和らげた。


 少し強ばっていたクラウディアの表情も、ふっと和らぐ。


「よし。それじゃあまずは景気付けだ」


 浩介が懐から灰色の液体が入った試験管――万能薬パンドラズホープを取り出した。合わせて、クラウディア達も取り出す。


 浩介がグラスで乾杯でもするように掲げれば、クラウディア達も掲げた。


「敵は王級の大悪魔アンノウン。かかっているのは世界の命運。道程には無数の悪魔、場合によっちゃあ〝伝説の悪魔(名付き)〟もいるだろう。が、そんなもん知ったこっちゃない」


 不敵に笑う。ニィッと、それこそ悪魔のように。


「これは報復戦だ。さんざん舐めた真似をしてくれやがったクソ野郎を、フルボッコにしに行く。これは、俺達を怒らせたらどうなるか、地獄のクソ共に叩き込むための戦いだ!」


 エクソシストらしからぬ凶悪な笑みが、ウィン達の顔に宿っていく。


 そうだ。使命は今も心にある。けれど、散っていった仲間の無念、それを晴らして何が悪い! 自分達は人類の守護者。だが、同時に、悪魔共の天敵だ!


 ボルテージが上がっていくエクソシスト達。クラウディアは静かに瞑目し、そして、目を開けた時には、その瞳にかつてないほどの炎が宿っている。


「悪魔共に鉄槌を! 散った仲間に勝利を!」

「「「「「悪魔共に鉄槌を! 散った仲間に勝利を!」」」」」


 地下空間が崩れんばかりの咆哮じみた声が轟いた。


 そして、同時に秘薬を一気に飲み干し、これまた景気付けだと地面に叩き付ける。ガラスの砕けるような音が、彼等の中の戦意を更に増大させた。


「行くぞ?」


 緊張など微塵もない軽い口調。


「行きましょう」


 同じく、軽い口調で応えるクラウディア。


 ウィン達が頷き、そして、


「――悪しき者に告ぐ。恐れ、震えよ。死の門は開かれ、汝の悪意は鋼鉄の意志に挫かれる」


 クラウディアのかかげる〝聖十字の鍵〟が燦然と輝いた。清冽な光は、真っ直ぐに〝鏡門〟を照らし、水銀の封印が流動し始める。


「主よ、お導きください。我等、正しきを信じ、愛を信ずる者。聖戦たれば命惜しまず、悪意と敵意を打ち倒す者! 主よ、貴方の戦士を戦場にお導きください! ――〝開門〟」


 清浄なる光が迸った。水銀が〝鏡門〟のレリーフに完全に吸い込まれ、鏡面部分が薄い光の膜となる。その向こうには、あの血風吹き荒れる赤の世界があった。


「先陣は俺の本分。先頭は任せてもらうぞ!」

「はいっ」


 力強く返事をするクラウディアと、「応っ」と気勢を上げるウィン達を後ろに、浩介は再び地獄へと足を踏み入れた。




 空気が変わる。乾ききった大地をジャリッと踏みしめる。


 刹那、


「――ッ!?」


 浩介の体が硬直した。外的拘束を受けたわけではない。


(筋肉が、固まった!?)


 今の状態を端的に言うなら、〝麻痺〟だろうか。不味いのは、硬直が内側にも急速に浸透していくところ。


「っ、浩介様!?」


 言葉を発することもできない。が、対応はできる。


 いきなり奇襲を受けた浩介だったが、頭は冷静だ。僅かな力、というより視線を感じて、その瞬間には分身体を現出。そして、血風の向こう側へ苦無を抜き撃ちのように放つ。


――ギィ!?


