表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ありふれた職業で世界最強  作者: 厨二好き/白米良
ありふれたアフターストーリーⅢ
293/532

トータス旅行記① そうだ、異世界へ行こう!



 〝帰還者〟騒動が落ち着きを見せてきた頃、連休を数日後に控えたとある日。


 自宅のリビングにおいて、ハジメは非常に困った状況に遭遇していた。


「ここを通りたければ、母の屍を越えていきなさい」

「……」


 母である(すみれ)が、何故か反復横跳びしながら立ち塞がっていた。


 視線は鋭く、動きは機敏だ。小さく「カバディカバディカバディ」と呟いて……反復横跳びではなく、インドの国技を模していたらしい。


 キッチンへ飲み物を取りに行こうとしただけなのに、何故、母親からインドのスポーツを仕掛けられているのか全くの謎である。


 そして、謎と言えば、


「ハジメ。そろそろ父さんの方にも反応してくれないと泣くぞ」


 背後で割ときつそうなジョジ○立ちをしている父親――(しゅう)だろう。


 つまり、現在ハジメは、キッチンに飲み物を取りに行こうとして、何故かリビングでカバディしている母とジョジ○立ちしている父に包囲されているのである。


 ハジメは盛大に溜息を吐くと、


「こんなこと親に向かって言いたくはないんだが……あえて言わせてもらうな。――マジうぜぇ」

「まぁっ、お父さんになんてこと言うの! ちょっとあれだからって酷いわ! 謝りなさい!」

「おいっ、母さんになんてこと言うんだ! ちょっとあれだからって酷いぞ! 謝るんだ!」


 菫と愁が互いに視線を合わせた。お互い、ハジメの言葉は相手に向けられたものだと思ったらしい。まさか、自分のはずがないと。


「ちょっとあなた。私のどこがうざいのよ。父親がリビングでジョジ○立ちしてるのよ? 今のあなた以上にうざい人間が、この世のどこにいるっていうのよ」

「は? 意味が分からないんですけど? 家の中で母親がカバディしてることよりうざいことなんてあるのか? 現実逃避はやめろよ、菫」


 一拍。「あぁ?」「おぉ?」と、互いに詰め寄り、息子をサンドイッチしながらメンチを切り合う南雲家夫妻。


 意味の分からない夫婦喧嘩の勃発に、ハジメは頭痛を堪えるようにこめかみをグリグリする。


「取り敢えず夫婦喧嘩は後にして、いったいなんのつもりなのか話してくれないか?」


 メンチを切り合っていた菫と愁は、ヒュパッと元の位置に戻ると、先程までの険悪な雰囲気はなんだったのかと思うほど息の合った様子で願望を口にした。


「「異世界旅行に行きたい!!」」


 瞳をキラッキラさせている菫と愁。どうやら、トータスに行きたいらしい。もうすぐ連休であるから、家族旅行をしたいのだろう。その行き先に異世界を所望しているようだ。


「……トータスか。悪いんだけど、もう少し先じゃダメか? 行けなくはないんだが、こっちの計画が大幅に狂うんだよ」


 トータスに行く手段はある。方法は簡単だ。羅針盤とクリスタルキーがあれば、どこにだって行ける。


 とはいえ、問題が全くないわけではない。それは燃料だ。異世界間移動には莫大というのもおこがましい、凄まじい量の魔力が必要になる。そう手軽に移動はできないのだ。


 一応、ギリギリ魔力のストックはある。あるのだが、もっと手軽で自由な異世界間移動の方法を確立するまでは計画的に使う必要があり、単に遊びに行きたいというだけで使ってしまうのは躊躇われた。


 渋るハジメの様子に、しかし、菫と愁は「予想通りの反応だ」と言いたげにニンマリ顔を見せた。


 そして、訝しむハジメの前で合図をするかのように口笛を鳴らした。ちなみに、菫は口笛を吹けないので口で「ぴゅー」と言っている。


 口笛が南雲家に響いた直後、リビングに複数の人影が出現した。ゲートすら使わない転移――〝天在〟だ。


 当然、現れたのはユエ、そしてユエが転移させたらしいミュウにレミア、シアにティオである。ユエ達は訓練された劇団員のような淀みない動きで移動を開始。


「いっせっかい! いっきったい! いっせっかい! いっきったい!」


 菫が音頭を取り始めると、先頭からミュウ、ユエ、レミア、そして菫の順に縦一列に並び、チューチュー○レインし始めた。


 ミュウが笑いながらその小さな体を精一杯大きく動かして円を描き、僅かに遅れて無表情だがどこか楽しげなユエが円を描く。レミアも「うふふ♡」と笑いながら見事に追随する。


