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ありふれた職業で世界最強  作者: 厨二好き/白米良
ありふれたアフターストーリーⅢ
311/532

深淵卿編第二章 それぞれの戦い 中



「うぉいっ!! 信治くぅんっ!? そろそろ復活してくれませんかね!?」


 繁華街のメインストリートから外れた裏路地の一角に、切羽詰まった声が響き渡った。斎藤良樹だ。


 その直ぐ横には、路地のド真ん中で三角座りをし、膝に顔を埋めて、しくしくと泣いている中野信治の姿もあった。


 良樹は心底思った。「こいつ、マジうざってぇ……」と。


 何せ、今、彼等は明らかに尋常でない複数の人間と、見えざる敵――悪魔とやらに襲撃されている最中なのだ。さっさと立ち上がって、逃げるなり、戦うなりしろよ、と思うのも無理からぬこと。あまりに無様な姿に、いっそ、このまま置いていってやろうか、と思わなくもない。


 とはいえ、


(ま、無理だけどな)


 金属バットを振りかぶって襲いかかってきた外国人の男へ、風の砲弾を放ちながら苦笑いを浮かべる良樹。


 不可視の砲弾は狙い違わず男の足に直撃し、両足纏めて逆くの字に折り曲げる。


 更に、背後の風に不自然な流れを感じた瞬間、良樹は抜刀術の如く、振り返り様に腕を振り上げた。


「――〝風刃〟!」


 そうすれば、腕の軌跡に沿って鋭い風の刃が飛び、直後、おぞましい絶叫が響き渡る。


 周囲へ警戒の眼差しを巡らせながら、やっぱり、しくしくしている信治を見て溜息を一つ。しかし、見捨てることはできない。しようとも思わない。


 壁に影が走った。そちらへ風の刃を飛ばす。……断末魔の絶叫は聞こえない。


 外した、と思った時には、頭上の風が揺らいだ。


 咄嗟に、三角座りをしている信治を蹴り飛ばし、自らも退避する。


「――〝風壁〟!」


 周囲に複数の風の唸りを感じると同時に、全方位へ突風による風の障壁を張れば、


――ィ゛イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛ッ!!


 どこか悔しそうな声が響いた。


「おい、信治! 大丈夫か!?」

「信治は……大丈夫、じゃないです」

「確かに大丈夫じゃなさそうだなっ、どちくしょうが!」


 蹴られた勢いのままコロリと転がって、ある意味、芸術的な三角座りへと戻った信治に、良樹は盛大に表情を引き攣らせた。


 本当に、「このポンコツ野郎、どうしてやろうか」と思うのだが、やっぱり見捨てる選択肢はない。


……既に、二人も友を失ったのだ。異世界で。


 しかも、その内の一人は、近藤礼一は、他ならぬもう一人の友人だった男――檜山大介の裏切りにより殺されたようなものだ。


 友人だと思っていたのは、自分だけだったのか。


 確かに、自分達の普段の行動は褒められたものではなかった。いわば、小悪党の集まりだった。


 だが、自分の欲望を叶えるために、平然と犠牲にできるほど、自分達の関係は、命は、軽かったのか……


 王宮の一室に閉じこもり、信治共々、頭を抱えて動けなくなるほど精神的に追い詰められた時もあった。


 だが、それも過去のこと。〝失わないための戦い〟というものを、他ならぬ、〝あの男〟自身の行動によって叩き込まれたのだ。


 だから、斎藤良樹は、


「これ以上、ダチを失うわけにはいかねぇんだよっと!」


 何かを〝失いうる戦い〟では、絶対に引かない。その意思は、堅く鋭く。


 天職〝風術師〟たる良樹の風は、彼の意思を乗せて、更に鋭く解き放たれる。技能〝風読〟は、より鋭敏に風の流れを感じ取る。不可視の敵も、友を守らんとする良樹の鋭い感覚からは逃れられない。


