シア編 はい、喜んで!!
シアの固有魔法〝未来視〟が見せた死の光景。
果たして、魔王とバグウサギを殺し得るものとは何か。
ウサミミをぶわりっと逆立てたまま警戒心もあらわに、シアはハジメの手からはじき飛ばした黒い金属の箱を睨む。
ハジメもまた、そんなシアの様子に警戒心を跳ね上げていた……
のだが、しばし黙考すると、スタスタと金属箱の元へ近寄った。そして、無造作に拾い上げると、
「よし、開けるか」
「なんでぇ!?」
シアがツッコミながらハジメの手元をペシッとした。ハジメはヒョイッと避けた。
「ハジメさん、聞いてました? それヤバイんですよ? 私達ですら死んじゃう代物が入ってるんですよ? なのに何を平然と開けようとしているんですか! ハッ、まさか何か私達には言えない悩みが!? 早まらないでください! 自殺なんてダメ、ぜったい――」
「落ち着け」
必殺の義手デコピンがシアの額に炸裂した。額に狙撃でも受けたかのように、仰け反るシア。ブリッジ状態で「ぬぁあああっ、脳みそが揺れますぅ!?」と頭を抱えている。
「うぅ、ハジメさんのツッコミって、どうして防御できないんでしょう? 今の私、警戒して身体能力も上げてましたから、デコピンくらいでこんなに痛むはずないんですけど……」
「そりゃあ、〝超浸透デコピン〟だからな。お前のために身につけた衝撃を内側に伝える浸透系の技は沢山あるぞ」
「……なんで、私のためなんです?」
ブリッジ状態からにゅるんと元の体勢に戻りつつ、シアがジト目で問う。
ハジメは微妙な表情で返す。
「だってお前、もう普通の弾丸とかだと直撃しても〝カンッ〟って音がして普通に弾くターミネ○ターウサギじゃねぇか。レールガンは危なっかしくて、流石に本気で当てに行くとか嫌だしな。なら、普通の弾丸、打撃でもある程度通る技が必要だろう?」
ハジメの言う通り、〝鋼纏衣〟使用状態のシアは、普通の弾丸程度なら生身で弾く。電磁加速していないとはいえ、訓練時に銃弾がカンッと音を立て弾かれた時は、流石のハジメも「こいつもう生き物じゃねぇ」とシアに引き攣った表情を見せたものだ。
とはいえ、ハジメも男だ。恋人に手札を封じられていくまま、何もしないという選択肢は取りたくない。そこで、〝ってかこのウサギ、刃物どころか銃弾も効かないんだけどマジで〟状態のシアにも有効打を打てるよう、内部浸透系の技を身につけたのである。
「し、知らぬまに、私ってばハジメさんを更に強くしていたんですね」
「義手だけじゃなく生身でもできるようになったし、痛みはあるけどダメージはない特殊スタン弾――名付けて〝ギャグ・ブレット〟も開発した」
「なんて無駄に高い技術力」
って、そうじゃなくて! と、シアは逸れていた話を元に戻した。
「特に辛い現実から目を背けようとしていたわけじゃないんなら、一体全体どうして自ら死に飛び込むようなことを?」
シアの疑問に対するハジメの答えは至ってシンプルだった。
「いや、死なねぇから」
「え、いや、でも……」
確かに、シアの死を告げる未来視は発動したのだ。何故か死なないことを確信しているハジメに、シアは困惑を隠せない。
そんなシアへ、ハジメは呆れ顔で真意を口にした。
「あのなぁ、よく思い出してみろ。お前のそれは、あくまで〝死の可能性〟を見せているだけで、その道を辿ったら本当に死ぬと決まっているわけじゃない」
「う~ん?」
「例えば……ウルの町で、愛子を助けた時のことを思い出してみろ。お前には魔人族の魔法で愛子ごと貫かれる死のイメージが見えたはずだ」
「そうですね。偶然射線上にいたので。でもでも、実際、その未来を回避したから助かったんですよ?」
「なに言ってんだ。回避しなくても死ななかっただろう。位置的に、例えば心臓を貫かれたとしても、俺の手元に神水があったんだぞ?」
