第408話 塔と学院、落としどころ
“人族が神具を持った者と縁を持つ。その者をここに連れてくるように”
この言葉の意味は、何も知らない人間が聞けばよくわからないかもしれない曖昧な言葉だ。
神霊の預言、というのは稀にあることだが、その際の言葉の選び方は人間が会話する場合のように明確であることは少ない。
それは、神霊と言うのはこの世界との直接的な関わりに対して制限があるからだとか、神々はこの世界の覇権を常に争い合っているために厳然としたルールがあるからだとか、未来は不確定であり、その状態をこそ愛されるがゆえに自らの言葉でそれが確定することを好まれないからだとか、様々な説明がされる。
これもまた、各宗教などの教義によってどういう説明を正しいとするのかは異なってくるが、ほとんどの神霊がはっきりとものを言わないのは事実のようだ。
俺も預言など受けたことは……一度あるわけだが、あの神霊だって微妙なことを言って消えていった。
人形でも作って土下座しつつここにおいでませ、とか言えば現れてまた何か語ってくれるのかもしれないが、今この場でそんなことしたら頭がどうかしたのかと言われるから無理だ。
後でやってもいいが……素材の問題がな。
魔力の宿った素材と言っても、以前作った灌木霊のそれは在庫切れだ。
新たに何か手に入れなければならないだろうが……人型で作らないとならないことを考えると木製の方がいい。
粘土質とかでもいいが、そういう魔物はどこでもいるというわけでもないからな。
生息地に行かなければならないが……つまりそうそう簡単に手に入れられるものでもない。
買いに行ってもいいが、それくらいなら自分で採りに行った方がお得だ、と思ってしまうのは貧乏冒険者だった頃の性か。
まぁ、すぐにどうこうしなければならないわけでもないだろう。
そもそもあの神霊は小さな力しかない分霊だと言う話だった。
聖樹が神であるとするのなら、あの神霊など下っ端も下っ端。
碌な情報をくれない可能性の方が高そうである。
別に改めて聞かずとも、俺たちにとってはこの言葉の意味はかなり明確でもあるし。
この場合の人族、というのがジア王女のことを指すと考えれば、神具を持った者とは俺のことだ。
つまり、俺を聖樹のところまで連れて来い、というのが聖樹の預言と言うことになるだろう。
……なんて厄介な。
とりあえずは拒否っておこうと瞬間的に思って、俺は口を開く。
「……なるほど、確かにその言葉の内容を考えてみると、私が条件に合った人物のようにも思えますが……」
「そうでしょう!?」
興奮したように身を乗り出してジア王女が同意を求めてくる。
……意外とアグレッシブな人だな。
もっと穏やかかと思っていたが、興奮すると地が出てくるのかもしれない。
魔物に襲われていた時もすぐに馬車から出てきてしまった人だし、納得と言えば納得だが。
そんな彼女にひるむことなく、俺は続ける。
「いえ、私の仮面は神具に近い、とは言われましたが、本当にそうなのかどうかははっきりとはしておりませんので……聖樹が神々の一柱であらせられるのであれば、そのような曖昧な存在を近くに呼びつけたりはしないのではありませんか?」
厳密に言うなら、神具なんじゃないかな、と言われたわけだが、これくらいの言い方なら嘘にはならないだろう。
王宮内にあるだろう魔道具で嘘発見器とかあったら困るからな……。
まぁ、一々、人の言動のほんとうそを判定したりはしていないと言うか、出来ないと思うが。
以前ロレーヌに聞いたところ、嘘発見器というのは作れはするが、その信頼性については難しいところがあるという。
人の心理はそう単純に白黒つけられないところがあるから、ということらしい。
細かいところは専門的すぎて俺にはよくわからなかったが、言わんとすることは理解できないでもなかった。
長い間同じ嘘をつき続けていると、それを真実だと思ってしまう、なんてことは結構ある。
仲間を依頼で亡くし、しかし遺体が見つからなかったのでまだどこかで生きているんだと言い続け、最後にはそれが本当か嘘か分からなくなった冒険者、なんていうのもたまにいる。