 とはいえ、


「のわっ!? あぶねぇ!? 信治ぃ! お前、今、美人な金髪お姉さんに刺されかけたぞ!? 気が付いてるか!?」


 悪魔の動向に集中し過ぎて、路地の暗がりから迫っていた外国人の女への反応が遅れた良樹。


 女の手に握られたナイフと、その矛先が、しくしくしている情緒不安定な信治へ到達する寸前であったことに、ぶわりっと冷や汗を流す。


 辛うじて、初級中の初級故に最速で放てる風の礫が間に合ったが、一瞬遅かったら、信治は脳天にぷっすりナイフを生やしていたかもしれない。


――ギァ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛

――チカラァ゛! チカラヲ、ヨコセェ゛!!


「この腐った世界は終わる! 世界は変わるんだ! その礎になれること、光栄に思え!」

「なんの悩みも不自由もなく生きてきたんだろうぉ!? 不公平だろうがよぉ!!」


 あちこちに名状し難い欲望の声が反響し、血走った目の老若男女が次々に現れる。


「ははっ。……魔力、持つか?」


 敵の数に、良樹は冷や汗を流し頬を引き攣らせた。せめて、アーティファクト――風属性魔法に関して絶大な補助能力を有する刺突用短剣(スティレット)があれば、と思うが、今日は街をぶらついていただけだ。


 というか、ぶっちゃけナンパ目的である。ナンパするのに、短剣を持っているとか完全にヤバイ人だ。普通に通報されてしまう。


 内心で、「早く助けて、アビス!」と悲鳴を上げていると、


「……金髪、お姉さん?」


 不意に、呟き声が。


 ハッとして良樹が傍らに視線を向ければ、なんと信治が顔を上げている!


「信治! やっと正気に戻ったか!?」

「……なぁ、良樹。金髪のお姉さんはどこだ?」

「くそっ、まだ正気じゃなかったかっ」


 八つ当たりの風弾! どこで手に入れたのか、斬馬刀を振りかざして迫ってきたお爺さんの足を撃ち抜く! 浅草帰りだろうか。以前訪れたとき、仲見世の商店の一つに飾られていたのと、よく似ている。なぜ、わざわざそんなものを武器に選んだのか……お爺さんの狂気を感じる。


 押し寄せる敵に、ちょっと自棄気味になりながら対応している良樹を尻目に、信治は視線を巡らせた。そして、自分に手を伸ばす金髪のお姉さんを見つける。


 血走っている上に赤く輝く異様な目で、般若もかくやという凶相を晒しながら、ナイフを持つ手を伸ばしている!


「――ぎったな」

「なんだって!? 今、何か言ったか!?」


 うつむき、漏れ出ただけのような小さな声。


 良樹が「ぎゃ~」と悲鳴を上げながらお空へ打ち上げられ、しかし、即座に打ち下ろしの風&風の刃と共に悪魔を殺しながら墜ちてきたのも目に入らない様子で、信治はもう一度、今度ははっきりと言葉を放った。


「俺の気持ちを裏切ったな!」

「お前、何言ってんの!?」


 立ち上がった信治くん。しくしくから、ダバーッへチェンジ。滝のような涙を流しながら、狂気の金髪お姉さんを狂気の泣き顔で睨み付ける。


「良樹! 俺は悲しい!」

「ああ、俺も友人の頭がおかしくて悲しいぞ!」


 自分と頭のおかしい友を囲むようにして渦巻く風を発動。数で押し潰そうとしてきた悪魔をまとめて吹き飛ばしながら、良樹が怒声をあげる。


「人生で初、ナンパ成功だと、俺は心から喜んでいたんだ! 女子大生の彼女ができるかもと、俺は心から期待したんだ! だって、めっちゃボディタッチしてきたもん! カラオケ行こうって言ったら、笑顔でOKしてくれたもん! 連絡先だって交換してくれたもん! やべぇ、これはキタ! と思ったんだもん!」