 僅かな悲鳴と共に硬直が解けた。が、息を吐かせるつもりはないらしい。


「チィッ!!」


 舌打ちが漏れる。背後から死の気配が迫っていたが故に。浩介の影から、影そのもののような人影が盛り上がり、鋭い手刀を繰り出したのだ。


 同時に、直ぐ近くの岩が噴火でもしたかのように噴き上がった。否、正確には起き上がった(・・・・・・)。三メートル近い、鬼のような顔に蝙蝠(こうもり)のような翼を生やした巨人だ。


 背後の至近距離からの手刀。上からは、人影ごと浩介を潰さんと迫る巨人の顎門。


 ギリギリ発動した空遁〝万影之陽炎〟により、分身体と浩介の位置が空間ごと入れ替わる。


 分身体の腹が貫かれ、巨人の顎門が上半身に食らいつく。


 更に、位置を入れ替えた浩介に、血風を突き破るようにして十数体の犬が飛びかかってきた。体の一部を食いちぎられたかのように欠損させたゾンビ犬の如きおぞましい姿に加え、呼気の度に口から小さな火が吹き出ている。


 全て、目指すは浩介の四肢と首。


(さ、殺意たけぇなおい!)


 地獄に踏み込んだ瞬間、浩介だけは絶対に殺すと言わんばかりの集中砲火。


「――日の出と共に祈らん! 鉄と硫黄の礫よ。聖火を宿せ!」

「――汝、悔い改めよ! 神は弓を構え、悪しきを滅ぼす火矢を放たれた!」


 浩介がゾンビ犬モドキに対応しようとした寸前、そんな聖句が響いた。と、同時に、無数の燃える弾丸と矢がゾンビ犬モドキに殺到。一撃のミスもなく、十数体いた標的を穿った。


「ナイス援護!」


 浩介の言葉に、古式ライフル使いブルースと、ボーガン使いリーがサムズアップで応える。


 そして、浩介はフィンガースナップを一発。貫かれ、上半身に食らいつかれていた分身体を自爆させる。それにより、人影は消し飛び、岩の巨人は逆に上半身を粉砕されて崩れ落ちた。


「浩介様! ご無事ですか!」


 クラウディア達が慌てて駆けつけてくる。


「ああ、なんともないよ。けど、今のって確実に俺を狙ってたよな?」

「ええ、そのように見えました。おそらく、前の浩介様の戦いと、ユエ様に退けられたことで、アンノウンは浩介様達を相当警戒しているのではないでしょうか」

「みたいだな。前の餓鬼モドキと違って、かなり特殊な力もあるみたいだし。いきなり麻痺ったときは、ちょっと焦ったぞ」

「あれは……ゲイザー(呪う単眼の悪魔)ですね。それに、ガーゴイル(岩の従魔)シャドウストーカー(這い寄る影)、最後のはヘルハウンド(地獄の猟犬)です」

「名付きの悪魔か?」

「いいえ、種族名みたいなものです。クラスは中級に属しますので、浩介様のいう餓鬼モドキ――マインドレス(意思なき亡者)、あるいは単に〝下級〟と呼ばれる悪魔よりは、ずっと厄介ではありますが」


 とはいえ、書物に出てくるような大悪魔が初っ端から出てこないのは不幸中の幸いだ。


 是が非でも帰還者クラスを殺したいなら、初見必殺で大悪魔による奇襲がもっとも効果的だと思うのだが、何故、中級クラスの複数配置程度にしたのかは疑問である。


 あるいは、出さないのではなく、出せなかったのか……


 浩介は、ここで考えてもしかたないと頭を振った。


「みんな、嘆きの風の影響はどうだ?」

「私は問題ないのです。痛みも違和感もありません」

「私達も大丈夫なようだ。見事な薬だな。まだ相当若く見えたが……大したものだ」


 ウィンが、〝嘆きの風〟の影響を完全に相殺しているパンドラズホープの効果と、それを作り出したエミリーに感心の声を漏らした。手間暇かけて作り出す聖水の効果を超えていると、アンナ達も苦笑い気味に頷く。


 浩介がちょっと自慢げに笑いつつ、クラウディアに尋ねる。


「それで、クレア。奴は?」

「……近くにはいません。というより……呼ばれています。下層ではなく、地表にいる……あの廃都市で……私達を待っています」


 チッと、浩介は舌打ちをした。アンノウンの思惑を察したからだ。


 おそらく、向こうも浩介達の思惑を察している。パンドラズホープは予想外だろうから、〝嘆きの風〟による疲弊や聖水の消耗は考えなくてもよくなったが、自分のもとへ辿り着くまでに消耗をさせる気なのは間違いないだろう。


