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ありふれた職業で世界最強  作者: 厨二好き/白米良
ありふれたアフターストーリーⅢ
309/532

深淵卿編第二章 シャロンおばあちゃん


 南雲家のリビングに、奇妙な緊張状態があった。


 その緊迫感を作り出している片割れは、南雲家のやたらとふんわりしたソファーに座るシャロン・マグダネス英国国家保安局局長だ。


 視線を逸らしたら死ぬ……。


 そう言わんばかりの厳しい表情で、隣を見下ろしている(・・・・・・・・・)


 その視線の先にいて、この緊迫感を作り出しているもう一人は……


 ジッと、ジィ~~~と、マグダネス局長を見つめる魔王――の愛娘。


 ミュウだった。


「……」

「……」


 無言のまま、何故か二人とも動かない。姿勢よくピッと背筋を伸ばし、行儀良く揃えた足の上に手を添えて、ただ顔だけお互いに向けて見つめ合っている。


 そんな二人の様子を、ゴクリッと生唾を呑み込んで見守るアレンやヴァネッサ、そしてグラント家の英国組と、ユエ達南雲一家。


 交互に、チラリチラリと、ミュウとマグダネス局長に目をやる。


 全員が思っていた。


 なんだ、この空気……と。


 ちなみに、マグダネス局長と南雲家代表たるユエの話し合いは、特に大きな問題もなく終わっている。


 ユエの転移で、英国から日本の南雲家へと一瞬でやって来たエミリー達。ヴァネッサが期待したような〝玄関開けたら大迷宮〟ということもなく、菫や愁が愉快犯的登場をすることもなかった。


 なお、南雲家側で会談に参加しているのは、ユエの他は、ティオ、香織、雫、レミアにミュウだけだ。ハジメとシアは言わずもがな。菫と愁は仕事が忙しいようで、今夜は泊まり込みで不在。愛子も今夜は来ていない。


 また、護衛の局員達も、今は南雲家の周辺で待機している。一応、日本での移動用に車両の手配などをしているらしいが、実際は、友好関係を求めての会談の場において、護衛を何人も側におくのは望ましくない、というか、ぶっちゃけ意味ないし、というマグダネス局長の配慮(?)である。


 会談内容も、マグダネス局長が何かを要求したり、あるいは制限を設けようとする類いの話ではなく、あくまで顔合わせと、英国での行動において事前通知があれば協力もできるという、先のベルセルク事件で浩介と交わした約定と大して変わらない内容であったから、ユエも特に異論は唱えなかった。


 もしそんなことをしていたら、ユエはユエ様するつもりだったので、その辺りのさじ加減は、流石、国家保安を担う者達の長というべきか。


 友好関係を築いておきたいという思いは、確かに南雲家側に伝わり、後日、謁見の都合もつけようとユエが約束したこともあって、マグダネス局長的には満足のいく会談だったようだ。


 そうして、会談も終わり、エミリー達は遠藤家に、マグダネス局長達は予約したホテルに向かおうかという話になったとき。


 ずっと大人しくしていたミュウが、不意に、トテトテとマグダネス局長の隣に座って、ジッと見つめ始めたというわけだ。


 マグダネス局長が、「何かしら?」と尋ねても、ミュウは何が気になるのか、マグダネス局長を熱心に見つめるのみ。やがて、何故か、マグダネス局長までも無言で見つめ返すようになり……


 とうとう沈黙に耐え切れなくなったらしいヴァネッサが、


「アレン、局長の補佐でしょう。なんとかしなさい、この空気」

「!?」


 と、アレンに耳打ちした。アレンが、まるで自分を死地に送り込もうとする上官に向けるような目をヴァネッサに向ける。


「む、無茶ぶりがすぎますよ! 幼女とはいえ、相手は魔王のご息女ですよ!? ご機嫌を損ねでもしたら……私に死ねと!?」

「元より、国家に命を捧げた身でしょう。いいから、行け」

「酷すぎる! というか、国家に命を捧げたというなら貴女もでしょう!」

「私の命は、もうコウスケさんのものですから。国家のためには死ねません」

「保安局の捜査官なのに!?」


 アレンとヴァネッサが、こそこそと漫才をしているが、ミュウとマグダネス局長の互いへの視線はまったくぶれない。


「……レ、レミア? ミュウはどうしたの?」


 珍しく、ユエも困惑しつつ、実母様に助けを求める。レミアは「あらあら、うふふ」と笑って……「お茶のお代わり、入れてきますね」と、あらあらうふふしながら台所へササッと消えた。


