第411話 塔と学院、臨時パーティー
「……あら? レント様。今日はどのようなご用件で……総冒険者組合長でしたら、まだ戻ってはおりませんが……」
冒険者組合の中、受付にいる職員に近づくと、俺の顔、というか見た目を覚えていたらしい。
すぐに思い出したようにそう言った。
この仮面とローブ姿の不吉な容姿の男を忘れるなどそうそう出来なさそうに思えるが、冒険者というのには色々なのがいる。
オーグリーみたいなちかちかする格好のやつもいれば、俺みたいなのもいるし、一体どうしてそんな格好になったのか、と聞きたくなるようなおかしな雰囲気のものも沢山いる。
つまり俺は比較的地味な方で、覚えている職員は有能である。
そんなに日が経っていないからというのが大きいかもしれないが。
しかし、改めて職員の様子を見てみると、総冒険者組合長、と口にした辺りで妙に目が泳いでいたな。
オーグリーの話で聞いた通りの人格なので、戻ってくる、とは言ったものの困っているというところで間違いなさそうである。
俺も冒険者組合職員としてここに来ているが、それでも場所が違えば冒険者組合の繋がりは思いのほか希薄だ。
外の人間に明かすには恥ずかしい内情、ということなのだと思う。
まぁ、ジャン・ゼーベックについてはオーグリーも知っているわけだし、王都の冒険者や、他の地域でもベテランの冒険者に聞けば色々と分かるのかもしれないが、俺くらいの世代だとヤーラン中で問題になるような災害はなかったからな。
凄い人なのだ、ということは漠然と伝え聞いてはいても、実感と共にというわけでもなかったので、人となりについてはよくわかっていなかった。
ともあれ、それでも一応同じ冒険者組合職員として、受付にいる彼女の妙な心理的負担は取り除いておこうと思い、俺は口を開く。
「いや、それについては分かってる。王都の冒険者には知人がいて……総冒険者組合長の人となりについては聞いたよ……大変だな」
この台詞に、職員の女性は少し驚くと同時に、ほっとした表情をして、
「……そうでしたか。では、正直に申し上げますが……大変申し訳ないことですが、本当に四日後に戻ってくるのかどうか、自信がありません。当人からはその日には“絶対”戻ってくる、と言質はとったのですが……」
「それすらも怪しいのか……本当に大変だな」
ため息を吐きながら言う俺に、職員がどんどん小さくなっていく。
しかし、俺は口調を明るいものに変え、話題も移す。
「まぁ、それはそれとしてだ。今日は別にそのことについて責めたりせっついたりするために来たんじゃないんだ」
「と、申しますと?」
「さっきも言ったが、王都の冒険者には知人がいてな……オーグリー」
呼ぶと、依頼票掲示板で目的の依頼の依頼票を探していたオーグリーがいくつかの依頼票をとって、こっちにやってきた。
ロレーヌも一緒だ。
それを見て、職員は頷く。
「お知り合いとは、オーグリーさんでしたか。そう言えば、オーグリーさんは以前、マルトで活動されていたのでしたね。その頃から?」
「あぁ。それで久しぶりに会って、意気投合してな。これから一緒に依頼を受けようって話になった。それほど遠出するわけにはいかないだろうが、それでも総冒険者組合長が帰ってくるまで時間もあることだしな」
話を聞いて、職員の顔は明るいものに戻っている。
責められなくてよかった、ということだろう。
加えて、この話は職員にとっても悪くない話に思えたようだ。
彼女は言う。
「そういうことでしたら、こちらで臨時パーティーの手続きを致しましょう。必要事項を記載していただければ、すぐに対応いたします。それと……多少、総冒険者組合長を待たせても構いませんよ? そうされてもあの方は自業自得ですから。もちろん、帰って来次第、しっかりとその身柄は確保しておきますので、その点はご安心していただければと」
話している内容は彼女の上司についてのことのはずなのだが、どうしても犯罪者を逮捕するときの話にしか聞こえないのはなぜだろうか。
オーグリーに日常茶飯事、と言われてしまうくらい逃走劇を繰り広げている総冒険者組合長が一番悪いだろうが……。
しかし、こうは言われたが可能な限り、時間通りには戻ってくるつもりでいる。
あんまりぐずぐずしてると王宮関係で面倒な話がまた振られたりしかねないしな。
それは勘弁願いたいところだ。
職員から臨時パーティー用の申請書をもらい、オーグリーとロレーヌと相談する。
と言ってもあんまり決めることはない。
基本的なところさえ押さえておけばそれでいいからだ。
つまり、簡単な確認だな。
「……報酬は三等分でいいね?」
「あぁ、それで構わないぞ」
これはオーグリーとロレーヌの台詞だ。
しかし俺としてはいいのかな、という気もするので二人に言う。
「俺はまだ銅級だ。二人より低めに設定するのが普通だろうと思うが?」
「級だけで考えるなら確かに一般論としてはそうだろうね。戦闘能力に差がある、と言えるから。でも、この間、一緒に戦ったときの君の身のこなしを見る限り、僕と差があると言う感じでもなかったよ」
「そうか?」
これは、王女を助けた時の話だろうが……。
まぁ、身体能力はそこそこ上がっているからな。
そんなに弱いわけではないとは思っている。
ただ、オーグリーも大分強くなっていた。
本気で戦えばどうなるかは分からない。
俺には色々と魔物的な隠し玉があるから、初見なら何とかできるだろうが、オーグリーにそういうものがないとは言えない。
銀級というランクからは、そう言ったものを大抵の冒険者が持ち始めるものだ。
油断してかかるとひどい目に遭うこともざらだ。
オーグリーは続ける。
「加えて言うなら、これから受ける依頼は戦闘能力より、それ以外の知識や技術が重要になってくるものばかりだ。そういうのはむしろ、僕らより君の方が得意だろう?」
これにロレーヌが加えるように言う。
「確かにその通りだな。森での生き残り方を私が初めに学んだ師匠はレントだ」
昔、そんなことがあったのは事実だが、彼女はすぐにそう言った技術を身に付けてしまったし、師匠なんて言ってもらえるほどのことはしたつもりはない。
ただ、銀級の二人が、俺をこんな風に正当に評価してくれるのは本当にありがたかった。
俺は二人に言う。
「……そこまで言ってもらったら、もう断りにくいな。分かった、三等分にしておこう」
それから、他の細かいところについては基本的な冒険者の臨時パーティーを組むときの規定に準じてささっと決め、職員に提出する。
彼女はそれを読み、頷くと、
「問題ありません。これで登録しておきますね……では次に、依頼についてですが……」