 大悪魔のくせにせこい考えを……と思うが、それも、浩介やユエ達の戦力がアンノウンにとって脅威だったからに違いない。


「でも、そうなると、ますます疑問だな。地獄の戦力を率いて現世侵出をたくらんでいて、油断も過信もないってのに、なんで名付きの悪魔を出してこないんだ……」

「確かに、それは疑問――ッ、浩介様!」


 クラウディアがハッとしたように身構えた。あれほど振り回されていた聖十字架をしっかりと抱え、機敏に戦闘態勢を取る。ウィン達も一拍遅れて、険しい表情で身構えた。


「あぁ、本格的に来たな」


 気配感知が捉える。おびただしい数の戦力。


 もはや、以前のように疑似飛行で空からくることも許さんといわんばかりに、血風舞う空に無数の影が飛び交った。


 ビリビリと肌を刺激する悪意と殺意。多種多様な悪魔共が、赤い目を爛々と輝かせながら、自分達のテリトリーに侵入してきた獲物を食らい尽くしてやると気勢を上げているのがよく分かる。


 ウィン達の額に冷や汗が浮き出た。覚悟はしていたが、感じる敵戦力のなんと多いことか。


 星の数ほど、と表現すべき数に対して、こちらは浩介とクラウディアの外、ウィン、アンナ、アジズ、リー、ブルース、バッカス、そして三人のエクソシストを加えた十一人。


 本来は、隠密からの一撃を狙っていたのだが、アンノウンの想像以上の警戒心がそれを無にした。仕方ないとはいえ、思わず「悪魔なら悪魔らしく慢心でもしていろ」と悪態を吐きたくなる。


 が、そんなウィン達の前に出るのがこの人。


「ふっ。熱烈な歓迎じゃないか。そんなに熱いラブコールを送られては、応えないわけにはいかないな」


 はい、サングラスはいりま~す! キレッキレのターンもはいりま~す!


「ターンがでました! あのときの浩介様です!」

「く、クラウディア様?」

「知っているんですか! クラウディア様」


 何故、いきなりターンしたのか。何故、いきなり左手でサングラスをクイッとしながら、上体を仰け反らせつつ、右手を突き出して前方を指さしているのか!


 アンナの疑問に、クラウディア様は答えちゃう!


「私にも、何故ターンするのか分かりません! ですが、一見無意味に思えるターンにも意味があるはずです!」


 意味はない。


「なぜなら、ターンをした浩介様は雰囲気が変わってすごく強くなるのですから!」

「なんですってーー!?」


 ノリのいいアンナちゃん。ウィン達は思う。じゃあ、あの香ばしいポーズにも意味が!? と。


 もちろん、意味はない。


 血風から飛び出したヘルハウンドを、かかと落としで打ち落としてそのまま踏み潰し、浩介は、その屍の上でもう一度ターン!


 何故か、おぉっと歓声が上がる。浩介の――否、卿のテンションは、観客のおかげで最高潮だ!


 だから言っちゃう!


「さぁ、パーティーの始まりだ。死踏を楽しもうじゃないか。万雷の如き絶叫を以て迎えてくれたまえ! この深淵卿を! コウスケ・E・アビスゲートを!」


 地を隆起させて現れたガーゴイルが、一瞬、引いたような気がした。










 凄まじい数の中級クラスを、クラウディアを中心にして守るように円陣を組みつつ、少しずつ前進していく卿達。


 基本は、卿と三体の分身体が四方を守りつつ道を切り開き、卿の攻撃を抜けてきた敵をウィン達が討つという陣形だ。


 クラウディアは、全ての力をアンノウン討伐に注ぐため力を温存している。


 敵は星の数ほど。故に、押し潰されそうなものであるが、


「――主よ、悪しき者の悪を断ち、正しき者を堅く立たせたまえ! 信徒を守るは神の盾! 神は信じる者を守られる!」


 突入組のエクソシストの一人。眼鏡をかけた中年の、一見するとどこにでもいそうなサラリーマンを思わせる風貌の男――シャリフ・イーストが、中肉中背の姿に似合わず巨大な盾をかざした。