 ハジメは思った。こいつら、絶対に練習してやがったな、と。同時に、ドヤ顔で異世界旅行を訴える母親にそこはかとなくイラッと来る。


「そうじゃ!」

「異世界にぃ!」

「行こう! ですぅ!」


 振り返れば、ティオ、愁、シアが横並びで実に香ばしいポーズを取っていた。研究に研究を重ねたようなジョジ○立ちだった。


 前方に、有名なのに未だに正式名称がよく分からない、でも何故か心に残るクルクルダンスを完璧に再現する母親一味と、後方にこれまた忘れ得ぬ完璧な香ばしいポーズを取る父親一味。


「息子のちょっと良いところ見ってみったい~♪」

「息子に旅行連れてってもらうの夢だったんだよなぁ~。親孝行されたいなぁ~」


 母親と父親が全力で駄々を捏ねていた。


 ハジメのこめかみグリグリが激しくなった。


 両親のおねだりという名の奇行に頭を抱えていると、無表情でくるくるしているユエが口を開いた。


「……ハジメ。やるべきことをやるのは大事だけど、家族サービスも大事」

「ユエ……」


 不意に、ユエから念話が届いた。


『……それに、お義母様とお義父様は、ハジメの歩んだ軌跡を知りたがってる。単なる好奇心じゃない。大事な息子のことだから』

『……』

『……分かってる。ハジメは、自分のしてきたことを、お義母様達にあまり知られたくない。そうでしょう?』

『……そうだな。知る必要のないことだとも思っている』

『……お義母様達は、そんなハジメの思いも分かってる。でも、だからこそ、知りたいんだと思う。知ったうえで、ハジメが今みたいな思いを抱かなくてもいいんだって伝えるために』


 ハジメは天を仰いだ。


 トータス世界は、ユエ達と出会った大切な場所だ。忌避感があるわけではない。


 だが、同時に、あの世界はハジメにとって監獄でもあったのだ。脱出し、家に帰るためにしてきたことは、地球では凄惨と表現すべきもの。


 後悔など微塵もないし、必要なら今だって同じことをする。


 とはいえ、既に何をしてきたのかという話はしたし、わざわざその軌跡を追うようなことをして母と父に実感させることには、さしものハジメも躊躇いを覚える。


 たとえ、それで両親の自分を見る目が変わるわけではないと確信していたとしても、一人の息子として、理屈ではない躊躇いがあるのだ。


 既に何度か異世界間移動はしているのだが、菫と愁を連れていかなかったのは、そういう思いのあらわれだった。


 逡巡するハジメに、ユエが未だにクルクルダンスしながら背中を押すように言う。


『……私も知ってほしい。ハジメが、どんな思いで、どんな苦難を乗り越えて、お義母様とお義父様の元へ帰ろうとしたのか。お二人には知る権利がある。ハジメ、応えてあげて?』

「……ユエにそこまで言われちゃあ、もう逃げられないな」


 そう、逃げだ。それは、南雲ハジメらしくない。


 ハジメは自嘲気味に笑うと、知らず入っていた肩の力を抜いた。


「はぁ。分かったよ。母さん、父さん、今度の連休にトータスへ招待するから、家の中でチューチュートレイ○とジョジ○立ちするのは、もう止めてくれ」


 途端、「わ~い!」と諸手を挙げて喜びをあらわにする菫と愁。小躍りしながらハイタッチする。


 思わず、「子供か!」とツッコミを入れたくなるようなはしゃぎぶりだ。それだけ、ハジメが過ごした異世界を知ることが嬉しい……


「やったわね、あなた! これで大量のケモミミ達を見放題よ!」

「おいおい、菫。生エルフを忘れるな! トンガリミミがピクピクするところは死んでも見ておかないと!」

「そんなの当然でしょう! 特に女の子! ぐふふっ、生エロフが楽しみすぎて辛い……」

「それな!」


 ハジメは視線をユエに向けた。


「俺の軌跡がなんだって?」

「……そ、それももちろん知りたい、はず……」


 ユエの視線が激しく泳いでいた。「エロフ! 生エロフ!」と連呼しながらはしゃぐ二人からは、どう見ても息子の体験したものを知りたいという親心は見えてこない。むしろ、自分達の趣味と欲望が丸出しだった。