「に、逃げよったな。妾達をおいて」

「……おのれ、レミアめっ。なんて鮮やかな離脱を」


 香織が「あ、お手伝いす――」と腰を浮かしかけるが、雫が肩をガッしてインターセプト。「むしろ、私がお手伝いを――」と言いかけて、雫も香織に肩をガッされる。


 歴戦の嫁~ズが耐え難いくらい、ミュウと局長の醸し出す空気は、妙な緊張感があった。


 そんな周囲の喧噪が聞こえたからかは分からないが、遂に、ミュウが膠着状態を破る。


「局長さん」

「何かしら?」

「パパが怖いの? お姉ちゃん達も?」

「……」


 一瞬、「ミュウったら、このタイミングで挑発を!?」と、ユエ達が恐ろしい子を見るような目を向ける。が、面白がるようなところなど微塵もない様子に、直ぐに首を傾げた。


 一方、マグダネス局長は、言葉に詰まった。その〝お姉ちゃん達〟の前である。どう答えるのが正解か。適当な返事は、たとえ相手が幼女といえど、魔王の愛娘である以上するわけにはいかない。


 が、最適解を探って答えあぐねている間に、ミュウが行動に出た。ちょんっと、その小さな指先を、マグダネス局長の手に添えたのだ。


「震えてないけど、震えてたの」


 矛盾する言葉。けれど、マグダネス局長は否定の言葉を口にできなかった。見抜かれていたと、そう思ったからだ。


 他国の重鎮やテロリストが相手でも、内心を見抜かれない自信のあるマグダネス局長だったが、どうやら魔王の娘は、彼等よりもよほど見る目があるらしい。


 流石は魔王の娘、というには少々異常がすぎる。そういう能力でもあるのか。あるいは、父親から、卿が所持しているような特異な道具を貰っているのか。


 だとするなら、このタイミングで話しかけてきたのは、何か狙いが……


 マグダネス局長が、ユエに対するのと同じくらい警戒心を高めていると、ミュウは再びジッとマグダネス局長の目を見つめながら尋ねた。


「局長さんは、たくさんの人を守ってるの?」

「……ええ。そうよ」

「たくさんの人を守れるくらい、すごい力があるの?」

「いいえ。私に、あなた達のような、すごい力はないわ」

「震えていても、力がなくても、守るの?」

「それが、私の仕事よ。でも、そうね。力がない、というのは少し訂正するわ」


 幼女に対して、言葉遣いはともかく、決して侮ることなく真面目に答えていくマグダネス局長。その視線が、アレンやヴァネッサに流れる。


「彼等が、私を信頼してくれる局員達が、私の力よ。そして、私は彼等を信頼している。彼等こそ、国家保安局の局長が振るえる〝すごい力〟だと」


 アレンが「局長ぉ!」と滂沱の涙を流し、ヴァネッサが香ばしいポーズを取っている。荒ぶる鷹だろうか?


 局長は見なかったことにした。


 ジッと、マグダネス局長を見続けていたミュウは、その言葉を聞くと、一拍。何か納得したようににへっと笑った。先程までの、緊迫感すら感じる真顔が嘘のように、誰であっても思わずほっこりしてしまうような笑顔。


 マグダネス局長も例外ではなく、少し驚いたような表情になる。


 ミュウは、そんなマグダネス局長に、どことなく嬉しそうな表情で言った。


「あのね、局長さん。ミュウもね、なんの力もないの」

「え?」


 マグダネス局長の目が点になる。今の今まで、いったいどんな驚異的な力を持っているのかと警戒していたら、目の前の幼女は、本当に力のない幼女なのだという。


 ミュウの言葉に、ユエ達も目を見開いている。台所から、レミアがこっそり顔を覗かせている。


「助けてもらわないと、なんにもできないの。誰も守れないし、悪いやつもやっつけられないの」


 そんなことはない。と、ユエ達、特に、あのとき、その場にいた香織達は思った。


 かつて、ハジメが絶望し、破壊の権化と化したとき、彼の前に立ちはだかったのは、この小さな勇者だったのだ。触れれば、それだけで存在ごと抹消される嵐の中、けれど、ミュウは一歩も引かなかった。


