第437話 塔と学院、その方法
「ん? まだ何かあるのかい?」
みんなで立ち止まって振り返り、オーグリーが代表してフェリシーに尋ねた。
するとフェリシーは少しだけ逡巡するように俯いたが、最後には決意を決めたような表情になって俺たちに向かって口を開いた。
いや、俺たちに、ではなく主にオーグリーに向かって、なのかもしれない。
……そこはいいか。
「あの! 水色飛竜の生息地を抜ける方法なんですけど……お知りになりたいんですよね……? でしたら、私、それを皆さんにお教えしようと思って……」
それは驚きの台詞だった。
もちろん俺たちは彼女がそれを知っているらしいと言うことは分かっていた。
しかし、その重要性、危険性から、流石になにがあっても、教える気がないのだろう、とも結論していたのだ。
それなのに、何故なのか急に気が変わったらしい。
もちろん、これは俺たちにとっては非常にありがたい、都合がいいと言ってもいい話ではある。
あるのだが……。
「フェリシー。無理しなくていいんだよ? それは君にとって大事な情報なんじゃないかい?」
オーグリーはフェリシーを気遣うように、そう言った。
ここでもし仮に、俺たちが意思疎通がうまくいっていないパーティーだったなら、おいオーグリー、てめぇせっかく聞き出せるタイミングで何余計なこと言ってやがるんだ、となったりすることもあっただろう。
しかし、俺たちに関してはその辺りについては概ね合意が成立している。
つまり、フェリシーがそのことについて話したくないというのなら、無理に話させる必要はない、ということだ。
だからオーグリーが特に俺たちに確認することなく、念を押したことは問題がなかった。
これにフェリシーは、やはり少し俯いて、静かな声で言う。
「……確かに、そうです。でも、オーグリーさんは……私の命を助けてくれました。それに、レントさんとロレーヌさんも……村の皆の命を取らなかった。本当は皆さんなら、そんな風に村の皆を無傷で捕らえるよりも……命を奪った方がずっと簡単だったのでしょう?」
確かにそれはそうだ。
特にロレーヌが本気になれば村ごと灰燼に帰すのにもさほど時間はかかるまい。
俺なら血を吸って回り干からびた死体量産とかかな。
オーグリーなら……地道に一人一人だろうか。しかしそれでも半日はかかるまい。
後顧の憂いも完全に断つことができ、万々歳である。
……なんて。
そんな残酷なことはしないし、そもそも果たしてそれをして本当に後顧の憂いが断てたのかというのも疑問だった。
目撃者が誰もいないならそれをしたとしても適当に話をでっちあげて報告すればそれで終わったかもわからないが、《ゴブリン》たちがいるのだ。
十中八九面倒くさいことになっていただろう。
つまり、集落の人々を無傷で終わらせたのは俺たちの事情も大いに関係しているわけで……そこまで感謝されるようなことではない。
しかし、フェリシーは続ける。
「ですから何か、お礼がしたいと思ったんです。でも私、そんなにお料理もうまくないし……かといって他に出来ることもあんまり浮かばなくて……。でも、水色飛竜の生息地を抜ける方法なら……」
それが唯一、彼女に差し出せるお礼だ、と思ったと言う訳だ。
いじらしいことであり、またその決意は確かなもののように思える。
それはオーグリーも同様だったようだ。
「……本気なら、もちろん歓迎するよ。それに、僕たちはそれを知っても漏らさないと誓おう。でも、本当にいいのかい?」
最後の念押しだった。
これにフェリシーは頷いて、
「はい! 私、皆さんを信じます!」
そう言ったのだった。
◇◆◇◆◇
水色飛竜の生息地は、ペトレーマ湖のほとりにあった。
「……数千匹はいるな。これを正面突破しようとしていた奴らなんかいたら、お前ら馬鹿なんじゃないかと言ってやりたくなるほどだ」
俺が、湖近くの森にある草むらに隠れつつそう呟くと、ロレーヌが呆れたような声で言う。
「鏡にでも言ってろ。ともあれ、同感だがな……しかし、美しい景色だ。湖の青に、水色飛竜の空を思わせるような色が映える。それに、いくつも見える浮遊石も幻想的だ。細かな魔石が岩石の中に含まれることによってこういう景色になると言われているが……」
ペトレーマ湖の上、またその周囲の空中には様々な大きさの岩石が浮いていた。
《新月の迷宮》第四階層の入り口の岩みたいな感じだな。
あれは一軒家クラスの大きさだったわけだが、ここにはあれよりかなり小さいものもあれば、同じくらい大きなものもいくつかある。
そしてその岩のそれぞれに水色飛竜がへばりつき、どこからか採取してきたのだろう枝や岩、それにどこかの魔物のものと思われる骨などの素材で巣をつくっていた。
もちろん、その巣の中には卵が存在しているのだろうが、ここからはよく見えない。
俺が背中の羽を出して空を飛んでいけば確認できるだろうが、それをすれば間違いなく大量の水色飛竜に群がられて墜落するのは目に見えていた。
そして彼らの餌になるのだ……勘弁である。
水色飛竜がこのペトレーマ湖に巣をつくるのは、湖に加え、あの浮遊石が大きな理由らしく、他に水色飛竜の生息、繁殖が確認されている地域はいずれもこのような環境らしい。
「おそらくは、ああやって高い位置に巣をつくれば様々な外敵から身を守れるからだろうね。浮遊しているから、直接上って辿り着く、というわけにもいかないし……まぁ、植物の蔓が垂れてるからあれを上ることは出来るだろうけど、それをしてる最中に何十匹もの水色飛竜に群がられたら一たまりもない」
彼らなりの知恵ということだろう。
誰に教えられたわけでもないだろうに、生き物というのは賢いものだ。
最も愚かなのは人間なのだろうな、と陳腐なことを考えてしまったところで、それよりも重要なことがあったと頭を切り替える。
「ただ、俺たちはその誰がどう考えてもヤバいと判断するような行動に出る予定だったんだけどな……フェリシーがいなければ。フェリシー、本当に大丈夫なのか?」
横を見ると、そこにはしっかりと集落の村娘、フェリシーがいる。
彼女もここまでついてきたのだ。
当然ながら、彼女に戦闘能力などない。
なのになぜいるのかと言えば、水色飛竜の生息地を抜ける方法、それが彼女自身だから、である。