 そこで、ハジメの手をクイクイと引っ張る者が……


「パパ。エロフってなぁに?」


 ミュウの純粋な疑問。その瞳は好奇心で輝いている。断じて、汚れきった大人二人の言葉の意味を教えていけない。そう感じさせる純粋な瞳だった。


 ハジメは虚無的な目を菫と愁に向けつつ、


「ミュウ。世の中には知るべきでないことがあるんだ」

「??」


 そう、答えたのだった。






 連休当日の朝。


 南雲家のリビングには大勢の人間がいた。


「香織? マイエンジェル? そろそろ機嫌を直してくれないかな? ほら、なんだかんだでお父さんもこうして来たわけだし。ね?」

「……」


 リビングのソファーに、行儀良く足を揃え、膝の上に手を置いて座っているものの、むすっとした表情を隠そうともしない香織の姿があった。


 そんな香織――愛娘の機嫌を必死に取っているのは白崎智一(ともいち)だ。


「香織、おじさんが本気で凹んでるから、それくらいにしてあげたら?」


 香織の隣で苦笑いしながら執り成しているのは雫である。


「智一君も、娘には苦労しているようだな」

「……お父さん? それどういう意味? むしろ苦労させられているのは、家族のとんでもない裏家業と、とんでもない行動原理を知ってしまった私の方だと思うのだけど?」

「……やぶ蛇だったか」


 智一に共感の言葉を送り、雫からジト目を頂戴し視線を逸らしたのは八重樫虎一(こいち)。虎一の隣で、同じように視線を逸らしたのは祖父の八重樫鷲三(しゅうぞう)だ。


「ふふ、智一さんと香織ちゃんは本当に仲がいいわね」

「……いつもいつも恥ずかしいわ、霧乃さん」


 リビングのテーブルでお茶を飲みながら父娘紛争をのんびり眺めている淑女が二人。一人は八重樫霧乃(きりの)、もう一人は白崎薫子(かおるこ)。それぞれ雫と香織の母親だ。


 この連休に南雲家がトータス旅行に行くという話を聞いて、香織と雫がそれなら私達も! と訴えた結果、こうして両家の家族が南雲家のリビングに集合しているのである。


 生憎、両家以外の家は連休の都合がつけられなかったこともあって、もう一家を除いて今回は見送りだ。


 そのトータス旅行最後の同行者を連れてくるため、現在、ハジメは南雲家におらず、彼の帰還を待っているところである。


 実は、薫子が菫の少女漫画の大ファンだったり、漫画自体は知らなかったものの実写映画は知っていた霧乃が原作者の正体が菫と知ってテンションを上げたり、会話に参加したレミアとミュウの母娘の海人族の話で盛り上がったり……


 愁が智一をからかって、マジギレした智一が愁に襲いかかったり……


 ユエが香織をからかって、マジギレした香織がユエに襲いかかったり……


 シアが鷲三と虎一に八重樫流(裏)の技を見せてほしいとねだって、庭でとんでもない忍じゅ――古武術が披露されたり……


 その庭の木に、朝っぱらからやらかした駄竜が簀巻き状態で吊り下げられていたり……


 ご近所さんが、そんな南雲家の庭を見てギョッとしながら足早に通り過ぎていったり……


 南雲家は住宅街の魔境だというご近所の噂が加速したり……


 そんなこんなで時間を潰すことしばし。


 不意に、リビングの空間がぐにゃりと歪み始めた。〝ゲート〟による空間接続の証だ。


 案の定、人が通れる程度の楕円形の穴が広がった。


「あの野郎、未練たらたらじゃねぇか。やっぱ、一回きっちり犬神家しとくか?」

「だから、ハジメ君はどうして犬神家にこだわるんですか」

「太一君も難儀な子よねぇ。それより、本当にどこで○ドアみたいなのね。すごいわね~」


 入ってきたのはハジメと愛子、そして愛子の母親である昭子(あきこ)だった。


 畑山家からは昭子一人が参加だ。他の家族は、時期的にも農場を放置していけないとのことで今回は見送ることになった。異世界間移動が容易になった時には改めて連れていくことになるだろう。