「それはまぁ、同感だ。ただ、語尾に〝もん〟を付けるのはやめろ。輪切りにすんぞ」


 実を言うと、良樹と信治のナンパは、一応の成功を収めていた。可愛い感じの女子大生が一人で佇んでいたので、ダメもとで声をかけたのだ。


 そうすれば、友人にドタキャンされて、これからどうしようかと思っていたからと、信治の誘いに乗ってくれたのである。


 神は俺を見捨てていなかった! 魔王よ! 卿よ! 俺は今日、お前達と同じステージに立つ! と、そう思っていたのだ。信治は。


 まぁ、裏路地に入った瞬間、刺されかけたのだが。


 つまり、崇拝者さんである。


 喜びが大きかった分、絶望も大きかった。悪魔に隙を突かれて囁きを受け、精神の均衡が崩れるくらいに。


「そんな悲劇の主人公みたいな俺。可哀想だと思わないか?」

「ああ、かなり頭が可哀想な感じになってるぞ」

「だというのに、あの金髪のお姉さんは、こんな俺に追い打ちをかけてきた! あんまりだ!」

「追い打ちの意味が違う気がするけど……」

「どいつもこいつも、俺の純情を弄びやがって!」

「ナンパする前、『取り敢えず、声かけまくろうぜ。数撃ちゃ当たるだろう?』って言ったの、お前だぞ? 覚えてるか? 自称、純情な男」


 ダンダンッと地団駄を踏む信治にジト目を送りつつ、竜巻を解除。同時に、飛び込んできた崇拝者達を突風で吹き飛ばして建物や電柱に叩き付ける。


「だが、だがしかし、主人公とは悲劇を乗り越えて強くなるもの」

「あ、話、聞いてないな?」

「数多の女の悪辣な行為と、欲望に身を任せろという悪魔の囁きが、俺を新境地へと誘った」

「確かに、新境地って感じだな。今のお前、前代未聞な感じで気持ち悪ぃ」


 えへえへっと不敵な笑み(?)を浮かべる信治から、そっと距離を取る良樹。友情も、もはやここまでかもしれない。異世界での決意も崩れ去りそうだ。


「――〝城炎〟!!」


 天職〝炎術師〟たる信治が、炎の壁を瞬時に作り上げた。接近していたらしい悪魔達が絶叫をあげる。


 煌々と燃える炎の光が闇を払拭し、前に進み出た信治に陰影を作る。


 ぽかんっと信治の背を眺める良樹に、信治は、肩越しに振り返って、


「良樹、待たせたな。俺はもう大丈夫だ」

「いや、全然大丈夫に見えねぇよ。むしろ悪化してるって」


 純情を弄ばれ、悪魔にさんざん囁かれた信治くん。確かに、なんだかいろいろとおかしな様子。一周回って絶好調になったような、異様な雰囲気だ。


 その証拠に、良樹のツッコミは尽くスルーされる。


「今思えば、俺達は(いただき)というものを既に知っていたんだ。そう、南雲だよ。どん底から這い上がった、俺達の魔王。ハーレム王だ!」


 信治の炎が踊る! 蝶のように舞い、蜂のように刺す! 魔王が聞いていたら、きっと撃たれてる!


「絶望を味わっても、俺達は這い上がれるんだ。あの、楽園のような世界に」

「南雲が味わった絶望感と、お前の彼女ができない絶望感は、一緒にしない方が身のためだと思うぞ?」

「だからさ、俺達は間違っていたんだ。ナンパなんかで、その辺の女なんかで、満足してちゃダメだったんだ! 俺達は目指すべきだったんだ! 楽園を! 理想の女の子に囲まれる世界を!」