 それを思い出して、ユエ達は、「あぁ、なるほど」と頷いた。


 ミュウの唐突な行動の理由。それは、きっと、シンパシーを感じたためなのだろう、と。


 自分自身には、力がない。けれど、守りたいものも、戦うべきものもある。


 マグダネス局長は、自分と同じで、しかし、自分より遙かに長く、そしてよりたくさんの人達を守ってきた。


 故に、ミュウは強く興味を引かれたのだろう。


 ユエ達が、思い掛けず知ったミュウの心情に、温かい眼差しとなる。


 数々のアーティファクトを贈られ、チートお姉ちゃんズの英才教育を受けて日々成長していても、ミュウに傲りはないらしい。〝強さ〟という価値観に対する隙のなさは、血の繋がりはなくとも、紛れもなく魔王の娘だった。


「先程の質問だけれど」

「みゅ?」


 首を傾げるミュウに、マグダネス局長は真っ直ぐ視線を返しながら答えた。


「あなたのお父さんが、私は怖いわ。お姉さん達も、とても怖いわ。あなたの言う〝すごい力〟は、私が大切に思うものを、根こそぎ壊すことのできるものだから。とても、恐ろしいと思う」

「みゅ……パパもお姉ちゃん達も、そんなことしないの」

「ええ。そうでしょうね」


 私達が、あるいは誰かが、〝馬鹿なこと〟をしない限りは。と、内心で補足しつつ、マグダネス局長は続けた。


「こうして話をした今だから、私もそう思うわ。それどころか、利害が一致したなら協力もし合えるでしょう。こういうと、あなたのお姉さん達は良い気分ではないでしょうけれど、その〝協力〟もまた、私の、保安局の力となるわ」


 そのために、私は今日、ここに来たのだと、マグダネス局長は言う。


 チラリとユエ達を見れば、ユエ達は苦笑い気味に肩を竦めた。〝協力〟が、〝利用〟にならないことをお互いのために祈る……という言外の言葉を、マグダネス局長は正確に読み取って頷く。


 そして、


「だから、あなたもそうしなさい。あなたに、協力してくれる人を、たくさん作りなさい。その全てが、あなたの力になる。そうすれば、あなたは何だって守れるし、何とだって戦えるでしょう。あなたは魔王の娘。なら、私などより、よほど上手くできるはずよ」


 厳しくも、どこか優しさを感じる眼差しで、そう締め括った。


 しばらくの間、ミュウはジッとマグダネス局長を見た。マグダネス局長もまた、ミュウを見やった。お互い、笑っていない堅い表情なのだが、先程の妙な緊迫感は微塵もない。


 誰も何も言わない中、やがてミュウは、先程と同じように、されど、よりふんにゃりした柔らかい笑みを浮かべた。


 かと思ったら、唐突に、よじよじとマグダネス局長のお膝の上に上がり込む。


 これには、さしものマグダネス局長も驚いたらしい。珍しいことに、銃口を向けられホールドアップしているかのような姿勢で、ミュウの可愛らしい侵略行為を黙って受けている。


 アレンが「あわわ、局長になんてことを……。局長! どうか怒らないで!」と、口元に手を当ててあわあわし、ヴァネッサが珍しい光景を凝視する中、ミュウは硬直するマグダネス局長に背中を預け、お尻をもにょもにょ。


 ベストポジションを探り当てると、見上げるようにしてマグダネス局長を見て言った。極上の、輝く笑顔と共に。


「シャロンおばあちゃん! ミュウ、頑張ります!」

「!?」


 ピシャアアアアアアッ!! と、マグダネス局長が雷に打たれた光景を、その場の誰もが幻視した。


「シャ、シャロンおばあちゃん?」


 掠れる声で、マグダネス局長が繰り返す。国家守護に全てを捧げてきた彼女は、未だかつて、そんな呼び方をされたことはない。


 アレンが「あわわ、局長になんて呼び方を……。局長! どうか怒らないで! 国のために!」と、口元に手を当ててあわあわし、ヴァネッサが珍しい光景にシャッターを切りまくる中、ミュウは硬直するマグダネス局長に上目遣いでもじもじ。


「ミュウのおばあちゃん。……呼んじゃ、ダメですか?」

「私がミュウのシャロンおばあちゃんよ」


 即答だった。キリッとした表情で、英国国家保安局の局長――陥落!