 何やら話しながら空間を渡ってきたハジメは、目の前で取っ組み合いの喧嘩をしている父親二人と嫁二人を見やり、そして庭で火遁やら変わり身の術やら披露している八重樫家を見やり、キャーキャー言いながらミュウに餌付けしている夫人四人を見やり、一言。


「え? なにこのカオス」


 ほんの三十分ほど離れていただけなのに、何故か家の中が大変な賑わいを見せていることに表情を引き攣らせた。


 そして、目を丸くしている畑山母娘を見やって、


「愛子の家って、すごく平和でいいよな。俺、畑山家好きだわ~」

「へぇ!? そ、そうですか? えへへ~」

「あら、ハジメ君たら嬉しいことを言ってくれるわね。今度、また家に遊びに来なさいな。愛子のおかげで家の果物は最高よ?」

「ええ。その時は是非」


 和やかに会話するハジメと畑山母娘。


 その足元では未だにドッタンバッタン。「元はと言えばてめぇの息子がよぉ!」「ハッハッハ! 智くんよ、君は心が狭いなぁ~。そんなだから、最近の香織ちゃんは、俺の方を〝おとうさん〟と慕って――」「それ以上言うなぁああああ! ちょっと自覚してるからぁあああっ。あと、智くん言うなぁっ」と、白崎家父と南雲家父が寝技を掛け合っている。


 ついでに、その傍らでは「むぃいいいいいっ、ユエのばかぁっ」「んにぃいいいっ、香織のあほぉっ」とネコパンチとネコキックの応酬が。


 更には「パ、パパぁ! 助けてぇ!」と、夫人集団に揉みくちゃのネコ可愛がりされているミュウが、あっぷあっぷしながら手を伸ばし、庭ではシアVS鷲三&虎一が始まりかけていて、雫が必死に止めている。


 結局、全員が落ち着き、出発できるようになったのは一時間後のことだった。






 全員、邪魔にならない程度の手荷物だけを持って、南雲家の地下へと行く。


 各家の親達が「随分と深い地下室が……」と驚きをあらわにし、職業が建築士である智一は「建築基準法が……」と何やらぶつぶつ呟いている。


 やがて階段の終わりが見えてくるが、その先は壁になっていて行き止まりだった。


 どうするのかと注目が集まる中、ハジメは壁の一角に手を置いた。途端、鮮やかな紅色の光が壁全体に奔り、壁が二つに割れていく。「おぉ~」という感嘆の声が上がった。


「魂魄魔法っていう魔法が使われてるんだよ。ハジメくんが許可した人じゃないと絶対に中に入れないの。文字通り、魂が適合しているか調べられるからね。もちろん、私は入れるよ!」


 主に、父親に向かってドヤ顔を見せる香織。「ハジメくんに信頼されてるんだよ!」という言外の主張に、智一は先程の娘そっくりな〝むすっとした顔〟を晒す。


 が、次の瞬間には目を剥きながら盛大なツッコミを入れた。


「ちょっと待てぇええええっ! 明らかにおかしいだろう!? なにこの広さ!」


 そう、ハジメ自慢の地下空間は、ちょっとした劇場くらいの広さがあったのだ。どう考えても近隣の他家や公道の地下にまで及んでいる広さだった。


 限られた空間で、如何に〝広さ〟を作るか頭を悩ませることも多い建築士としては、「建築基準法とは踏み潰すためにある!」「他人の土地は俺のもの。国の土地も俺のもの」と言わんばかりの地下空間は断じて許容できるものではないのだろう。


 一級建築士たる自分の前で、とんでもないもの見せつけてくれるじゃないか、あぁん!? と言いたげな眼光をハジメへと向ける智一に、ハジメは苦笑いしながら言う。


「ばれたら対応するの面倒なんで、懸念されてるようなことはしてませんよ。空間魔法という魔法の作用で、地下空間を拡張しているんです。香織が持っている宝物庫はご存じでしょう? 原理はあれと同じです」