――良樹。俺、決めたぜ


 と、決然とした表情で言う信治。良樹の視線は、振り返っている信治と、その背後で渦巻く空気へ交互に向けられる。指を指して「信治! 前見ろ! 前!」と伝えるが……


「俺はいつか、アイドルとできちゃった婚す――」


 信治が消えた。悪魔に囁かれ、変な感じに吹っ切れた彼は、悪魔に物理的に吹き飛ばされ、遙かビルの向こう側へと飛んでいった。


 風が伝えてくれる。グシャッという生々しい音と、「ぴぎぃっ」というブタのような悲鳴を。


 帰還者スペックなので命に別状はないようだが、骨くらい砕けているに違いない。とても自然に、信治くんは絶望的な状況に追い込まれていた。


 炎が消え、再び襲い来る悪魔や崇拝者達。風の動きに鋭敏な良樹的には凌ぐくらい問題ないが、果たして、見えざる悪魔達相手に信治は身を守れるのか……


 取り敢えず、目の前の敵を倒しつつ、良樹は、


「信治はもうダメかもしれねぇ! アビスぅ! マジで急いでぇ!」


 念話で、必死に卿へ呼びかけるのだった。


 なお、その二十秒後、重力魔法で疑似飛行してきた分身体の一体が到着し、信治は無事に救助されたのだった。新たな目標を胸に抱いて。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「い、いいかい、君達。何があったのかは知らないが、まずは落ち着いて話し合おう。私はコンサルタントだ。まぁ、経営のだが……場合によっては、君達の人生設計についても、十分に力になれると思う」


 大量の冷や汗を流しながら、眼鏡を何度もクイクイッとしている怜悧な容貌の、凄まじいイケメンがいた。外国人の血が入っているのか、ブラウンのサラサラ髪に、日本人顔ながら彫りの深い顔立ちの、三十代前半くらいの男だ。


 実際は、既に四十五歳なのだが……


「お、お父さん。どう考えても、話し合いでどうにかなる状況じゃあないと思うよ?」

「あなた。足が生まれたての子鹿みたいに震えてるわよ? 無理しないで下がってなさいよ」


 そのイケメン男性の腰にしがみついて、涙目で震えながらもツッコミを入れたのはポニーテールの、これまた超がつく美少女。少し幼めの容貌から見ても中学生くらいか。すらりとした手足、細いウエスト、しかし見た目に反して胸元は凶悪だ。


 震える男と女の子の傍らで、金属バットを肩でトントンしつつ、冷や汗を流しながらも堂々と立っているモデルのような美女……ふんわりした長い黒髪と、タレ気味の目元は、ともすれば優しいお姉さんといった感じだが、瞳に宿る戦意と扱い慣れた様子の金属バットが凄まじいギャップを見せている。


 絵に描いたような美男美女美少女の家族である。


 そんな彼等の視線の先には、パントマイムでもしているかのように、見えない壁をバンッバンッと叩く無数の侵入者達がいた。


 家族団欒を楽しんでいたところ、いきなりリビングの窓をぶち割って、幾人もの人間が襲いかかってきたのだ。


 旅に出るという息子が、置いていく家族のため友人に懇願して設置していった〝空間を遮断する結界〟が一家を保護しているが……


――ァ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛


「やぁっ、また聞こえた! 絶対、何かいるよぉ!」


 リビングの壁を走り抜ける影。そして、突如吹き飛ぶ調度品の数々。


 見えざる存在も、結界を突破することはできないようだが、しかし、一般人である彼等にとって、この状況は非常に精神を追い詰めるものだ。


 不可視の衝撃が幾度も結界に波紋を広げる光景も、実に心臓に悪い。


 と、そのとき、美少女のスマホが着信を知らせる。ハッとして、通話状態にした途端、


『美月ちゃん。雫だけど、そっちは大丈夫?』

「おねぇええええええさまぁあああああっ!!」


 泣きと歓喜の入った声が響き渡った。スマホの向こうから「うっ」と鼓膜にダメージを受けたっぽい呻き声が聞こえてくる。


『えっと、落ち着いて美月ちゃん。状況は把握しているし、光輝が残していったアーティファクトは、そう簡単に突破されたりしないから』

「は、はい、お姉様。でも、変なのが家の中にいて……お姉様、うちに来られませんか?」


 娘が、〝お姉様〟と呼ぶ相手。そんな人は一人しかいないと、イケメンと美女が喜色を浮かべた。


 雫お姉様をよく知る彼等は、そう、光輝の家族。天之河家の面々である。


 経営コンサルタントで、見た目は怜悧だが中身はチキンの父――天之河聖治(せいじ)。元ヤンで、かつ頂点に上り詰めたこともある、現モデル雑誌の編集長を務める母――美耶(みや)。そして、光輝の妹で近隣中学にまでファンクラブ(信者)がいる妹――美月(みつき)