 アレンが早くも白目を剝きかけ、ヴァネッサが「こ、こんな局長は嫌です!」と絶叫。


 ユエ達は思った。「あれ? なんだかデジャビュ……あ、お義母様とお義父様の時と一緒だ」と。


 周囲のことなどお構いなしに、ぱぁっと表情を輝かせたミュウは、


「シャロンおばあちゃん! 今日はおうちに泊まっていくの! お話しするの!」

「え……そ、そうね。でも、ミュウ。シャロンおばあちゃんは、これからホテルでも仕事をしないと……」


 急な渡航であったし、こちらは夜でも、英国はまだ日中だ。会談の成否やら内容やらを保安局本部と共有したり、逆に向こうの報告を受けたり、いろいろすべきことはある。


 ミュウも、それくらいは察することはできる。


「大事な仕事なのよ。分かってちょうだい。ミュウは、良い子でしょう?」

「……はいなの。ミュウは良い子です」


 しょんぼり、しょぼしょぼ。納得の言葉を口にしつつも、お泊まりの誘いを断られて、ミュウはめちゃくちゃ落ち込んだ様子を見せた。


 なので、シャロンおばあちゃんは、


「アレン。辞表を出すわ。後はお願い」

「局長!?」

「局長ではないわ。シャロンおばあちゃんよ」


 キリッと宣言! 国家守護の要と呼ばれたマグダネス局長は、国家守護を放棄した!


 全ては愛しい孫のため。マグダネス局長は辞職し、シャロンおばあちゃんとなるのだ!


 取り敢えず、アレンが白目を剝いて倒れた。敬愛する局長の、まさかの言動に心のキャパがオーバーしたらしい。ヴァネッサすら、恐れるように身を縮めている。


「お、恐ろしい……。私達の局長が、魔王の娘に堕とされてしまいました!」

「ヴァネッサ。気持ちは分かるけど、ちょっと黙って」


 と、ツッコミを入れつつも、エミリーもまた戦慄の表情をミュウへ向けている。恐ろしかったのは、あり得ない言動をとった局長だけでなく、むしろ、そんな言動を取らせたミュウの方だったらしい。


「……んんっ。え~と、マグダネス?」


 ユエが、妙な事態になってきたので、正妻として頑張って前に出てみた。シャロンおばあちゃんが、キリッとした表情で言った。


「Ms.ユエ。ミュウをマグダネス家の養女にしたいのだけど、よろしいかしら?」

「……よろしくないに決まってるでしょ」


 ユエのジト目が突き刺さる。


 どうやら、マグダネス局長、かつてない萌える攻撃に、若干正気を失っていらっしゃる様子。


 鉄の女を、軟体レベルに溶かしたミュウに、改めて戦慄の眼差しが注がれる。「みゅ?」と分かってなさそうなのが、せめてもの救いか。


 これが狙ってやったものなら、そう、たとえば、それこそ〝協力〟を得るためにわざとやったことなら、もはやミュウは魔女ならぬ魔幼女というべきだろう。ユエ達より、ある意味よほど魔法使いである。


