第399話 塔と学院、結果
「ところで、せっつかれてるって、どんな感じなんだ?」
俺がこう尋ねるのは、罰せられかねないレベルなのか、それともせいぜい嫌味を言われるくらいで済んでいるのか、ということを知りたいからだ。
まぁ、オーグリーの様子を見る限り、来なきゃ罰する、とまでは言われていないだろう、となんとなくわかるが。
実際、オーグリーは俺に、
「まぁ、いつまで待たせるのか、とかよく言われるようになってきた、そんな程度だね。しかしそれも日に日に間隔が短くなってきて、かつ回数が重なってくると心苦しくてさ。必ず連れてくる、とは言っておいたものの、ではいつ頃に、とこう返ってくると……。心労で胃に穴が空くかと思ったくらいだよ」
と答えた。
……そこまで気楽な感じではないな。
ただ、オーグリーがそこまで精神的に追いつめられているかと言えば、そういうわけでもないだろう。
本当にまずそうだな、となったらこの男はさっさとこの国から出て行くなりなんなりするタイプだ。
責任の重圧に押しつぶされて、そのまま首を吊る、みたいな性格はしていない。
しかし、それでも迷惑をかけてしまったのは事実だ
「……悪いことをしたな。何か礼でもできればいいんだが」
と、そんなことを口にしたのは俺にもそれなりの罪悪感というものがあったからだ。
同様に犯罪的行為であると言え、王都に魔物として入ったことには大した罪悪感は感じていないのだけどな。
だって、仕方ないし。
すると、オーグリーは俺の言葉を待っていたかのように、
「いや、本当かい!? 悪いなぁ。それなら……」
などと言い始め、様々な素材やパーティー単位でなければ受けられない依頼の催促をし始めた。
遠慮が全くないのは、お互いよく知っている仲だからだろう。
続けて、
「もちろん、ロレーヌにもお願いできるんだよね?」
と、自然な様子でロレーヌに視線を向けるオーグリー。
ロレーヌはそんなオーグリーを静かな目で見つめていたが、最後にため息を吐くと、
「……仕方あるまい。責任の一端は私にもあるのだ。お前の願いは聞き入れよう」
あきらめたようにそう言ったのだった。
◇◆◇◆◇
「これで働きに応じた報酬は得たとして、だ」
オーグリーは続ける。
「むしり取られた感じがしないでもないが……」
「それはそれ、これはこれ。で、問題の王宮訪問だ。まぁ、手続き的には君が以前もらったあのメダルを出せば一発だとして……問題は君の体だけど、大丈夫なのかい? 王宮の警戒設備は相当なものだよ」
そんな心配をしてくるが、これについてはもうほとんど解決済みだ。
俺ではなく、ロレーヌが答える。
「ヤーラン王国王宮で採用されている警戒設備の類については、すべて試して無反応の結果を得ている。問題はない」
これに、オーグリーはひきつった顔で、
「……いや、そんな情報はどこにも公開されていないはずなんだけど……一体どうやって知ったのかな……?」
と尋ねてきた。
考えてみればその通りなのだが……。
ロレーヌははっきりと大丈夫だ、と言っていた。
彼女はわからないこと、曖昧なことに関して、そんな風に言うことはまずない。
彼女がそう言うのであれば、そうなのである、とどこかで確信をもって考えてしまっていたようだ。
これは、信頼と言えばいいことだろうが、思考を放棄してしまっていたと考えるとよくないことだろう。
俺は、肝心なところで詰めが甘いタイプだから、こういうことは反省していかなければならないだろうな。
だからこそ、俺は龍に食われてしまったのだから。
ロレーヌは、オーグリーに言う。
「ツテと、学識に基づいて、だ。もちろん、そうは言っても完璧ではない可能性の方が高いからな。今、本当に大丈夫なのか確認もしているのだ……」
「確認?」
オーグリーが首を傾げたタイミングで、コンコン、と、部屋の窓枠にはめられた木製の板が叩かれる音がした。
「……今日は来客が多いな。しかし、なぜこっちから……ここ、二階なんだけど」
オーグリーが不思議そうな表情で、そう言った。
さらに、俺達の方を見て、開けてもいいか視線で尋ねる。
ここでしている会話はちょっと普通ではないからな。
そういう配慮だというわけだ。
窓から誰がきたのかはわからないが、あまり変な人物なら早々に追い出せばそれでいいだろうと俺はうなずく。
隣でロレーヌも同様にうなずいたので、オーグリーは窓まで歩き、開いた。
すると……。
「……ん? 誰もいない……」
と、オーグリーは言うが、これにロレーヌが、
「いや、お前に来客ではなかったようだな。私だ」
と言い、窓の近くまで言って、その右下部分……ほとんど窓枠に接する部分に視線をやり、さらに両手を水を掬うような形にして、差し向ける。
すると、そこにぴょん、と何かが乗った。
見れば、
「……小鼠じゃないか」
とオーグリーが少し驚いたような声を上げる。
さらに続けて、
「ロレーヌ、君、いつの間にペットに魔物を飼うようになったんだい? ……あぁ、レントもそういう……」
と妙な方向に納得しかけたので、俺はあわてて、
「いや、違うだろう!」
と叫ぶ。
これにオーグリーはふっと笑い、
「……冗談だよ。ともあれ、その小鼠はロレーヌに完全に従っているように見える。従魔師にでもなったのかな?」
とまともな質問を投げた。
ロレーヌはゆっくりと首を横に振り、俺の方に向けて顎をしゃくりながら、
「……違う。こいつは、あいつの使い魔だ。それを、ちょっと利用させてもらっている」
と真実を言った。
「使い魔……本格的に魔物なんだなと思ってしまうが、まぁ、従魔師の従魔と同じだと思えば別に大したことでもない、か。ゴブリンライダーなんかは従魔物と同様の手法で魔物を従えていると言うし、魔物か魔物でないか、と使い魔か従魔か、というのは完全にイコールというわけでもない……とは、昔ロレーヌから聞いた話だったね」
博識だな、と思ったらロレーヌの教えた知識だったようだ。
一般的には、使い魔は魔物の魔力によって、従魔は馬やペットを調教するような方法によって従えられているという違いがある、と言われているが、従魔師も従魔とは魔力的つながりはあると言われているから、相対的というか、程度問題な部分がある。
区別は有識者の間でも微妙で、まぁ、拘っても答えの出ない類の問題だということだ。
「それで、その使い魔は一体なぜ、僕の部屋の扉……ならぬ窓を叩いたんだい?」
オーグリーの質問に、ロレーヌが答える。
「それは、こいつがさっき言っていた、確認をしている奴だから。レント、こいつは実験の結果はどうだったと言っているか分かるか?」
ロレーヌがこう尋ねるのは、彼女が直接、小鼠と思考のやりとりをできるわけではないからだ。
しかし、俺にはできる。
(……で、どうだったんだ?)
そう頭の中で作ったことばを投げかけると、返答があった。
(……問題無し。国王の私室までの進入に成功)
と、簡潔な答えである。
……この小鼠の性格かな?
エーデルはもっと五月蠅く、かつ雑な感じだ。
山賊じみているというのかな。
はっきり言葉にしているわけではないので、なんとも表現しにくいが……思考にも性格は出るようだ。
ともあれ、
「……大丈夫だったみたいだぞ」
俺は結果をロレーヌに告げた。