「そ、そうなのか……。魔法というのは、本当になんでもありなんだな……」


 智一は建築士の常識を根底から覆されたような気持ちになって天を仰いだ。


 隣で、「ハジメくんはすごいでしょう? ね、ね? お父さんもそう思うよね?」と同意を求めてくるマイエンジェルの圧力的な視線を辛うじて無視する。そんな自分を、呆れたような目で見てくる妻の視線も、頑張って無視する。


「ふぅむ。これはいいな。先程から智一くんが叫んでいるのに声があまり反響しない。床や壁も衝撃に強そうであるし、ご近所に迷惑をかけずに良い訓練ができそうだ。何より、地下というだけで心が躍るな」

「うむ。ハジメくん。この地下空間だが、依頼すれば八重樫家の地下にも作ってもらえるかね?」

「お父さん!? お祖父ちゃん!? これ以上まだ家をとんでも屋敷にする気なの!?」


 床を踏み踏み、壁をゴツゴツと叩きながら感心と羨望と欲望をだだ漏れにする八重樫流の当主と師範代。娘の「止めてよぉ!」という悲鳴じみた制止の声も揃ってスルーだ。


「……雫がOKなら、俺としては(やぶさ)かではありませんが」


 ハジメが、これ以上恋人の心労を増やしていいものかと逡巡しつつ雫を見れば、雫はブンブンと首を振って「断固拒否!」を示していた。


「ハジメさん、個別の地下空間も請け負ってもらうことは可能かしら? 魂魄魔法のような限られた者だけが入れる空間も相談に乗っていただきたいのだけど……」

「お母さん!?」


 雫に味方はいなかった。頬に人差し指を当てて小首を傾げるというあざとい仕草が妙に様になっている霧乃の視線は真っ直ぐハジメをロックしている。


 ハジメは頬を引き攣らせながらも「機会があれば相談に乗ります」と、取り敢えず問題を先送りにした。


 とあるバグウサギの父親以外、嫁~ズの家族には言動からして極力配慮を心がけているハジメであるから、ばっさり切り捨てるのは躊躇われるのだ。


「うぅむ、何度聞いても、未だに丁寧な言葉遣いのご主人様は違和感が凄いのぅ」

「ですよね~。地球に来てから随分経ちますし、こういうハジメさんも何度も見ているんですけどねぇ」


 ティオとシアが、なんとも言えない表情でハジメを見ていた。二人共、理不尽を更なる理不尽で踏み潰す魔王なハジメこそハジメなので、他人に配慮する言動には何故かぶるりっと身を震わせるような悪寒しか感じないのである。


 とはいえ、それも嫁~ズの家族を丸ごと大切にしようというハジメの想いのあらわれであるから止めるつもりもないのだが。


 地下空間、もといハジメの〝地下工房〟を奥へと進む。あちこちに錬成の素材や、現代技術の物品などが置かれており、特に作りかけのゴーレム(グリムリーパー)などは中々に目を引く。


 ある程度見慣れているはずのユエ達や菫達ですらキョロキョロと物珍しげに視線を彷徨わせる中、ハジメはいろいろな資料を保管している本棚の本を幾つか手前に引いた。


 途端、ゴゴゴッと重厚な音を響かせて左右に分かれる本棚。奥の壁にはこれまた重厚で荘厳な造りの金属製の両開き扉があった。


 それを見て、ふと疑問が湧き上がったようで、愁が小首を傾げながら尋ねた。


「そういえばハジメ。どうしてそんな扉を使うんだ? あのクリスタルキーとやらがあれば、どこからでも空間を繋げられるんだろう?」


 当然と言えば当然の疑問に全員の視線がハジメに集まる。


「確かにそうなんだけどな。一応、この扉もアーティファクトで、魔力の節約に一役買っているんだよ。座標の特定とか固定とかに魔力を使う必要がなくなるんだ。二割減くらいの効果しかないけどな」

「なるほど。確か、向こうの世界の王宮に出口を固定しているんだったか。ははっ、父さんはてっきり、この方が格好良いからって理由だと思ってたぞ」


 ハジメはスッと視線を逸らした。実は八割方の理由はそうだったりする。ついでに、こっそり〝世界扉(ワールド・ドア)〟という名前もつけていたりする。


 魂魄魔法を使ったロックで施錠された工房への扉があるのに、隠し本棚を設置している時点で趣味全開なのは明白だった。


 察しているユエ達嫁~ズの視線が生温かい。ミュウの「パパ! この本棚格好良いの!」という称賛が悪い意味で心に響く。菫の「分かってるわよ?」と言いたげなニヤニヤ顔が居たたまれない。