 幼少の頃から付き合いがあって誰より信頼でき、その実力も知っているが故に、美月は縋る思いで助けに来てと、雫に訴えた。


 決して、ただ会いたかっただけではない。この状況を利用すれば、思いっきりお姉様に抱きついてハスハスできる! なんて思っていない。


 たとえ、ソウルシスターズの創始者であっても、たとえ、下は小学生から上はおっさんまで、月十数回単位で告白を受け、町を歩けば芸能界にスカウトされ、そんなありとあらゆる申し出を「お姉様と過ごす時間が減る」という理由でばっさり切り捨て、実際に「お姉様と過ごす時間」を削り取ってくれやがっている怨敵〝南雲先輩〟を、いつか必ず滅殺してやるのだと誓いを立てているくらい、雫のことが好きだとしても!


 決して自らの欲望のためにお姉様を呼んでいるわけではないのだ!


 だが……


『ごめんなさいね。私も、家の方が襲撃されてて……まぁ、全然心配なかったんだけど……とにかく、私が行く前に事態は収拾できると思うから、心配しないで』

「ガッデムッ!!」


 学校の、誰も聞いたことがないだろう妹ちゃんの叫び。間違いなく、元ヤンで元総長だった母の血を受け継いでいる。光輝の優しさは父親譲りだろう。


 月のように優しく、儚げで、美しい。その佇まいは深窓の令嬢の如く。ご近所でも礼儀正しい美少女と評判の美月ちゃんは、なお粘る。


「で、でもぉ、お姉様ぁ。わたし、すっごく不安で……お姉様にそばにいてほし――」


 そばにいて欲しいです! と、如何にも儚げで庇護欲をそそる感じの声音を出しながら、懇願しようとした美月ちゃんだったが……


「ドラッシャアアアアアアアッ!! おっちゃんっ、おばちゃんっ、美月! 無事か!?」


 狼男が、崇拝者達を吹き飛ばしながら現れた! 美月ちゃんの懇願も吹き飛んだ!


「りゅ、龍太郎くん! 来てくれたのかい!?」

「おうよ! 結界がちゃんと働いてて安心したぜ。まぁ、南雲のアーティファクトなんだし、不良品なんてあり得ないだろうけどよっと!」


 並み居る崇拝者を千切っては投げ、千切っては投げ……実際には、手足を砕いてぶん投げているだけだが、救援に駆けつけた龍太郎が、モデルワーウルフの凶相をニヤリと歪めて答えた。


 結界の外で繰り広げられる圧倒的な戦いに、美耶は感嘆しながら、それでも心配そうに尋ねる。


「龍ちゃん、おうちの方は大丈夫なの?」

「ああ、頭のおかしい連中も、悪魔とかいうよく分かんねぇのも、全部片付けた。結界も張ってあるし、取り敢えず大丈夫だ! なんかあっても直ぐに戻れるしな!」


 天之河家と、坂上家は、普通に徒歩で移動しても三分とかからない距離だ。速力特化のモデルワーウルフなら、二十秒もかからず移動できる。


 加えて、番犬のからしおと、お隣の藤井のじいさんがいるので、人間相手の戦力は十分だ。モデルワーウルフに対抗心を燃やすからしおの戦闘力と、藤井のじいさんの消火器術は、年を経るごとにキレを増している。


 少しでも早く聖治達の不安を取り除こうと、わざわざ駆けつけてくれた龍太郎に、聖治と美耶もほっと息を吐きつつ笑顔を浮かべ……


「おい、龍にぃ。後で裏庭な」

「!?」


 モデルワーウルフ、愕然と目を見開く。美月が生まれた時からの付き合いであるから、龍太郎は、彼女の本性をよく知っている。裏庭されたのも一度や二度ではない。彼女は、とても恐ろしい。