「シャロンおばあちゃん。〝局長さん〟、辞めちゃうの?」


 ミュウの、悲しそうな表情。マグダネス局長の表情が「!?」みたいな感じになる。


「ミュウのせい?」


 自分が、しょんぼりしてしまったせいか……と、落ち込むミュウ。


 なので、マグダネス局長は、


「ミュウ、また今度、ゆっくりお話ししましょう。シャロンおばあちゃんは、これからお仕事よ」


 キリリッとした表情で、そう宣言した。辞職宣言は撤回したらしい。アレンも「戻った! 局長が元に戻った!」と、喜びをあらわにしつつ復活。


 ミュウは、同じようにキリリッとした表情になると、何故か敬礼した。


「お仕事、頑張ってくださいなの! シャロンおばあちゃん局長!」


 シャロンおばあちゃん局長、常にツンドラな極寒の表情を、悪夢のようにでれっと崩しつつ答礼した。


 エミリーが言う。


「あの局長さんに、あんな顔させるなんて……やっぱり、南雲家は小さい子までみんな凄まじいのね。ね、こうすけ」

「なんだ、今更、実感したのか、エミリー」


 全員が思った。


 いたのか、お前!? と。


 ユエが連れてきたのに、ちょっとしゃべらず大人しくしていただけで、嫁~ズにすら忘れられる浩介くん(分身体)。


 ある意味、凄まじさで言えば、彼も同等だった。











 その後、エミリー達は南雲家を出て浩介の家に行くことに。


 ユエが転移で遠藤家へ送ることもできたのだが、外で待機していた局員達が車両を用意していたので、浩介は固辞した。


 マグダネス局長とアレン、数人の護衛はこのままホテルへ。もう夜の九時を回っており遅いので、遠藤家との顔合わせは翌日に持ち越しとし、それが終われば大使館経由で帰国する手筈とのこと。入国記録がないので、普通の航空便は使えないのだ。


 浩介の方は、グラント家とヴァネッサ、そして元々グラント家の近くで護衛していた気心の知れている護衛官三人と、同じく用意された車両で遠藤家へ向かう。


 玄関で、いかつい外国の男達に囲まれる、重鎮っぽい女性……


 その女性が、丁寧な対応をする南雲家の面々。


 どこから調達したのか、黒塗りのセダンタイプの車両が複数台……


 ご近所さんアイは、夜の九時でもしっかり開いている。「また南雲さんのところよ! マフィアだわ! 外国のマフィアが挨拶に来てるんだわ! あなたっ、どうしましょう!」「こら、お前! そうやって覗くなって、いつも言ってるだろ! 失礼にもほどが……ふむ、いつ見ても本当に美女揃いだな」「……あなた?」的な会話が、あっちこっちのご家庭内で繰り広げられている……かもしれない。


 そんなご近所さんのカーテンの隙間から注がれる視線を、なんとなく感じているらしいマグダネス局長の頬は盛大に引き攣っていた。「非公式の会談の意味、あんまりなかったわ」と。


 住宅街の魔王城。


 さしものマグダネス局長も、こればっかりは予想できなかった。


 見送りにきたミュウが、パタパタと手を振りながら言う。


「シャロンおばあちゃん! お仕事がんばってなの! また遊びに来てね!」

「ええ、また遊びに来るわ。ミュウも、機会があれば遊びにきなさい。シャロンおばあちゃんが、どこへでも連れて行ってあげるわ」


 断じて、局長は遊びに来たわけではない。というツッコミを入れることは、デレた局長という悪夢に白目を剝きかけている局員達には無理だった。


「アレン、しっかりな! シャロンおばあちゃんをちゃんと守れよ! なの」

「あれ!? 私だけ呼び捨て!? しかもなんか偉そう!? 〝なの〟が、とってつけたみたいになってますよ!?」


 ミュウには、人を見る目があるのだろう。車両がやってくるまでの少しの間、ミュウを中心に英国側と南雲家で談笑する時間があったのだが、その短い間で、ミュウは周囲の言動から察したらしい。アレンに対する正しい接し方というものを。


 正解ですか? と、ミュウがヴァネッサを見る。ヴァネッサはグッとサムズアップした。


「エンドウもな! エミリーお姉ちゃんをしっかり守れよ! なの」

「やっぱり俺もか……」


 乾いた笑い声を上げながら、浩介は、隣で「幼女にすらっ、幼女にすらこんな扱いっ。神よ! 私に優しい女性は、世界のどこにいるのですか!?」と四つん這いで叫んでいるご近所迷惑な殺し屋の肩を優しく叩いた。


 優しい目をする浩介。アレンは「アビィさん。私の心の友」と涙目で微笑み、浩介もまた「友かどうかはともかく、浩介な。名前」と微笑み返した。


 そんなこんなで、南雲家を出発した浩介達。


 車両二台に分かれて遠藤家に向かう。


 一台目の後部座席に浩介とエミリー、助手席にヴァネッサが座り、護衛官が運転手を務める。二台目の後部座席にエミリーの母であるソフィ、父カール、祖母シーラが座り、運転手と助手席に護衛官、という形だ。