「あ……」
シアはようやく、ハジメの言わんとするところを察した。
そう、シアの〝死の幻視〟は、その死に関する出来事について、その後の〝対応〟まで含めて死ぬかどうかを判断してくれているわけではないのだ。あくまで、死に直結する出来事のみを見せるのである。
あの時、シアが魔法の直撃を食らい、それが致命傷だったとしよう。確かに、その後、〝何もしないまま〟なら、如何に強靱な肉体と生命力を持つシアであっても死んでいたはずだ。
しかし、ハジメが神水を飲ませれば、当然助かった。
つまり、〝死の幻視〟は、死に直結する出来事を〝事前に回避する〟以外にも、〝その後の対応で回避する〟こともできるというわけだ。
「確かに、この金属箱の中身は、大人しく殺されてやるつもりなら俺達を殺し得るんだろう。だが、当然、対応するわけだから、まぁ、死ぬことはないだろうさ」
「う~、なるほどです。回復系の薬もありますしね」
「もちろん、毒への耐性を持つ俺や、身体能力がバグってるお前を危険に晒すレベルの〝何か〟だ。対応策が効かないという可能性もあるにはあるが……」
そこで一旦言葉を切ったハジメは、スマホを片手に、
「死んじまっても、蘇ればいいじゃない」
「あ、はい。そうですね」
パンがなければ~みたいな軽い口調で言ったそれ――死者蘇生。
実は、スマホの機能の一つに、所持者のバイタルデータを取り続ける機能と、それが異常を来し危険域に入った場合、自動で小型のゲートを開く機能がある。
ゲートから飛び出すのは、連動している大気圏外の衛星型再生魔法照射アーティファクト――ベル・アガルタの光。
今日も魔王の頭上にはベル・アガルタが輝いております。だから死んでも大丈夫だね! 生き返れるよ!
「というわけで、一応、結界も張るし、さくっと開けてみるぞ?」
「う、う~。そう、ですね。大丈夫なのは分かるんですけど……」
いつも気合いでどうにかしてしまうバグウサギのくせに、なんとも歯切れが悪い。ウサミミがへにょんへにょんしている。「でもなぁ、なんだかハジメさん苦しんでたっぽいしなぁ~、開けなくてもいいんじゃないかなぁ~」と、何より雄弁にウサミミが物語っている。
正直、ハジメ的には自分を殺し得ると言われても、最終的には再生魔法の光でどうにでもできるので全く心配はしておらず、好奇心が勝っている状態だ。
逆に言えば、好奇心だけでわざわざ危険を冒そうとしているということでもある。
(まいったな……こんな顔をさせるつもりじゃなかったんだが……。ちょっとはしゃぎすぎたか)
シアに心配させてまで押し通すようなことではない。何より、地球だからといって少々危機意識が薄れすぎているとも言える。知らず、慢心が過ぎたかもしれないなと、未だにウサミミをへにょれさせているシアに、ハジメは苦笑いを浮かべた。
「分かったよ、シア。開けるのは止めておこう。わざわざパンドラになるつもりもないしな」
「ハジメさん……えへへ、そうですよ。その方がいいです」
自分の気持ちを汲んでくれたと察したシアが、にへぇ~と表情を崩した。そのままハジメの片腕に抱きつき、ウサミミをすりすりとすりつける。ウサ毛が口の中に入って、ハジメは凄く微妙な表情だったが。
「とはいえ、これどうすっかなぁ。連中が狙ってこれを求めているんだったら、碌な考えじゃないぞ?」
「本当だったら、このままそっとしておきたいところなんですけど……絶対、ここまで辿り着くでしょうしね」
「このままというのは、確かに得策じゃないな。よし、金銀財宝の先取りってわけにはいかなかったが、あれは実行しとくか」
「怪盗〝魔王とウサギ〟! ですね!」
企業が求める殺意高めの宝物。そんなものをホイホイと渡すわけにもいかないと、二人は金属箱だけは持ち出すことにした。