「い、いや、ちょっと無理だ。ほら、あれだっ、この後、直ぐに行かなきゃならねぇ――」

「ァア?」


 美月ちゃん、愛しのお姉様や、大好きなお兄ちゃんの前では決して見せない凶相顔に。


 昔から、美月には勝てない龍にぃ。もう、裏庭で毛を剃られるのは勘弁だ。なので、勘で悪魔を殴り飛ばしながら、必死に撤退理由を考えて……


「鈴が! 彼女が今、真っ裸なんだ! 直ぐに行かねぇと!」

『!?』


 オープン状態となっている緊急用念話から、驚愕と羞恥の念が電波した。


 おそらく、入浴中という無防備な時に襲撃を受けた彼女のことが心配だから、早く駆けつけたい! という意味で言ったのだろうが、傍から聞くと、鈴が服を着る前になんとしても裸体を拝みたい! と、聞こえなくもない。


 案の定、


『坂上、てめぇはそのまま悪魔と一緒に地獄に落ちろ』

『敦史に激しく同意。これだから彼女持ちはよぉ。状況を考えろっての』

『死ね、坂上』

『坂上、優花だけど。流石に今のはどうかと思う。鈴の羞恥心的なものがめっちゃ伝わってくるんだけど』

『鈴ちゃん! 早く服を着て! 結界張って! オオカミさんがやってくるよ!』

『モデルワーウルフだからか? 辻は上手いこと言うなぁ』


 仲間達から念話が続々。


 そして、


『りゅ、龍くんのえっち! 全体念話でなんてこと叫ぶの! もう知らない!』

「ごふっ」


 ワーウルフ、膝を突く。同時に、悪魔のアッパーカットが炸裂。


 ワーウルフ、宙を舞う。なんて綺麗な放物線。


 その後、悪魔から袋叩きに遭ったワーウルフは、駆けつけた卿に真剣な顔で「彼女の機嫌を直すには、どうしたらいい?」と相談するのだった。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 ガタンッガタンッと、規則正しい振動を伝える電車の中。


 二人の女子高生が、車両の中程の席に並んで座っていた。一人は俯きながら、手を前に突き出す形で。もう一人は、足を組み、頭の後ろで両手を組む形で。


 周囲を、目を血走らせた無数の乗客に囲まれながら。


「ホラーだよねぇ~」

「真央、のんきなこと言ってる場合じゃないよ。どうするの、この状況。私、光属性の適性はあるけど、結界が得意なわけじゃないんだよ?」


 たはは~と笑いながら、状況にそぐわない普段通りの軽い口調で感想を漏らしたのは吉野真央。そして、彼女の隣で、結界を張りながら冷や汗を流しているのは辻綾子だ。


 普段から、口調も態度も軽さが漂う真央は、綾子の言葉にショートヘアをくしゃりと掻きながら、やはり深刻さを感じさせない様子でたはは~と笑う。


「まぁまぁ、きっと大丈夫だよ。ほら、付与魔法で結界も強化してるんだしさ」


 真央の天職は〝付与術士〟。支援系の魔法である付与系統の魔法に天性の才能を有する者。今も、光属性付与魔法〝纏光(てんこう)〟により、綾子が展開している光属性中級結界魔法〝聖壁〟の効果を強化している。


 対して、綾子の天職は〝治癒師〟であるから、結界術は得意というわけではなく、全方位防御の魔法も〝聖絶〟の下位互換しか使えない。


 悪魔というフレーズと、先程のホラーな状況。


 健太郎や重吾と遊んだ後、こうして真央と二人で電車に揺られながら帰宅の途についていたところ、突然、車内の明かりが不気味に明滅したかと思ったら、乗客全員が、いつの間にか自分達を凝視していたのだ。