 途端、タワーシールドが燦然と輝き、円陣を囲むようにして光のドームが形成される。帰還者組が見れば、まるで〝聖絶〟の下位互換〝聖光〟の防御魔法のようだと思うことだろう。


 その全体防御が、悪魔の攻撃を最後の一線で決して通さない。


 そして、その効果は悪魔にのみ効力があるようで、足止めを食らった悪魔達は、バッカスのバトルアックスや、アンナのトンファー、アジズの大型ナイフなどの神器で討伐され、中距離はリーやブルース、そして、


「――暁の光を宿し、魔の世界を照らしたもう。主よ、貴方の輝きで暗雲を払い、燃える灰を舞わせたまえ」


 カンテラという奇抜な神器使いによって滅ぼされていく。三十代の鋭利な瞳の女性エクソシスト――キアラ・ヴァッティのカンテラは、決して灯火を絶やさない。そして、一度聖句を唱えれば、その灯火は激しく燃え上がり悪魔を滅ぼす光を放つのだ。


 更に、中級悪魔達の津波の如き攻撃を凌げている理由の一つとして、最後のエクソシストによる演奏(・・)があった。


 そう、彼もしくは彼女――T・Jの神器は横笛。姉御と呼ばれる彼……が、聖歌のメロディーを奏でれば、悪魔達は途端に精彩を欠き、下級に至っては苦しみ出して身動き取れなくなる始末。


 しかも、近接専門のウィン達が傷を負えば、すぐさまメロディーが変わり彼等の傷が癒えていく。


「近、中、遠。防御に回復に敵の弱体化。全く隙がないな。理想的なうえに、練度は極上。見事だ」


 なるほど、これが何千年と続いてきた対悪魔機関オムニブスのエクソシスト、その中でも頗る付きの精鋭部隊というわけだ。全く以て、疑いの余地なく納得してしまう強さだ。


「浩介殿がいなければっ、とっくに押し切られている!」

「まったくです! 浩介さん、強すぎです!」


 ウィンとアンナが、あまり余裕の感じられない必死の形相で敵を屠り続けながら叫ぶ。


 そんな彼等に、


「今は、アビスゲートと呼んでくれたまえ」


 地獄にあって、奈落と呼んでほしい。ここ、譲れない。でも、卿だったらOKだよ?


「意味が分からん!」

「なんのこだわりですか!?」

「浩介さん、どうしていきなりおかしく……」

「浩介様は浩介様では?」


 エクソシストさん達は、至って普通の感性だった。リーとブルースだけ、微妙な表情になっているのは、卿の状態がいわゆる〝あれ〟だと理解しているからか。どうやら、二人にも黒歴史があるらしい。