ついでに、当初の予定通り、致死性トラップの山をくぐり抜けてやっとの思いでやって来るだろうウィルフィード達に、神経を逆撫ですること間違いなしのメッセージを残していくことにする。
ハジメが、部屋の奥の壁に錬成魔法で文字を刻み始める。それを横目に、シアは朽ち果てた骸をジッと見つめた。
「長い間、こんな暗い地面の下で、ずっと一人だったんですね……貴女は、一体どこの誰で、どんな気持ちでここにいたんでしょう」
なんとなく脳裏を過ぎるのは最愛の友にして姉でもある金髪紅眼の吸血姫。
シアは、物言わぬ骸の傍らにしゃがみ込むと、ジッと骸を見つめた。そして、おもむろに手を伸ばし、装飾品ごと抱え込むようにして骸を抱え上げた。せめて、地上の遺跡の近くの土に埋めてあげようと思ったのだ。
ガコンッ
「!」
「……シア。何をした?」
シアのウサミミが「ウサッ!?」と跳ねた。同時に、文字彫り中だったハジメが、油を差し忘れた機械のようなぎこちなさで振り返りつつ問う。その表情は盛大に引き攣っている。
「い、いえ、私は何も……ただ、この骸さんを地上に――」
連れて行ってあげようと思って……というなんとも優しい言葉は、直後、響いた地鳴りのような音に遮られる。
ハジメとシアが揃って骸のあった場所を見やると、骸があった床の石畳み部分だけ、僅かだか他の部分より浮き上がっている。
どう見ても、重量変化で作動するトラップだった。
金属箱を取っても動かなかったのに、骸取ったら動くってどういうことだ、とハジメとシアの目元がピクピクする。
次第に大きくなっていく地鳴り。それに紛れて、チョロチョロという水の音が聞こえ始めた。
ハジメが、今まさに文字を彫っていた壁から。
ハジメが視線を壁に戻す。壁全体から水がしみ出していた。同時に、ビシリッビキビキと亀裂が入っていく。
「うそん」
「私の善意が裏切られた! ですぅ!」
ハジメが口元をヒクッとさせ、シアが骸をペイッした、その瞬間。
轟音!
一気に崩壊した壁から凄まじい勢いで水が飛び出してきた。壁一面が水の壁そのものとなって押し寄せて来たかのような莫大な水量。その勢いといったらまるで決壊したダムの如く!
「めっちゃデジャビュ!?」
「こんなところまでライセン大迷宮に似てなくていいですぅうううううっ」
足下を掬われ、鉄砲水の如き凄まじい水流に流されるハジメとシア。部屋から押し出され、そのまま来た道を戻るように地下迷宮を流されていく。
水中でもみくちゃにされる二人。
どうにか体勢を取り戻しつつ、水上へと顔を出す。
「ぷはっ。シア! 無事かぁ!?」
「けふぅ! 大丈夫ですぅ!」
流されながら互いの無事を確認。ハジメはさっさとゲートを開いて脱出しようと宝物庫を光らせる。
が、それを取り出す前に、
「なっ!? た、退避ぃ! 逃げろ! 急げぇええええっ」
前方から絶叫が響いてきた。見れば、そこには顔を引き攣らせたウィルフィード達が! どうやら掘削を終えて、地下迷宮を進んできていたらしい。
前方から迫る鉄砲水に慌てて背を見せ走り出す。
だが、人間の走る速度が濁流の速度に敵うはずもない。
一瞬で激流に呑まれるウィルフィード達。水上に顔を出したウィルフィードと、ハジメの目がパチリッと合う。
「!? 日本の青年!? なんで君がここに!?」
「ただの通りすがりだ」
「斜め上すぎるぞ!」
この事態も、ハジメの回答も。
どういうことだと問い詰めたいウィルフィードだったが、当然ながらそんな余裕などあるはずもなく、直後には激流に呑まれて再び水没する。
そして、ハジメの方も、クリスタルキーを取り出す寸前で、床がパカリと蓋を開けたために直下へ滝のように落ちた水流に呑まれて「ア~!」と叫びながら落ちていった。シアもまた「アバ~!」と叫びながら滝に呑まれていく。