 そして、「え? な、なに?」と困惑しているうちに、聞いたこともない不安を掻き立てる絶叫が響き、更には乗客達が一斉に襲いかかってきたのである。


 異世界で鍛えられた咄嗟の対応力が結界の展開を間に合わせたが、綾子も真央も完全な後衛職だ。どこぞの、一途さ(ヤンデレパワー)で、治癒師でありながら結界系の魔法も捕縛系の魔法も天職持ちと遜色ないレベルで使える上に、神の使徒の力まで使いこなすバグ般若とは違うのだ。


 それ故に、戦争経験者である綾子であっても、今の状況は中々精神的に堪えるもので……


 そこへ追い打ち。


 ドンッと、障壁が揺らいだ。絶叫と、崇拝者達の罵詈雑言が響く。崇拝者達の、打ち付けすぎた拳から血が飛び散り、障壁にべったりと血痕が付着する。そこへ手の平を叩き付けるものだから、赤い手形が無数についていく。


 まんま、ホラーだった。


 綾子が涙目で、ふと合いそうになった障壁の向こうの男から全力で視線を逸らす。俯いて、視線を合わせないようにする。


「こ、こんなことなら、もう少し健太郎くんと一緒にいるんだった……」

「ほぅ、へぇ、〝健太郎くんと〟、ねぇ? 永山君はいらないんだ?」

「そういう意味じゃないから!」


 へらりと笑ってからかう真央。龍太郎と鈴が付き合い始めて、このままではいかん! と一念発起した野村健太郎は、遂に、トータス時代からの思い人である綾子に「な、名前で呼び合わないか!」と告げたのである。


 告白でなかった点、仲間達からどのような評価がくだされたかは言わずもがな。


 もっとも、綾子もそれだけで、現状、満足している点、似た者同士というべきか……


 と、そのとき、綾子と真央の脳裏に、背筋が凍るような囁き声が響いた。


「っ――これって」

「悪魔の囁きってやつ?」


 甘い誘惑の囁きではない。人を発狂させることが目的のような、ただただ不快で、不安を煽る囁き。精神を掻き乱す声。


 一瞬、ゆらりと結界が揺らいでしまった。それを狙っていたのか、凄まじい咆哮が轟くと同時に、ともすれば脱線するのではないかと思うような、車両を揺るがす衝撃が走った。


 ゆらいだ結界に、嫌な音が響く。ピシリッ、ピシリッと。亀裂の入った音が。


「ふわっ!? や、やばいっ」

「わわっ、強化、強化!」


 慌てる二人だったが、精神を乱す悪魔の囁きが集中力を乱す。真央が、「なんで、今日に限ってアーティファクト置いてきちゃうかなぁ」と引き攣り笑いしつつ、咄嗟に持っていたペンで攻撃用の魔法陣を手に書き始めた。


 適性がないとはいえ、初級の攻撃魔法くらいなら即興で魔法陣を用意すれば行使できる。本来は、真央のアーティファクト――コイン型のペンダント――に、攻撃用の魔法陣も刻まれているので、それ以外に攻撃魔法の魔法陣を常備していなかったことが悔やまれる。


「ちょっと平和ボケしてたかなぁ」

「呑気なこと言ってないで強化してぇ~! 破られちゃうから!」


 障壁の亀裂は更に大きくなり、二人して「あ、これ五分も持たない」と青ざめた、その瞬間。


 ガシャンッと、車両の窓ガラスが砕け散った。同時に、黒い人影が飛び込んでくる。


 走行中の電車の窓をぶち破ってきた男は、見事な受け身を取ると、クルリッとターン! サングラスをクイッとしてから、月に代わってお仕置きしちゃう戦士みたいなポーズを取った!


「月光なき今宵。それは我が領域。この深淵卿の友に手を出したこと、せいぜいこう――」

「遠藤くん! 待ってたよ! 助かったぁ~!!」

「いやぁ、どうなるかと思ったね。遠藤君、後よろしく~」


 辻綾子、吉野真央。かつてのパーティーメンバー。彼女達にとって、遠藤はどこまでも遠藤だった。


 深淵卿は、「う、うむ」と、ちょっと言葉に詰まりつつ、仕切り直しのターン!