 車中の話題は当然、デレた局長の話。ヴァネッサが、撮影したマグダネス局長の笑顔を、早速、本部のバーナード達へ送信している。今頃、本部は大混乱に陥っているだろう。どれだけ局員達のSAN値が下がるか……


 サイバーテロの主犯は、同じ局員のSOUSAKANだ。


「大概にしとかないと、また局長に、大事なもん裁断機にかけられるぞ?」

「しかし、ライルさん。こんな重要な情報を秘匿したとなれば、裁断機にかけられる前に、仲間に裁判にかけられてしまいます」


 運転手のライル・オコナー護衛官――三十代半ば。短髪黒髪の口ひげが似合う男――が苦笑いを浮かべる。


 そうしてしばらく、わいわいと盛り上がりながら進み、もう十分もすれば遠藤家に到着するというところで、ヴァネッサの携帯が着信音を響かせた。


 ディスプレイを見れば、そこには〝M〟の文字。つまり、局長様だ。ヴァネッサの顔色がサァーッと青くなる。もう、自分の犯行を特定したのかと。


 とはいえ、そこは絶対女王からの連絡だ。躊躇うことなく、迅速に通話ボタンをオン!


「は、はい、パラディでっす。きょ、局長――」

『パラディッ! 襲撃を受けているわ! そちらの状況は!?』


 車中に響き渡る怒声。それは紛れもなく、マグダネス局長の緊急事態を伝える叫びだった。


 と、同時に、


「ライルさんっ! 右から来る!」

「!? ――シールド2ッ! 敵ッ! 三時方向!」


 浩介の警告と同時に、ライル護衛官は、無線で後続車両に連絡しながら素晴らしい反応速度でアクセルを踏み込んだ。急ブレーキを踏むことで、相手に進路を抑えられるのを避けるためだ。


 が、普段使っている局の専用車両でなかったことが災いした。想像したより加速しなかった車両は、右側の道路から突っ込んできた車両に後部トランク部分への衝突を許してしまった。


「きゃあ!?」

「エミリー!」


 衝突する直前に、浩介はエミリーを抱え込んでいたので、エミリーが怪我をするようなことはなかった。が、それでも高速で突っ込んできた車両による体当たりだ。衝撃は凄まじいものがある。


 加えて、後部に体当たりを受けたせいで、浩介達の車両は盛大に回転させられることになった。ライル護衛官が必死の形相でハンドルを操作し立て直そうとしている。


 ちょうど十字の交差点でそれなりに広かったおかげで、どうにかガードレールや壁に衝突という事態は避けられた。タイヤの摩擦でうっすら白煙を上げながらも、どうにか車両が停止する。


「クソがっ。――シールド2!」

『こちらシールド2! 問題なし! 六時にヘッドライト二! 周囲に人影五!』

「了解! この場を離脱する!」


 ライル護衛官の怒声に、後続車両――符丁としてシールド1がライル護衛官であり、シールド2がカール達を乗せる車両を運転するロブ・ギャレット護衛官――から、鋭い状況報告が返ってくる。


 ライル護衛官は、それを耳にしつつギアを入れ直して急発進させようとする。直前の局長からの警告を考えれば、ただの事故なわけがない。この場に留まるなど論外だ。


 幸い、突っ込んできた車両はガードレールに激突してから動いていない。シールド2がシールド1に続くことは問題なくできる。


 が、タイヤを空転させる勢いで浩介達の車両が発進した直後、何者かが正面から走り込んできた。三十代くらいの日本人男性だ。その男は、急発進する浩介達の車両に、真っ正面から突っ込んできた。