地下迷宮にいた者は例外なく、水の導きに従ってどこかへ流されて行くのだった。
地上は古代遺跡の近く。川沿いにて。
突如、岸に近い浅瀬の川底が泡立った。ボコボコボコッと激しく気泡を発生させる。
次の瞬間、天を衝くような水柱が噴き上がった。川底を吹き飛ばし、泥と一緒に激烈な水量が天へと昇る。
そして、
「どわぁあああああああーーっ!」
「やふぅうううううううっ!」
一組の男女が飛び出した。天高く舞う二人は盛大に悲鳴を上げて……一人は何故か歓声のようだったが、とにかく、二人は声を上げながら飛び出し、そしてボチャッ! と浅瀬へと落下した。
次いで、「ぎゃぁあああっ」やら「神よぉおおおおっ」やら「ママーーーっ!!」やらの悲鳴と共に、次々と男達が飛び出してくる。
彼等もまた川沿いの浅瀬にボチャボチャと落下していった。
「ひでぇ目に合った。やっぱりあれだな、ちょっと反省しなきゃだな。地球だからっていろいろと腑抜けてるのがよく分かった」
「あはは、確かにちょっと慢心してたかもですね~。でもでも、私的にはすっごく楽しかったですけど! それに、今回は溺れませんでしたし!」
「それな」
立ち上がり、服の水を絞りながら苦笑いするハジメとテンション高めにニッコニッコウッサウッサと笑うシア。
そこへ、呻き声混じりの声が届く。
「くっ、これだから人生というのはいつもいつも斜め上……って、青年! 一体どういうことか説明してもらおうか!」
ウィルフィードがざばっと水しぶきを撒き散らしながら立ち上がった。一緒に流されてきた武装した男達やブランドン達、合わせて十五人ほども、むせたり頭を振ったりしながらも立ち上がりつつある。
現地の人間もかなりの人数が無事に(?)流されてきたようで、呻きながらも起き上がり、ハジメとシアを訝しむような表情で見ている。
さて、どう答えやろうかと、ハジメとシアが顔を見合わせて思案していると、
「ッ! 君達……それはなんだ? どこで見つけた?」
ウィルフィードがスゥと目を細めて、ハジメが脇に抱える黒い金属の箱を凝視した。
「お弁当箱だ。もうそろそろお昼だし」
「溶接してあるお弁当箱があるか!? 回答が斜め上すぎるぞ! 嘘を吐くにしても、もう少し考えてくれ!」
ウィルフィードさん、意外にツッコミ属性なのかもしれない。
咳払いを一つして、どうにか心を落ち着けたウィルフィードは、急ににこやかな笑みを顔に貼り付けて口を開いた。
「この際、君達が何者で、どうやって我々に先んじたのか、それは置いておこう。レストランでの交渉の続きだ。その箱を譲ってはくれないかな? 望むだけの金額を払おう」
莫大な費用と労力をかけて探しに来ただろうに、この後に及んで金銭的解決を図ろうとするだけ、ウィルフィードはまだ理性的な人間なのかもしれない。
とはいえ、その瞳の奥に見え隠れするものは、おぞましい程の冷徹さだ。おそらく、この金銭交渉は最後通告だ。今度ばかりは、ボートの時のように引く気はないのだろう。
答えを返す前に、シアが尋ねる。
「この箱の中身を知っているんですか?」
「知っているとも。君達もだろう? でなければ、このタイミングでそれを手にするはずもないからね」
「それじゃあ、この危険物を、ルフィさん達はどうする気なんですか?」
「ルフィって私のことかい?」
「ルフィさんはどうする気なんですか?」
「いや、あの、私の名前はウィルフィードで――」
「海賊王さんはどうする気なんですか?」
「誰がゴム○ムの実を食べたゴ○人間だ!」
ウィルフィードさん。どうやらサブカルチャーにも詳しいらしい。というより、某作品が有名すぎるのか。そして、やっぱりツッコミ属性だった。