「と、とにかく、扉を開くから少し下がっててくれ」


 ハジメは宝物庫からクリスタルキーを取り出すと、特に必要はない世界扉の鍵穴に差し込んだ。すると、特に意味はないが世界扉全体に真紅の光が奔り、これまた特に意味はないが如何にも意味ありげな紋様が浮かび上がる。


 魔晶石からもストックしておいた魔力を取り出しつつ更に魔力を注いでいけば、やがて世界扉は神秘と迫力で満ち満ちた光を放ち始めた。もちろん、意味はない。


 そこへ、ハジメの負担を軽くするためにユエ達も魔力注入に加わり、それぞれの魔力光が色鮮やかに地下工房を照らし出す。


 菫や愁をして、その神々しいまでの光景にはしゃぐこともなく見惚れているかのように目を見開いている。他の親達は尚更だ。


 やがて、チートを地で行くハジメ達の魔力をごっそり持っていったクリスタルキーと世界扉は、遂にトータス側への空間的接続に成功する。


 ハジメは、クリスタルキーを回した。ガチャリと、重苦しい鍵の開けられる音が鳴り、扉を開くと同時に、リンゴーン! と鐘の鳴る音が響いた。これは、王宮側に〝開門〟を知らせる音だ。


 ハジメの真紅、ユエの黄金、シアの淡青白色、ティオの純黒、香織の白銀、雫の瑠璃、愛子の桜色という七色の光が溢れる開門した世界扉の前で、逆光に照らされたハジメは肩越しに振り返りながら笑みを浮かべた。


 そして、


「それじゃあ、異世界旅行へと出発しようか」


 そう言って先陣を切って光の中へと踏み込んだ。


 菫と愁が、互いに顔を見合わせるとパァッと顔を輝かせ、「やふぅうううっ」と歓声を上げながら息子を追って光へと飛び込む。その後を、笑みを浮かべながらユエ達が続く。


「さぁ、お父さん! お母さん! 行こ!」

「お、おおっ、そそ、そうだね! でも、これ本当に大丈夫なのかな……」

「流石に、ちょっと躊躇っちゃうわね」


 ビビる智一と、緊張気味の薫子。香織はそんな両親の手を握って引っ張るようにしてゲートへと飛び込む。


「ね、ねぇ、愛子。大丈夫とは分かってるんだけどね? 向こう側とか、その、見えないのかしら?」

「……見えるはずなんだけど……はぁ。ハジメくんの過剰演出のせいだよ。もう……時々子供っぽくなるんだから」


 仕方ないなぁという表情を浮かべつつ、愛子はやはり腰が引けている昭子の手を取って光の中へ導いていった。


 そんな白崎家と畑山家の面々を見て、「やっぱり、普通は及び腰になるものよね。私がしっかりしなくちゃ!」と張り切る雫。


「この年で、このような面妖な体験ができるとはな。ククッ、年甲斐もなくはしゃぎそうになるわ」

「無理もないだろう、親父(おやじ)。剣と魔法の世界だぞ? 男なら心が躍って当然だ。八重樫家一番乗りは俺が頂くぞ!」

「むっ、虎一め! 抜け駆けは許さんぞ!」

「もう、男の人はいつまで経っても少年みたいよね? でも、ふふ、私もドキドキが収まらないから人のことは言えないわね。待ってください、あなた! お義父様!」


 八重樫の面々は嬉々として光に飛び込んでいった。娘を残して。


 広い地下工房に、一人ポツンと取り残された雫。家族にとっては未知の世界への旅行なのだからと張り切っていたのに……と、瞳が空虚になっていく。


 が、光が次第に弱まっていくのを見てハッと我を取り戻すと、


「ま、まってぇーっ! 置いていかないでぇ!」


 と、声を張り上げながら慌ててゲートへ飛び込んだのだった。






 南雲家の地下工房に設けられた〝世界扉(ワールド・ドア)


