第409話 塔と学院、人となり
「……さて、これで一番の懸念は片付いたとして、だ。これから数日暇になるわけだが……」
オーグリーの定宿に戻ってから、俺はそう口を開く。
俺たちの宿の方に行ってもいいのだが、オーグリーの宿の方が居心地がいいからな。
やっぱり、この王都でしっかりと冒険者をやっているだけあり、宿もいいところを選んでいるということだろう。
王都に拠点を移して早い時期からここに居座っているということだが、その頃に色々吟味したのだろうな。
宿と言っても、長い間、拠点にしているからだろう。
かなり雑多にものが置いてある。
こういう部屋の扱いに文句を言う宿の亭主もいるが、言わない者も少なくない。
その理由は、単なる厚意というのも勿論あるが、冒険者などが死亡した場合、宿に置きっぱなしの持ち物は好きに処分してもいい、という契約で借りていることが多いので必ずしも宿にとって悪い話ではないというのもある。
世知辛い話だが、冒険者というのはガンガン死んでいくものだ。
そしてその持ち物は高値がつくものも少なくない。
予備の武具や、魔石、それに魔道具など様々だ。
悪いところだと生きて戻って来たら嫌な顔をする場合まであったりする。
流石にそういうところを長く借りよう、なんて思わないけどな。
「あぁ……確か、総冒険者組合長を待たないとならないんだっけ?」
オーグリーにはその事情については話している。
依頼の内容については守秘義務があるものも多いが、総冒険者組合長をマルトに連れていく、という今回の依頼については大っぴらに言い触らすのでなければ言ってもいいとウルフから契約の際に許可を得ている。
理由としては色々あるが、その辺りを完全に黙っていると絡まれる可能性が高いからだ。
総冒険者組合長と一緒に歩いていて、妙な取り巻き扱いされたりとか、媚びを売りやがってとか。
王都はマルトと違って出世志向の強い冒険者が多いから、その辺り敏感らしい。
そういうときに、いや、これは依頼でマルトにご案内しないといけなくて~、あっ、私ですか?私はただの田舎者でして……いやはや、早く田舎に帰って虫の煮込みが食べたいなぁ。
みたいな言い訳が出来るようにというウルフの配慮だ。
あのごつい見た目でそういう気遣いは細かくていいよな。
ちなみに虫の煮込みなんてあんまり食べない。
ただ、王都の都会っ子たちよりは全然免疫あるからな。
仮にどこかでそこまで言うんなら食ってみろよ!なんて言われても余裕だ。
「その通りだ。どうもお留守にしているらしくてな……オーグリーは会ったことがあるか?」
これはロレーヌの台詞だ。
ロレーヌ自身はヤーランの総冒険者組合長には会ったことがないという話だったから、気になるのだろう。
俺ももちろん、気になる。
ただ興味がある、という部分もあるが、ご高齢だと言うことだし、どれくらいの旅に耐えられるかとかその辺りも考えておきたいと言う仕事の面での興味もあった。
これにオーグリーは少し考えてから答える。
「ジャン爺さんには会ったことあるよ……というか、あの人は神出鬼没だからね。その辺歩いてるといきなり見かけたりするよ。で、物凄いスピードでどこかに逃げていったと思ったら、その後ろから冒険者組合職員が猛ダッシュしてたりとかする……」
「ん? なんだそれは」
ロレーヌが首を傾げて尋ねる。
話の内容が理解できなかったわけではないだろうが、しかし、状況が謎だ。
なぜ総冒険者組合長が逃げ、そして後ろから組合職員が猛ダッシュしたりしているのか。
意味が分からないのは俺も同じである。
そんな反応をオーグリーも予測していたようで、苦笑しながら続けた。
「あの人はそういう人なのさ。たまに報告しないとならないことがあって、組合職員にアポイントメントを取ると、執務室にいらっしゃいますのでどうぞ、とか言われるんだけど、実際に向かってみるとそこはもぬけの殻で、未処理の書類が山のように積んであったりとかね。それを職員に告げると顔を真っ青にして、何か慌てて指示を出し始めて職員総出で街に繰り出していったりとかしたのを見たこともある……というか、日常茶飯事? なんであの人が総冒険者組合長をやってるんだろう、と不思議に思うこともざらだよ」
話を聞くに、どうしようもない子供のような人にしか思えない。
ロレーヌも同じような感想を抱いたようだが、同時に疑問も感じたようだ。
「……しかし、アンソルランの動乱や、デネブのゴブリンキングの起こした海嘯、ジャーリス山の噴火など、ヤーランの冒険者の多くを指揮して鎮めた方だと聞いた覚えがあるぞ。いずれも相当な大災害だったはずだが、ジャン・ゼーベックがいたからこそ事なきを得たと。私も生まれる前の話だから詳しくは知らないが……」
いずれもかなり有名な事件である。
アンソルランの動乱は当時、勃興した新興宗教の派閥が一つの町に陣取って強力な魔物を大量に召喚した事件で、召喚陣が何かの間違いで暴走した結果、延々と魔物を召喚し続けてヤバいことになったらしい。
デネブのゴブリンキングの海嘯は、そのままゴブリンが大量に発生して人に牙をむいた災害だが、数が違った。正確な数は分からないが、三万から七万ほどだったと言われている。人によっては二十万を超えていたとも。
ジャーリス山の噴火はレッドドラゴンがそこに巣をつくったのをきっかけに火の精霊力が強まって、規模の大きな大噴火になってしまった事件だ。それだけなら自然現象で済むが、当時、ジャーリス山の近くには多くの町や村があって、放置しておけば相当な被害が出ることが予測されていた。大量の魔術師を動員してマグマの進行方向を誘導し、かなりの被害を抑えたと言う。
いずれも、今のヤーラン総冒険者組合長ジャン・ゼーベックが指揮し、防いだと言われるものだ。
これにオーグリーは手を叩いて、
「そう、まさにそうなんだよ。あの人、いざってときには本当に常人にはとても考えられないような大活躍をする人でね……。辞められると困ると言うか、そんな感じでも辞めないでくれって意見が多いんだ。本人はもう年だからやめさせてくれって言ってるらしいけど、心酔している人も多いんだ。だからね……」
なんとも言えない表情でそう言った。