「ごほんっ。それをどうする気かという質問だが、私の知るところではないな。私はしがない会社員だ。社命とあらばアドベンチャーもこなすが、その結果をどうするかは会社が決めることさ」
「う~ん。中身知ってて、武装集団なんか抱えてる……碌な事しないっぽいですねぇ」
「君達が気にする必要はないだろう? さぁ、ここはビジネスと行こうじゃないか。私は仕事を完遂でき、君達は莫大な対価を受け取る。ほら、Win-Winの関係だ」
どうします? とシアがハジメを見る。ハジメは肩を竦めた。それだけでシアには分かる。
こんな危険な代物を、こんな怪しげな企業に渡すなど碌な未来が見えない。万が一、それで自分達の関係者がいつかどこかで被害を受けようものなら、自分をぶん殴る程度の後悔では済まないだろう。
金など必要としてない。わざわざ渡す理由など皆無。万が一を考えれば、むしろ渡すべきでない理由の方が大きい。仮に、ウィルフィード達の企業が何らかの善行のために使用を考えているのだとしても、それは後から調べて、問題なさそうなら譲ればいいだけの話だ。
いずれにしろ、この場で金銭と交換するなどあり得ない。
「ちなみに、拒否したらどうなるんだ?」
「おすすめはしない。何よりスマートじゃない。そうだろう?」
ウィルフィードが手を振れば、男達が銃を構えた。更に、噴水が見えたのだろう。遺跡の方からも大勢の人間が駆けてくる気配が伝わる。
「なるほど、分かりやすい」
「何事もシンプルに行くのが一番だ。人生は、ただでさえ予想の斜め上ばかりだからね」
互いににっこり。同じく、全く目は笑っていない。
一瞬の間。
刹那、一発の銃声が鳴り響いた。僅かに間延びしたようなそれは、神速のクイックドロウの証。六発の弾丸が六人の武装した男達の足や肩を直撃する!
外れたわけでも、相手の命を慮った故でもない。狙いは一つ。衝撃で銃口を逸らすため。逸らした先には、残りの武装した男達がいる。反射的に引いてしまった引き金が、彼等を襲う。
「ぐわっ!?」
「馬鹿野郎っ」
一瞬で訪れた混乱。ウィルフィードが、ビジネスマンにあるまじき速度でハンドガンを取り出した。ウィルフィードがハジメに照準するのと、ハジメが筒状の何かを落とすのは同時だった。
直後、ぼわんっと凄まじい量の白煙がハジメとシアを包み込み、一瞬で姿を覆い隠す。
ウィルフィードはお構いなしに連続して引き金を引いた。炸裂音が響き渡り、白煙を次々と突き破る。
だが、悲鳴も上がらなければ、人が倒れ込む音もしない。
一拍して風が吹き、白煙が流された。
「チッ、逃げたのか」
白煙の晴れた先には誰もいなかった。武装した男達から「おぅ! ジャパニーズニンジャ!」と何故かテンション高めの声が上がる。
「感心してる場合か! まだ遠くには行ってない! 逃げるならあのボートを使うはずだ! 私達もボートに戻るぞ! 急げ!」
ウィルフィードの号令で武装した男達も慌てて動き出すのだった。
一方。
ウィルフィードの予想通り、ハジメとシアは近くの川岸まで移動し、そこから取り出したトリアイナに乗船して川を下っているところだった。
「意外ですね~」
ウサミミを風にパタパタさせているシアが、操船しているハジメに話しかける。
「てっきり纏めてお魚さんのエサにするのかと」
「おいこらシア。何度言えば分かるんだ。俺は善良で平和的な模範的日本人だぞ。ただ雇われただけの現地民があんなに多くいる現場で、射殺体なんぞ量産するわけないだろう」
「言い換えれば、現地の人達がいなければ皆殺しにしていた模範的な日本人ということですね、分かります」
目撃者も消せ、とならない時点で模範的だと、ハジメ的には言いたいのかもしれない。
「それで、これからどうします?」
「それを決めるためにも、わざわざゲートでこの辺りから離脱せずにトリアイナに乗っているわけだ。そろそろ来るんじゃないか?」