 七色の光で満たされた世界と世界を繋ぐその扉を、ある者は恐る恐る、ある者は慣れた様子で、またある者は嬉々として潜っていった。


 そうして、リンゴーンッという教会の鐘のような音が響く中、眩しさに目を細めていた彼等が、ようやく視界を確保したとき、その目に飛び込んできたのは――


「……ここが異世界」

「はは……雄大だな。これ以上、言葉が出ない」


 雄大な自然だった。


 トータス側の世界扉は、王宮に空中回廊で繋がる塔の天辺である。当然、視界は三百六十度の大パノラマだ。


【神山】が崩壊しているので、かつて威容を示した最高峰は拝めないものの、逆に見晴らしがよくなった。


 北へ北へとどこまでも続く山脈地帯は、まさにファンタジー映画などで見る異世界の光景そのもの。南へと広がる大平原や、直ぐ近くの王宮、そして復興の音色が響く王都の景観。


 地球でも同じような雄大な光景はある。だが、訳もなく、肌で感じる空気からして、今塔の天辺でトータスの景色に見惚れている者達は察したのだ。


 ここは地球ではない、と。剣と魔法のファンタジーな異世界なのだ、と。


 菫の呆然とした呟きに、愁が同じように目を(みは)りながら同調する。


 その声で、ようやく各家の親達がハッと我に返った。


 円柱形の塔は、地上百メートルほどだ。一応、柵は設けられているとはいえ、普通は端に寄るのは気が引けるものだろう。


 だが、智一も薫子も、鷲三や虎一、霧乃も、そして昭子も、まっさきに手すりに飛びついた菫と愁の後を追って眼下にまで視線を巡らせている。


「……ん、んっ。え~、眼下に見えますのが、復興中のハイリヒ王国王都でございます」


 突然、ユエが片手をそっと王都へ向けながら、芝居がかった様子でそんなことを言った。


「ユエ? 何してるんだ?」


 全員を代表してハジメが尋ねる。


「……私はツアーガイドユエ。団体様をおもてなしするのが使命!」

「え? なんでツアーガイド?」

「……修学旅行の時のバスガイドさんがいろいろ凄かったし、楽しそうだったから真似てみたかった」

「そ、そうか。っていうか、あのガイド、そんな凄かったか?」


 凄かった。精神力が。


 ユエはそう言って、咳払いを一つ。


「……そして、あちらに見える瓦礫の山が、かつて地球のエベレスト並の高さを誇った【神山】です。ハジメが隕石を落としまくって崩壊させました」

「「「「「「……」」」」」」


 取り敢えず、引き攣った表情が三つ、何を考えているのか分からない表情が三つ。そして、


「さっすが俺の息子! やることが派手だな、おい! 異世界のエベレストを崩壊させたのか!」

「ちょっと教えなさい! どうしてそんなことになったのよ!」


 息子が地形を変えるような大規模破壊を行ったのに、何故かテンションアゲアゲで大はしゃぎする菫と愁の南雲夫妻。


 なんとも言えない表情のハジメに変わって香織が答えた。


「敵がね、【神山】の方から出てくるって分かってたから、なら開戦直後に【神山】ごと消し飛ばせばいいじゃない! って考えたんだよね? あれは凄かったなぁ」

「そうね。無数の隕石が空から降ってきて、それが次々に【神山】に直撃して……大地震みたいな衝撃が広がって……世界の終わりってこういうことを言うんじゃないかって、私、思ったもの」


 遠い目をして語る雫。引き攣った表情のまま、智一が尋ねた。


「ハ、ハジメ君。君、本当に隕石を降らせることができるのかい? ま、まさかと思うが、地球でもできたりはしないよね?」

「……」


 ハジメさんはスッと視線を逸らした。地球でも、いくらでも隕石落とせます、とは流石に言えない。それどころか、大量の衛星兵器を軌道上に上げていて、いつでも太陽光集束レーザーをぶっぱできます、とは尚更言い難い。


 とはいえ、態度から察することはできる。智一の表情は更に盛大に引き攣った。香織が何故かドヤ顔しているのも原因の一つだ。マイエンジェルは、いつから大量破壊を自慢するような子になったのか……


 と、そこで愁が空気を読んだように、智一の肩へポンッと手を置いた。愛娘の情操教育について再考するのに忙しかった智一が鬱陶しげに視線を向ける中、愁は「大丈夫だ、任せろ」と言わんばかりに良い笑顔でサムズアップして頷くと、