 そうして、押し寄せる敵の六割を捌きながら更に道を切り開いてもいる卿により、とうとう廃都市が見えてきた。


 ここまでの戦闘で、ウィン達はかなり疲労が蓄積しているようだ。アンノウンの思惑の半分くらいは叶ったというべきか。


 とはいえ、時折集中砲火を浴びた卿が未だに健在な点、アンノウンの作戦はほぼ失敗と見て良いだろう。


 前回と違い今回は準備して来たのだから、多少敵が厄介になっても、今の卿を止めることはできない。


「き、切り抜けたか……」


 ウィンが、上がった息を整え、顎を伝う汗を片手で拭いながら言う。


 その言葉通り、血風を抜けた先では、前に卿がそうだったように悪魔が襲ってこなかった。


 アジズやアンナ達も息を荒らげつつ、少しホッとしたような表情になる。


 卿が、クラウディアに呼び掛けた。


「クレア」

「はい、浩介様。アンノウンは――」

「アビスゲートと呼びたま――」

「浩介様。アンノウンはいます。廃都市の中心に。私を呼んでいるのです」

「う、む」


 真剣(マジ)モードの聖女様に、そういうのは通じないらしい。ちょっとたじろぐ深淵卿。ごほんっと咳払い。


 気を取り直して廃都市へと足を踏み入れる。


「ここが……かつての……」


 アジズが、なんとも言えない表情で荒廃したビル群を眺めながら呟いた。クラウディアと卿以外、地獄の中のこんな場所まで踏み込んだことはないのだ。


 悲惨なまでの廃れ具合に、誰もが大昔の戦争や、その後の地獄の住人が辿った末路を思い、息を飲んだ。


「もうすぐ……もうすぐです……」


 比例して、クラウディアの顔も強ばっていく。


 瓦礫の散乱したストリートを隊列を組んで進んでいく。悪魔の気配はなく、地鳴りと雷鳴が耳を突くのみ。


 中心部に近づくにつれ緊張は高まり、乾いた風が、ただでさえ乾いた唇から水分を奪っていく。


 そうして、ついに、視線の先に半壊したビルに囲まれた大きな交差点が見えた。都会のスクランブル交差点を何倍にもしたような大きな広場だ。


「……あそこが都市の中心部です」


 息を呑んで、クラウディアがいう。聞こえていた呼び声は、今は聞こえない。だが、確かに、感じた都市の中心部はあの交差点だという。


「チッ。支配者を気取るなら、堂々と待ち構えていろというのだ。魔王のセオリーだろうに」


 てっきり、RPGに出てくる魔王よろしく、堂々と迎え撃つのだろうと思っていた卿は、アンノウンの姿が見えないことに罠の存在を察し、思わず悪態を吐いた。


 俺達の魔王様なら、きちんと玉座に座ってふんぞり返り、「フハハハハッ、よく来たな雑種共!」くらいはやってくれる。様式美だ。実際、ハロウィンではやってくれたし。めちゃくちゃ盛り上がったし。


「誘いと分かっていても、行くしかないのです」

「ああ、そうだな」


 クラウディアの決然とした表情に促され、卿を先頭に交差点の中心部へと踏み込んだ。


 刹那、いくつかのことが同時に起きた。


――ィアアアアアアアアアアッ


 凄まじい女の絶叫。クラウディア達の誰かが上げたものではない。もっとおぞましく、怨嗟をたっぷりと含んだ精神を掻きむしる叫び声。


 卿を含め、全員が思わず硬直する。


 同時に、卿と全ての分身体の足下で影がうねった。まるで水面に波紋が奔ったように。


「――ッ!?」


 直後、真上に吹き飛ぶ卿。足下から出現したのはサメ。炎の目に、汚泥のようなオーラを纏った、体長五メートルはあるサメだ。


 まるでトラバサミのように大口を開けて、真下から卿を呑み込まんと飛び出したサメに対し、念のために準備していた重力魔法で空に落ちることで回避。


 だが、サメは空中を凄まじい速度で泳いで追撃。卿は迫る顎門を腕と足で押さえながら、しかし、砲弾のような威力により押し流されていく。


「浩介さ――ッ!?」


 上空を見上げたクラウディアの足下が、スッと消えた。否、正確には黒い真円の穴ができたのだ。重力に従って、ふわっとバランスを崩したクラウディアの表情が引き攣る。


「クラウディア様!」


 アンナが、咄嗟に光の鎖を伸ばしてクラウディアを捕まえようとする。が、噴火のように飛び出したおびただしい数の黒い触手が光の鎖を妨害し、更に、クラウディアの足を捕らえて引きずり込んだ。