逃亡するにしては随分とのんびりした速度での航行だったのだが、その理由は追っ手を待っていたかららしい。
シアのウサミミがモーターボートのエンジン音と水しぶきの音を捉えた。振り返れば、ウィルフィード達がボート五台に分乗して追ってきている光景が見えた。
ウィルフィード達が自前で用意したであろう高性能なボートだけで、乗っているのも銃火器で武装した外国人だけ。現地民は足手まといだと置いてきたようだ。
「なるほど……目撃者、いなくなりましたね」
あ~あ、みたいな顔で天を仰ぐシア。
そう言ってる間にも、ウィルフィード達のボートは距離を詰めて来た。そして、順次、容赦なく発砲してくる。ダダダッダダダッとセミオートで放たれるライフルの弾丸がトリアイナ周辺の水面を跳ねさせた。
「わぁ~~、発砲してきたぞぉ~、これはもう無我夢中で反撃するしかないぞぉ~」
「うわぁ~、すっごい棒読みですぅ~。誰に向かって保険かけてるんですか? 白々しいにも程がありますよ!」
シアのツッコミも何のその、ニヤァと笑ったハジメはドンナーを引き抜き、今まさに併走してきたボートに向かって引き金を引いた。
ボートに乗っていた武装した男達は三人。彼等の構えるのは最新のライフル。その銃口に、吸い込まれるようにしてドンナーの銃弾が飛び込んだ。
手と肩付近が可哀想なことになった男達。凄まじい悲鳴が波飛沫の間に木霊するが、ハジメさんは容赦なくボートの燃料タンクを狙って引き金を引く。
狙い違わず、飛び込んだ弾丸は特殊弾バースト・ブレット。爆裂した弾丸により、燃料タンクは小型の爆弾となって大爆発。その衝撃でボートが宙返りを起こす。速度も出ていたため向かい風に煽られて木の葉のように舞うボートと、血塗れの男達。
ウィルフィード達が唖然呆然としつつ、咄嗟に射線から逃れようとしたのだろう。トリアイナの背後に回った。
「持ってて良かった機雷一式。ポチッとな」
押すなよ! 絶対に押すなよ! と書かれた赤いボタンをポチッ。船体後部から機雷が無数に流れ出していく!
トリアイナのジェット水流に紛れて後方へ流れたそれを、先行していたボートは避けられなかった。
轟音。大型ボートは再び空を舞った。多目にバク宙しております。ついでに人も空を飛びます。綺麗な、それは綺麗な放物線を描きます。
ボートと爆炎と水しぶきと、そして白目を剥く男達で彩られたアーチの下を、引き攣った表情のウィルフィード達が通り過ぎる。
「散開! 散開しろ!」
ウィルフィードの怒声がハジメ達にまで届いた。いつも冷静そうなウィルフィードが必死の形相だ。
二台のボートが速度を上げて一気にトリアイナの前へと躍り出た。乗船している男達が銃口を向ける。
「千鳥先生! お願いしますっ」
「ハジメさんのテンションが高い!? 武装を使えることがそんなに嬉しいんですか!? そうなんですか!?」
ガションッ! と姿を見せた千鳥先生。動くものは一切合切ぶち壊しだぜ! と言わんばかりに一斉射撃!
「ひぃっ、伏せろ! 伏せろ!」
「射線から出ろ! 早くっ」
「なんなんだよ、あのボート!」
「あいつらMI6なんじゃねぇの!? 絶対、Qがいるだろ!」
わぁっと船底に身を伏せた男達の頭上を弾丸の雨が通り過ぎ、ボートの縁がみるみると粉砕されていく。
「くそっ、こうなりゃ自棄だ!」
一人が伏せながら船底のボックスから取り出したのはロケットランチャーだった。そして、千鳥先生が弾丸を補給する僅かな隙を突いて起き上がり、その砲口をトリアイナへと向け、
「……」
彼は見た。
シャアアアアアアッと水面下すれすれを潜行して向かってくる筒状の物体を。
あれぇ? なんか見たことあんなぁ……っていやぁああああああっ!