「いいか、ハジメ! 地球では絶対に使うなよ! 分かってるな! 父さんとの約束だ!」


 珍しくも強い口調でそう窘めた。ハジメは目を丸くしつつも「分かってるよ。こんなもん使うわけないだろ」と苦笑い気味に答える。


 だが、


「本当だな? 絶対だぞ? 本当の本当に使っちゃダメだからな! ぜ~ったいだぞ! 本当に――」

「フリかよ! ハジメ君に使わせる気!? 前から思っていたんだけどな! ハジメ君の破天荒振りは君譲りだろ! 南雲愁!」


 智一が咆えた。当の愁は「智くんは本当に良い反応をするなぁ」的な嬉しそうな表情をしている。智一の額にビキッと青筋が浮かんだのは言うまでもない。


 また智一VS愁の取っ組み合いが始まりそうだった。傍らで薫子が「うちの旦那が毎度すみません」と苦笑いし、菫が「うちの旦那こそ、智一さんを気に入っちゃったみたいで……馬鹿でごめんなさい」と頭を下げ合っている。


 と、そこでツアーガイドユエさんが更に場をカオスに陥れるような爆弾発言をぶっぱする。


「……ちなみに、【神山】にはこのトータス最大の宗教である聖教教会の総本山がありましたが、教皇からして邪神の操り人形状態だったので、まとめて爆殺しました。愛子が」

「はぅっ!?」


 愛子が言葉の槍に胸を貫かれて崩れ落ちた。昭子が「話には聞いてたけど、改めて事件現場を見ると……言葉を失っちゃうわね……」と若干青ざめた表情で微妙に震えている。


「あらま。愛子先生ったら小動物みたいに可愛らしいのに……意外に過激なのね」

「ふぅむ。生徒のために大量爆殺も辞さない……まさに教師の鑑ですな」

「雫の担任が貴女で良かった」

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい――お巡りさん、私です。ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」


 霧乃が上品に口元を手で隠しながら「ほほほ」と笑い声を上げ、虎一と鷲三が称賛の言葉を贈るが……愛子的には逆に追撃になったらしい。


 トラウマと罪悪感をダブルで強烈に刺激されて、虚ろな瞳のまま地面に突っ伏しひたすら謝罪を連呼し始める。


 子供のしたことに、親が喧嘩寸前、謝り合い、青ざめ、とち狂った価値観で称賛……


 それを見ていたシアが乾いた笑みを浮かべ、ティオが困り顔で言う。


「予想はしてましたけど、トータス旅行、やっぱりカオスになりましたね」

「もう少し人数を絞るべきじゃったかもしれんなぁ」


 一方で、


「パパぁ~。まだ下に降りないの~?」

「あらあら、この状況でも全く動じないどころか退屈しちゃうなんて……ミュウったら」


 既に昇降リフトに乗り込み先を促すミュウ。目の前のカオスな状況など知ったこっちゃねぇと言わんばかり。レミアは娘の神経が日に日に図太くなっていっているような気がしてなんとも言えない表情だ。


 そんなミュウ達も含め、ハジメは快晴の空を仰ぐと、


「やべぇ。もう帰りてぇ」


 しみじみと、そんなことを呟いたのだった。



いつもお読み頂ありがとうございます。

感想・意見・誤字脱字報告もありがとうございます。


深淵卿編を期待した方、すみません(汗

まだ何も構想を練れてません! なので、思いつくまで閑話的な話にお付き合い頂ければ幸いです。

ちなみに、シア長編の具体的な内容もまだ思いついてないです。どっちを書くかも未定状態。いずれにしろ、タイミング的に来年の最初の土曜日から何か長編書くのが切りが良いかなぁと考えております。

今年、残すところ二週ですが、よろしくお願いします!


ちなみに、トータス旅行記は多くなりそうなので、読みたいと言う方が多そうなら、ユエの日記や学生生活シリーズのように、ちょいちょい挟んでいく感じにしようと思ってます。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
こんなメンバーの引率は絶対拒否したいな。
[気になる点] 世界扉の開門時に関してですが、使徒ボディではない香り本来の体の時も香織の魔力色は、白菫ではなく白銀色に固定されているのですか?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