彼を嘘発見器にかけ、お前の仲間は死んでいるか、と聞いて、仮に死んでなどいないと答えたとして、嘘発見器が反応するかは謎だ。
つまりそういうことだと俺は理解した。
それにそもそも、迷宮由来品なんかにとてつもなく高度な嘘発見器が存在していたとして、王宮にそういう設備をつけることは、生臭い話になるが貴族たちが認めないのではないだろうか。
彼らは言い方は悪いが嘘を吐くのが仕事のようなところがあるからな。
一々判定されていては商売にはなるまい。
つまりは、俺の微妙なごまかしはばれないだろう。
実際、王女は少し考えて、
「……それは、確かにそうかもしれません。私にこの預言について告げてくれたハイエルフの方は、預言の人族、というのがおそらくは私だと言うことを確信してらっしゃいました。だからこそ私にお話しされたようでしたが……その、神具を持っている者と言うのは誰か、と尋ねると、会えば分かる、としかおっしゃいませんでした……」
この辺りは微妙なところだろうな。
王女は俺に会い、神具らしきものを持っていると聞き、俺こそが預言の人物だと確信した瞬間があったのは間違いない。
会って、分かったわけだ。
と、捉えることも可能だ。
しかし、今俺に突っ込まれて若干迷いが出ている。
会っても分からなかった、と言えなくもない。
聖樹とハイエルフの微妙な言葉まわしが俺に有利に話を運ばせてくれているようだ。
そのことはロレーヌとオーグリーも理解したようで、加勢するように口を挟む。
「もしかしたらレントがその預言の人物かも知れないという可能性は私たちも否定はできませんが……もし、レントが古貴聖樹国へ赴き、しかし預言の人物ではなかった、という場合にエルフとの関係が悪くなる可能性もあります。ここは慎重に判断されるべきかと……」
まずロレーヌがそう言った。
続けてオーグリーが言う。
「……近い内に、レントのような“神具かどうかはっきりしない仮面を持った者”、ではなく、“本当の神具を持った者”が現れる可能性もあります。そうなったときに、エルフとの関係が良好でないとなると、問題が複雑化してしまうこともあるでしょう。やはり、そう簡単に結論を出すことは……」
俺を紛いもの扱いしてくれた感じだが、言っていることは確かにその通りではある。
変な人間を聖樹に近づけておかしなことをし始めたらいかに今までヤーラン王族とエルフの関係がそこそこ良かったとしても罅が入ってしまうだろうしな。
これに王女は悩み始め、ナウスと相談を始めた。
そしてしばらくのあと、結論が出たらしく、王女は言う。
「……確かに、おっしゃる通りです。少し気が急いていたかもしれません。もちろん、国王陛下にはあまり時間がありませんが……ここで早計な判断をして問題を更に複雑なものにしてしまうことは許されないでしょう」
どうやら、ロレーヌとオーグリーの進言を受け入れたようだ。
しかし、もちろんのこと、ただ解放、というわけにはいかなかった。
王女は続ける。
「ですが、レントさん。あなたがそうである可能性は当然残っています。ですから、今度はしっかりと連絡できる手段を確保しておきたく思います。よろしいでしょうか?」
言い方はお願いだが、やはりこれも強制だろう。
この辺りが落とし所なのは間違いないだろうし、素直に頷いておくことにする。
「はい。承知いたしました」
それから、俺とロレーヌはナウスに連絡先を伝えた。
冒険者組合の登録番号とマルトの住所である。
俺の登録番号はレント・ヴィヴィエの方だな。
ついでに今は依頼遂行中であるので、王都はしばらくの後、あとにすることも告げた。
可能なら王都に残ってほしいとは言われたが、どれくらいの期間か、と聞けばナウスたちも答えようがないことを自覚しているようで断念してくれた。
これで、ジア王女とのことは一応はなんとかなったかなという感じである。
まぁ、あとで呼ばれる可能性は高いが……やるべきことを片づけてから考えればいいだろう。
そう思いつつ、俺たちは王城を後にしたのだった。