 そのまま、ボンネットに飛び乗って、走行中でもお構いなしに、手に持った金槌でフロントガラスを叩き始める。


「なんだこいつ!?」

「まさかっ、日本にもいたのか!?」


 エミリーを庇っていた浩介が、フロントガラスに亀裂を入れる男を見て叫んだ。ライル護衛官が急発進からの急停止で男を吹き飛ばす中、ヴァネッサが携帯に向かって叫ぶ。


「局長! こちらも今、襲撃を受けました! 負傷者なし! 襲撃者は三十代男性。日本人! そちらの状況は!?」

『アロンゾが負傷。銃撃よ。命に別状はなし。襲撃者はほぼ日本人。うち一人は制服警官。今、アレンが制圧したわ。車両は潰され、現在、徒歩にて移動中。異常なくらい人通り、車両の数が少ないわ。どうにかして南雲家に戻るつもりよ』

「了解。遠藤家と合流後、私達も南雲家へ向かいます」


 少しホッとした空気が流れる。ヴァネッサがスピーカモードの携帯をそのままに、バックミラー越しに浩介へ視線を投げた。


「コウスケさん、襲撃者の情報を。先程の反応、何かご存じなのでしょう?」

「ああ。こいつらは――また来るぞ!」


 既に、本体の方へ襲撃の情報は伝えてある。逆に、リットマン教授とのやり取りで手に入れた情報も共有済みだ。それを伝えようとして、しかし、その前に、前方の十字路から中型トラックが飛び出してきた。


 見れば、有名な引っ越し業者のトラックだ。そして、その運転手の目は、先の襲撃者と同じく、赤く光っている。


「ダメだっ、道幅がっ。アビィ!」

「浩介だ!」


 道幅的に、正面から突っ込んでくる中型トラックを回避しきることができない。回避しても、相手が当てる気ならどうにでもできてしまう幅員だ。


 そう判断したライル護衛官が叫び、お約束の返しをしてから、浩介は窓を肘鉄で粉砕し、苦無を飛ばした。


「全員、俺に掴まれ!」


 片手でエミリーを抱えながら、もう片方の手を伸ばした浩介の腕を、ヴァネッサとライル護衛官が掴んだ。


 刹那。トラックのライトが視界を塗りつぶす。壁のように、トラックが直ぐそこに迫る。


 そして、衝撃。凄まじい衝突音が響き渡る。浩介達の車両が前のめりに倒立し、フロントからひしゃげていく。中型トラックも後輪を浮かせ――


 その光景を、少し離れた歩道から見る浩介達。車両ごとは無理だったが、四人で転移するくらいは問題ない。


 数度バウンドしてから静止するトラックと浩介達の車両。トラックの運転手は、エアバックに顔を埋めたまま動く気配はない。気絶しているのか、死んだのか、確認を取る暇はなさそうだ。


 浩介が溜息を吐きながら呟く。


「まるでゾンビ映画でも見てるみたいだな」

「好みのジャンルですが、実際に体験するのはごめんですね」


 周囲の建物から、わらわらと人が出てくる。一見すれば、どこにでもいそうな人達ばかりだ。外国人もかなりいるが、半分くらいは日本人だ。ただし、全員、目が赤く光っているが。


 キキッとブレーキ音を響かせて、後続車両が浩介達の前に止まった。


「エミリー! 無事かい!?」

「お父さん! うん、私は大丈夫よ!」


 いても立ってもいられないといった様子で、カールが窓から身を乗り出してエミリーに声をかける。


 それを、ロブ護衛官が制止しつつ、浩介達に声を張り上げた。


「車が必要なら俺達が残るが、どうする?」


 車両一台では定員オーバーだ。故に、護衛官三人が残り、浩介とエミリー、ヴァネッサが残りの車両に乗り込んで先に行くか、という提案。トラックが横転して道を塞がなかったのは幸いだ。今なら脇を通り抜けることはできる。