「ゆくぞっ、亡者ども! 我が深淵なる黒炎をその身に――」

「――〝纏光〟! 遠藤君、援護は任せてね~」


 闇とか深淵とか暗黒とか、そういうのが大好きな卿は、頼もしい味方の援護でペカーと光り輝いた。


 卿は、「う、うむ。感謝する」と言いつつ、仕切り直しのサングラス、クイッ! 分身体を更に生み出しつつ、


「さぁ、深淵の――」

「あ、遠藤君。私達の家の方は――」

「蹂躙を開始する!」


 みなまで言わせず、卿は戦闘を開始した。


 もちろん、辻家にも、吉野家にも、他の仲間に関しても、外出中の仲間の家には卿の分身体が疑似飛行で向かったので問題ない。


 加えて、各家にも、天之河家ほどではないが、それなりにサウスクラウドセキュリティー――トータスにて、最近、急激に業績を伸ばしている謎の警備会社。王侯貴族や商人達のみならず一般家庭においても防犯グッズが馬鹿売れしている――の防衛措置が取られているので、そう簡単に陥落したりはしない。


 なので、わざわざ説明して「大丈夫だ」と言う必要はない。言葉を遮ったのは、別に、真央に素敵な名乗りや口上をこれ以上邪魔されて堪るかという、卿の憤りの結果ではない。


 ないったらないのだ。


「クククッ。無限に広がる深淵の前には、悪魔と言えど――」

「あ、付与魔法が消えそう……。遠藤君、次、いくよ~。支援魔法のリクエストがあったら言ってね!」

「……」


 再び、ペカ~と光る深淵卿。もはや、闇のヤの字もない。卿は、今、別の意味でとても輝いている。


「あとで、健太郎くん達に見せてあげよっと」


 余裕を取り戻した綾子が、スマホをかざしている。浩介に(・・・)致命傷を与えかねない記録が取られているようだ。


 命を預け合った元パーティーメンバーというのは、浩介的にも、卿的にも、いろんな意味でやりにくい相手らしかった。


いつもお読みいただきありがとうございます。

感想・意見・誤字脱字報告もありがとうございます。


やっぱり書き切れず。、分割しました。

ですが、「それぞれの戦い 下」の方も、ある程度書けているので、確約はできませんが、明日の昼か、いつもと同じ18時に、もう一話更新しようかと思います。



※今月25日発売の 第8巻 の書影が公開されました。


挿絵(By みてみん)挿絵(By みてみん)


8巻は樹海の大迷宮攻略編です。右はドラマCD付きの特装版です。今回のドラマCDは、香織が参加していて、アフターストーリー的なノリのユエと香織の掛け合いなんかもあります。

それにしても、相変わらず、たかやKi先生のイラストは神がかってますね!

また、SSも各店舗特典でつきますので、決まり次第、詳細を報告させていただきます。

書籍版の方は、本文の加筆修正の他、いつも通り番外編も入っているので、お手に取っていただけると嬉しいです。

よろしくお願い致します。


同時発売で、漫画版〝第3巻〟と、スピンオフコミック〝日常 第1巻〟も発売します。


挿絵(By みてみん)挿絵(By みてみん)


RoGa先生と、森みさき先生が手がけてくださっている作品です。

本当に素晴らしいできだと思うので、よろしければ、是非、お手に取っていただければ!


長々と失礼しました。

それでは、ありふれたを、これからもよろしくお願い致します。


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― 新着の感想 ―
>オープン状態となっている緊急用念話から、驚愕と羞恥の念が電波した。 この「電波」は「伝播」の間違いなのかネタ(?)なのか悩ましいですね。
一番何の役にも立ってない組織、ソウルシスターズ...
斬馬刀で襲いかかってくるジジイとか、マジ怖いわ!
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