男はランチャーを放り出して躊躇いなくボートから飛び降りた。
彼等は優秀な傭兵(?)なのだろう。無言で迅速にボートから脱出した仲間を見て血相を変えると、同じく躊躇いなく迅速に川へと飛び込んだ。
直後、着弾する魚雷。
ボートが二つ。爆炎に彩られながら空を舞った。
「冗談じゃない! 斜め上にもほどがあるぞ! くそったれ!」
演技じみた態度もかなぐり捨てて、落下してくるボートを避けながら追いすがるウィルフィードが、トリアイナの斜め後ろで右に左にとボートを揺らしながらハンドガンを撃った。
驚いたことに、波で揺れる船上で、しかも左右に蛇行している状態にもかかわらず、その狙いはゾッとするほど正確だった。間違っても一介のビジネスマンにできる芸当ではない。
とはいえ、その恐ろしいほどの腕を軽く上回る化け物がここに。
ドパァァンッ! と少し間延びした銃声と同時に、ウィルフィードの乗る最後のボートとトリアイナの間の空中で火花が散った。
「……は?」
思わず間の抜けた声を漏らすウィルフィード。
取り敢えずマガジンチェンジして、三連射。
再び発生する空中の火花。
見れば、片手に大型リボルバーを持ち、操船しながら後ろ向きに銃口を向けるハジメの姿がある。
「そんな馬鹿な……」
もっともあり得る事象を、自ら否定するウィルフィード。無理のない話だ。一体誰が、弾丸に弾丸を当てて撃墜しているなどと信じられるのか。
「あり得るか! 予想の斜め上なんてレベルじゃないぞ! ええい、お前、それを貸せ!」
「は、はい」
隣の男からライフルをひったくったウィルフィードが、しっかりストックを肩に当てて固定し、フルオートモードで連射した。現実を否定するかのように、引き金を引き絞った指にはこれでもかと力が込められている。
「ハッ」
遠目にも分かる不敵な笑み。抜かれたのはもう一丁の大型リボルバー。いつの間にリロードしたのか、ドンナーと合わせて銃口を後方へ。
再び間延びした炸裂音が二度。放たれた弾丸は十二発。
対するウィルフィードの使うライフルの装填数は三十発。
たとえ、あり得ないことが現実に起きていたのだとしても、単純な物量差でどちらが勝つかは明白。
にもかかわらず、ウィルフィードは目撃してしまった。
空中で踊り狂う無数の火花を。そして、ただの一発も、自分の放った弾丸が届かなかった光景を。船体に掠りすらしなかったのだ!
しかも、だ。衝撃音に視線を転じれば、エンジン部分に弾痕ができており、白煙が噴き上がっている。狙ったのかは分からないが、おまけでエンジンまで破壊したらしい。
なお、物量差をひっくり返した要因は単純だ。一発の弾丸が二~三発をまとめて迎撃したのだ。いわゆる反射撃ち。最初の弾丸を弾いたあと、射角の変わった弾丸が他の弾丸も弾く。あたかもビリヤードでもしているかのように。
エンジンの音が止み、静かになった現場に声が響く。
「さて、自称ビジネスマン。ちょっとお話でもしないか?」
ゆっくりと再装填しているのに、ウィルフィード達に隙を突こうという意思は微塵も起きなかった。
停止した自分達のボートに近づいてくるトリアイナ。にっこり笑っているハジメさん。
ウィルフィードは、めちゃくちゃ引き攣っているものの、どうにか笑顔を返して、
「はい、喜んで!」
と、話し合いに応じるのだった。
いつもお読み頂ありがとうございます。
感想・意見・誤字脱字報告もありがとうございます。
のんびりと書かせていただいたシア編ですが、次回で終了です。
もう師走ですが、のんびり読んで頂ければ嬉しいです。
さて、お知らせが二つほど。
一つは、コミック版ありふれた最新話が更新されております。
オーバーラップ様のHPより見れますので、是非是非、見に行ってみてください!
二つ目は、今夜、21時より、ニコニコ動画にて、ありふれ生放送特番が流れるそうです!
◆タイトル
「ありふれた職業で世界最強」
ドラマCD発売記念特番&オーバーラップ広報室出張版
ドラマCDを担当してくださった声優さん達が出演してくださるそうです。
ありふれ新プロジェクト第三弾の内容も発表となるようです。
こちらも是非、ご覧いただければと思います。