 更に、周囲がいきなり血風に覆われる。濃霧がいきなり発生したように、視界が赤の嵐で覆われ、案の定というべきか、無数の悪魔が襲いかかってくる。


 そして、クラウディアが引きずり込まれた黒の穴が急速に閉じ始めた。


「シャリフ!」

「――主よ! 貴方は仇に備えて砦を設けられた! 何人も、聖域を侵すこと叶わず!」


 ウィンの号令で、黒の穴に突き立てるようにしてタワーシールドを入れ、聖句を唱えたシャリフ。盾が輝き、閉じかけていた穴を無理矢理こじ開けるようにして閉じるのを防ぐ。


 が、一瞬拮抗したものの、じわじわと神器の光を呑み込むようにして穴が閉じていく。


「ぐっ。む、りだ……。アジズッ! キアラ! 力を貸せ!」

「――主は仰せられた。鉄を突き立て敵を挫けと。宮の炉が鍛えた三の剣を以て」

「――後光を以て、暗雲を払う。見よ、信じる者よ。頂にそびえる聖なる宮を」


 アジズが、懐から取り出した二本の短剣を、黒い穴の周りに投げて突き刺し、手持ちの一本を足下に突き立てた。そうして聖句を唱えれば、三本の短剣が光で結びつき、シャリフのタワーシールドに呼応するように輝きを強める。


 そこに、キアラの持つカンテラの光が降り注ぎ、更に光を増大させた。


 そこまでやって、ようやく黒い穴の収縮がピタリと止まる。


「くぅっ――集え、集え、この旋律に! 地にある聖徒達よ。共にゆかん! 約束の地へ!」


 T・Jが、おそらく精神を蝕み発狂を促すであろう絶叫に対抗すべく横笛の旋律を全開に奏でた。


 黒い穴を閉じさせまいと祈りを捧げ続けるアジズ、シャリフ、キアラの三人と、絶叫に対抗し続けるT・Jの四人が戦闘から離脱。


 彼等を守るためウィン達が円陣を組むが、下級の群れが津波のように押し寄せる。盾役と後衛、そして支援役を失った状態に、ウィン達の頬を冷や汗が伝う。


「――千刃絶光(降り注ぐ闇の刃)!」


 上空より、篠突く雨の如き苦無が降り注いだ。分身体と合わせ四人で放った卿の攻撃で、下級が次々に霧散していく。


 スタッと地面に降り立った卿が声を張り上げた。


「クレアは!?」


 先程のサメの悪魔。空中を泳ぐどころか、空間から空間へ跳んで泳ぐこともできる上に、空間ごと食い千切ることができるというとんでもない悪魔だった。明らかに中級のレベルを超える。名持ちでもおかしくない上級レベルの悪魔だったのだ。


 それ故に、クラウディアが引きずり込まれるのを阻止できず、卿は珍しくも少し焦ったような声音になっている。


 ウィンが、目の前の下級の首を刎ねながら答えた。


「あの穴だ! おそらく下層に通じている! アンノウンはそこだ! 行ってくれ、浩介殿! クラウディア様を頼む!」

「お前達は!?」

「ここで、帰り道を死守する!」


 命を惜しまないエクソシストが、帰るために命を懸けるという。目を見開いた卿に、ウィンは不敵に笑いながら言った。


「下層に落ちれば、地表に戻れる保証はない。ならば、この穴を失うわけにはいかない。全員、生きて戻る。そうだろう? なら、退路は任せてくれ!」

「とんでもない回復薬も頂きましたし! 帰る道くらい、私達が守ります!」

「元より、アンノウンとの戦いは姉さんと浩介さんの担当。俺達は、二人の戦いの邪魔をさせない。そういう作戦です」


 アンナが、アジズが、同じように不敵に笑いながら言う。シャリフ達も、強い眼差しで頷いた。


「ふっ、いいだろう。生きるための覚悟をしたというのなら、是非もない。ここは任せた!」


 余裕がないのでターンは封印! サングラスくいっだけして、卿は地獄の下層へと通じる黒い穴へと飛び込んだ。


 押し寄せるおびただしい数の悪魔を前に、ウィン達は、譲られた回復薬を一口。出発の時にそうしたように、一斉に空瓶を地面に叩き付けて景気づけ。


 思わず、下級の悪魔が足を止めるほどの戦意を滾らせる。


「来い、悪魔共。エクソシスト(悪魔を祓う者)の意味を、今一度、叩き込んでやろう」


 挑発じみた言葉。その意味を解したわけではないだろうが……凄絶なまでの覇気に、悪魔達は己を奮い立たせるように雄叫びを上げて襲いかかった。


いつもお読みいただきありがとうございます。

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