 迫り来る人影。そこまで迫っている車両複数。


 そして、


――ギィイイイイッ

――ア゛ァ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ


 響き渡るおぞましい声に、周囲の壁、地面を走り抜ける無数の影。いつの間にか、周囲の建物から明かりが消え、少し離れた場所にある信号機の光も、今、消えた。


「お、おいおい……今度はなんだってんだ?」

「どうやら、またファンタジーのようですよ?」


 ライル護衛官が、拳銃を抜きながら冷や汗を流す。ヴァネッサが軽口を叩くが、その表情は鋭く、いつものふざけた様子は微塵もない。


 街灯が不自然に点滅した。遠くの方から順にふっと光を失っていく。月明かりもない曇天の夜に、人工の明かりが消えていく様は、まるで、闇が壁となって迫ってくるかのよう。


 と、同時に、浩介の頭に、無数の声が響いた。


 それは、仲間全員に支給されているアーティファクトによる念話の声。


『おいっ、聞こえっか!? 坂上だっ! なんか変な奴らに襲われてんだけど!』

『みんなっ、聞こえてるぅ!? 奈々ですけど! 家に変なのいるっぽいんだけど!? 誰か助けて!』

『優花ぁ! 奈々ぁ! 私、今、外にいるんだけど周り真っ暗なの! 囁き声が聞こえる! 私、ホラーだめだからぁ! 助けてぇ!』

『妙子!? 優花よ! こっちも襲われてる! 外人と、あと、見えないけど何かいる!』

『お前等もか!? 健太郎だ! 今、重吾といる! 気持ち悪い声がめちゃ聞こえるんだが、姿が見えない! あ、重吾!? 大丈夫かぁ!?』

『敦史だ! こいつら目が変に赤いんだが魔物じゃねぇよな!? 斬るのは不味いか!?』

『誰か助けてくれ! 斎藤だ! 信治がおかしい! いや、普段からちょっとおかしいけど、そういうのじゃなくて、なんかケタケタ笑ってやがるんだ! あ、いや、普段もケタケタするときあるけど……とにかく、なんかおかしい!』

『えぇ!? みんなも!? 私、鈴だけど! お風呂入ってたら、なんか出てきた! 今、結界で抑えてるけど、なにこれ……頭が変になりそう』


 次々に届くクラスメイトからの緊急連絡。


 更に、浩介の――本体の方で携帯が鳴った。情報共有状態であるから、リアルタイムに伝わる会話。


『こうにぃ! 助けて! お父さんが!!』


 通話状態のヴァネッサの端末から、局長の声。


『今、連絡があったわ。本部が襲われていると。パラディ、合流を急ぎなさい』


 今宵、この曇天の下で、悪魔と、悪魔に魅入られた崇拝者達が動き出したらしい。


「こうすけ!」


 エミリーの声。遂に、最後の街灯が消えた。ヴァネッサ達がマグライトを点灯するが、それも直ぐに消える。


 暗闇に包まれる中、精神を掻き乱す絶叫が響き……




「誰に向かって吠えている?」




 浩介は、サングラスをかけた。


 真っ暗なのに。


いつもお読みいただきありがとうございます。

感想・意見・誤字脱字報告もありがとうございます。


前話にて、浩介が携帯でエミリー達の安否を確認するシーンがありますが、修正しました。

よく考えれば、分身体をユエに連れて行ってもらっているので情報共有できるな、と。

分身体がいることを素で忘れておりました……

来月発売予定の第8巻の書籍化作業と並行して執筆しているせいか、ここ最近のお話はどうにもグダグダな感じがしておりまして、申し訳ない。

そろそろ書籍化作業も終わりますので、来週からもう少しきちんと物語を展開していけるかと思います。


なお、宣伝で恐縮ですが、第8巻に合わせ、コミック3巻と日常版第1巻も発売となる予定です。

以下、書影です。


挿絵(By みてみん)挿絵(By みてみん)



オーバーラップ様のHPでも公開されています。

RoGa先生と森みさき先生には本当に感謝。素晴らしいクオリティーの作品だと思います。

お手に取っていただければ、とても嬉しいです。 


なお、1話と最新話は、ガルドコミックで無料配信されておりますので、まだお読みでない方は、お暇潰しにいかがでしょう?(オーバーラップ様のHPからいけます)

昨日も、ちょうど外伝コミック〝零〟の第二話が更新されました。ミレディとオスカーの話です。

こちらも、神地あたる先生による素敵な仕上がりになっておりますので、是非、読んでいただければなぁと思います。神地先生のミレディ、とてもうざ可愛いです!


それでは、長々と失礼しました。

これからも本作品をよろしくお願い致します。





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― 新着の感想 ―
ミュウの人たらしっぷりも父親ゆずりか(尚、血は繋がっていない模様)
暗闇サングラス! フラッシュバンを喰らっても平気だぜ!視界がないなんて大した問題じゃないさ!
[良い点] 真っ暗なのに(笑)
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