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望まぬ不死の冒険者  作者: 丘/丘野 優
第14章 塔と学院
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閑話 その頃の弟子たち

「むむむむ……」


 都市マルト、その一角に存在する巨大な屋敷、ラトゥール家の庭において、そんな風に妙なうなり声を上げながら集中を高めているのは、言わずと知れたレント、ロレーヌの弟子であるリナであった。

 近くには同じく二人の弟子であるアリゼもおり、唸るリナの様子を見守っている。

 彼女の手には魔術初心者用の杖が握られており、そこに向かって魔力が集約されていた。

 そして、その集中が最高潮に達したそのとき、リナは目をカッと開き、唱えた。


「……土の矢(ギ・ヴェロス)!!」


 すると、杖の先の何も存在しなかった空間に、ゆっくりと土と思しき茶色の物体が出現し初め、矢の形になった。

 もちろん、それだけでは終わらない。

 リナがぐぐっ、と力を込め、前方に向けて押し出すような仕草をすると、その空中に浮かぶ土の矢は、通常の弓矢で放ったときよりもやや遅い速度で発射された。

 矢の飛んでいった方向には円がいくつも重ねられたかのような的があり、しばらくの後、矢はその円のうち、もっとも外側の部分に命中したのだった。

 それを見届けたアリゼが、


「おぉ~!」


 と歓声を上げ、さらにその隣にいるイザークもうなずき、


「初めての短縮詠唱にしては、悪くありませんね。まぁ、欲を言うのであればもう少し中心に当てて欲しかったところではありますが……」


 と若干厳しいことを言った。

 

 そう。

 リナとアリゼ、この二人は今、魔術の特訓をしているところであった。

 ロレーヌに訓練をしておくようにと一応のメニューを託されていた二人であったが、その中に、もし攻撃魔術を練習するのであればラトゥール家のイザークの管理下で行うように、という指示もあったのだ。

 それに従って、二人はラトゥール家の門を叩いたのだった。

 すると、リナはともかく、アリゼまですんなりと中に案内された。

 本来、この家に入るためにはレントですら苦戦した薔薇の迷路を攻略しなければならないわけだが、二人はそこをショートカットして入れていることになる。

 とはいえ、その代わりに迷路攻略の報酬である魔道具ももらえていないわけだが、そんな事情を知らない二人にとっては特になんでもない話だ。

 さらに言うなら、アリゼ、という孤児院の子供にとって、吸血鬼と不死者しかいないこの空間は非常にいろいろな意味でまずいのではないか、という感じがしないでもないが、それこそアリゼはそんなことは知らない。

 イザークや屋敷の他の侍従、侍女などに挨拶したときも、特に気づきはしなかった。

 それも当然で、何年、何十年、もしかしたら何百年もの月日を、この都市マルトで全く誰にも怪しまれずに過ごしてきた吸血鬼一族である。

 いかにそのアジトの最奥に入り込んだとて、正体を見抜くことなど易々とできるはずもなかった。

 それどころか、アリゼは美しい薔薇の庭園や、壮大な屋敷、そしてイザークを初めとする洗練された使用人たちの姿にすっかり魅了されてしまい、懐いてしまった。

 吸血鬼に子供が懐いている、なんて言えば世のお母さん方がプラカードを持って反対しかねないような話であるが、やはり、そんな事実に気づいている者などまずいない。

 唯一、善良な存在としてはリナが知っている、ということになるが、そのリナですら吸血鬼だかなんだかよくわからないにしても不死者の一員であることは変わりない。

 もはや、アリゼは駕籠の鳥ならぬ、不死者のテーブルの上の餌なわけだが、誰一人として、捕食しようとする者などいないので何も問題はない。


「イザークさん、あれ、私でもできますか?」


 アリゼが隣に立つイザークにそんなことを尋ねると、イザークは吸血鬼らしい、洗練された隙のない微笑みを浮かべ、アリゼに答える。


「……いずれは。しかし、さすがにすぐ、というのは難しいでしょうね」


「どうしてですか?」


「リナさんがやっているのは通常の詠唱魔術ではなく、短縮詠唱ですからね。一般的に魔術、と言って思い浮かべられるものは、詠唱魔術、短縮詠唱、無詠唱に分かれますが、あとになっていくにつれて難しくなっていくものです。アリゼさんはまだ、詠唱魔術しか学んでいないでしょう?」


「……はい。私って、才能がないんでしょうか……?」


 不安そうに尋ねるアリゼに、イザークは微笑みながら首を横に振った。


「いえ、いえ。そんなことはありませんよ。そうではなく、初めから詠唱を疎かにしてしまうとおかしな癖がついたりすることがあるものですから。なんと言いますか、魔術の詠唱というのは、剣術でいうところの型なのです。それを身につけた上で、自分なりにいろいろと崩し、試してみるのと、初めから自分の自由に剣を振るったのとでは、出来上がる剣士の種類は異なるでしょう? 前者は何かの流派の剣士で、後者は我流剣士、というところでしょうか。まぁ、必ずしもどちらが正しい、強い、というわけでもないでしょうが……前者の方が、効率的だということはなんとなくわかりますね?」


 イザークの説明に、なるほど、とうなずくアリゼ。

 それから、自分の師のうちの一人を思い出し、言った。


「……そう言えば、レントはなんかすごい魔力の使い方が上手でしたけど、ロレーヌ師匠は気持ち悪いって言ってました」


「……ふふ。それはわからないでもないですね。レントさんはさっきのたとえ話で言うところの、我流剣士の方になるでしょうから、そうなるでしょうね。ただ、レントさんは学び直すつもりもあるようですから、そのピーキーな部分も役立てつつ、基本もしっかりと身につけていくでしょう。彼は基本の大切さを知っていますから」


「確かに私と一緒にロレーヌ師匠から魔術を学んでます」


「でしょう? それで、リナさんのさきほど使った魔術ですが、リナさんは基本的な魔術については詠唱を身につけていましたからね。次の段階として、短縮詠唱に挑戦している、ということになります。特に土系統の魔術は苦手なようなので、その制御の練習もね。アリゼさんは焦ることなく、まずは、詠唱魔術を完璧にすることを考えてください。私がここで、二人がまずいことをしないか、見ておりますので、失敗をおそれずに、ね」


「はい!」


 もはやイザークが二人の魔術の師匠のようであるが、イザークは二人が危険なことをしないか見て、少しのアドバイスをしているだけだ。

 基本的な魔術の学び方については、ロレーヌが作り上げた教科書を参照することによって行われているので、やはり師匠はロレーヌだろう。

 そんなこんなで、二人の訓練は続く……。

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新作 「 《背教者》と認定され、実家を追放された貴族の少年は辺境の地で、スキル《聖王》の使い方に気づき、成り上がる。 」 を投稿しました。 ブクマ・評価・感想などお待ちしておりますので、どうぞよろしくお願いします!
― 新着の感想 ―
[気になる点] 屋敷の侍従、侍女がヴァンパイアかどうかはまだ明らかにされていないけど、この記事を読む限りはそういう前提で話を進めるってことかしら。
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